母さん は言わせたい
とある日のお昼前の時間、俺たち家族は自宅でゆっくりと堕落していた。家族というのはもちろん、俺と母さん、父さんとそれにミーケだ。いつものメンツだ。いつの間にか一人増えてる気もするけど、きっと気のせいだろう。きっと…
まぁそんな感じで、家族みんなでゆったりとしていた…
のだけど、母さんの父さんへの一言でそんな時間も終わりを迎えてしまった。
「あなたって、私の料理褒めてくれたことないわよね?」
そう、この一言だ。
「えっ?」
父さんの声はすごくきれいな抜けた声だった。
それにしても、この”えっ?”はなんの”えっ?”だったんだろう。聞き返す意味での”えっ?”なのか、それとも何言ってんだこいつの”えっ?”なのか。いや、分かり切ったことか。だって、苦みしか生み出せないんだから、母さんの料理は…
「何その、”えっ?”は?」
やっぱり母さんも気になったみたいだ。父さんを睨みつけながらそう口にした。
「いやぁ…」
「いや、何?」
「えぇっと…」
「何?」
言い訳すら出てこない父さんを母さんが責め立てている。たった一音、口にしただけだのに…。
そしてさっきから、父さんの視線が分かりやすいくらいに右往左往している。かなり返答に相当困っているみたいだ。いや、当たり前か…
父さんから、なかなか母さんへの言葉が出てこない。”うー”やら”あー”など、何回も言葉じゃない音を口にしている。
そしてようやく、母さんへ返事をした。明後日の方を向きながら…
「褒めたことなかったっけ?あったと思うんだけどな~。あはははは…」
苦しい、苦しいよ父さん…
そして当然すぐに…
ギロッ…
母さんの鋭い視線が、父さんに突き刺さった。
「うっ…」
「で、いつ言ってくれたの?」
冷めた視線のまま、母さんがそう口にする。
「いやぁ…」
「いつ?」
「………」
また、数分前と似たようなやり取りが始まった。
ほんと、仲が良いなー。
俺が二人の仲にほんわかしていると、父さんが必死になにやら思い出したかのような言葉を口にした。
「確か…」
「確か?」
「………」
なかなか父さんから続きの言葉が出てこない。そのせいか、母さんの冷ややかな視線が、ずっと父さんへと突き刺さっている。
そしてやっと、父さんは気まずそうに言葉を発した。
「確か…」
同じ言葉だっただけど…
でも、しょうがないよね。思い出せなかったんだから…。父さん、よく頑張ったよ。
まぁ、母さんはそんな努力で満足しないんだけど。
「ねぇ、あなた…」
「はいっ!」
良い返事だった。
「なんで、続きの言葉を言わないの?」
「………」
父さんは無言だ。だからさらに、母さんが言葉を畳みかける。
「なんで何も言わないのかしら?まるで、私の料理がおいしくないみたいじゃない。」
「そ、そんなことはないぞ。お、おいしいご飯をありがとな。」
作ったような固い笑顔だった。
「今このタイミングで言うのねー。なんだか私が言わせたみたいじゃない。」
「そ、そんなことは…」
父さんが必死にごまかす、その前に…
「しかもあなた…、なんだかどもってたわよね?どういうことかしら?」
「そ、そんなことないぞ。」
さっきから父さんが、同じ言葉ばっかだ。しかも、普通にどもってるし。
辛いよ、見てて…
「ほんとかしら?」
「ほ、ほんとだぞ。」
父さん…
「ふ~ん。」
どういう意味があるのか、母さんから何か含むような間延びした音が聞こえてくる。父さんはそれを、下唇を噛んでじっと耐えている。
そんな二人が視線を合わせること十数秒後、母さんがゆっくりと口を開いた。
「私の料理おいしいのよね?」
「あぁ…」
父さんがそれを肯定する。
そして、その言葉を確認した母さんが、もう一度言葉を発した。笑顔で…
「なら、今日は私がお昼ご飯を作ります。」
「「「えっ?」」」
こうして、今日のお昼は母さんが作ることになった。




