40 首都での暮らし2
聖竜城へと到着したイアンは、二人を探して城の奥にある竜の庭へとたどり着いた。
ここは竜が安らぐための庭で、芝生が敷き詰められているだけのだだっ広い場所。
そこに黒竜が寝そべっているのが見えたので、イアンはそちらへと足を向けた。
「オリヴァー殿下。町での作業を終えて、ただいま帰還して参りました」
『ご苦労様です。イアン』
「……ディアはご一緒では?」
てっきり一緒にいるかと思えば、姿が見当たらない。
『ディアなら、こちらです』
黒竜は自分の腕に視線を向ける。
釣られてイアンもそちらを覗き込む。黒竜の腕と首のフサフサな毛に挟まれて、クローディアは卵を抱えながら気持ちよさそうに眠っていた。
『俺の世話をして、疲れたようです』
黒竜の近くには、首の毛をとかすためのブラシや、鱗を磨く布などが置いてある。
道理でと、イアンは黒竜に改めて目を向ける。
今の黒竜は野性的な竜というよりは、ペットサロン帰りの犬のようだ。非常に綺麗に整っている。
「愛されておられますね。俺は誰かに、そのようなことをしてもらった経験などありませんよ」
『ディアは俺のことが大好きみたいです。イアンはただの友人だと言っていました』
「そっそうですか……」
町にいた頃のオリヴァーは何かとイアンを敵視していたが、今は穏やかに見える。どうやら心境の変化があったようだ。
卵にもいくつか模様が浮き出ているし、二人の関係は良好と見える。
「……イアン?」
二人の話し声で目が覚めたのか、クローディアは「ふわぁ~」と可愛らしいあくびをしながら黒竜の隙間から出てきた。
「久しぶりだなディア……いや、これからはクローディア様とお呼びすべきですね」
イアンは騎士らしく、片膝をついて挨拶をする。その姿がおかしかったのかクローディアはくすくすと笑い出す。
「今までどおりで良いわよ。イアンは大切な友人ですもの。よろしいですよね? オリヴァー様」
『はい。ディアにも友人は必要ですから、俺は気にしません』
彼は散々気にしていたというのに、この良い子ぶり。クローディアはすっかり、オリヴァーを手懐けているようだ。
「それより、しばらく会えなかったから角の治療をしましょう」
「助かるよ。ありがとなディア」
クローディアはイアンの角に手をあてて、神聖力を流し始める。
彼女のおかげでイアンの角は、半分くらいまで再生されている。もう少し経てば、竜に変化できるようになるはずだ。
その治療の様子を見ていた黒竜は、急に変化を解いて竜人の姿のオリヴァーへと戻った。
彼はイアンの隣にちょこんと座り込むと、クローディアのドレスの袖を引く。
「ディア……。俺も角が痛む気がします」
はぁ!? と思わず叫びそうになったイアンは、騎士の精神でそれを何とか飲み込む。黒竜ほどの強固な角があれば、折れるどころかヒビさえ入れるのも容易ではない。
つまりこれは……嫉妬と甘えだ。
「まぁ大変ですわ! 今すぐにっ!」
クローディアは知ってか知らずか、イアンの治療を止めると慌ててオリヴァーへと身体を向ける。
「どちらが痛みますか?」
「付け根の辺りが少し」
立ち膝で治療を始めるクローディアの腰に、オリヴァーはべったりと抱きついた。
王太子オリヴァーといえば、誰に対しても人当たりがよく、真面目で仕事熱心。そして無欲な青年として知られている。
町では割と素のオリヴァーを見てきたが、さすがにべたべたに甘える姿は想定していない。
イアンは、見てはいけないものを見てしまった気分で、視線をそらす。
「そういえばクリス教皇から、お二人に神殿まで来ていただきたいと言伝を頼まれましたよ」
ここへ来る前にイアンは、別荘の管理についてクリスへ報告しに行った。神殿は今、結界の件や教皇が変わったことでバタバタしているようだが、どうしても二人に話したいことがあるのだとか。
三人は早速、神殿へ向かうことにした。
「ところでお二人は、正式に婚約されたのですよね?」
イアンにそう尋ねられて、クローディアは頬を赤く染めながらこくりとうなずいた。
クローディアが聖竜城へ入った翌日。全ての準備を整えてくれていた国王により、二人は正式な婚約者として認められたのだ。
「それにしても、よくあの令嬢が承諾しましたね」
「父上が無理やり馬車に押し込めて、領地へ帰したそうです」
モンターユ家は婚約解消を渋々受け入れたようだが、ベアトリスは最後まで聖竜城に残ると駄々をこねた。
いくら現状を説明しても彼女は聞く耳を持たない。追い出すのに苦労したと、国王は疲れた様子でクローディアとオリヴァーに話した。
それを聞いたイアンは、苦々しい表情を浮かべる。
「イアンもモンターユ令嬢をご存知なの?」
「角を折られた時に少しな……。卵を授かる儀式をしたいと、しつこく迫られて困ったよ……」
どうやらヒロインは、イアンのことも攻略しようとしていたようだ。けれど、その時すでにヒロインはオリヴァーの婚約者。
自然とクローディアとイアンの視線は、オリヴァーへと向けられる。
「俺も無理やり、儀式に引きずり出されました。授かるはずがないと何度も説明しましたが、聞く耳を持ってくれなかったもので」
「それで、あのような式でしたのね……」
「おかげで、ディアの同情を誘うことができましたが」
彼の声色は明るい。オリヴァーとしては結果オーライだったようだ。
(それにしてもヒロインは、なぜそんなに儀式をしたかったのかしら)





