100 無口少女とヤンキー少女
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「水無口さん、映画面白かった?」
スクリーンを出てから、近くにあったベンチの上で、休憩する水無口さんに、さっきの映画の個人的評価を聞いてみる。
(そうだな、まあ面白かったな、が)
「が?」
なにか、含みのある終わらせ方をした水無口さんは、スケッチブックのページを変え、急いで文字を書き始め、俺に見せた。
「なが」
水無口さんが俺にみせた、スケッチブックの文字量は、今の短時間で書いたとは思えないものすごい文字量。
(まず、内容自体元の話が長いのもあって、飛ばされているシーンはいくつかあったな。我個人としては、ホントならあった主人公の性格にまつわる重要な話が切られているのが、少し残念なところだった。あとは、映画オリジナルの展開だな、終盤の主人公と姫との仲良しのシーン。あれは原作だといい感じにはぐらかされていたのだが、まさか普通に描写するとは。でも、文言が絶妙にネタぽかったのが、いままでそこそこ良かった、映画の評価を絶妙に下げていると言った感じだな。それに、刺激が強すぎた)
ある意味で、文字量の分だけ、原作に愛があったということなんだろう。にしても、1回見ただけで、ここまで感想が言えるのは、ほんとうにすごいとしか言いようがない。
「水無口さんの、前半のことは俺は分からないけど、後半はわかる。なんか、残念な感じあったよね」
後半の濡場、別にあっても良かったとは思うけど、正直一言一言余計じゃね、としか思わなかった。
あれに比べれば、超安い棒読み役者ばかりの、ソレ系ビデオの方がいいと思えるレベルで。
(優も、原作を読めば、映画との違いがわかるのではないか?良ければ、貸すが)
「それなら、休み明け貸してもらっていいかな」
これは、結構普通な話かもだけど、映画に原作があるなら、原作と映画の違いを楽しむというのも、映画の楽しみ方なのだろう。
(そうか、じゃあ心待ちにしているといい)
「心待ちにして待ってるよ」
(あと)
「あと?」
また、なにか含みのあるような、文言をでかでかと書いて、別のページに何かを書き始める水無口さん。
(見る前にも言った通り、我はあまり映画は見ないのだが、意外といいものだな。だから)
「また、こん……ど、一緒、に行きたい……な。優……くん、と」
口元は、スケッチブックで隠しつつ、ゆっくりと言葉を口にする水無口さん。
含みの割に意外と普通な話だったな、もちろん答えは決まっている。
「そりゃあ、全然いいよ。水無口さんが、俺でいいなら全然誘ってよ」
そういや、今更だけど、家族以外の女子と2人きりで映画って、初めてだたな。由乃とは、映画自体行ったことは無かったし。
(そうか、それなら遠慮なく。よろしくな)
「よろしくね水無口さん」
少し緊張した顔から、一気にいい顔に変わった水無口さんと、映画鑑賞同盟を結び映画館を後にした。
「さて、昼どうする?」
映画は、10時くらいから見始めたのもあって、今はちょうどお昼時。俺はポップコーンで、少しはお腹が満たされているけれど、それでもお腹はすくというもの。
「てか、水無口さんお腹すいてる?」
水無口さん、少食っぽいから、もしかしたらさっきのポップコーンで、腹八分目の可能性がある。
(すごくは、無理だが多少なり行けるぞ。そうだな、そこのファミレスとかでどうだ?)
そう書いた水無口さんが指したのは、有名ファミレスチェーン。
「いいよ、じゃあ入ろうか」
映画後のファミレスは、なんかそれっぽくていいな。きっと、感想戦が白熱することだろう。
「お、優じゃえねぇか偶然だな」
「初愛佳さんじゃないですか」
ファミレスに入ろうと、移動を始めようとしたタイミングで、偶然も偶然初愛佳さんとバッタリ出会った。
「初愛佳さんは、1人で買い物ですか?」
「いや、母さんに半強制で連れてこられたんだけど、はぐれちまってな。電話しても出ないし、適当に歩いてるとこだ。そういう優も、1人か?」
「何言ってるんですか、見えませんか?」
初愛佳さんの身長がいくら高いと言っても、俺を見たら、水無口さんも視界に入るはずだ、あれ?
「水無口さん?」
さっきまで、横にいたはずの水無口さんがいない、変わりに、俺の背中の下の方を誰かが触ってるという感覚はある。
「水無口さん、なにしてんの」
俺の後ろに隠れている水無口さんに聞いても、震えてるだけで何も答えてくれない。多分、初愛佳さんから出てる謎の覇気がなんかに気圧されてるんだろう。
「あ、ほんとだ、もう1人いた。親戚か?可愛いな、絵描くの好きなのか?」
水無口さんの身長に合わせるため、しゃがんで水無口さんの視線に頭の高さを合わせる初愛佳さん。
というか、初愛佳さんの水無口さんへの対応が、小学生向けの対応だな。
「人見知りなのか?」
「ま、まあ」
「そうか、ごめんな。怖いよなー。ところで、俺に絵見せてくれよ」
水無口さんの頭をポンポン触りながら、絵が書かれていると思っているスケッチブックを指す初愛佳さん。
「あの、初愛佳さん。頭撫でてるとこ、申し訳ないんですけど。水無口さん一応、てか普通に俺たちと同い年の同じ学校です」
「あ、まじ?ごめんごめん」
水無口さんのことを聞いて、一瞬疑うような顔をしてから、謝る初愛佳さん。
「ていうか、同い年ってことは、お前ら……その、デートかよ」
「何も考えずに答えるなら、そうなりますね」
デートのことを、男女2人がただ遊ぶだけで成立するとするなら、デートだし。しっかり両思いじゃないといけない、とするならデートでは無い。
「へ、へーデート……」
「て言っても、今のところただ映画見てただけなんですけどね」
「立派なデートじゃねぇか!」
俺の話を聞いて、少し顔を赤くして大声をだす初愛佳さん。
水無口さんはと言うと、何故か俺の事を弱い力で、ポコポコ叩いている。
「そうですか……あ」
今日の行動が、デートであると言われ、やっぱそうだよなぁとか思ってたら、俺の腹から音が鳴った。ポップコーン消化早いな。
「なんだ、お前腹減ってんのか」
「まあ、そこそこ。今、そこのファミレス行こうとしてたとこだったんですよ。そしたら、初愛佳さんと出会って」
「そうか、それはごめんな。みなくち……も、ごめんな」
俺の後ろにいる水無口さんに謝る初愛佳さんだけれども、水無口さんは、俺の体を壁にまた隠れてしまった。
「お前、良くこいつと友達になれたな」
そんな水無口さんを見てか、初愛佳さん指をさしながらとんでもない一言を発した。
「なっ!?」
初愛佳さんの心無い言葉に、普段全く声を出さない水無口さんから、食らったような声が出てきた。
「初愛佳さん、それは言い過ぎじゃ……」
「ごめんごめん、思わず」
正直本人を目の前にして言うのは、わざととしか思えないけど。
「また、ごめんな水無口」
「…………」
また水無口さんに対して、謝る初愛佳さんではあるけれど、やはり水無口さんは、答えるつもりはないようだ。
「ま、まあとりあえず俺たちはファミレス行こうか」
「なあ、優。それ、俺も行っていいか?」
水無口さんが、恐怖で震えすぎてるのを見兼ねて、そろそろファミレスに行こうとしたら、初愛佳さんが来たいと言い始めた。
「初愛佳さん、いま迷子なんじゃ……」
「どうせ、母さんは連絡しても出ないだろうし。あと、俺も腹減ってんだよ」
「一応俺は、水無口さんが良ければいいんですけど」
そう言いつつ、水無口さんの方を見ると、すごい速度で頭を横に振っている。
「すみません。水無口さん、人見知りで。今回は、俺達だけで」
「だめか?水無口。俺も行きたいんだけど」
水無口さんの正面にしゃがんで、水無口さんに説得を試みる初愛佳さん。水無口さんは、俺を握る力が強くなった。
「な、いいだろ。じゃなきゃ、俺暴れちまうよ」
「ヒィ!」
明らか初愛佳さんの取捨選択ミス。水無口さんの顔が、一気に青ざめたいった。
「だから、いいだろ?」
初愛佳さんが再度聞き直すと、青い顔の水無口さんは、ゆっくりと首を縦に振った。
「ほんとか?ありがとな」
同行を許してくれた水無口さんのことを、唐突に初愛佳さんが撫で始めた。
なんだろう、初愛佳さんのヤンキーらしい面を、久々に見た気がする。
「それじゃあ、行くぞ」
水無口を撫でたあと、すぐ立ち上がって、ファミレス方向へ歩き始める初愛佳さん。
「なあ優。俺、水無口に嫌われてんのか?」
初愛佳さんを目の前にして、ほぼ放心状態だった水無口さんをどうにか動かして、ファミレスへ歩いていると、初愛佳さんが小声で俺に聞いてきた。
「嫌われてるってよりかは、怖がられてるんじゃないですかね」
「そうか、俺なにかしたかな……」
何かしたかと言われると、ほぼ何もしてないけど、そこそこあの取捨選択ミスは、決定的だった。
「とりあえずは、怖がらせないようにしてくださいね」
「だから、俺何もしてないって」
俺には見えないけど、他の人から見ると初愛佳さんからは、謎の覇気が見えるっぽいから、それをどうにか出来れば、水無口さんも怖がらないと思う。
それを乗り越えても、水無口さんの人見知りがまだ残ってるけど。