104 大量のカカオ
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教室内が少しざわついている。特に男子たちが、女子の行動1個1個に反応しては、軽くため息をついている。
なぜこんなことになっているのか。それは単純明快、今日は2月14日。バレンタインなのだから。
かく言う俺は、あまりそわそわしていない。なんせ、今年はバレンタインに対して縁がありすぎるのだから。
別に今までも、由乃から義理ではあるけれど、貰ってはいたし、人生で一度も縁がなかったという訳では無いんだけど。
「か、梶谷くんこれ」
とか考えていたら、早速だ。エントリーナンバー1、佐藤さん。佐藤さんの持っている、包みを見る感じ手作り。期待が高まるな。
「ありがとう、佐藤さん」
「ううん、いいんだ。それじゃあ」
佐藤さんからチョコを受けるとると、佐藤さんはそのまま手を振って行ってしまった。
これに関しては、何があっても佐藤さんからは貰えると思ってはいた。佐藤さんは、優しいからクラス全員分作ると俺は予想してたし。
「はい、田中くん」
「お、佐藤さんありがとね」
田中も貰えたようだ、はたして田中は刈谷さんからチョコは貰えるのか。
「いやー、嬉しいな。ホワイトデーは、期待しといてよ」
「い、いや別にいいよ。市販品だし」
ん?市販品?言われてみれば、俺と田中の持っているチョコでは、包みが違う……
佐藤さんは、全員に配りはするけれど、仲良い人には手作りを渡すタイプの人なのか。
とりあえず、このチョコは誰にも見つからないようバッグにしまっておこう。
「ゆうく〜ん、おはよ〜」
「おはよう、青空さん」
佐藤さんの次にやってきたのは、青空さん。青空さんには、あまり期待はしてないけど、わざわざ来たということは、そういうことだろう。
「も〜、ゆうくんそんなに期待したって、何も出ないぞ〜」
「な、なんのこと?」
「しらばっくれちゃって〜、チョコ、欲しいんだろ〜」
嘘だ、俺はチョコが貰える安心感から、平然とできているはずなのに、青空さんに軽い下心がバレている。
「ま、まあ欲しいかと聞かれれば」
「しょうがないな〜、はいチョコどうぞ〜」
そう言った青空さんは、着ているブレザーのポッケに手を突っ込んで、俺に手のひらの上にチョコを落とした。
「あ、ありがとう」
もったいぶったから、何が出てくるかと思えば、青空さんが俺にくれたのは、コンビニとかで10円くらいで売ってる、チョコ。
「ゆうくんは、料理系は僕に期待しないことだね〜。あ、付き合うのは、全然かまわないよ〜」
「もとから、予想はしてたし、ありがたく貰うよ」
「お、ゆうくんも僕がわかってきたね〜」
まあ、チョコの出来映え以前に、貰えること自体が光栄なことではあるし、このチョコでもありがたいとは思える。
「それじゃあ、お返し期待してるよ〜」
青空さんが、潔く帰っていくと思ったら、すぐにチャイムが鳴って、クラス全員が席に座り込んだ。
「それじゃあ、気をつけて帰れよ」
先生が帰りの会を締めくくって、日直の号令の元、クラスの全員が帰り始めた。
人によっては、何かを期待してるのか、わざとらしく何度もバッグの中を確認したりして、教室に残ろうとしている。
俺わと言うと、普通に石橋さんに呼ばれているため、急いで調理室に向かおうとしているとこだ。
少し残念なのは、余裕で貰えると思ってた、刈谷さんからチャコが貰えなかったことだ。
「あ、優くん。帰るんですか?」
「まあ、そんな感じだけど」
「なら、これどうぞ」
刈谷さんから、貰えなかったとか考えてたら、刈谷さんからチョコと思われるものを貰った。
「ありがとう。ところで、田中にはあげた?」
「田中さんですか?渡してませんけど……」
刈谷さんに田中のことを聞いたら、なぜ急にというような顔を向けられた。
残念だったな、田中。お前の無念は、俺が晴らしておこう。
「今年は、配る余裕がなかったんですよ」
「いつもは、配ってるんだ」
「そうですね。手作りで配ったりしてます。でも今年は、優くんので時間がかかってしまって」
いやー、悪いなクラスのみんな。俺だけが、刈谷さんのチョコを食べれるなんて。
「ん?ていうか、チョコ1個だけに、そんな時間かかったの?」
刈谷さんレベルなら、チョコを作るくらい、お手の物な気がするんだけど。
「今年は、カカオから作ったんですよ、なので味の調節とかに時間を食っちゃって」
「ほんとに、悪いな」
俺1人という人間のためだけに、カカオからチョコを作ったのか。たしか、カカオから作るとなると、めちゃくちゃ労力が必要だった気がする。ほんとに悪い気がしてきたな。
「何度か、失敗はしましたけど、それは味がしっかりしてるので、安心してくださいね」
「刈谷さんも、失敗するんだね」
「私も失敗ぐらいは、しますよ」
いつも平然と色んなことをこなすから、刈谷さんが失敗するというのは、なかなか考えにくい。
「まあ、美味しく食べさせてもらうよ」
「よかったら、感想聞かせてくださいね」
刈谷さんから、受け取ったチョコは、未だに教室に残っている田中にバレないよう、こっそりバッグにしまっておいた。
とりあえず、刈谷さんからも受け取ったし、石橋さんのところに行かなければ。
「お、いたいた良かったー」
調理室へ向かう最中、偶然にも下駄箱方向へ向かっているであろう、初愛佳さんと出会った。
「初愛佳さんこんにちは。俺に要でも?」
「そうそう、別に呼び出しもても良かったんだけどな。スマホの充電切れちまってよ、明日にしようとしてたんだ」
「えっと、それでなんのために俺を?」
初愛佳さんがいい感じに、話を濁していて、何を言いたいのかは分からないけど、大方予想はつくな。
「そ、その、これやるよ」
「ありがとうございます……」
やはり、チョコだった。
「それ、俺の自信作だから、ちゃんと食えよな」
「そうですか、楽しみです」
まあ、バレンタインのチョコって、刈谷さんみたいにガチらなければ、溶かして固めるだけだし、さすがの初愛佳さんでも、まともな味になるはず……
「つっても、佐藤と一緒に作ったから、佐藤のやつと、味が似てるかもしんねぇけどな」
「あ!そうですか、じゃあ楽しみです」
「なんかお前、あからさまに元気になったな」
佐藤さんと一緒に作ったということは、ほぼ佐藤さん監修ということか。なら安心できる。いやー、よかったよかった。
「そ、それじゃあまたこんどな。チョコ、美味かったら言ってくれよな」
それだけ残して、初愛佳さんは足早に下駄箱方向へ消えていった。
「石橋さんは……いたいた」
調理室におそるおそる入ると、いつも通り石橋さん1人が既に調理室内で待っていた。
「梶くん、やっと来てくれた」
「ごめん、途中いろいろとあって」
「まあ、別にいいけどね。これ渡すだけだったから」
そういった石橋さんは、バッグから手の込んだ包みに入った物を取り出して、俺に見せた。
「ありがとう。ところで、これは普通だよね」
「う、うん。そりゃあ、ねー」
あ、これダメなやつか。
「と、とりあえず私帰るから。ははは、それじゃあまた今度ね」
これ以上喋るとボロが出るとでも思ったのか、急いでバッグをもって調理室を出ていく石橋さんだった。もうボロは出てるけど。
とりあえず俺も帰ろう、チョコが溶ける前に。
いつもなら、たくさんの人が往来している出入口、今日は俺が寄り道をしまくったのもあって、人はほとんど居なくて、部活で学校に残ってる人が数人と言った感じだ。
「俺のリザルトは……ん?」
この場で、今日貰ったチョコの数を数えようとしたら、ブレザーのすそが引っ張られたような、感覚が肩に伝わってきた。
そんな気がした方を見ると、そこに居たのは水無口さんだった。
「水無口さん珍しいね、まだ残ってるって」
水無口さんは、帰宅が基本的に早いから、委員会もないのにこの時間にいるのは珍しい。
「そ、その……優、くんに……これ、わた、そう……と、思って」
そういった水無口さんは、手紙付きの箱を顔を赤らめながら、俺にくれた。
「まさか手紙付きとは、ありがとね」
「言葉、じゃ……上手く、いえない……から」
「へー。えっと、いつも会話が苦手な……」
「んん!」
水無口さんから、貰った手紙をこの場で開いて、朗読をしてみると、水無口さんが、恥ずかしさでか、俺の足をポカポカ叩き始めた。
「ごめんごめん、これは家に帰ってじっくり読むよ」
(別に、じっくり読まなくていいのだが)
スケッチブックで、顔を隠しながらそう答える水無口さん。
「とりあえず、途中まで一緒に帰ろうか」
(そうだな、途中まで行こう)
いやー、ほんと今年は豊作だな。これも、日頃の苦労あってのものだろうか。
とりあえず、このチョコ達は家でゆっくり楽しもうかな。