いつもの日常 朝ごはんを
「なんで俺が、こんな目に…。」
父と母さんの分の朝ごはんの配膳を待っている間、父が悲しげにぼやく。顔はぼこぼこで、引っかき傷まで新しく種類が追加されている。痛そう。父の背中、いや全身から悲愴感が漂う。父のいる空間だけ凄くどんよりしていて、なんか配色が暗い。
「俺なんもわるいことしてないのに…。」
「へぇ。」
ドスの効いた母さんの低い声に、父は「びくっ」となって、自分の周りの配色だけより暗くする。この人器用だなぁ。
でも父よ、母さんとの約束破って毎日夜遊びしまくりだし、母さんが溺愛している友人の娘をぞんざいに扱ったらそうなるよ。それに母さんにボコられるんなんて、日常茶飯事なんだから、そんなにつらくないでしょ。そうこう考えてたら二人に朝ごはんが運ばれてきた。二人とも待ちきれなかったとばかりに凄く笑顔になる。
ただ父はすぐに自分の表情に気づいて、俺は悲しいです、という顔に戻る。このおっさん、めんどくさっ。鼻まですすりだしたんだが。無駄に慣れすぎだろ、暴力に。二人ともお腹が減っていたのだろう。食に手が進む。少したって、父がなんかしゃべりだす。
「最近の皆、めちゃくちゃ薄情じゃないか?こんなにボロボロなのに誰も俺の心配してくれないし。」
食堂にいた人全員が、顔をしかめ、父から目を背ける。相手したら、絶対うざ絡み始まるされるだろうからね。誰も何も言わない。それに、30手前のおっさんのかまっちょはきついよ。
「昔はルートも…」
誰も何も言わないから、息子に振ってきたんだが。なんで俺はコイツの息子なんだろう。めんどいよ。
「俺のことたくさん心配してくれ…たの…、あれ?された記憶あんまないんだけど。あれ?」
父の言葉が段々と小さくなっていく。そりゃ、したことないもん。母さんとの喧嘩?なんて日常茶飯事だったし。あんた、頑丈じゃん?心配しても無駄だもん。父自身も気づいたらいけないことに気づいていしまったらしい。ちょっと本当に悲しそうな顔してる。なんかほんとにかわいそうに見えてくる。
そんな時にミーケが目配せしてきた。なるほど。そのあとすぐに、ミーケが父に声をかける。
「痛そう。おじさん、大丈夫?」
ミーケの言葉で、父は救われたかのような表情になった。大げさだなぁ。
「うぅ。ミーケちゃんだけだよ、俺を心配してくれるのは。」
父が片手でミーケの肩を掴んで、目元を隠しながら泣いてる体をとる。白々しい。ミーケが「ここだ。」とばかりにこっちに向かって片目だけ何度もつぶる。俺はそれに頷きを返し、ミーケから貰った瓶の中身をカレーに投入する。うぇ、なんか中身かなり赤いんだけど、これ大丈夫?
ミーケのおかげで気分が良くなった父は食事を再開する。変わってしまったカレーらしきものに気づかずに口に投中する。咀嚼する。一度、二度、三度と、咀嚼が進む。
最初は凄いニコニコとしていた父の顔が段々と歪み始める。咀嚼もゆっくりになり、とうとう咀嚼が止まる。味の異変に気付いたらしい。次第に少しずつ目に水が溜まりだす。それに伴い、顔も赤くなる。そして、我慢の限界が来たらしい。
「かっっっら゛あ゛あぁぁ!!!」
父の悲惨な悲鳴が屋内に響き渡る。それを聞いて、ミーケが笑い出し、皆つられて笑い出す。父は辛さに我慢できず、地面に転がり、のたうち回る。あっ、壁にぶつかった。ぶつけた頭を自分でさするけど、痛みより辛さの方がつらいらしい。未だに辛さに悶える。
「み゛、みじぃゅ゛うぅ」
何とか言葉を絞りだす。パパさんがやれやれといった感じで水の入ったコップを渡してあげる。受けとった水を必死に口に注ぐ。水を飲んで多少マシになったらしい。暴れることはなくなった。でも、口の痛みは残ってるらしい。ずっとあえいでいる。
「おじさん、大丈夫?」
ミーケが心配の声をかける。大人としてだろう、父がその言葉になんとか平静を保とうと言葉を紡ぐ。でも父よ、首謀者はその女だぞ。
「大丈夫だよ、ミーケちゃんは偉いな。」
「そんなことないよ。」
ホンマな。ミーケが言葉を続ける。純粋そうな顔をしてるけど、口元がちょっと歪んでる。
「ごめんね、パパが作ったご飯が。でもママがご飯を粗末にするのダメって言ってたし、いつもかっこいいおじさんはパパが頑張って作ったご飯を粗末になんかしないよね?」
ミーケの言葉に父が泣きそうな顔になっている。え?俺完食しないといけないの?ってな考えが透けている。かわいそうに。でも、ミーケの作られた尊敬のまなざしを込めた顔がカレーもどきを食べないという選択肢を潰している。父が段々と泣きそうな顔をしている。
「えっと…、」
どうにかか断ろうと、言葉を探すけど、
「え?食べないの?」とミーケが退路を阻んで、それを許さなかった。
父は助けを呼ぼうと辺りを見回すけど、パパさんとママさんは我関せずといった感じで笑いながら仕事をしている。他の人は目を逸らして傍観を決め込んでいる。最後の希望といった感じで母さんを見るも、
「オヤル、諦めな。」
父の希望に止めを刺す。父もその言葉に観念したらしい。頭をガクッと落とした。そのあと、父は水を片手に泣きながら、カレーもどきを食した。その後数日間、大変だったらしい。何がとは言えないが。かわいそうに。