103 過去との決別
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「はい、確認できました。それでは、ここからお昼休憩とします。一応、勉強をする人もいると思うので、静かにお願いします」
国語の時間が終わってから、英数の順で試験は進み、ようやくお昼の時間がやってきた。
今のところの手応えとしては、今までやってきた過去問と同じような手応えで、心配はないと言った感じ。
「優來ちゃん、お昼食べよ」
「準備、出来てる……」
「早いね」
遊雌が弁当箱を持って、後ろを振り返った時既に優來は、机の上に弁当を置いて、少し食べ始めていた。
「時間との、戦い」
部屋にひきこもって、時間とはそこそこ無縁な生活をしていた優來から、出るとは思えない言葉が出てきた。
まあ、この言葉は、優からの入れ知恵的な感じで言われただけではあるのだけれど。
「時間との戦いね。受験勉強中、ずっと言われ続けてもう、聞き飽きたよ。こっちだって、わかってるってのに」
相当言われ続けて、ストレスが溜まっているのか、ガチめなため息が出てくる遊雌。
「まあ、そんなことは置いといて、優來ちゃんのお弁当トンカツかー。ゲン担ぎ?」
「たぶん、恐らく」
「トンカツってことは、だいたいそうでしょ」
今日のお弁当である、トンカツは優來がお願いした訳ではなく、普通に母が作ったものだ。
「遊雌、わ?」
「私?私わねー、じゃーん普通のお弁当」
遊雌が見せたお弁当は、確かに普通のお弁当。ミニトマトにミートボール、だし巻き玉子+αという感じの中身。
ちなみに優來の弁当は、トンカツを除けばほぼ遊雌と同じ中身になっている。
「なにか交換する?て言っても、中身ほぼ同じだし、メインを交換するしかないけど」
「じゃあ、これ」
そういった優來が、バッグから取りだしたのは、ラムネやチョコと言ったお菓子類。
「なるほど、優來ちゃん天才」
「それほどでも」
提案した案を遊雌に褒められて、満更でもなさそうな優來。
「それじゃあ、なに交換する?私は、飴とか持ってきてるけど」
優來に続いて、遊雌もラムネや飴、グミを出した。
「グミ、チョコ交換」
「お、いいよ、交換しよっか」
優來と遊雌は、台形のチョコ4個と個包装のグミ6個を交換した。
「チョコ甘くて美味し。ところで、優來ちゃんはなんで、ここの高校来ようと思ったの?」
「お兄が居るから」
「へぇ、優來ちゃん、お兄さんいるんだ」
「1つ上」
「へえ、年子なんだ」
優來が優のことを話すと、遊雌はその話に興味があるのか、さっきの会話よりも、反応がいい。
「お兄さんとは、仲良いの?」
「裸の付き合いレベル」
「へ、へー。裸の付き合い……」
間違ってはいないけれど、言葉が普通に悪かったのか、遊雌は若干引いている。
「そ、そんなことより、わかりきってる話かもだけど、優來ちゃんのおにいさん、優來ちゃんと同じ中学なんだよね」
「もち」
「だよね、ありがと」
このあとも、なんどか遊雌から、優について質問が何度かされた。
その間優來は、異様に優のことについて、聞いてくるなとは思いつつも、遊雌は兄弟が欲しかったと割り切って、優について返答を返していった。
「あとは、そうだなー」
「トイレ……」
「あ、優來ちゃん。もうちょっと、聞きたいことが――」
現在の時間を見た優來は、そろそろトイレに行って次の教科の勉強をしなければ、と思い一旦席を離れた。
遊雌は、少し物足りなそうに優來を見ているが、優來は遊雌の方は見ず真っ直ぐ教室を出ていったので、わかるはずもなく。
「先輩……」
綺麗なトイレ。ここの、高校は優が入学する少し前に建て替えを行っていたらしく、校舎全体はは公立高校にしては、綺麗である。
「時間……」
中学入学時、父から自身の指針を定めるため、とプレゼントされた時計を見て、昼休憩の残り時間を確認する。残り時は、おおよそ30分意外と余っている。
「その髪、梶谷さん?」
優來名前を知る人は、少ないはずなのに、急に名前を呼ばれ驚き直ぐに後ろを向いた。
後ろを向くと、そこに居たのは優來が殴った元クラスメイト。
「やっぱりそうだ、高校ここにしたんだね……大丈夫?」
優來自身、トラウマ自体は大まか克服しているものの、記憶に根深い部分は完全に燃やしきれていないからか、吐き気をもよおして口を抑えている。
「体調悪いなら、先生呼ぶけど」
「さわ、らないで」
触られると、本当に吐くと予想した優來は、差し伸べれた元クラスメイトの手をはたいてから、1歩引いて距離をとった。
( ヘアピン……)
前回のことを思い出して、急いで前髪につけているヘアピンを取って、握りしめる。
不思議なことに、ヘアピンを握りしめると、少し心が安らいだような感覚がしている。
「ていうか、梶谷さん学校来てないのに、受験はするんだね。いや、それともちゃんと復学したのか」
相手の子は、クラスが違うからか、優來の現状を知らないようだ。
「梶谷さん心配したんだよ、なんせ急に不登校になっちゃうんだもん。私のこと、殴って謝りもしないで」
嫌味っぽく、優來が殴った方のほっぺをさする元クラスメイト。
「まあ、確かにね私も、悪かったとは思うよ。落ちてたヘアピンを、踏んじゃったわけだし。でも、まさかそれが梶谷さんのだったとわね、偶然の出来事たししょうがなくない?」
最後半笑いになりつつ、優來を見下すように話し続ける。
「いやー、ほんとに痛かった。ただ、私がヘアピン踏んだだけだってのに。てか、あんなヘアピン大事にしてるとか、子供すぎ」
優來が何もできずに黙っていると、いい気になったのか、どんどん言葉の暴力で殴ってくる。
「あんなの、どこでも買えるでしょ、それを壊しただけで私殴られたなんてなー」
「さい……」
「え?なに?」
「うる、さい!!」
トイレの外に聞こえるくらいの大声を、出す優來。優來が、ここまでの大声を出すとおもってなかったようで、元クラスメイトはうるさい口を閉じた。
「な、なに急に」
「私をいじめてたのは、そっちだし!何もしなかった、私も悪い。でも、ヘアピンだけはバカにしないで!」
優來にとって、自分のことはどう言われても良かった。でも、優からもらったヘアピンだけは、絶対にバカにされたくはなかった。
「そ、そんなムキになっちゃって。ただのヘアピンの話なのに」
「それ、でも。もう、関わらないで」
「そっちが言わなくたって、こっちも関わらないよ。それじゃあ、行くから。受験、受かるといいね」
そう言ってそそくさとトイレから出ていく、元クラスメイトの子は、優來に言われると思ってなかった、ことを言われたからか少しぎごちない歩き方をしていた。
優來は思いの丈を話せて、まだ受験中だと言うのに、やりきった感覚に満たされている。
「優來ちゃんおかえり。遅かったね、体調大丈夫?胃薬持ってるけどいる?」
「もらう……」
思いっきり、思いを話してやりきった優來ではあるけれど、まだ少し気分が悪く、吐き気は残っている。
遊雌から、胃薬を受け取って飲むと、吐き気は多少治まってくれた。
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「はい、確認できたので真っ直ぐご帰宅ください」
残りの2教科を終わらせ、試験監督の指示で試験会場にいる受験生達がそれぞれ、問題用紙をバッグにしまって、教室を出ていきはじめた。
「多分途中まで、一緒だろうし帰ろ優來ちゃん」
「遊雌、友達と、帰らない?」
優來は、今日話し始めただだから、同じ学校を受けている友達と帰った方が、いいと思って優來は聞いた。
「ああ、友達ね。別にいいの、今日は優來ちゃんと話したいし」
「なら、いい」
遊雌にそう言われて、優來は少し浮ついた気持ちで、筆記用具等の片付けを始めた。
「ただいま……」
「優來、おかえり」
玄関を開けて、家の中に入るとただいまの声と同時に、優がリビングの扉を開けてい急いできた。
「手応えはどうだった?」
「練習以上……」
自信満々にサムズアップで、優へ答える。
「そりゃあ良かった」
そういった優は、優來の頭へ手を伸ばして、優しく優來の頭を撫でる。
これは、いつも感じることではあるけれど、やはり優に頭を撫でられると、心がホッコリする。
「ありがと……」
「まだ合格はしてないから、油断はできないけど」
優へのありがとうは、いままでの勉強と、ヘアピンに対するそんなありがとうだった。
「これ」
「え?なんでバッグ?」
「寝る」
「えぇ……」
試験の問題や文房具諸々が入った、バッグを優へ渡して、暖かい心を持って自室へ戻っていく優來だった。