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03 竜の卵を授かる儀式2

「筆頭聖女様。本日の儀式は、予定者が変更になったそうですわ」


 儀式場の祭壇にて、最終確認をおこなっていたクローディアの元へ、補佐を務めている聖女マリーがやってきた。彼女は疲れたような顔で、クローディアへ紙を渡す。


「まあ……。またですか?」


 クローディアはその紙を受け取りながら、呆れたような顔になる。

 竜人族が子を設けるには、卵を授かる儀式によって竜神から卵を授けてもらわなければならない。ゆえに希望者が多く、予約をしてから儀式を受けられるまでには短くて三ヶ月、長ければ半年以上待たされるのだ。

 その期間を待ちきれない者達がたびたび金銭を積んでは、予定が近い者と順番を変えているのだとか。


 両者が納得しているのであれば順番を変えることは違反ではないが、裕福な貴族が優先されていることに、クローディアはいつも複雑な気分を味わっていた。


 竜人族は、生涯一人だけを愛する種族なので、離婚制度がない。そのため、お互いに愛し合っている証拠である卵を授かる儀式が重要視されている。卵を授かってから結婚するというのが、竜人族の常識となっていた。


 皆、愛する者と早く結婚したい気持ちは同じはずだが、そこに貧富の差が生じるのは悲しい。


 今日はどのような傲慢な貴族が来るのか。とクローディアが溜息をついていると、続いてクリスがやってきた。先ほどの兄モードの彼とは違い、枢機卿モードの彼はうやうやしくクローディアへと礼をする。


「クローディア様。先方が開始時間を早めたいそうです。儀式場の準備は整っておりますが、いかがなさいますか?」

「まったく……。予定時刻すら待てないのですね。今日は、一波乱ありそうだわ」


 全てを思いどおりにしたがる貴族は、卵を授かることが出来なかった時には、揉めることが多い。そして傲慢な貴族ほど、愛する心が欠けているので卵が授かりにくい。


 今日はあいにくそうなりそうだと悟ったクローディアは、マリーに目配せする。彼女は無言でうなずくと、速やかに儀式場から出て行った。いざという時のために、神官騎士を増員しに向かったのだ。


「クローディア様、お身体のほうは大丈夫ですか?」


 マリーが去った後、小声で確認するクリスにクローディアはにこりとうなずいた。


「もうすっかり元気です。さぁ、儀式を始めましょう」




 入場を始めるよう合図を送ったクローディアは、聖書台の隅に先ほどマリーから受け取った紙を置いた。そこには、これから儀式をおこなう男女の名前が記されている。

 どこの家門の者だろうと名前を確認したクローディアは、大きく目を見開いた。

 そこに書かれていたのは『竜たま』のヒロインと、攻略対象の一人である王太子の名だったのだ。


(オリヴァー様……!)


 オリヴァーの名を見た瞬間。再びクローディアの記憶は呼び起こされる。彼は、クローディアが前世で好きだった攻略対象。前世では『推し』と呼んでいた存在。


 ちょうどその時、儀式場の扉が大きく開かれ。白い衣装に身を包んだ二人が、クローディアの視線の先に映し出された。


 ヒロインが抱きついている腕の持ち主は、黒竜の仮面をかぶった男性。すっぽりとその仮面に覆われているので顔は確認できないが、仮面の後ろに見えている艶やかな黒髪と立派な角を見れば、彼が誰なのか一目瞭然だ。


 黒竜の仮面は、王族である印。そして現在、この国で唯一黒竜に変化できるのは、王太子オリヴァー・グラジルだけだ。


(ヒロインは、オリヴァー様を選んだのね……)


 クローディアが知らぬ間にゲームは開始されていて、ヒロインはこのイベントに臨めるだけの好感度をオリヴァーから得ていた。

 クローディアの心に、何とも言えない虚しさが広がる。


(竜神様はなぜ『神託』を授けてまで、私に前世を思い出させたのかしら……)


 前世を知らなければ、このような気持ちにはならなかった。いや……。例え前世を思い出していなくとも、クローディアは虚しさを感じていたかもしれない。


 なぜなら彼女にとってオリヴァーは、幼い日の淡い思い出がある人でもあるのだから。



 ――クローディアに聖女の力が発現する少し前。

 オリヴァーと同じ年頃の貴族の子供たちが、彼の遊び相手として聖竜城に集められたことがある。

 その際にクローディアは彼と出会っており、周りも期待するほど二人は仲が良かったのだ。


 両親は「オリヴァー殿下と婚約できるかもしれない」と喜び、クローディア自身もそんな未来に淡い期待を膨らませていた。


 しかし、クローディアは聖女の力が発現してしまい、彼との婚約は夢のまた夢となってしまう。


 それから何度も、儀式などで彼を見る機会はあったが、彼は常に黒竜の仮面を身に着けているので表情がわからない。友情が続いているのか確認することができず。今ではクローディアを覚えているのかさえ分からぬほど、遠い存在となっていた。


(感傷に浸っている場合ではないわ。今は、儀式に集中しなければ)


「これより、オリヴァー・グラジル王太子殿下とベアトリス・モンターユ公爵令嬢による、竜の卵を授かる儀式を執りおこないます」


 気を取り直したクローディアは聖書を読み始めたが、すぐに不機嫌な顔のベアトリスから横やりが入る。


「誓いの言葉なんて結婚式でもするのだから、二度もいらないわ。あなたが祈れば、卵が降ってくるのでしょう? 早くしてちょうだい」


 どうやらヒロインは、手っ取り早く卵が欲しいらしい。記憶の中のヒロインとあまりに性格が違うので、クローディアは眩暈を起こしそうになる。


 ゲームの中のヒロインは、いつも明るく皆を惹きつける魅力があり、攻略対象それぞれの気持ちに真剣に向き合う。そんなところに、プレイヤーからも好感を持たれていたが。

 なぜ目の前にいるヒロインは、こうも残念な雰囲気なのだろう。


(オリヴァー様は、本当にこの方を愛しておられるのかしら……)


 信じられない気持ちでクローディアは彼に視線を向けるも、仮面で覆われた表情などわかるはずもない。

 彼はクローディアの視線を、お伺いと受け取ったのか「彼女の希望どおりに進めてください」と、淡々と述べる。

 オリヴァー自身も、正式な手順を踏むつもりはないようだ。


 しかし卵が授からなかった時に、こちらのせいにされてはたまらない。

 日頃から、卵の性別は男が良いだとか、いちいち儀式が面倒なので卵を複数欲しいだとか、温めるのが面倒なので生まれた状態の子が欲しいなどと、無理難題を突き付けられているクローディアは、予防線を張ることにした。 


「手順を省略したり、竜神様のご意思にそぐわない要求をされますと、卵が授からない可能性がございますわ」


 心配しているような表情でそう伝えれば、大抵のカップルは考え直してくれる。なにせここへ来る若者は卵を授かりたくて仕方ないのだから。


 しかしこの二人は違った。

 ベアトリスは面倒そうな顔で「いいから早くして」と、手をひらひらさせ、オリヴァーは無言で立ち尽くしているだけ。


(このお二人は、本当に卵を授かりたいのかしら……)


 儀式をこなすことだけが目的に見える。

 なにか事情でもあるのだろうかと思いながら、クローディアは仕方なく竜神への祈りを捧げ始めた。


 十二歳で筆頭聖女となった彼女は、これまで何千組もの儀式をおこなってきたので、祈りの言葉は集中せずとも無意識で紡ぐことができる。

 ついついオリヴァーのことが気になり、そればかり考えてしまった。


 クローディアの前で控えめながらもいつも明るかったオリヴァーが、なぜこのような儀式を挙げるような人になってしまったのだろうか。

 クローディアと接していなかった期間のオリヴァーに、一体何があったのか。


 大好きだった彼には、素敵な女性と卵を授かって幸せな結婚をしてほしかった。

 クローディアの夢は叶わなかったが、せめてその儀式をするのは自分だと思っていたのに……。


 この二人には、卵が授かることはない。

 筆頭聖女を六年務めてきたクローディアにはわかる。このような儀式を挙げた者達を何度も見てきたから。


 けれど、クローディアも諦めかけたその時。

 儀式場の天井に描かれている魔法陣に反応があった。



 「おお!」と周りから声があがる。これにはクローディアも驚いた。このような儀式で卵を授かった例など、これまで一度もない。


 光を放った魔法陣は、煙の渦を陣の内側に巻き始める。それから数呼吸ほど置くと、煙の中から卵が出現した。


 淡いピンクの卵は、ゆっくりと母親の元に向かって降下してくる。


「卵よ! オリヴァー殿下見てくださいませ、私達の卵ですわ!」


 歓声を上げたベアトリスが背伸びしながら、両手を天へと突き出した。


 しかし、それを見ていたクローディアは「あら……?」と首を傾げる。

 卵が降下している角度が、微妙にベアトリスとズレている気がする。卵は一直線に母親の元へと降ってくるはずだが、何かがおかしい。


 そのズレた角度は、地上に近づいてくるにつれて鮮明になり。クローディアは冷や汗をかき始める。


(えっ、あの……! なぜ私に向かって、卵が降ってくるの!?)


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