リンケージ スーベルさんが
さっきまで忙しかった客足も落ち着き始めた頃、俺は男女一人ずつのテーブルに呼ばれ、そこへ向かった。着いた先には、背もたれに体を預け、足を組みながらメニュー表をぼんやりと眺める男と、こっちを物珍しそうに見てくる女性がいた。
「ご注文はどうしますか?」
俺がそう尋ねると、男性の方が答える。
「ナポリタン。」
ひとり言でも言っているかのように、こっちも見ずに男がそうつぶやく。女性の方は男の態度にちょっと苦笑いしている。
「ええっと、ご注文は以上ですか?」
一品しか言われなかったことに俺は戸惑いながら返す。男の方を確認するも男からは何の反応もなかった。女性の方を見ると、困った顔で頭を縦に振っている。
「確認しますね、ナポリタンが一点ですね?」
「そんなわけねぇだろ!二人いるの見てわかんねぇのか。二個だよ。それくらいわかれよ!」
さっきまでのこっちに全くの無関心でめんどくさそうな態度が一転、高圧的でワガママな物言いに変わった。
「すみませんでした。ナポリタンが二点ですね。」
俺が再度確認を取ると、男が
「そう言ってんだろ。そんなので一々確認とんなや!お前はあほか。」
なんやこいつ。立場的にこっちが反論しづらいからって、調子こきやがって。お前、あれだろ。言い返せないやつにしか、強気に出れないゴ〇カ〇野郎だろ。日頃誰にもなんも言えないからって、こういうとこだけは必死だな。はよー、家の片隅で体育館座りでもしとけや。
俺はそんなこと思うも、周りに迷惑かけたくなかったし、相手にするのも面倒だからテキトーに返した。
「すみませんでした。では少々お待ちください。」
そう言って立ち去ろうとした時、男に呼び止められた。ん?
「お前なんや、その態度は!!俺はお客様やぞ!もっと誠心誠意こめて謝れや。」
「えぇっと…」
正直、なんでキレられてるのかわからない。大丈夫か、この人。
「お前じゃぁ話にならん。さっさと店長呼んで来いっ!」
そう言われてしまったから、俺はその場を離れてスーベルさんのとこへ向かった。スーベルさんに事情を説明していく。これ、俺悪いのか?客の頭がおかしいだけで俺は悪くないと思うけど、スーベルさんには申し訳ないなぁと思う。
「スーベルさん、ごめんなさい。」
俺はスーベルさんに面倒ごとを押し付けてしまったから謝る。すると
「大丈夫ですよ、店は客を選べませんもの。」
スーベルさんは俺を気遣ってか、優しくしてくれる。そしてスーベルさんは問題のテーブルに向かい、俺も一応それに付いていった。俺たちがテーブルにつくなり、スーベルさんが第一声を上げる。
「汚客様、この度は申し訳ございませんでした。」
そう言って、きれいに頭を下げる。俺もそれに習った。すると男が、
「おう…、なんかお客様の発音おかしくね?」
「汚客様、そんなことはございませんよ。」
男の言葉をスーベルさんが平静に返す。確かになんかイントネーションがちょっと変わってる気がする。
「まぁいいや。お前さぁ、この店どうなってんだよ。店員はガキと男しかいねぇし。普通女だろ、女。しかも大度悪いし。どういう教育しとんや?お客様のこと舐めてんのか?」
男がクレームを言ってきて、スーベルさんは申し訳ないみたいな顔をしてる。
「いえ、そんなことは…。」
「ホンマか?じゃぁ、なんで女がおらんのや!」
「今日は当店の従業員は用事があるとのことで、急遽ヘルプに入ってもらってるんです。」
「そんなのお客様には関係ないだろ。そこを努力するのがお前の仕事だろ?」
「はい、申し訳ございません。」
「申し訳ございませんで済んだら、誰も困らんのや!こっちとら、何度もアタックしてようやく初デートにこぎつけたのに、不甲斐ないとこ見せてしまったやないか。どうしてくれるんや!」
いや、そもそも不甲斐なくしたのはお前の態度じゃぁ…。
「お詫びに、汚客様が今頼んでいただいているものを当店からのサービスとさせて頂きます。」
「ほんまか!!」
「はい。」
「しゃーないなぁ、なら今日のとこは許してやるわ。」
「ありがとうございます。」
「ならさっさと、料理持ってこいや。」
「かしこまりました。では少々お待ちください。」
こういって俺たち二人はテーブルを離れた。
「スーベルさん、迷惑かけてごめんなさい。」
俺がそう言うと、
「大丈夫ですよ、気にしなくて。」
そう笑顔で返してくれた。ただ、なんか笑顔が怖い。なんだか裏があるような笑顔だ。笑顔で目が細くなっていて分かりにくいが、目が全く笑ってない気がする。
スーベルさんはそのまま厨房へと入っていく。俺もなんとなくそれに付いていった。スーベルさんはナポリタンを作っている人の方へ向かう。
「これは、あそこのテーブルのやつですか?」
スーベルさんが料理人に話しかける。あそことは、さっきのお客さんのテーブルのことだろう。
「はい。そうですよ。もしかしてあれやるんですか?」
「そう、あれです。」
「店長も悪ですねぇ。」
「いやいや、そんなことありませんよ。」
あれが何か分からないが、スーベルさんが何かするようだ。スーベルさんがポケットから瓶を取り出す。中に入ってたのは黒や金色の粉末が混ざったものだった。それをスーベルさんは片方のナポリタンに振りかける。遠目では黒コショウに見える。もう片方にはちゃんとした黒コショウをかけて、完成した料理をオヤルに渡す。
「こちらが男性の方の料理なので間違えないでくださいね。」
スーベルさんは自分が持っていた謎の粉末をかけた方が男性客のものだと父に説明する。
「あ、あぁ、わかった。」
父が少し戸惑うも、料理をテーブルへと届ける。ちゃんと渡す方を間違えずに届けたみたいだ。男が嬉しそうに発言する。
「いやぁ、無料で食べれるとか得したな。」
「え、えぇ。」
女性の方はちょっと困った表情でそう返す。ただ、男はそれに気づいた様子はない。
「俺といたら、得なことが多いぜ?」
どうやらまだ付き合ってなくて、男が女性を口説こうとしているようだ。女性の方は男の言葉にずっと苦笑いしている。男はそれを好感触と勘違いして、嬉しそうに笑っている。そして二人が料理を口にする。
「あら、おいしいわね!」
女性の方が笑顔でそう口にし、二口目と食事を進めていく。しかし男の方は、一口目を口に入れたが咀嚼がゆっくりだ。顔が苦々しい。咀嚼するのを諦め、料理を飲み込んだ。
「これがおいしい?」
「え!?おいしくない?」
「あ、あぁ、おいしい、な。」
男女が会話するも、なんだか噛み合ってなさそうだ。男の方はなかなか二口目にいかない。
その様子が気になって俺は料理人さんに尋ねる。
「ねぇ、さっきのって何?」
「あれか。あれはなぁ、茹でたコオロギを砕いて粉末にしたものだよ。」
うぇ、昆虫か。
「食べれるの?」
「生はダメだが、最低限の処理はしているから問題はない。問題は、な。」
料理人さんがすごい含むような言い回しをする。問題は、か。
「お、おいしいの?」
「ちゃんと飼育からしかっりして、調理したものは悪くはない、かな。」
「あれは?」
「その辺にいたのをほとんど下処理せずに茹でて粉末にしたやつだから、かなり生臭い。」
俺はその言葉を聞いて、再度さっきのテーブルを眺める。女性の方はいい笑顔で食事を進めていて、男性は女性に不快な思いをさせないためか、必死に取り繕うために言葉上はおいしいと言いながら食べている。時折、口が膨れている。まるで吐き気を催しているみたいに。そして段々と目に涙が溜まっているように見える。スーベルさんは遠目でにこやかとしている。いい気味だなぁとは思うが、正直怖い。俺は絶対に店員さんには優しくすることをここで誓った。
腹がたっても真似しないように。




