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05 神殿からの追放1

「筆頭聖女様を、追放なさるとおっしゃるのですか!」


 ベアトリスの父であるモンターユ公爵からの苦情対応に追われたクリスは、夜になってようやくその報告をしに教皇の部屋を訪れた。

 しかし、教皇の下した決断があまりに馬鹿げているので、クリスは怒りで報告書をぐしゃりと握りしめた。


 クリスとクローディアを引き合わせてくれた当時の教皇とは違い、今の教皇は政治色が強い。神殿の威信や、聖女の力を守ることよりも、王太子妃を輩出することになるモンターユ家を優先したのだ。


 クローディアを追放することでこの国が被るであろう厄災に、まさか気が付いていないとは。


 呆れたクリスは、ズキズキと波打ち出したこめかみを押さえた。


「教皇聖下。筆頭聖女様を追放なされば、この国は魔獣の脅威に晒されてしまいます」

「馬鹿を言うな。聖女の人数は常に一定ではない。一人抜けただけで魔獣に襲われるはずがないだろう」


 普通の聖女が一人抜けただけならば、教皇の言うとおりさほど影響はない。しかしクローディアは五歳で力を発現させたほどの人物だ。彼女が抜けることでどのような影響があるのかは計り知れない。


「筆頭聖女様は、特別なお方です。他の聖女様と同列に見られては困ります」

「他の聖女よりも少し、力の発現が早かっただけではないか。ワシは目に見えぬ力よりも、モンターユ騎士団の実力を信じる。国に何かあれば、きっと公爵様が守ってくださるはずだ」


 竜神の存在すら否定するような発言に、クリスは呆れる気力すら失った。教皇という地位どころか、聖職者としてあるまじき考えだ。


 クリスが言葉を失ったのをいいことに、教皇はさらに続けた。


「それにもう、クローディアを聖女から除名する儀式は済ませた。そなたがなんと言おうとも、クローディアが聖女に戻ることはもうできない」

「なんてことを…………」


 聖女から除名する儀式は通常、聖女の引退時におこなわれるもの。その儀式をおこなうことで、石板に刻まれている聖女一覧から名前が消える。

 一度、石板から名前が消えてしまったら、もう一度聖女の力が発現でもしなければ名は刻まれない。事実上は除名されると、復帰は不可能となる。


 除名されても、神聖力を使った癒しや、自分の身を守る程度の結界ならば使用可能。けれど聖女と一般人とでは、竜神へ届けられる祈りの強さが明らかに違うのだ。


 けれど、クリスは考え直した。このような無能な教皇の元を去ることができるのは、クローディアにとってはむしろ良いことなのかもしれない。

 五歳で神殿入りしてしまった彼女は、本来得られるはずだった子供としての楽しみや女性としての楽しみを、ほとんど体験しないまま成人を迎えた。

 引退の時期には早すぎるが、クローディアを自由の身にしてあげられるのだ。


「どうなっても、私は知りませんよ」


 ならばクリスが優先すべきは、教皇がしでかしたことの後始末よりも、クローディアの今後を考えることだ。


 



 その夜。クローディアはひとり、儀式場にて竜神に祈りを捧げていた。

 昼間におこなわれた儀式の後から、ずっと彼女は落ち着かない気持ちでいる。

 唯一、あの卵が無事に孵化できるよう祈りを捧げている時だけは、心を落ち着かせることができていた。


 教皇からは追放を言い渡されてしまったので、神殿で祈ることができるのは今日が最後。聖女からは除名されてしまったので、竜神への祈りは届きにくくなっているはず。それでも悔いが残らぬよう、クローディアは熱心に祈りを捧げていた。


 そんな時、静寂に包まれている儀式場の扉が開き、カツンカツンっと足音が辺りに響いた。彼の地位を示す装身具が揺れ、しゃらりと微かに音を奏でる。

 クローディアにとっては、神殿で最も慣れ親しんだ人の気配。


「クリス枢機卿。今までお世話になりました」


 クローディアが振り返ると、クリスはやつれた表情で佇んでいた。神殿での問題事を処理するのは、彼の仕事。最後まで彼には、迷惑をかけてしまった。


「……クローディア様、申し訳ございません。前教皇聖下とのお約束を守ることができませんでした」


 儀式の際のベアトリスは、神殿による卵への祈りを約束されたことで怒りを納めたようだったが、父親である公爵は違った。

 クローディアの行動を責め、神殿をとことん追求するつもりなのだ。


 クリスはロスウィル公爵家の次男でもあるので、その地位を使いモンターユ公爵と交渉を試みたが、クリスが庇えば庇うほどモンターユ公爵は彼が父親なのではと疑いを掛ける。

 結局、今日の話し合いではまとまらなかったという。


 そうなるであろうと予想した現教皇は、早々にクローディアを切り捨てたのだ。


 前教皇は、クリスにクローディアを守るよう命じたらしいが、それを果たせなかったことを彼は気にかけているようだ。


「クリス枢機卿が気に病まないでください。筆頭聖女として相応しくない行動を取ってしまったのは、私ですから」


 あの時、クローディアがもっと上手く立ち回っていれば、このような事態にはならなかった。

 けれどあの時は、どうしても本能のまま動かずにはいられなかった。それどころか卵を渡してしまった今も、あの卵のことが頭から離れない。


「クローディア様の行動に、過ちなどございませんでした。私は……、竜神様のご意思だったのだと思っております」


 クリスは急にクローディアに迫ると、彼女の両手を掴んだ。彼に手を握られるのは、聖女見習いの頃以来のこと。クローディアは驚いて瞳をぱちくりさせた。


「クリス……枢機卿?」

「クローディア様。正直にお答えください」

「何を、でしょうか……?」


 クリスの並々ならぬ勢いに気圧されつつもそう返すと、クリスは急に勢いを無くしたように言葉を詰まらせる。


「その……。私から告白させていただきますが。本日の儀式の最中、私はずっとクローディア様のことを考えておりました」

「……えっ?」


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