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06 神殿からの追放2


 思いもよらぬ告白に驚いていると、クリスは慌てたように言葉を続けた。


「決して、やましい気持ちではございません! 私はただ、クローディア様のご体調を心配していたのです。あまりに心配する気持ちが強かったばかりに、竜神様が愛情と勘違いされたのではないかと、心配になりまして……」


 クリスは儀式の後から、それがずっと気にかかっていた。

 幼い頃から神殿で暮らしているクローディアは、男性との交流があまりない。仮に、本当にクローディアが卵を授かったなら、兄代わりとしての関係を築いてきた自分以外に、相手はいないのではないかと。

 もしもこの信頼関係が愛情として判断されてしまったのなら、クリスは責任を取るつもりでいた。


「クローディア様はあの時、何を……どなたを思い浮かべていたのですか?」


 クローディアがあの時考えていたのは、オリヴァーの境遇についてだ。

 決して、ベアトリスよりも自分が彼の相手に相応しいと思っていたわけではないし、ましてや彼との結婚を望んでいたわけでもない。

 ただ、仲の良かった幼馴染には幸せになってほしかっただけ。


 けれどクリスが心配するように、相手を思う気持ちが強すぎたために愛情と受け取られてしまった可能性は否定できない。が、卵はどちらか一方の気持ちだけで授かるものではない。愛し合っている二人にだけ、卵は天から降ってくる。

 だからこそクリスも確認しているのだ。『誰を思い浮かべていたのか』と。


(まさか、オリヴァー様が私のことを?)


 一瞬だけその考えが浮かんだが、クローディアはすぐに考えを打ち消した。

 彼と会話を交わしたのは五歳の時が最後。それ以降は、顔を合わせることはあってもお互いに気軽に話せる間柄ではなくなってしまった。

 そんな彼が、いつまでも自分のことを考えているはずがない。


 それに、ゲームの設定が生きているなら、ヒロインは一定の好感度を得なければ攻略対象との儀式に臨めない。

 つまりベアトリスとオリヴァーの間には、それなりの恋愛感情があることを意味している。

 彼がクローディアのことを思っていたなど、ありえないのだ。


「私は……。儀式に専念しておりましたわ。どなたのことも考えておりませんでした」


(今回の件に、オリヴァー様を巻き込んではいけないわ)


 彼はこの国の王太子であり、卵を授かったばかりの大切な時期。そのような時に、スキャンダルはもってのほかだ。


「そうでしたか……。私の発言は、どうかお忘れください……」


 クリスは、ホッとしたような、恥をかいたような。複雑な感情が入り混じっている様子の笑みを浮かべながら、クローディアから手を離した。


「ええ。聞かなかったことにしますわ。ですが、私を心配してくださったお気持ちには、感謝いたします」


 稀に見る強い神聖力を持ち合わせているクローディアは、たびたび貴族に利用されそうになってきた。そのたびにクローディアを守ってくれたのはクリスで、彼がいなければこうして平穏に暮らせてはいなかった。

 恥を忍んでこのような心配までしてくれるほど、彼はクローディアのためならなりふり構わず行動に出る人だ。


「クローディア様は、神殿を出た後はどうされるおつもりですか?」

「とりあえず、実家へ帰ろうと思っております。両親にも久しくお会いしておりませんし」


 クローディアが神殿入りした当初は、たまに面会や手紙のやり取りも両親としていたが、それも徐々に途絶えてしまった。

 きっと両親ともに忙しくしているのだろう。実家へ帰ったら、家の手伝いでもしようとクローディアは思っていた。


 しかしそれを聞いたクリスは、顔を曇らせる。


「それは、お止めになったほうがよろしいかと……。クローディア様のご実家であるエメリ伯爵家は、鉱山事業に失敗して没落しました。クローディア様がご安心して暮らせる環境ではないと思います」


 クローディアの両親は、聖女を輩出した報奨金を元手に鉱山事業に乗り出した。

 しかし、鉄くず一つでないような山を押し付けられたらしく採掘費用がかさみ、借金返済のために領地の大半を売り渡してしまったのだとか。

 両親は借金返済で忙しく、クローディアに構っている余裕などなかったのだろう。


(そんな事情があったなんて、知らなかったわ……)


 神殿では皆、家庭環境に関する話には慎重だ。

 家族の期待を背負って神殿入りする者もいれば、厄介者扱いされて神殿に送られた者もいる。クリスはどちらかといえば後者なので、二人の会話でもそういった話題は避けてきた。


「それならどこかで、一人暮らしをしなければなりませんね……」


(私が家に戻っても、お荷物になるだけだわ……)


 神殿から追放された娘が帰ってきたところで、家門に泥を塗るだけだ。借金返済に悪影響が出てしまっては申し訳ない。


 しかしクローディアはお金を持っていないし、使ったこともない。庶民はお金に困ったら持ち物を売るらしいが、クローディアの所持品といえば必要最低限の品と、教皇から渡された慰労金の金貨が十三枚だけ。そのような状態で家を借りられるのか、不安になってくる。


「もしよろしければ、私が所有する領地でお暮しになりませんか?」

「クリス枢機卿の?」

「首都から馬車で五日もかかる田舎町でよろしければ、ですが。小さくてもよろしければ家もお貸しできます」


 彼はポケットから地図を取り出すと、領地の場所をクローディアに説明し始める。どうやら彼は初めから、それを伝えにここへ来たようだ。


「わぁ……! 住まわせていただけるなら、どこでもうれしいわ。ありがとうございますクリス枢機卿」


 彼がこのような提案をしてくれるとは、夢にも思っていなかった。彼は最後の最後まで、クローディアを気にかけ、心配してくれたのだ。

 家族とは疎遠になっているクローディアにとっては、彼が家族のようなもの。クリスと離れるのは寂しいが、彼を心配させないためにも与えてもらった環境で強く生きなければ。


「ほとぼりが冷めたら、首都で不自由なくお暮しいただく環境を整えますので。どうかそれまでご辛抱くださいませ」

「そこまでしていただかなくても、大丈夫ですわ。私こうみえて、庶民の暮らしには慣れておりますの」


 貴族の暮らしなどとうの昔に忘れたクローディアは、今さら裕福な暮らしに戻りたいとは思わない。それに、クローディアには前世の記憶がある。今は乙女ゲームに関することしか思い出せないが、きっと集中すれば生活に関する記憶も思い出せるはず。

 やんわりと思い出せるゲームプレイ中の前世のクローディアは、豪華なドレスを身に着けていない。きっと庶民だったのだろうと推測している。


「お金も使ったことがないディアに言われても、説得力がありませんね」

「ふふ。きっとクリス枢機卿を驚かせることになりますわ」


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◆作者ページ◆

~短編~

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