暇 理由は
母さんに抱き着いてからそこそこの時間が経った。だけど、まだ母さんから脱出できていない。というのも、母さんに何やらショックなことがあったらしくて、フリーズしてしまっていて抜け出せないからだ。いや、抜け出そうと思えば無理やり抜けれるけど、抜け殻の母さんを無理にはがすのは心が痛いからだ。だから俺は抱き枕になった。決して、俺がなりたかったわけではない。母さんのためにだ。
ガチャッ。
俺が抱き枕になって少しした頃、玄関の扉の開閉音が聞こえてきた。
父が帰ってくるには早いし、ミーケはお手伝いがあるし、誰が来たんだろう。俺がそう思っていると、玄関から声が聞こえてきた。
「おじゃましまーす。」
よく聞く小さい女の子の声だ。リビングへと足音が近づいてきて、
「ルートいるーっ?」
彼女がリビングへと、顔を出した。そして、彼女と俺の視線が合う。母さんに抱っこされたままの俺と…。
「「………」」
何故かお互いにしゃべりださない。まるで、時間が止まってしまっているように静かだ。そして…
「おじゃまだったね。ごめん。」
そう言って、彼女が玄関の方へと消えていった。
「待ってーっ。ミーケ、待ってーーーーっ!!!」
俺は母さんを引っぺがして、ミーケを追いかけた。
「ふーん、そうなんだー。」
俺はすぐにミーケへと追いついて何があったかを説明した。母さんが抱っこしてあげるってうるさくてしょうがないから渋々抱っこされていたこと、母さんがなんでかショックを受けていたので無理やりはがすのも可哀相だからあのままでいてあげていたということを。
「そ、そうなんだよ。」
「ふーん…。」
なんでか、ミーケが胡散臭いものでも見ているかのような視線を俺へと向けてくる。別に嘘なんかついてないんだけどなぁ。ただ、多少言ってないことがあるだけで。
「み、ミーケは何しに来たの?」
「………。」
なんだよ、その間は。
「まぁ、いいや。今日ね、クッキー作ったんだ。」
お~。
「すごいね。」
「でしょ?お昼から頑張って作ったの。でね、ちょっとルートをびっくりさせたかったから、おばさんに内緒にしてもらってたのっ!」
ミーケが嬉しそうに伝えてくる。
「だからかっ!」
母さんが遊びに行くなって言ってたの。
「ん、何が?」
「ううん、なんでもないよ。それよりもクッキー食べてもいい?」
「うん、いいよっ!」
そう言って、彼女は持ってきていたバスケットを机の上に置いて、被せていた布を外す。そこにはきれいに焼けている、丸いクッキーが何枚も敷き詰められていた。
「おいしそうだねっ!」
「でしょ?今日はすっごくきれいに焼けたんだから。」
「今日は?」
「あっ、うん。何回か作るの練習したの。そのせいで、またママ太っちゃったんだけどね…。」
ミーケがちょっと照れ臭そうに、そして申し訳なさそうに言う。
ママさん…。
「そ、そうなんだ。クッキー、貰ってもいい?」
「うん、いいよ!」
俺はバスケットからクッキーを一枚取って口へと運ぶ。噛むと、しっとりとした触感が歯へと伝わり、そこからバターの香りが口全体へと広がる。甘さがくどいこともなくて…
「めちゃくちゃおいしい…。」
自然と言葉が口から漏れ出した。
「ほんとっ!?よかった~。」
「ほんと、おいしいよ。」
太った甲斐があったね、ママさん。
俺が一枚食べ終わると、
「ルート、はいあ~ん。」
ミーケがクッキーを手に取って、俺の方に差し出してきた。
正直、すごく照れ臭い。けど、何回も練習してくれてまでクッキーを作ってきてくれたんだから、これくらいのことを断るのも申し訳ないよな。俺はそう思って、差し出されたクッキーを向かいに行った。二度目のクッキーは、さっきはしていた味がしないし、なんでか頬が熱かった。
「あーん。」
俺が口に入ったクッキーを咀嚼し終えると、ミーケがこっちに向かって口を開いてきた。
はぁ、今日だけだからね。俺はそう思いながら、彼女の口へと新しいクッキーを運ぶ。
「おいしっ。」
そう口にしながら、彼女が幸せそうにクッキーを食べている。そして…
「もう一枚、食べさせてほしいな。」
クッキーを食べ終えた彼女がそんなことをお願いしてくる。
さっきもやったし、いっか。
俺はそう思って、彼女の口にまた運ぶ。結局俺たちは、食べさせ合いっこしてクッキーを全部平らげた。
寝る前の自室でのこと。
「それにしても、今日のクッキーおいしかったなぁ。”あーん”はちょっと恥ずかしかったけど…。まぁ、でも断りにく…」
あれ?
「もしかして返報性だった?それにフットインザドアも…。い、いや気のせいだよな。うん。そんなわけが…。」
俺の頭の中では、一瞬だけそんなことが頭をよぎった。




