リンケージ 母さんに
時刻は夕方、もう外が暗くなり始めたくらいに女性客二人が来店した。よく家でずっと寝てる人と、なんだかシルエットが丸い人。そう母さんとママさんだ。父は俺たちよりも遅くまで働くから、俺とミーケの迎えために二人が迎えついでに、遊びに来たみたいだ。二人が店内を物珍しそうに見回しながら、席につく。座ってからも店内を見回していたが、少ししたら満足したのか、次は二人で楽しそうにメニューを見てはしゃいでいる。
少しして注文が決まったみたいで二人から呼ばれた。ミーケが他の人に当たっているから、俺が向かう。テーブルにつくなり母さんが何かしゃべりだそうと口を開く。「お疲れ様」とか「頑張ったね」とか言われるのかなぁと、この時は思っていた。
「チェンジで。」
第一声がこれだった。はぁ?何言ってんの、この人。俺から反応なくて伝わってないと思ったのか、母さんが言葉をつけ足してくる。
「ミーケちゃんにチェンジで。」
意味は分かっとるわ。ひどくない?今日一番傷ついたんだけど。母さんの発言にママさんは苦笑いしている。
「かーたんは僕より、ミーケの方が大事なんだ。」
俺は目元を手で隠ながらそう言う。自分の子供からそう言われたら、さすがに罪悪感くらい湧くやろ。そう思っていると、
「そんなの当り前じゃない。」
「へっ!?」
俺の反応に大人二人は楽しそうに笑っている。
「冗談に決まってるじゃない。ちゃんとルートの方が大事よ。」
「ほんと?」
「ほんと、ほんと。」
日頃の母さんの態度からついつい疑ってしまう俺の頭を母さんが撫でる。撫でられるとなんだかほっこりとしてしまう。さすがに自分の子の方が大事だよね。俺は母さんのことをとりあえずは信じることにして、注文を聞く。
「注文は決まったー?」
「えっとねぇ…」
夕飯の時間も近いことから、間食はせずに飲み物だけのようだ。注文も聞き終え、俺が「じゃぁ」と離れようとした時、後ろからよく知ってる女の子の声が聞こえてきた。
「ママもおばちゃんも来てたんだぁ。」
「きゃああああああああああ、ミーケちゃんかわぁいいいぃぃぃぃぃぃっ!!!」
家のおばさんの口から黄色い悲鳴が飛ぶ。
うるさっ。
「ミーケちゃん、くるっと回って。」
母さんの言葉に従い、ミーケが片足を軸にくるっと一回転する。
「にゃああ”あ”あ”ぁ”ぁぁ。」
おばさんの口から変な奇声音がもれる。どうやらミーケのカフェ衣装が母さんにぶっ刺さってるみたいだ。なんだか息子の時と反応が全く違う気がするんですけど、気のせいですかねぇ。さっきの息子の方が大事って言葉、今もう一回言ってみろ。俺の悲しい気持ちなんて知りもせず、おばさんの猛襲は続いた。
「ミーケたんしか勝たん」「ミーケちゃん単推し」「ミーケちゃんてぇてぇ」
おばさんの意味不明な言葉が続く。あー、どうせ俺なんて、ミーケみたいにかわいくなんかないですよ。性別だって男だし、ミーケみたいに明るくないし、好かれないし、器用じゃないし。ミーケより劣ってるよ。そんなこと考えてると、俺自身、ほんとなんもないんだんぁって気持ちになっていく。なんだか顔中の筋力が全部抜けていく気がする。そんな時あることを思い出して、俺はその場を離れて、スーベルさんのとこへ向かった。
「ねぇ、スーベルさん…。」
俺が話しかけると、スーベルさんが俺の顔を見て驚く。
「ぼっちゃん、目からハイライト消えてますよ。」
らしい。ただそんなのどうでもよかった。
「ねぇ、スーベルさん。あれ、ちょうだい。」
「あれですか?」
「うん、あれだよ、あれ。コオロギの粉末だよ。」
こうして俺の楽しい職場体験は終わりを迎えた。スーベルさん曰く、この時すごく気味の悪い顔をしてたらしい。




