ノラ猫が
本日の3話目
依頼の話も終わり、スーベルさんがしょぼくれたまま帰っていった。明日は一緒に頑張ろうぜ。
スーベルさんの来訪でかなりの時間がたったが、夕飯までにはまだ時間がある。さぁ、どうしようかなぁ。このまま家にいてもいいけど、それはなんか寂しいよなぁ。出かけるか。
「かーたん、僕出かけてくるね。」
「あら、そうなの。」
俺がそう言うと母さんは相槌をうってから少し考え込む。考えがまとまったようだ。
「はいルート、お小遣い。」
わーお。珍しい。今から雨でも降るのかな。出かけるのやめようかなぁ。なんて考えてると、
「いらないの?」
とせっつかれる。いります、いります。俺はお小遣いを受け取ってから聞く。
「ありがとう。でもどうして?」
俺の質問に母さんは何でもないかのように返答する。
「明日なんか臨時収入が入るみたいだから、たまにはいいかなぁって。」
なるほど。俺が納得していると、父が会話に入ってくる。
「それ、俺が明日働くからだろっ!!」
「あら、そうだったわね。」
父のツッコみを母さんがてきとーに流す。
「もう少しちゃんと聞いてっ!しかも仕事だけじゃなくてルートの面倒も明日俺がみるんだろっ!?」
「子供の面倒を見るのは親の責務なんだからあたりまえでしょ?何言ってるのよ。」
「比重がおかしいんだって。」
「いつも面倒見てないくせに何言ってるのよ。それともなに、何か文句でもあるの?」
「………ぃえ。」
父の必死な主張も母さんが難なく押しつぶす。なんでか家庭内のパワーバランスって傾くよね。一方的に。それでもどうせ、俺が遊びに行ったら、すぐ二人でよろしくするんだろうな。いや、だから、俺にお金を渡して帰りを遅くしようとしているのか。なるほど。しょうがないから、今日はちょっとゆっくりしてくるよ。俺が二人を生暖かく見ていたら、母さんにどやされてしまった。
「早くいってこい。」と。
こうして俺は一人で出かけることになった。
これといった用事もないから、とりあえず、お店が密集している方に向かって歩く。歩いていると、普段とは違う新鮮さを感じる。なんというか、家に目が行く。いつもは、ミーケや家族と一緒にいるから、彼女らに目がいっていたが、今は一人でいるから、いつも見ていないとこに目が行くのだろう。
改めて見てみると、日本とは違うなぁと感じる。ほとんどが木で造られている。これだけでも目新しいが、木で造られている家の形がほとんど同じだ。家の形は正面から見ると、正方形の上に三角形が乗っているみたい。そして、形だけでなく、大きさまでも一緒なんじゃないだろうか。たしか、欧州の住宅街の写真を見た時と、同じ印象だった気がする。なんか法律みたいなものでもあるのかなぁ。
そんなことを考えながら、住宅街を過ぎると、ようやくお店の密集地にたどり着いた。この辺は商店街って言われてるらしい。日本でも聞いたことあるけど、気のせいだろう。ぱっと見、いろんなお店があるが、日本にもあったような、八百屋を始めたとした色んなお店もちらほらと並んでいる。その中の、よく行く果物屋に俺は向かった。
「こんちわー。」
「おう、っらっしゃい。めずらしいな、今日は坊主ひとりか?」
俺が話しかけると、果物屋で店番をしてるおっさんが返してくれた。彼はジルー。強面の黒髪だけど、最近はあれが薄くなってきて、より顔がきつくなった。ついでに身長は平均的で、かなりガタイが良い。
「うん、ミーケ、今日は忙しいらしいんだよ。」
「とうとうあれか、他にいい男でもできたか。」
「かもねー。」
「からかいがいがねぇなー。」
彼の冗談をテキトーに流したら、彼が俺の髪をガシガシと強く撫でる。あらい、あらい。おっさんみたいな頭になるって。俺は必死に彼の手から逃げ出した。そんな俺に、ジルーが話しかけてくる。
「で、今日はどうした?」
「んー、暇だから涼みに来た、かな?」
「客じゃないんかよっ。金はあんのか?」
「あるけど、使う気はないよ。」
「正直だなっ!ま、はっきり言われた方が気持ちがいいがな。」
俺の本音に楽しそうに笑っている。ほんと、見てて男前で気持ちの良い人だよ。そんなとき、視界の端で何かが動いた。俺は自然とそっちに視線が行く。おっさんも俺に釣られたようだ。同じ方を向く。そこには猫がいた。
おっさんが俺との会話に夢中になっている間に、果物を物色していたようだ。俺たち二人の視線が猫の方を向いたのにも気づかず、いまだに品定めをしている。ふてぶてしく、匂いをかいでは頭を振っている。これはイマイチだと。いい性格している。今の所作を見て、おっさんは腹がたったようだ。段々と、体が震え始め、急にピタっと止まった。
「おいっ!!!」
聞いたことがないような、低い声が猫に向かって飛んでいく。猫がビクッと驚き、こっちを振り返る。全身が灰色で、かわいい顔をしているが、ちょっとほっそりしている。そんな猫がおっさんと睨み合う。均衡を先に崩したのはおっさんだった。
「かわいい♡」
顔をニコッとして、言葉を発した、きっと本人的にはそうなんだろう。ただ、強面が獲物を見つけた表情なにしか見えない。こえーよ。猫も同じことを思ったようだ。怖いものを見てしまって、顔が真っ青になっている。防衛本能に従って、台から飛び跳ねる。でも、近くにあったリンゴは忘れずに咥えている。ちゃっかりしているよ。
そんなとき事件が起きた。猫が着地した瞬間、衝撃でリンゴを飲み込んでしまい、のどに詰まらしてしまった。猫の細い喉からリンゴの形が見て取れる。猫は息ができないようで、顔が真っ青になっていく。
猫の顔とリンゴがだいたい同じ大きさなんだけど、ふしぎだよねー。
俺がそんなことを考えているとき、おっさんが素早く猫の方へ駆け寄った。
「野良ぁ、野良ああぁ。大丈夫かっ?野良あああぁぁぁ。」
おっさんが猫を抱きかかえて、背中を叩きながら必死に呼びかける。何度も、何度も。
「………」
おっさんの努力はなかなか報われず、猫は苦しそうなままだ。猫は自分の死地を悟ったのかもしれない。猫がおっさんの顔へ手を伸ばし、肉球で頬をさする。そして力なく、腕が下に落ちる。おっさんもこれがどういう意味か悟ったみたいだ。
「ノラぁ、ノラああぁぁぁ。しぬなぁあああ。」
おっさんは別れの挨拶なんて許さず、背中を強くたたいた。すると不思議、喉に挟まってた顔と同じくらいのリンゴを猫が吐き出した。ほんと不思議。
吐き出した瞬間、静まり返ってた猫は咳き込みだした。おっさんは涙し、オーディエンスも涙ぐんでいる人がたくさんいた。これがおっさんとノラの運命の出会いになるらしい。そっか。




