114 お嬢様と新婚ごっこ
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「ただいま」
馴染みのない玄関扉を開け、倒れるように入り込む。
「お疲れ様です。梶谷様」
「二月さんもね」
俺の後に家に入ってきた二月さんに、おかえりと返してから買い物かごを受け取って台所の方へ向かう。
「梶谷様、疲れただなんて大袈裟ですね。わたくしたち、歩いただけじゃないですか」
「歩いたって言ったってもね」
確かに、俺たちは歩いただけではある。手を繋ぎながら。手を繋ぎながら買い物してたからか、俺達を同棲大学生カップルとでも思った、主婦の方々から暖かい視線が向けられた。
というか、今の二月さんは平然としてるけど、本人が1番買い物中緊張してたっぽいんだよな。
「ていうか、手繋ぐ必要あった?」
「すみません、嫌……でしたか?」
「別にそういう訳じゃないけど」
別に手繋ぎで買い物は、前に1回したことあったし、俺はあんまし緊張はしなかった。1番の問題は、やはりあの暖かい目だ。しかも、ひそひそ話付き。
「まあ、いいや。とりあえず料理するんでしょ?」
「はい、私がやらせていただきます」
任せてください、と言った二月さんはやる気が満々な用で、既にエプロンを着て台所に立っている。
正直、買い物の時、値段も見ずにどんどん必要なものを、買い物かごに入れてレジを無視しようとした二月さんが、料理できるとはにわかに信じ難い。ていうか、そもそもの話、何を買えばいいかわかってなかったし。
「それ、俺も見ていいかな」
「いいですけど、少し緊張しますね」
はにかむように笑った二月さんは、両頬を手で抑えて体を左右に振り始めた。
「そこまで見せられたものじゃないかもですが、良ければ見ていてください。わたくしの、未来の姿を」
自信満々にそう言った二月さんは、買い物カゴから買ってきた材料をだして、どこからともなく持ってきたまな板の上に置いて、包丁を天高く……
「ストップ!ストップ!」
包丁を天高くあげた二月さんの、腕を掴んで振り下ろすのを止める。俺が二月さんを止めると、二月さんは俺の方を向いて、俺の事を不思議そうな顔で見ている。
「どうかしましたか?」
「どうかしたじゃなくて。危ないから、包丁振り上げないで。しかも、野菜洗ってないし」
二月さんが、まな板の上に置いた人参は、洗っておらず土がついている。それで言うと、皮もむいていない。
「野菜を洗う?」
野菜のことを指摘すると、不思議そうに首を傾げる二月さん。
「え、そこからなの?」
まだ料理手順がわからないとかならわかるけど、それ以前の下準備不可は、致命的過ぎないか?
「そもそもねー、野菜は土がついてるから、しっかり洗って」
「わかりました。では」
「待って待って!」
今度は、洗うと言った二月さんは明らか皿洗い用のスポンジで、人参を洗おうとし始めた。
まあ、これはありがちなやつだし、許せるな。ここまで来ると、許すのレベル超えてるかもだけど。
「にんじんは、てか野菜は手で洗って」
「あ、なるほど」
俺の説明に納得した二月さんは、水を出して人参を手で洗い始めた。
「二月さん、ここに住んでるんだよね」
「そうですけど、それがどうかしましたか?」
「それなら、料理とかしてたんじゃないの?」
ここにどれくらい住んでるのかは知らないけど、住んでるってことは家事はやっていたはずだ。部屋は、ホコリが1個もないレベルで、綺麗だし。
「料理は、メイドがやってくれていたので。それに、わたくし少し前まで、邸宅で料理長に料理は任せていましたし」
「りょ、料理長……」
二月さんが平然と出した言葉は、明らか一般的では聞か無い言葉。買い物と言い、料理と言い二月さんは漫画からそのまま切り取ったような、世間知らずのお嬢様だ。
「で、でも学校で調理実習とかしなかったの?」
作り方は覚えられなくとも、さすがに学校等で料理の安全なやり方くらいは、学ぶはずだ。さっきの見るに、忘れたとかその感じしかしないけど。
「調理実習ですか……」
調理実習と聞いて、二月さんは、落ち込んだような表情と少し低めのトーンになった。
「実はわたくし、したことないんですよ。なぜか、ことごとく調理実習の授業だけ、潰れてしまうんです」
「へ、へー」
「それで、お父様に料理をしてみたいと頼んだこともあったのですが、危ないからダメと強く言われてしまって」
あ、これ二月さんのお父さんの力で、授業消えてるかもしんないな。
学生の楽しい行事の1つ調理実習が、全部潰されるとは二月さん可哀想に。
「じゃあ、料理したことは1回も……」
「はい、経験無しです。すみません」
料理経験無しを黙っていたことについて、俺へ深深と頭を下げる二月さん。
「い、いやいいよそこまで謝らなくて。でも、なんで黙ってたの?」
深深と頭を下げていた二月さんに、頭を上げてもらって、目と目を合わせ理由を尋ねる。
「それは、梶谷様にいい所を見せたくて」
それは、今更と言うやつではないか?そもそも、いい所以前に誘拐してるわけだし。
「俺にいい所なんて、見せなくていいよ。しかも、料理ってなると、怪我しそうだし。できないなら、俺も手伝うから」
「梶谷様……」
シュントしていた二月さんの手を取って、そう伝えると二月さんの心に刺さったみたいで、ジーンとした顔になった。
一応を言うと、無知料理は普通に危ないから、やめた方がいいのは本当だ。とは言っても、俺が注意したのは、二月さんが怪我をしたら、また俺が殺されかけるかも、と思ったからってのもある。
「だから、俺も手伝うから一緒に料理しよっか」
「はい。わかりました、お願いします」
俺が手伝うのを提案すると、快く受け入れてもらい、俺も台所に立つこととなった。
「それじゃあ、料理の基礎からやっていこうか」
「はい。わかりました」
わかったと言った二月さんは、まな板の上に洗った人参を置いて、またも天高く包丁を振り上げた。
「だから、包丁は振り上げないでって!」
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「や、やっと完成した……」
湯気の出ている肉じゃがを見て、そこそこいいものができたな、と思う。
「ありがとうございます。何から何まで」
初めて俺主導で料理を作ったけど、ほんとにいいものができたと思う。前に石橋さんと作っといて、良かった。
二月さんに教えながら作ってて感じたけど、刈谷さんとか、石橋さんって凄いんだな、あと由乃も。
「それじゃあ、食べましょうか。わたくし達の、愛の結晶を」
「言い方がなぁ……」
食器棚から、食器を取り出して、愛の結晶もとい肉じゃがを食卓に運ぶ。
二月さんは、肉じゃがが完成して、じゃがいもみたいにホクホク顔で動いている。
「どうぞ、梶谷様」
箸で掴んだ肉じゃがを、俺へ向けあ〜んを発動する二月さん。
「いただきます」
味見を何度もしてたからわかるけど、普通に食べれるな。て言っても、前に作ったり食べたものに比べると、ちょっと物足りない感。
「二月さん、どうかしたの?」
俺にあ〜んをした二月さんを見ると、恥ずかしそうにモジモジとしている。
「いえ、梶谷様はこういうのにお馴れしているのかなと。そう思うと、わたくしが恥ずかしくなってしまって」
おっと、ここは恥ずかしがった素振りをして、躊躇うべきだったか。佐藤さんやらの影響で、こういうのはあまり躊躇いがなかった。
「い、いや二月さんは普通だから。俺がおかしいだけ」
ふむ、こう言ってみると俺もあかん方向に、進化してきたな。
「梶谷様は、こういうのにお馴れになっているということは、もしやそういうご関係のお相手が居るということですか?」
「いや、相手はいないかな」
「そうですよね。梶谷様の周囲の女性は、調べたのですが、お付き合いはされていないようでしたから」
そりゃ、俺の事調べてれば周囲の人たち調べてるよな。俺のせいで、みんなの個人情報が勝手に調べられているのは誠心誠意謝っておきたい。
「ま、まあいいから。ほら、二月さんも食べなよ。俺たちの愛の結晶なんでしょ?」
話をそらすために俺も、箸で肉じゃがの具を掴んで、二月さんに向ける。
「そ、そんな梶谷様から言っていただけるだなんて。では、少し恥ずかしいですが、いただきます」
頬を赤くして、照れた二月さんは、目を瞑りながら俺の箸に口をつけ俺が向けていた具を食べた。
「おいしい?」
「はい、邸宅の料理と遜色ないくらいには」
「それは言い過ぎじゃない?」
「いえ、梶谷様の愛情を感じて、とてもおいしく感じますよ」
青空さんも、前に俺が食べさせると美味しさ倍増とかって言ってたけど、そんな変わるもんかね。てか、愛情をこれに込めた記憶が無い。
「そう、それなら良かったよ。てか、俺どのくらいここに住むの?」
この生活にこの短時間で慣れ始めてきたけど、一点そこだけが、気になっていた。
「そうですね、本当はずっとと言いたいのですが、さすがに警察の方々に動かれると、面倒なので頃合いを見てですね」
「その頃合とは?」
「まだ秘密です」
秘密と言って、いたずらっぽく笑う二月さん。
いつ帰れるかわかんないのか、しばらくこの生活か、料理がどうなるかによって、難易度が変わってくるな。
「まあいいや。じゃあこれだけは教えて」
この際酷いことはされなさそうだし、受け入れるしかない。逆に逃げようとしたら、殺されかねないし。とりあえず、これだけは聞いておこう。
「俺と二月さんって、いつ出会ったの?」
俺が目覚めてすぐの時、二月さんは2度目と言っていた、でも俺の記憶には二月さんは1回しか出てこない。
「それも、秘密と言いたいところですが、まあいいでしょう。わたくしに料理を教えてくれたお礼です。ほんとは、思い出して欲しかったところでけれど」
俺の目の前に坐る二月さんは、では話しましょう、と言って笑ったのち、俺と二月さんの出会いについて話し始めた。