102 甘えたがりシスターと受験
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「ハンカチとお弁当は、持ったわよね」
「もち」
家の玄関で、制服に着替えた優來に母が同じ確認を何度も行う。
「にしても、久々に見たな、中学の制服。それに、優來着れるようになったんだな」
確認を行う母の横で、黙って見ていた優が、今の姿を見て簡単の声を出す。
「練習、した」
「しかも、1人で調査書取りに行ったんだから」
優來は、優が周囲の女子になんやかんやされている間に、今までトラウマもあって着れなかった制服を着れるようにしたり、しっかりと1人で行動できるよう、訓練を積んでいた。
そう、兄が色んな女子に翻弄されている間に。
「それは、頑張ったな。それじゃあ、そのご褒美にこれ」
そういった優が、ポッケから取り出したのは、青と白の紫陽花が装飾としているヘアピン。
「なに?」
「いや、普通にヘアピンだけど。前髪、邪魔だろ。それに、前のやつ失くしたんだろ、それの代わり」
「ありがと……」
照れくさくヘアピンを受け取った優來は、その場でヘアピンをつけ、久々に目を影から光の元へだした。
「似合ってるじゃない。優にしては、いいセンスね」
「ファッションセンスは無いけど、その一言は余計でしょ」
「お兄、ありがと……」
「まあ、いいんだよ。受験頑張れよ」
優からヘアピンを受け取った優來は、完全状態となり、家から出た。
優と行っていた勉強会に、自主学習も含めて、学力はそこそこ万全。あとは、優來得意な問題が出れば最高といったところ。
「それでは、受験票を」
高校までは、距離が近いこともあって、道に迷うよううことなく、まっすぐ来ることができた。
「梶谷……違ったらごめんなんだけど、梶谷優くんの妹ちゃん?」
受験票を教師に渡すと、名字から優の妹かと、聞かれた。
「そう……」
「そう!お兄ちゃんと、同じ高校にしたんだ。受験頑張ってください」
「はい……」
元の性格もあるのだろうけれど、優來は他人との会話は全く練習していないのもあって、優なしでの1V1の会話は、とても緊張する。
「334……334」
初対面の会話という、予想外はあったものの、特にそれ以外では特に何も起こらず、普通に自分の番号の席について、軽い復習を始めることとなった。
今のところ、少し不安な教科は理科、数学といった理系科目。受験で不安があるのは、おかしいと言ってしまえば、そうではあるけれど。
「ねえ、あなた。ここの問題、やり方わかる?」
優來が、軽い復習をしていると前の席にいる、優來と同じくらいの身長の女子に話しかけられた。
彼女が優來に聞いた問題は、いつぞや黒嶺に教えてもらった、というより優の翻訳によって覚えた問題と同じようなもの。
それをしっかり、説明できるかという不安を抱えながらも、解説をする。
「こんなかんじ……」
「なるほど、わかったありがと。ていうか、あなた何組?うちと、同じ中学だよね」
優來は、相手の顔を見ずずっと手しか見ていなかったので気づかなかったが、相手の服を見ると同じ制服。
少し心臓が、キュッと締まる感覚がする。忌まわしき、過去の記憶、最近は薄れてきているものの未だに残っている苦い記憶。
「確か、2組……」
「なに、確かっておもしろ。まあ、よろしくね名前は?」
名前を聞くとともに、優來の方に手を差し伸べる女生徒。すぐには手が出ないけれど、ゆっくりと優來も手を出して、握手をする。
「梶谷優來……」
「梶谷……」
「どうかした」
優來の名前を聞いて、少し何かを考え始めた女生徒。優來は、彼女の顔を見た事は1度もないから、確実にいじめをしていた人ではない。
「いや、なんでもない。聞きたいことあるけど、今はいいや。よろしくね、優來ちゃん。私は、遊雌」
「よろしく」
名前が覚えられるかは、分からないけれど、一応頭の片隅に入れておこうと思い、復習を再開する優來。
ちなみに、優來の受験会場となる教室には、優來と同じ中学の人は遊雌のみのようだ。
「それでは、そろそろ問題集は片付けて、机の上は筆記用具のみにしてください」
試験監督担当の先生が、全体に号令をかけて、全員が机の上を片付け、緊張した面持ちで、問題用紙が配られるのを待つ。
「優來ちゃん、緊張するね。なんか、私立とは全然違う感覚」
「少しわかる……」
もちろん優來は、私立は受けていないから、感覚の違いは分からないけれど、公立受験の圧倒的に重い空気感の、緊張はわかる。
公立受験は、落ちてしまえばほぼ確定で、その高校には入学できない。ここが、受験期間の集大成と言える。
「それでは、問題用紙を配るので、ここからは一言も喋らないでください。何かあれば、手をあげてください」
教室にいる全員の元へ、最初の教科の国語の問題用紙が配られる。
「あと1分ほど経てば、チャイムがなると思うので、それと同時に始めてください」
1分という短い時間ではあるけれど、とても長く感じる。何も忘れないうちに、早く始まれと全員が願う。
皆がそう願っていると、試験開始のチャイムが鳴った。試験監督の開始の合図とともに、全員が国語の問題用紙の1ページ目を開き、問題をとき始めた。
受験の問題は最後を除いて、すべて選択問題そのため最低、運でやるこもできるが、優來にはその心配はいらないようで、問題をすらすらと解いていき、すでに1ページ目を解き終えた。
静かな教室の中、皆が何度も解答を確認していると、聞きなれた鐘の音が鳴った。
「それでは筆記用具を、机に置いてください」
チャイムの音の中、試験監督先生が大声で試験終了をアナウンスする。
「それでは、解答用紙を後ろから回してください」
そんなこんなで、国語の時間はあっけなく終わりを迎えた。
「優來ちゃん、どうだった?」
「グッド……」
やってみた国語の手応えとしては、特に詰まったとこはなく、そこそこいい感じと言ったところ。
「うちは、少し不安かな。最初の漢字が、予想以上にできなくって」
遊雌と軽く手応えを共有しつつ、次の教科の復習へ移っていく優來。
「ところで、優來ちゃんって内申いくつだったの?」
復習の途中、優來にとってそこそこ地雷な質問を投げかける遊雌。
「内申……」
「あ、言うの嫌だった?ごめん、嫌なら言わなくていいよ」
優來の反応を見て、何かを察してくれたようで遊雌は即座に話を無かったことにして、復習に戻った。
「それでは、立っている人は席について、教科書等をしまってください。全員が、片付けたのが確認でき次第、問題用紙を配ります」
遊雌との話を混じえつつ、優來の受験という大きな課題は、続いていく。