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落日の紅が映す心の意味は  作者: 月夜野桜
第一章 その瞳は情熱に染まり
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 しばらく進むと、次第に船の形が見えてきた。向こうは北西に舵を取っているようで、徐々に左手に回り込んでいき、既に十時の方向に位置している。


 斜め後ろから見える船後部には、かなり高い船尾楼がある。同様に船首楼も高く、全体的に丸みを帯びたずんぐりとした船体に、三本のマスト。ポルトガルではナウと呼ばれる船種に見えた。英語圏では、キャラックと呼称される。


 ステラたちが乗っているガレオン船の元になった古い船形だが、まだ置き換わっていく途上であり、現役で就航しているナウ船は多い。


 メインマストとフォアマストにはそれぞれ二枚の横帆おうはんを張り、最後尾のミズンマストには縦帆じゅうはんの一種のラテンセイル。その帆装は明らかに外洋航行用で、恐らくは遠距離交易の商船。


 軍船の可能性もあるが、ナウには砲列甲板は存在せず、大砲は主甲板の上に置いて使用する。そのため、船体横に砲門はなく、武装しているかどうか、遠目には見分けはつかない。平時は商船として、戦時は大砲を積んで軍船として使う運用も多い。


 ステラはよく目を凝らして船体を見た。汚れや付着物などによる色の変化から、喫水の深さが判断出来る。浅めになっており、積み荷は少ないように思える。


 隣に来ていたヴィトーリアを見上げて、ステラは訊ねた。


「あれ襲うの? 空荷だったりしないかな?」


「とりあえず追いかけてみてから決める。――網を用意しろ」


 ヴィトーリアは振り返って、船員たちにそう命じる。格子蓋を開けて、船倉から投網が持ち出された。漁で使うような形状だが、もっと目は粗く太い綱で編まれている。


「なんに使うの?」


 首を傾げて見上げるステラに対して、ヴィトーリアは不敵に笑って短く返した。


「見てりゃわかる」


 ステラは網を眺めながら考えた。どう見ても魚は網目の隙間から零れ落ちてしまう。大きな鮫やらイルカやらなら獲れるが、そもそも漁をするタイミングとは思えない。かといって船ごと捕らえられるほど大きいわけでもない。


「カルロース!」


 大声で呼びかけてから、砲列甲板入り口付近にいるカルロスに対して、ヴィトーリアがジェスチャーで合図を送る。カルロスが同様の動きをすると、直進していた船がやや左へと回頭した。同時に操帆手たちが索具を引いたり緩めたりして、風を効率よく受ける向きに調整していく。


 喫水が浅く、船体もスマートなガレオン船は、元々ナウよりも速度が出るものだが、よく訓練された船員が操ってこそである。変化する風向きに合わせて、複数の帆を最適な角度に調整し続ける必要があるだけではない。舵を切っても風を受ける向きが変わる。連動して帆も操作することになる。


 多数の船員が一体化し、連携して各々の役割を果たさなければならず、それを取り仕切るのが航海士長でもあるカルロスの仕事だった。


 襲った外国船や、乗せられていた奴隷から希望者を募り、船員として迎えているこの船では、言葉が通じない者もいる。そのため、カルロスが考えたジェスチャーで指示をするのが習わしとなっていた。夜間や荒天時には、明かりを持って行えば、それでわかるよう工夫もされている。


「あ、なんか捨てた?」


 こちらが追いかけているのに気付いたのか、商船らしき船は進路を西へと大きく変えた。北東からの貿易風を受けて加速しつつ逃げていくが、海に何か箱のようなものを放り投げているようにステラには見えた。


「商船だな、やはり」


 捨てているのは積み荷なのだろう。少しでも軽くして、逃げ切ろうという腹積もりなのかもしれない。ヴィトーリアが再びジェスチャーを送ると、船は若干速度を緩めつつ、大回りに旋回していった。


 商船の通った航跡を辿るようにして追いかけていくうちに、捨てた積み荷の側を通ることになる。船縁で待機していた船員たちが、タイミングを合わせて網を投げ込んだ。積み荷を拾うためのものだったらしい。


 上手くひっかけたのか、引きずられるように動いた後、他の者も合流して引っ張り上げていく。その間にヴィトーリアは主甲板に下りていき、ステラも続いた。


 数人がかりで甲板の上に回収した木箱は、一メートル四方くらいの大きさ。早速蓋の一部を剥がして中身を見ると、白い布が詰まっていた。


 ヴィトーリアが手を突っ込み、濡れていない布を奥から一枚取り出す。その感触を確かめるように、撫でたりつまんだりし始めた。ステラもそれに触れてみると、柔らかくさらさらとした手触りが心地よい。


「綿布か……インド帰りだな」


 そう独り言のように呟くと、ヴィトーリアは再びカルロスの方を向いて言った。


「追うのは止めだ。その積み荷も蓋をし直して、海に戻せ」


 すぐに横帆おうはんが巻き上げられ、船は減速しつつ旋回していった。


 船首楼甲板に戻るヴィトーリアを追いながら、ステラは訊ねた。


「ねえ、なんで追うの止めるの? 綿布じゃ大して儲けにならないから?」


「ありゃポルトガルの船だぞ?」


「え、そうなの? 旗は見えなかったけど……」


 リスボンへと向かうなら、ここから北東へと進むことになる。しかしこの辺りでは、北東貿易風と呼ばれる強い風が、季節を問わず吹いている。


 向かい風の中を帆船でまっすぐ進むのは不可能で、風上に向かって斜めに進むしかない。リスボンに帰るために北東へ行くには、何度も進行方向を変え、ジグザグに進路を取る必要がある。速度が出にくい上に距離も長くなり、時間がかかる。


 そのため、ヴェルデ岬諸島から北東ではなく北へと進み、リスボンから見てほぼ真西にあるアゾレス諸島へと向かうのが通常の航路。そこからは常に西風が吹いているので、追い風に乗れる。距離的にはこれも遠回りだが、速度は出るので早く帰れる。操船の手間も少なく、船員も疲れにくい。


 とはいえ、何かしらの用事があれば、別の航路を取ることもある。カナリア諸島かその北のマデイラ諸島に行きたかったのかもしれない。ポルトガル船とはいえ、必ずしもリスボンが目的地とは限らないのだから。


 しかし、それが襲わない理由になるというのが、ステラにはわからなかった。その素朴な疑問をヴィトーリアにぶつける。


「で、ポルトガルの船だとして、なんで襲わないの?」


 ヴィトーリアは立ち止まり、腰に両手を当ててステラを見下ろす。意外そうな表情で、しばらく考えるような素振りを見せたのち、口を開いた。


「お前、同胞を襲うことを何とも思わないのか?」


「あ……いや、まあ、そう……だけど。でも、私が乗せられてた船も、ポルトガルの船だよね? 旗掲げてたし」


「ありゃ奴隷交易船だから襲った。今の船はただの善良な商人だろう。喫水が浅いのは軽い荷しか積んでいないから。水や食料もあまり残っていないはずだ。カナリア諸島までそう遠くないのに、先に積み荷を捨てたのだから」


 喫水の話は確かにそうなのだろう。しかし、まだステラの疑問は解決しない。軽くても高く売れる積み荷というのはある。


「あの綿布はインドのものだ。恐らく香辛料を積んで余った場所に、ついでに載せてきたんだろう。重さの割に安いものから捨てるのが基本だから、追いかけて試してみた」


 理論的には筋が通っている。しかしこの船は、国から許可を得て敵国の船を襲う私掠船ではなく、単なる海賊。無差別に襲うのが基本。実際、ステラが乗せられていた船は襲った。


 そこからステラが思いつける答えは、一つだけだった。


「もしかして、私に気兼ねしてる?」


「別にそんなわけじゃあない。香辛料を奪っても大して積む場所がない。この辺りじゃ高く売れないし不自然でもあるから、遠くまで持っていかなくちゃあならない。あれが金塊でも積んでいるというのなら、少しは考えるが……」


 確かにこの船は小型のガレオン船で、今追いかけた商船より大分積載量は少ない。大砲や砲弾、各種武器の重量も馬鹿にならない。嵩張らず、重さの割に高く売れ、それでいて近場で処分しやすいものを積んでいる船を選ぶというのは、合理的と思える。


「それにな、見ろよこの船。いろんな国の人間が乗っているだろう?」


 ヴィトーリアは後ろを振り返ってそう言う。甲板やマストの上では多数の乗組員が働いている。ポルトガル人、スペイン人、フランス人にイタリア人。しかし、国名も知らない場所の人間の方が多い。


 実に半数以上が黒人なのだ。ステラと同じ船で運ばれていた奴隷たちも、希望する者は見習いとして船に残した。カルロスを始め、黒人の船員が元々多くいて、船の仕事はもちろん、言葉も教えている。


 帰りたがった者たちは、アフリカの沿岸で降ろした。ヴェルデ岬諸島にいたのに、六百キロ以上東にある大陸本土まで、わざわざ連れていった。船賃を要求するでもなく、道中水はもちろん、食料も分け与えて。


「姐御はもしかして、正義の味方……?」


 眩し気に瞬きしながら、大きな翠の瞳でヴィトーリアを見上げる。少々照れた笑顔に見えなくもないが、どちらかというと満足気、いや幸せそうな表情でヴィトーリアは答えた。


「そんなんじゃあない。あいつらは勤勉でよく働く。運動能力が高く、船の仕事にも向いている。奴隷という商品を買わずに、奪って使う。そう考えれば、お得じゃあないか? 奴隷商人どもは大抵私腹を肥やしていて、宝飾品なんかも沢山持っているしな」


 詭弁だと思う。しかし、ステラはそれに乗ることにした。同じく幸せそうに微笑むと、忙しく働いている船員たちを見ながら言う。


「そうだね。恩を売っておけば、姐御の言うこともよく聞くだろうし。その辺の港町で募集するよりもずっと安全だし、仲良くなれる気がする」


「そういうことだ。シルヴェリオがエーゲ海でやってたのと、同じことをしているだけさ。奪う奴隷の出身地が変わっただけ」


 当時はキリスト教徒奴隷を奪っていたのだろう。北アフリカを根城とするバルバリア海賊は、度々地中海沿岸のキリスト教国の島々を襲って、略奪と共に人々を捕らえている。場合によっては、イタリアやスペイン本土の海岸沿いの村などにまで手を出している。


 それらの人々は、オスマン帝国へと売られていく。大人の男はガレー船の漕ぎ手にされ、女はハーレムに入れられ、子供は小姓にされたりして色々と使われている。


 新大陸における黒人奴隷よりは待遇が良く、場合によっては高い身分を得ることもあるというが、大多数の奴隷は結局道具として使われ、差別を受ける。


 故郷に家族がいれば帰りたいだろうし、いなくても生まれ育った地に戻りたいと思うのが人間というもの。シルヴェリオは、そんな人たちを助ける義賊のようなものだったのかもしれない。


 この船の居心地の良さは、きっとそこからきているのだろう。この船は一つの国なのだ。ヴィトーリアという、民のことを考え善政を敷く女王に治められた、海上の国。行き場を失った者たちが集う場所。


 そう考えると辻褄が合う。不思議な納得感を覚えながら、ステラは休憩に入った皆を眺めていた。


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