121 優來と入学式
「到着……」
桜を見ながらゆっくり歩いて、合格以来2度目の学校の校門をくぐった。
くぐった優來は、道中置かれている案内板を頼りに、昇降口の方へ向かう。
「梶谷、梶谷……」
右から左とクラス表わ確認して、自分の名前を探す。
「あった」
自分の名前をみつけ、下駄箱を通ってそのまま上へ上がる。中学不登校だった自分が登校するというのは、慣れず緊張するものではあるけれども、息を整え、ヘアピンを触りながらゆっくりと階段を昇る。
教室の前に来てから、教室の中を軽く確認してから、ゆっくりと扉を開ける。扉を開けると、教室中の視線が一瞬優來へ向けられるけれど、すぐ皆スマホを見たり友達と話したりした。
そんな一瞬の視線にも、優來は少しビクッとしたが、教室の中へ足を踏み入れて、自分の席を確認。自分の席に座って、一息つくことが出来た。
「優來ちゃーん!」
「遊雌」
優來が席についてスマホでを見ようとしたら、優來を見つけた遊雌が優來に飛びついてきた。
「良かったー。合格発表の日見かけなかったから、落ちちゃったんじゃないかって心配してたんだよ。しかも、うちの友達落ちちゃったから、さらに心配だったし」
優來に抱きついた遊雌は、優來がここにいるということが嬉しいからか、笑顔で優來を見上げている。
「実際、落ちた」
「え、嘘」
優來が平然と言った言葉が、そこそこエグめなことなため、遊雌の笑顔は一瞬にして深刻そうな顔になった。
「でも、2次、受かった」
「だよね。ここにいるってことは、そうか」
「よかったよかった」と安心した声で言って、一旦優來から離れる遊雌。
「まあ、とりあえずよろしくね1年間」
「よろしく……」
改めて遊雌に挨拶をされて、気恥しそうによろしくと返す優來だった。
♦
「今日からお前らの担任になる……」
遊雌と話してからは、のんびりとスマホを見ながら、HRが始まるのを待っていた。かく言う遊雌わと言うと、朝からそうそう友達ができたみたいで、そっちで話し込んでいた。
「とりあえず、入学式まで自己紹介するか。あ、そうそう入学式なんだけど……」
先生が入学式の大まかな動きを説明してから、少しの時間の自己紹介が始まった。
「あまり我のことは、興味がわかないと思うが、皆よろしく頼むぞ」
自己紹介が始まってまだ最初の方、眼帯をした女の子が自己紹介を終わらせ席に着いた。
そして、前の子が座ったことにより、優來……ではなく、遊雌の番が回ってきた。
「うちの名前は、遊雌です。好きな物はブラックコーヒーとファッです。みんな1年よろしくね〜」
緊張感のない、40人が40人聞きやすいと思う声で、自己紹介を終わらせる遊雌。
そして、遊雌が席に座ると同時に、チャイムの音がクラス中にチャイムの音が鳴り響いた。
「お、ちょうどいいな。それじゃ、出席番号順で廊下に並ぶように」
先生の指示が入り、一時自己紹介は中断。クラスの人たちは、入学式に行くためにゾロゾロとろうかの方へ歩き始めた。
「優來ちゃーん!うちの自己紹介どうだった?」
「よかった。みんな、釘付け」
「ま、うちは立派なオトナな女性ですから。あんなのは、簡単だよ〜」
遊雌の言ったことに、それ関係あるか?とは思ったものの、とりあえず「凄い」とだけ褒めて遊雌と共に廊下の方へ歩いて行った。
♦
入学式が始まり、クラスの出席番号順でどんどん名前が呼ばれていく。移動中、全校生徒の名前が呼ばれる今の状況でわかるのは、受験の時優來を煽ってきた子は居ないかも、ということ。「かも」と曖昧なのは、優來自身あの子の名前が曖昧で、記憶が薄いからだ。
「それじゃあ、続きやってくか」
入学式はこれといって、変わったことは起こらず滞りなく進んだ。入学式が終わって教室へ戻ると、またしばらくは時間があるため自己紹介が再開された。
「終わります」
優來の目の前の人の自己紹介が終わった。ということで、ついに優來の自己紹介の番が回ってきた。やはり、こういう人前で何かをする、というのは緊張するけれど、いつも通りヘアピンを触って心を落ち着かせる。
息を整えてから、立ち上がり口を開いた。
「梶谷、優來。好きなの、はゲーム、おに――鬼火」
優來が何かを言いかけ、それをやめ言い換え鬼火と言うと、クラス中で「鬼火?」というハテナが飛び交った。
「こんな感じ」
鬼火のハテナが残る中、それだけ言って優來は平然と自分の席に座った。
さすがに鬼火は気になるけれど、何事も無かったかのように自己紹介は、進んでいった。
「それじゃあ、一旦休憩で」
自己紹介も終わり、残すは帰りのHRだけとなった。
「す、すまないが優――」
「優來ちゃんナーイス!」
自己紹介が終わって、またも遊雌が優來に飛びついてきた。
「遊雌、抱きつきすぎ」
「そうかな?でも、優來ちゃん抱きつきたくなるんだもん。仕方ないじゃん」
そう言いながら、優來のお腹で頬ずりをする遊雌。指摘した優來ではあるけれども、別にこんな遊雌の行動も悪いとは思ってはいない。
「ところで、友達できた?」
「友達……」
そういえば、できていなかった。前の席後ろの席の人わいるけれど、話していない。唯一話した人と言えば遊雌くらいだった。
「遊雌」
「もー、うち以外の子だよ。でも、嬉しい」
優來に言われたことに、さらに頬ずりを加速させた。
これは今更気づいたことではあるけれど、優來が登校中に感じんていた少しの恐怖と緊張感という物は、いつの間にか消えていた。
「それじゃ、また後でね」
優來から離れた遊雌は、満足そうな顔をして別の友達の方へ消えていった。
「そ、そこの――」
「席つけー。HRするぞー」
遊雌が消えてすぐ、先生が教室へ入ってきて、明日やることなどを話す帰りのHRが始まった。
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「ただいま……」
「2人ともおかえり」
帰りのHRが終わってからは、入学式を見に来ていた母と合流して、軽く写真を撮ってから帰ってきた。
玄関扉を開け家の中に入ると、リビングから優が出てきて優來と母を出迎えてくれた。
「優來、学校どうだ?友達できたか?」
「比較的、良好」
「そうかそうか、よかった」
優來の報告を聞いた優は、嬉しそうな顔で頭を撫でてくれた。
「明日一緒、登校しよ」
「いいな、一緒に登校するか」
期待する顔をして、登校を誘う優來に優自身も楽しみなのか、さらに強く頭を撫でながら答える優だった。