41 首都での暮らし3
クローディア達が首都の大神殿へと到着すると、いつも世話をしてくれていた神官見習い達が出迎えてくれた。
彼女達はクローディアとオリヴァーが婚約したことを、自分のことのように喜んでくれる。卵が無事に孵化するよう皆で祈ろうと張り切っている。
そして、クローディアが以前送ったクッキーが、神殿で大人気だったとも話してくれた。貴重な一つは、竜神様の祭壇にまで供えられたのだとか。
別れの日に皆が「ディア」と声をかけてくれたことを、クローディアはまだ鮮明に覚えている。
あの時と変わらない様子で歓迎してくれることが幸せだ。
クローディアにとってこの大神殿は、家のようなもの。実家にでも帰ってきたようなホッとした気分になる。
それから神官見習いの案内で、儀式場へと向かったクローディア達。
今は聖女達のお祈りの最中のようだ。邪魔をしないようにこっそりと扉を開けて中を覗いてみる。
祭壇の上には、結界が作用していることを示すクリスタルが設置されている。クリスタルが虹色に光を帯びていれば、結界は問題なく作用している証拠。
それが今、クローディアがいた頃よりも光が弱くなってる。
クローディアが抜けた穴は、思っていたよりも深刻のようだ。
「皆様、お待ちしておりました」
教皇の部屋へと通されると、クリスが笑顔で出迎えてくれた。教皇の衣装を身にまとっている彼を見るのは、今日が初めてだ。
枢機卿だった頃よりも、貫禄がついたように見える。
「クリス教皇聖下。ご就任お祝い申し上げますわ」
「ありがとうございます。何だかんだと押し付けられてしまいました」
クリス自身は、教皇になるつもりではなかったそうだ。
けれど前教皇の解任を発案したのはクリスだ。他の枢機卿達から「神殿を立て直せるのはクリス枢機卿しかいない」と持ち上げられてしまったのだとか。
別れの際にクリスは会いに行くと約束してくれたが、結局は白竜祭で飛行する姿しか見られなかった。
過保護なクリスが会いに行く暇がなかったということは、よほど忙しかったのだろう。
クリスは三人に席を勧めると「早速ですが」と挨拶もそこそこに本題へと入る。
「教皇だけが読むことを許される書物に、気になる記述を見つけましてお二人をお呼びしました」
そう言ってクリスが見せてくれたのは、竜神に関する書物だった。
そこに書かれていたのは、番を失った娘の話。
番を弔うために聖女になりたいと望んだ娘は、『竜の祠』で祈り、その願いが叶ったのだと記されている。
竜の祠は、グラジル山の頂上にある『竜の神殿』の中にある。
「竜の祠で竜神様に願えば、もしかしたらディアが聖女に復帰できるかもしれません」
「私がまた聖女に……?」
そうなれば、国の結界を心配する必要はなくなる。聖女達の負担を減らすこともできる。
けれどオリヴァーとの関係はどうなるのだろう。
たとえ竜神様が二人の結婚を許してくれたとしても、聖女は日に何度も儀式場で祈らなければならない。聖竜城で暮らすのはむずかしくなる。
そうなるとクローディアには子育てする時間もなければ、オリヴァーとの時間もなくなる。
「ディアは俺の妻になるんです。二度と竜神には渡しません」
「しかし……。聖女様方の疲労も限界に来ております。このままでは、近いうちに国の結界は瓦解してしまいますよ。なるべくお二人が一緒にいられるよう配慮はするつもりです」
「討伐が必要なら、俺が出ます」
オリヴァーは、クリスの提案を少しも受け入れるつもりはないようだ。
「オリヴァー様……」
彼の気持ちは凄く嬉しいし、クローディアとしてもオリヴァーや産まれてくる子供と離れたくない。
けれど、これはクローディアにしかできないことだ。王太子妃となる者としても、国を第一に考えるべきではないのか。
すぐには答えが出ない選択に悩んていると、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「教皇聖下! 筆頭聖女様が倒れられました!」
(マリーが?)
クローディア達は急いで筆頭聖女であるマリーの部屋へと向かった。
彼女の部屋へ入ると、マリーはベッドに寝かされていた。青ざめた顔色で呼吸が乱れている。これは、神聖力を使い切った時に起こる症状だ。
「マリー!」
このままでは、マリーの呼吸が止まってしまうかもしれない。
駆け寄ったクローディアは彼女の手を取り、自らの神聖力を彼女に流し始める。
「…………クロー……ディア……様?」
「マリー。気が付きましたか?」
「ディア……! 私などに神聖力を使ってはいけませんわ」
神聖力が流れ込み続けていることに驚いたマリーは、そう叫ぶ。
けれどクローディアは、にこりと微笑みながら首を横に振った。
「良いのです。今の私には、これくらいしかできませんから。結界を維持してくださりありがとうございます」
「ディア……」
クローディアは限界ギリギリのまでマリーに神聖力を分け与えた。
これでマリーはまた、竜神様への祈りに専念できるはずだ。
(タイミングよく居合わせて良かったわ)
聖竜城から駆けつけていては間に合わなかったかもしれない。
マリーを助けられて良かったと、クローディアは心の底から安心した。
同時に、クリスの提案が切実な問題であることを改めて実感する。