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落日の紅が映す心の意味は  作者: 月夜野桜
第二章 その唇は愛を語る
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 とりあえずやるべきことはやった。後は皆と一緒にこの街を楽しもう。そう決めると、自然と鼻歌が出てきて、飛び跳ねるようにして歩きながら元の酒場へと帰る。


 色々と想像しながら扉を開けて、中の光景を見て目が点になった。シルヴェリオ号の船員たちが大騒ぎをしている。いや、大乱闘とでもいうべきか。思わず口から気持ちが飛び出る。


「なにやってんのさー!?」


 聞こえているのかいないのか。かなりの大声で叫んだのに、こちらを見もせず陽気に酒を飲み、大声で歌っている。そして腕相撲はまだいいとして、取っ組み合いをして床を転がっている者までいる。


 これは駄目だ、と思った。買い物は明日にするしかない。


 皆の様子を、ヴィトーリアが嬉しそうに眺めている。隣の席が空いていたので、仕方なくそこに座った。


「ただいまー」


「店は見つかったか?」


 流石にヴィトーリアは話が通じる状態のようで、ジョッキを傾けながら、唯一ステラに声をかけてくれた。もう酔いつぶれたのか、向かいではオスバルドが突っ伏している。


「うん。頼まれたもの買えるところも聞いてきたよ」


 懐から先程の地図を取り出し、テーブルの上に置いた。ヴィトーリアがそれを見ている間に、勝手にミルクが出てきたので、ありがたく頂く。芳醇な風味からして、山羊のもののようだった。


「それを飲んだら行くぞ」


 ヴィトーリアの言葉に、ステラは改めて店内の様子を見た。余りの騒ぎに他の客はいなくなり、貸し切り状態に変わっている。とても収まりそうな事態とは思えない。普段真面目そうなドミンゴも、仲間たちと肩を組んで騒いでいた。微妙な笑みを浮かべながら、当然の言葉がステラの口から出る。


「これ、誰も買い物なんて行けないよね?」


 それに対する反応は意外なもの。


「オスバルド、いつまで落ち込んでるんだ?」


 向かいでテーブルに突っ伏し、酔いつぶれているように見えたオスバルドが、がばりと顔を上げた。突然のことに、ステラは思わず立ち上がって眼を見開く。


「オ……オスバルドさん?」


 目には涙が浮いていた。大の男が泣いていたようだ。


「俺っち、賭けに負けたのよ……。買い物係にされちまった……」


「は、はあ……」


「嬢ちゃん、お前、買い物くらい一人で行けるよな? 必要なもの、何かわかるよな?」


 テーブルの上に身を乗り出し、縋るような目付きで見上げてくるオスバルド。可哀想だと思いつつも、ステラは言った。


「細かいものはわかんないから、一人じゃ困るかな……?」


 ガツンと音がして、額を叩きつけるようにして再びテーブルに突っ伏すオスバルド。買い物が終わるまで、酒が飲めないのだろう。


 ステラとしては、オスバルドなら気心が知れていて安心であるとともに、能力的にも信頼出来る。これでなかなか船の仕事には精通していて、甲板の整備や積み荷の管理を担当する者たちをまとめ上げ、戦闘時の指揮までこなす、甲板長を任されている。


 一気にジョッキの中身を飲み干すと、ヴィトーリアはオスバルドの頭を小突いてから立ち上がった。


「ほれ、行くぞオスバルド」


「姐御も行くの?」


「アタシが行かなくてどうする?」


 目をぱちくりとさせて、ステラはヴィトーリアを見る。酔っている様子はない。もしやと思い、空になったジョッキに手を伸ばし、中を覗き込みながら匂いを嗅いだ。


「ぶはっ」


 強いアルコールの匂いが鼻と喉に飛び込んできて、ステラは思わずむせた。その様子を可笑し気に笑いながら、ヴィトーリアが見下ろす。


「ラム酒だ。お前にはまだ早い。酒を飲んでみたいなら、ヤシ酒ならいけるんじゃないか?」


「やめておく……」


 匂いを嗅いだだけで目の前がくらくらとするような気がして、ステラは額を押さえながら小さく答えた。ジョッキで飲むような弱い酒ではないはずなのに、ヴィトーリアが平然としているのが信じられない。


 それから、渋るオスバルドを連れて、地図にある店へと向かった。積み込みの出来る桟橋へと船を移動する必要があるので、買い付けと明日早朝に届けてもらう手配だけ。それなりの人数で来たとはいえ、店から運んで積み込むところまで今からやったら、日が暮れてしまう。


「んー、いまいち細工が甘えな……」


 オスバルドが手にしているのは釘。ステラも何本か取り、その歪み具合や表面の状態を見る。


「そうだよね、この値段じゃ高い。もしかして、ぼったくり店? 他で買おうか? さっきの板とかも全部なしでー」


 オスバルドとヴィトーリアがさっさと店を出ていく。店主が慌ててステラの元に寄ってきた。


「そりゃないですよ、お客さん。うちの金物はわざわざバスクから仕入れた良品ばかりだ。言いがかり付けるのも――」


 ステラは店主の前に釘を差し出す。大分錆びのついたもの。


「だってほら、錆びてるのあるし。他も錆びちゃうよね、これ。ちゃんと選別して、あとおまけもしてくれるなら買う」


 店主は釘を手に取り、在庫の商品と見比べてから言った。


「こりゃ大変だ……。確かにうちの釘だ。わかった、その条件飲もう。どっちにしろひっくり返して、中身を全部確認しなきゃならない」


「だってさ、二人とも。ここで買おう?」


 満面の笑みを浮かべて振り返りながら、ステラはもう店の外に出ていたヴィトーリアとオスバルドを呼び戻す。船の補修用資材をいくつか追加で注文し、それらも交渉して値引きさせていく。渋られると錆びた釘の件で信頼性に疑問符をつけ、口先八丁で押し切った。


 必要なものが一通り運ばれるよう手配し、前金を支払ってから店を出る。しばらく歩いてから、オスバルドがステラの肩を叩いて問いかけた。


「嬢ちゃん、あの釘本当に入ってたのか?」


「え? 私、入ってたなんて言ってないよ? お店の前に落ちてただけ」


 平然とした顔で言ってのけるステラに対して、オスバルドは苦い薬でも口に放り込まれたような顔をして返す。


「お前……よく平気な顔で嘘言えたもんだな……錆が移るとか」


「何言ってんのかな? 嘘なんて一つも言ってないしー。私、錆が移るなんて一言も口にしてないよ? ただ他の釘も錆びるって言っただけ。そのうちぜったい錆びるよね? 百年も二百年も大丈夫なわけないし」


 後ろでヴィトーリアが吹き出して笑う声が聞こえた。オスバルドはやれやれとばかりに肩を竦めて嘆いた。


「俺っちたちの船、とんだ悪魔を拾っちまったんじゃねーか?」


「えへへへへ、天使の間違いだよー?」


 無邪気な笑顔で、くるりと回るステラ。そんな二人のやり取りを後ろから見ていたヴィトーリアが、手にした地図に目を落としながら問う。


「あとは武器や弾薬なんだが……地図には書いてないな。訊いてくるのを忘れたのか?」


 ステラはヴィトーリアの間近まで行って、半眼で見上げながら言う。


「そんなの教えてもらえるわけないじゃん。会ってきたの、真っ当な商人だよ? 普通の人に大砲の弾やら火薬やら売ってくれるような店なんて、知ってるわけないでしょ?」


「そりゃそうだ。まあ、期待はしちゃいなかった。特別な伝手がないと無理だからな」


「普段はどうしてるの?」


「あまり買うことはないな。大抵は奪ったもので事足りる。今回も必要だったわけじゃなく、いい店があれば知っておきたかっただけさ。さあ、酒場に戻って飲み直すか」


 流石海賊。資材も通常なら要らないのかもしれないとステラは思った。襲った船の一部を解体すれば、それを使えるのだから。葬送のために燃やしてしまったから、必要なのだろう。


「ね、あのネックレスとか宝石とかは売らなくていいの?」


「一部はアタシが買い取ってコレクションにする。残りもここでは売らない方がいい。元の持ち主がこの島にいるかもしれない。足がつく可能性は避けたい」


 あの海賊がこの辺りで奪ったものだったら、確かにあり得る。どれもハンドメイドなのだ。持ち主ならば見分けがつくだろう。盗品商なら足がつくことはないが、その分買い取り価格は安い。安全な場所で、真っ当な商人に売るのが一番。


「ねねねね、コレクションってさ、どれくらいあるの? 船の中に結構あるみたいだけど、あれで全部?」


 船長室に鍵のかかった箱があって、そこにしまい込んでいるようだった。何がどれくらい入っているのかはわからない。それが知りたくて、ステラは興味津々といった様子で問いかけた。


「山ほどあるさ。何年分もため込んでるからな」


 さささっとヴィトーリアの横に移動し、背伸びして耳打ちする形でステラは囁く。


「もしかして、秘密の洞窟にでも隠してる?」


「見たいか?」


「見たい見たい! 今船置いてる洞窟とは別のとこ?」


 あの中には、そういう大事なものがある様子はなかった。単なる乗り換え用の船置き場。仮に誰かが来て奪われても、大して困らないものしか置いていないように見えた。


「この辺りじゃないんだ。エーゲ海の方」


 ぱあっとステラの顔が輝く。この返答の内容からすると、実際にお宝の洞窟は存在する。その光景を思い浮かべながら、ステラはヴィトーリアの腕を引いて食い付く。


「エーゲ海行こう、エーゲ海! それ見せてよ!」


「もう地中海はオスマンに制海権を握られていて、迂闊に入り込めない。オスマンお墨付きのバルバリア海賊が、我が物顔でうろついていることくらい知っているだろう?」


 それくらいは当然知っている。しかしヴィトーリアは、そんな奴らものともせずに突き進みそうに見える。実際、地中海に入れば必ず襲われるわけでもなく、普通に商船が行き交っているのだから。


「珍しく弱気だね? 襲われたら返り討ちにして、お宝奪っちゃえばいいじゃん」


「今は駄目だ。時期を見ているんだ」


 時期を見ているということは、いずれ行くということ。ならば無理にけしかける必要はない。そう判断すると、ステラは無邪気な笑みで返した。


「わかった。そのうち連れてってね! 約束だよ!」


「それよりさっさと歩け。オスバルドが泣きそうな顔してるぞ?」


 ヴィトーリアの指す方を見ると、確かにオスバルドが恨めし気に見ていた。早く帰って酒を飲みたいのだろう。酒の何がそんなに良いのかステラにはさっぱり理解出来ないが、少なくともオスバルドにとっては、飲めないと泣いてしまうほど美味いらしい。


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