109 甘えたがりシスターと合格発表
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「優來、なあ優來いるなら返事してくれないか」
優來の部屋の扉を何度もノックする。寝ているのか、起きているのか、全くもって反応がない。
「何も無いなら、入る――」
レバーハンドルを下にして、優來の部屋のドアを開けようとするけれど、ビクとも動かない。
「優來、そこにいるのか」
反応は無いけれど、感覚的にそうな気がする。
そりゃ、落ち込むか不合格だったんだし。
*
日中だと言うのに、カーテンの締切った真っ暗な部屋。机の上には、くしゃくしゃの紙と兄、優から貰ったヘアピンが置かれている。
そして、扉の前に体育座りをして、俯いているのは優來だ。
今日の朝、優が学校へ出たあと自身の合格の有無を確認して、不合格。そこから少し荒れたけれど、今はそんなのどうでもいいくらいの鬱に襲われていた。
「優來、なあ優來」
そして、優來の後ろでうるさいくらいにずっと、扉をノックしているのは優。
優來が返事すらしないのは、わざわざあそこまでしてもらって、優に対して申し訳がたたないというのと、単純に話す気力がわかなかった。
「とりあえず、気が向いたらでいいから、リビング降りてこいよな」
それだけ言い残して、優は静かに優來の近くから去っていった。
何も無い、音もならない静かな部屋で、今更になって当日またはその前の勉強期間、何がダメだったのかを、考え始めた。
その中で1つ出てきた言葉は、遊雌からの一言だった。
「お互い絶対合格して、楽しい学校生活を送ろ!」
今となっては、そんな言葉が叶うことなどないと思って、さらに自信を傷つける言葉にしかならないのだけれど。
そんなことを考えていたら、優來は更に落ち込み、気持ちが沈んで行った。
優來にとって、今の自分は沢山の期待を背負っていたのにも関わらず、達成できないとんでもなく惨めなやつというレッテルを貼り付け、自信を傷つけている。
実際、優來が背負っていると思っていた期待は大きく、それを元にやる気を出していたくらいだ。
しかし、そんなものは今は無い。今あるのは、あの時こうしてればというタラレバと、何もしたくないという無気力感だけだった。
「優來、まだそこにいるか?」
あれから、どれくらいの時間が経っだろうか、カーテンから少しはみ出ていた光すら消え、真っ暗な部屋の扉の前で体育座りのまま、何も考えたくないから寝ようとするけれど寝れず。また、受験のことを考えてしまい、吐き気をもよおすを繰り返していたのは覚えている。
「少しは返事してくれないか?お兄ちゃん寂しいんだけど」
何度も、何度も優來が無視を続けるというのに、負けじとしつこくドアをノックし続ける優。
「なあなあ」
「お兄、うる……さい」
さすがにしつこすぎる優に対して、怒ろうしたけれど途中で自分が言える立場ではないと思い、声が少しづつ小さくなっていった。
「よかった、起きてて。なあ、優來そのままでいいから、話聞いてくれないか」
そういう優の声は、自分と同じぐらいの位置から聞こえてくる。
「たしかに、お前は不合格になった。けど、別にいいだろそれくらい」
「でも、お兄の時間、無駄に」
「別にどうだっていいんだよ」
弱気な優來に対して、全く真逆な元気な声で返す優。
「実際俺は、優來の受験には賛成だったし。俺もノリノリで、やってたから無駄なんて思ってないよ」
「他の人、だって」
「まあ、黒嶺さんはわかんないけど、由乃も刈谷さんもそこまでは思ってないんじゃないかな。あの2人は、そこそこノリノリだったし」
黒嶺、一応母の反対を無視してまで、ここまで来た。結果、2人の予想通り優來は不合格でこうなってしまった。
「それに、優來これ」
そう言った優は、扉の下の換気用の隙間から、優來の部屋へ6枚の紙を入れた。
「問題用紙?」
優から渡された紙を拾って、見にくい中目を凝らして何かを見ると、当日優來が帰宅後優に渡した問題用紙だった。
「そう、問題用紙。渡すの忘れてたけど、あの日自己採点はしてたんだよ」
優から渡された紙には、それぞれの教科の表紙に点数が書かれていて軽い計算400点は超えている。
「すごいぞ優來、俺の時よりも点数が全然高い。やっぱ、足りなかったのは内申だったのかもな。まあ、今回の基準がどれくらいかわかんないから、絶対に内申とは言えないけど」
「やっぱ、私不登校になってたから。落ちた」
内申のせいと言われ、自分がいじめに対してもっと耐えてれば、しっかり対応していれば、と自分のことを責め涙が出てくる優來。
「あ、優來別に気にしなくていいんだぞ」
優來の鼻水をすする音が、優に聞こえたらしく、一気に焦り始めた。
「い、いやまじで。あそこからここまで来たのは、本気ですごいと思うし」
「お兄、もういい」
このまま話し続けても、優の迷惑になるだけと思った優來は、突き放すように優へ言葉を放った。
「そうか。ごめんな」
少し悲しそうな声でそう言った優の足音が、優來の部屋からどんどん離れていく。
かと思ったら、離れて小さくなっていた足音は、逆に大きくなって優來の部屋の前で止まった。
「お兄、なに」
「いやぁ、そのなんだ単純に言い忘れてたんだけど」
気恥しそうな声でそう言った優は、少し間を置いてから口を開いた。
「優來、受験お疲れ様。いろいろと、頑張ってて偉かったぞ」
優來と同じぐらいの位置に、高さを合わせた優が発した言葉は、優來への賛美の言葉だった。
それを聞いた優來は、自分には似合わない言葉だと、一瞬喜んだ心を殺した。
でも、嬉しかったものは嬉しかった。消そうとしても、その感情は消えない。
そんな中、さっき放り投げた優來の大まかな得点の書かれた紙が目に入った。
その中の1枚、6枚目の紙は、優が計算する用紙に使ったようで、筆算の跡がある。
そして、その紙を上から下まで目で見てみると、確かに書いてある。つたない花丸と共に「最高記録達成!よく頑張った」と。
優來は、歯を食いしばり、拳を強く握った。
*
「ま、まあそれだけだから。ゆっくりでいいから、な。回復して、俺とまた遊ぼうな」
優來へ、励ましを試みたけれど、結果は失敗このままだと黒嶺さんと、優來を試した時の母さんが言ったことが本当になりそうだ。
そりゃ、あれだけ死ぬ気でやってこうなると、誰でもこうなるか。一応代案――
「お兄!」
「優來、部屋からっておお」
少し意気消沈で、リビングに戻ろうと歩みを進めていと、優來の大きな声が後ろから聞こえてきた。
それを聞いて、いい気分で後ろを振り返ったら、優來が思いっきり飛びついてきて、尻から床に倒れた。
「いてて…………」
「お兄、私トラウマ克服、した」
「そうだな」
倒れ込んだ俺の上で、俺の服を強く握って話す。握る力が相当強いのか、腕がプルプルと震えている。
「それに、それに勉強も、頑張った」
「それは、俺も見てた。だから、あそこまでいけたんだ」
「それに!それ…………に」
「ゆ、優來!?」
俺に吉報を伝える優來は、その声に熱がどんどんこもっていった。けれど、ついには目から涙がポロポロと落ちてきてしまった。
「私…………し」
鳴いたからか、息を吸ったりでなかなかに話が出来なさそうな優來。
「わかった、とりあえず少し落ち着こ、な?」
優來を落ち着かせるために、頭と背中を優しくさする。けれども、何故かさらに涙が出てきてしまった。
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「落ち着いたか?」
俺の上で泣きじゃくって、目の下を赤くした優來に聞くと、何も言わずに縦に首を振った。
結果的に優來は、ずっと俺の上で泣き続けたわけなんだけど、鳴き声で声が隠れてるのもあって、上手くは聞き取れなかった。
でも、優來が精一杯に、自分の成果を伝えてるのは、表情と泣く前の言葉でわかった。
「とりあえず、リビング行くか。母さんもそこそこ落ち込んでるみたいだし」
母さんは母さんで、優來がまた部屋にこもってしまって、顔では取り繕っていたけど、行動的に動揺がみてとれた。
早く行って、安心させてあげよう。
「母さん」
「あぁ、優戻ってきたのね」
リビングに入ると、食卓の上で母さんが、頭を抱えて座っている。
「やっぱり、ダメそう?」
「いやぁ?それはどうかなー」
ふざけた感じで、母さんに返すと、母さんが勢いよくこっちを向いた。少し怖い。
「お母…………さん」
母さんがこっちを向いたタイミングで、いつぞやの優來と同じように、バツが悪い感じで俺の後ろから優來が姿を現した。
「優來!」
優來のことを見た母さんは、すぐに立ち上がって優來に抱きつきに行った。
「お母さん、ごめん…………」
「いいの、別に。気にしなくて」
優來に抱きついた母さんは、優來ほどでは無いけれど、目に涙が溜まっている。
「私は、優來が元気ならなんだっていいの」
「ありがとう。あっ」
優來が母さんに感謝を伝えたタイミングで、優來のお腹から音が鳴った。
「そうよね、優來ずっと何も食べてなかったもんね。待ってて、すぐカレー暖めるから」
今日の夜ご飯は、優來の好きなカレーだった。わざわざ、俺があまり得意ではないカレーライスが出たのは、やはり優來を元気づけるためだったんだろう。
「ていうか、優來目赤いけど」
「お兄に、泣かされた」
「ちょ、ちょっとまて優來」
「優あんた」
優來の説明を聞いた母さんの目が、一気に俺に対する怒りの目に変化した。
「違う違う。泣かせてないって」
怒りの目に変わった母さんが、俺の方へジリジリ詰め寄ってくる。
「優の、可愛い妹なんだから、泣かせない出あげなさいよ…………でも、多分それのおかげなのよね、ありがと」
「ま、まあそうだけど」
なんで、この歳になって母親のツンデレを見なきゃいけないんだ。
「そういや、父さんは?」
ほんとにそういえばだけど、父さんの帰りが遅い。いつもなら、夜ごはんぐらいの時間にはいるはずなのに。
「お父さんは、今日帰りが少し遅くなるって」
「なるほど」
まあ、少し助かったかな。さすがに、落ち込んだ両親2人は相手にできなかったと思う。
「で、優來はカレー美味しいか?」
「最高!」
さっきの悲しい顔が嘘みたいに、いい顔でサムズアップを見せてくれている。
「なら、良かった。じゃあ、そんな優來にいい話をしてやろう」
「お兄の、名言?」
「あ、いやそういうんじゃないんだけど」
俺には、名言なんて言えるはずもなく。優來に、あるサイトの画面を見せる。
「これ、は?」
「高校の2次募集。ここ、見てみなよ」
俺の指さしたところには、俺の高校の名前が書かれている。
偶然にも、2人ほど合格辞退という不届き者がいたようで、枠が2個できたらしい。
「もし、やりたいなら。やってみないか?一応、コンティニューだ。どうする?」
「……………………やる!」
カレーを食べていたスプーンを、机の上に置いて、強い眼差しで俺の方を見る優來。
「そうかなら、また勉強しなきゃだな。母さんもいい?」
「別に好きにしな」
「じゃ、頑張ろうな優來。リスタートだ」
やることを決めた優來の前に、握りこぶしを出す。
「うん」
それに呼応して、優來も握りこぶしを出して、優來と決意のグータッチをした。