30 日常の中で3
それ以降も見えない視線はずっと、クローディアにつきまとっていた。
決して姿は現さないので、直接的な被害はない。
けれど、見えないからこそクローディアの不安は募るばかりだった。
(そろそろ誰かに相談したほうが良いかしら……)
イアンに話せたら一番良いが、最近の彼は忙しそうだ。下手に心配させて、余計に忙しくさせてしまうのは申し訳ない。
もちろんオリヴァーに相談するつもりもない。こんな時だけ頼るのは、彼に対して失礼だから。
どうしたものかと思いながら町の中を歩いていると、衣料店の娘サラがこちらに向けて手を振っているのが見えた。
「ディアー! 少し寄っていかなーい?」
誘われるままに衣料店へと入ったクローディアは、サラによってすぐさま椅子に座らせられる。
ここは商談用の椅子だ。大丈夫なのかと辺りを見回したが、店内にお客はいないようだ。
サラは暇を持て余していたのか、お茶とお菓子まで出してくる。完全に、クローディアを休憩につき合わせるつもりだ。
「サラったら。このお茶とお菓子はお客様用ではないの? 店長さんに叱られないかしら?」
「大丈夫! 母は買い付けに行ってるから。それにディアも立派なお客だもの」
「私は一度しか、こちらのドレスを買っていないわ」
この衣料店のドレスは、首都のデザイナーから買い付けたものばかり。センスは良いが、他の店よりも値段は高めだ。
この前は奮発してお祭り用ドレスを購入したが、気軽に何度もは買えない。
「こうして手厚くもてなせば、いつか買ってくれるかもしれないでしょう」
商人の子らしい考え方だなと、クローディアはくすりを笑みを浮かべた。
「やっと元気になったみたいね。最近、暗い顔だったから気になっていたの」
「え……。私が?」
思ってもみないことを言われて、クローディアはきょとんとサラを見つめる。
「そうよ。こーんな顔して店の前を通りすぎていくんだもん。私が手を振っても、なかなか気が付いてくれないし」
サラは、目尻を人差し指で押し下げる。
悩み事はあったが、そんな顔をしていたとは思いもよらなかった。
「気が付かなくてごめんなさい。実は悩み事があって」
ここは同じ女性同士に話したほうが、解決策が見つかるかもしれない。そんな思いでクローディアは、サラに悩みを聞いてもらうことにした。
つきまといについて聞き終えたサラは、「あら?」と首を傾げる。
「付け角イケメンくんはどうしたのよ。こんな時こそ彼の出番でしょう?」
「あの……。彼とはただのお知り合いで……」
クローディアは言いにくそうに口をごもごもさせる。
サラには、彼とお祭りに行くと話している。悩みで頭がいっぱいで、すっかりと忘れていた。
「あー……。深くは聞かないわ。人生いろいろあるもの。私もイアンに振り向いてもらえない人生だからよくわかるわ」
サラはうんうんと、一人で納得しているようだ。
クローディアとオリヴァーの事情については、話すわけにはいかない。詳しく聞かれなくて良かったとため息をつく。
「実際につきまといを見たわけではないの。視線を感じるだけで、私の勘違いかもしれなくて……」
「確かな証拠が必要ってことね」
クローディアはこくりとうなずく。相手さえわかれば、警備隊に相談することもできるし、相手に苦情を言うこともできる。
「どうしたらよいかしら」
「そうだわ……!」
サラは勢いよく立ち上がると、小物の売り場へ駆け寄り手鏡を持ってくる。
そして手鏡を顔の前にかざしてから、少しだけ鏡を横に移動させた。
「こうすれば後ろが見えるでしょう? 相手が隠れる前に顔を見られるはずよ」
渡された手鏡をクローディアも使ってみる。確かにこれなら後ろを確認できそうだ。
「この手鏡、買います!」
「ふふ。まいどありぃ」
帰り道。住宅街まできたクローディアは、さりげなく先ほど購入した手鏡を取り出した。
先ほどから視線を感じる。今使えば、きっと犯人の顔を見られるはずだ。
相手に気づかれぬよう、さり気なく手鏡を持ち上げる。
そして後ろが見える角度に調節すると、はっきりと後にいる男性が鏡に映った。
(えっ……)
鏡に映ったのは、まさかの知り合い。
お祭りの前までは、毎日のように送り迎えをしてくれていた彼だ。
オリヴァーは曲がり角の陰から、じっとこちらを見ている。
これは一体どういうことなのか。
(きっと、調査の途中で私を見つけて、気になった……のよね?)





