04 竜の卵を授かる儀式3
このような事態は、筆頭聖女を務めてから初めてのこと。いや、神殿の歴史書を漁っても、このような事例などないはずだ。
クローディアは落ち着こうとして懸命に理由を探したが、気持ちが焦って上手く考えられない。その間にも、卵はもう頭上に迫っている。
受け取るしかない。
そう判断せざるを得なくなったクローディアは、両手を広げて卵を受け止めた。
(あ……。温かい)
竜人の卵は、両腕で包み込んでちょうど納まる程度の大きさ。
なんとも言えない温もりを感じ、クローディアは今まで感じたことのない幸せに満ちる。この卵は自分のものだと錯覚してしまうほど、愛おしい気持ちでいっぱい。
このまま卵を温めながら眠れたら、どんなに幸せだろう。そんな想像をしながら、クローディアは瞳を閉じて卵を抱きしめた。
「ちょっと! あなた、私から卵を奪うつもり!?」
その幸せを遮る声に、クローディアは目を開けた。目の前にはいつのまにかベアトリスが迫っており、彼女はクローディアから卵を取り上げようと掴みかかった。
「あの……」
「早く卵を返しなさい!」
戸惑うクローディアを無視したベアトリスは、力づくで卵を奪い取ろうとする。
祈るだけの毎日のため非力に育ったクローディアは、すぐに力で負けて卵を奪われてしまった。
「あっ……、返して……!」
思わず口から出た言葉を、クローディアは慌てて噤んだ。ベアトリスがぎろりと、怒りに満ちた視線を向ける。
「……あなた今、私に卵を返せと言ったの? 私が卵泥棒だとでも?」
「いえ……。そのようなつもりでは……」
彼女の怒りは最もだ。今はベアトリスとオリヴァーの儀式であり当然、神から授かった卵は二人のもの。
けれどクローディアはどうしても、その卵が他人のものとは思えなかった。自分の手から離れてしまっただけで、とてつもなく不安に駆られる。
そんなクローディアの表情を見て取ったベアトリスは、意地の悪い笑みをこぼした。
「もしこの卵が本当にあなたのものだとして、父親は誰になるのかしら? まさか聖職者ともあろう者が、恋愛していたとでもおっしゃるの?」
竜神に仕える聖職者にとって、それは禁忌。聞き捨てならないその言葉に、周りの者達も騒めき出す。
そこへクリスが、クローディアをかばうようにやってきた。
「モンターユ令嬢、言い過ぎですよ!」
「あら、クリス枢機卿。あなた確か、幼い筆頭聖女様のお世話をしておりましたわよね。まさかそこで愛が芽生えたとか? ああ、なんて汚らわしいのかしら」
ベアトリスは汚物でも見るような目で、クローディアとクリスを見つめた。
(クリス枢機卿をそんな目で見るなんて!)
彼は本当に清い心の持ち主だ。クローディアはこれまで、幾度となく彼に助けられ、励まされながら生きてきた。
クローディアにとっては家族も同然の彼を侮辱されたのが耐えられず、思わず声を荒らげた。
「誤解です! クリス枢機卿は無関係ですわ!」
「怒るなんて、ますます怪しいわ。それとも別の父親がいらっしゃるのかしら?」
ベアトリスはこの状況を楽しむように、周りにいる男性神官達に目を向け始めた。
(これ以上取り乱しては、神殿や聖女の威信に関わる)
クローディアはグッと怒りを抑え込んでから、ベアトリスに向けて頭を下げた。
「このような事態は神殿が始まって以来のことですので、私も気が動転してしまいました。神聖な儀式に水を差してしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。お二人の卵が健やかに孵化されますよう、誠心誠意祈らせていただきますので。どうかお許しくださいませ」
卵の孵化までの間、聖女に祈ってもらうには多額の寄付金が必要。『竜たま』では好感度を下がらないようにするための課金要素でもある。
「ふんっ。わかれば良いのよ!」
良い条件を引き出せたベアトリスは、機嫌が直った様子で身をひるがえした。
「さぁ! オリヴァー殿下。早く聖竜城へ参りましょう! 今日から王太子妃室を使わせていただきますわ!」
卵を抱えたまま、ベアトリスはさっさと一人で儀式場を出て行く。卵を授かった喜びを、この場でオリヴァーと分かち合おうという気持ちはさらさらないようだ。
残されたオリヴァーは、クローディアへと視線を向ける。
「迷惑をかけましたね…………。ディア」
彼はそれだけ伝えると、すぐに儀式場を後にした。
(私の愛称……。覚えていてくださったのね……)
彼の口から、個人的にクローディアへ向けられた言葉を聞いたのは、五歳の頃以来だ。
嬉しいような、切ないような、複雑な気分。
そして何より、卵が自分から離れていくことに、クローディアは不思議と不安を感じた。