お昼と サービスで
カランコロ~ン
ドアを開いて店内へ足を踏み入れると、ドアの装飾からそんな音が聞こえてくる。その音で既に店内にいた人の何人かはこっちを見てきた。でも知り合いではないことが分かると、すぐに違う方向へと向き直る。ただ、こっちを妙な視線で見つめたままの髭面もいた。
そう、俺の父親だ。
始めはこっちを驚いたような表情で見てきていたが、忌々しそうに、そして段々とめんどくさそうな表情へと変化していった。
ごめんね、来ちゃった。でもね、自分だけ逃げるだなんて許さないんだからっ♪
そんな父の視線はそのままに、俺と母さんは空いてる席に座った。少しすると、水を汲みに父がやってきた。そして…
「なんでお前ら来たんだ?」
そんな言葉が父から飛んできた。その言葉に母さんが歯向かう。違うか…、立場的に。
「そんなのお昼食べるために決まってるじゃない。」
「それはそうだが…。」
父の声色から、”来んなよ、めんどくさせぇ”ってのがひしひしと伝わってきた。母さんもちゃんと気づいたみたいだ。
「それとも何?私たちに来てほしくなかったの?」
「いやぁ、そんなことは…」
歯切れの悪い言葉を父が返す。お父様、分かりやすすぎますよ。
「あとね、今の私たちは神様なのよ?もっと敬って応対しなさい。」
「………」
父は絶句した。すごく複雑な表情をしている。
めっちゃ嫌な客だろうな。しかもこれ言ってきてるのが自分の妻という。なんとも言えない気分に違いない。たいへんだなー。
「返事は?」
「はぃ…。」
「よろしい。」
満足気な表情をしている母さんとは対照的に、父眉をしかめている。そんな父が口を開く。
「ご注文は何に致しましょう。」
お~。
父から出てくるとは思えないすごく上品な言葉が出てきた。効果は絶大みたいだ。
「そうねぇ、ルート決まった?」
「まだ~。」
母さんから聞かれるが、そんなすぐ決まんないよ。
「そう、ならお任せでいいわ。」
「「えっ!?」」
まさかの?
「あなたのおすすめでお願い。」
「マジか…」
父が呆気に取られている。
「マジよ。おいしいものでお願いね。」
しかも要求がかなり高いっていう。下手したら一番めんどくさいやつかもしれない。いや、下手しなくてもか。だって、好き嫌いも考えないといけないからなかなかにめんどい。
「ご予算は…?」
「上限なんてあるわけないじゃない。だって、あなたの給料から天引きで食べるんだから。」
「はっ!?」
わーお、えぐっ。しかも他人のご飯から天引きって…。これがよく聞くやりがい搾取か(違う)。なかなかにきつい。
「分かった?」
「いやっ、それは…」
「分かった?」
「はい…。」
父が文句を言おうとするのを、母さんが黙らした。
「では、少々お待ちください。」
そう言って、父がとぼとぼと立ち去ろうとする。猫背で前傾姿勢になっているから、後ろから見たらすごく悲しそうなのが伝わってくる。まぁ、可哀相だよなぁと思っていたら、白い歯が光っているのが斜め後ろから見て取れた。
ん?一瞬、笑ってたような…。
「ねぇ、あなた…」
母さんが父を呼び留めた。
「変な小細工とかはしないでよね。そう、例えば安いの頼んだりとか、ね。」
ピクッと父の体が跳ねた。どうやら図星だったみたいだ。顔は全く見えないけど、絶対今焦った顔っていうのがわかる。
「そ、そんなことするわけないだろ。俺がそんなのすると思ってたのか~?」
いつもと違うイントネーションで父から言葉が返ってくる。する気だったのか。いや、まぁ、いいんだけどね。父のおごりだし。
「いや、なんとなくね、言っただけよ。」
「そうか~。そんな驚かせること言うなんて、ルシアも人が悪いな~。」
父が笑顔で返すけど、どこか無理したような笑顔だった。
「ごめんなさいね。でも安心して、ちゃんと私あなたのこと信じてるから。」
母さんの言葉を聞いて、変わらない笑顔のまま父は厨房へと帰っていった。
可哀相に…
こうして、父はいつも通り母さんの無茶に付き合わされるのであった。
あっ、お父様、美味しいものでお願いします。




