21 町のお祭り1
その日がきっかけだったのかは、クローディアにはよくわからない。けれどその日を境に、町で頻繁にオリヴァーと会うようになった。
優しい彼はそのたびに、クローディアを別荘や食堂まで送ってくれる。おかげで変な人に絡まれる心配もなくなった。
毎日のように送ってもらえば、必然的に会話も増える。未だにオリヴァーは素性を明かしてはくれなかったが、二人の距離は着実に縮まっていった。
そうなると、クローディアの心にはどうしても欲が出てくる。
彼ともっと親しくなりたい。
ずっと一緒にいたい。
けれどオリヴァーには婚約者がおり、彼女との間に卵を授かっている。そんな彼の幸せを壊してはいけないことも、十分に承知していた。
叶うはずがないこの気持ちに、どう整理をつけたら良いのか。
彼と会える幸せな日々の裏で、そんな悩みを抱えていたクローディアは、ある日。街角のポスターを目にした。
「それは『白竜祭』のことだな」
最近。町のあちらこちらに、白い花が描かれているポスターが張り出されている。気になってイアンに聞いてみたところ、彼はそう教えてくれた。
クローディアがオリヴァーからもらった懐中時計が貴重だったように、竜の姿が描かれているものは貴重品として扱われる。ポスターのような安価なものに竜を描くなどもってのほかなので、代わりとなるものが描かれていたようだ。
竜に変化できる能力がある家門の領地では、このようなお祭りがおこなわれているのだとか。つまり白竜祭は、白竜であるクリスを称えるお祭りだ。
「お祭りは、どのようなことをするのかしら?」
記憶の限りではお祭りに参加したことがないクローディアは、首をかしげた。
首都の竜神祭では、神殿で大規模な礼拝がおこなわれるが、この町には神殿がない。
「庶民の祭りといえば、どこも同じさ。食べ物を売る屋台なんかが出て、朝から夜まで騒ぎまくるんだ。俺も当日は、店の前で簡単な食べ物を売る予定さ」
「そうなのね。私もお手伝いするわ」
クローディアの想像する限りでは、いつもより忙しくなりそう。いつもはお昼だけだが、一日中手伝ったほうがよさそうだ。
「ディアは初めての祭りなんだから、手伝いなんてしないで思い切り楽しみな」
「でも……」
「ほら。この前言ったろう? 受け身のままでは駄目だって。あのお客は顔が良いから、うかうかしていたらすぐに取られてしまうよ」
イアンはそう言うが、彼には婚約者と卵がいる。いくらクローディアの気持ちを伝えたところで、彼を困らせるだけだ。
(けれど、お祭りくらいなら……)
幼い頃に突然に途絶えてしまった友情。ちゃんとお別れができなかったせいで、クローディアはずっと後悔のような気持ちを抱えていた。
せめて最後に、楽しい思い出がほしい。
思う存分彼と楽しむことができたら、このモヤモヤした気持ちを整理できるかもしれない。
その日も仕事帰りに市場で買い物をしていると、ばったりとオリヴァーと出会った。
彼はいつものように、クローディアを別荘まで送ってくれるという。
「あの……。いつも送ってくださり、ありがとうございます」
「たまたまですから。仕事のついでだと思ってください」
彼はいつも大きな荷物を肩にかけている。あの中に調査道具でも入っているのだろうか。
もう一ヶ月以上は調査で滞在しているので、いつ調査を終えて帰ってもおかしくはない。
また突然、会えなくなる日がやってくるのではないかと、クローディアは心配になる。
「お客さまは、まだこの町にいらっしゃる予定ですか?」
「当分はいると思いますよ」
調査の手がかりが中々掴めない。と、オリヴァーは困り顔で微笑む。
彼の仕事が進んでいないのは心配だ。けれどそんな気持ちとは裏腹に、まだ一緒にいられそうだとクローディアは安心する。
「実はもうすぐ、白竜祭があるそうなんです。もし良ければ気晴らしに、一緒に行きませんか?」
クローディアが彼を誘うのは、これが初めてだ。いつもは彼から、送り迎えを提案されるだけ。確かにイアンの言うとおり、今までのクローディアはひたすら受け身だった。
ついに一歩踏み出せたが、これはあくまで友人としての一歩。どうか重荷に思わないでほしい。
これまでの関係が崩れてしまわないか心配な気持ちで、クローディアは彼を見つめる。
すると彼は、少し残念そうな顔を向けてきた。
「……先を越されてしまいましたね」
「え?」
「実は、俺も誘いたいと思っていたんです」
「本当ですか……?」
「なかなか言い出せなくて。格好悪いですね……」
「そんなことありません。嬉しいですわ」
断られなかったどころか、彼は同じ気持ちでいてくれた。それだけで竜神の元へ召されそうなほど、幸せでいっぱいになる。
「では当日、十時に広場の噴水前で待ち合わせしましょう」
「はい。必ず遅れないように行きますわ」
クローディアは気合を込めてそう返事する。当日は早起きして、念入りに準備を整えなければ。
しかしなぜか、オリヴァーは首を横に振った。
「十時になったら、家を出てください」
「え……」
待ち合わせ時刻に家を出発。
噴水の前で待ち合わせ。
それはかつて、幼い頃の二人がしていた待ち合わせ方法。
(オリヴァー様はあの頃を、覚えているのね)
そう確信したクローディアは、唇を固く噛みしめた。そうでもしなければ、涙が溢れそうなほど嬉しかったから。
オリヴァーのほうも、昔を懐かしむような笑みでクローディアを見つめている。
そんな彼に笑顔の一つでも贈って、伝わっていることを示したい。けれど今は、あふれ出そうな感情を押さるだけで精一杯だ。
そんな彼女の気持ちに追い打ちをかけるように、オリヴァーは続ける。
「こちらの懐中時計が十時を指したら、家を出てください。ディア」
そう言いながらクローディアの手に握らせたのは、神殿に置いてきたはずの黒竜の彫刻が施された懐中時計。
なぜこの懐中時計が、オリヴァーの元へ戻っているのか。今はその理由を考える余裕など、彼女にあるはずがない。
「はい……。オリヴァー様」
ついに彼は、素性を明かしてくれた。
仮面を付けていない彼にとっては、それは大きな決断であったはず。
そこまでして友情を示してくれたことに胸がいっぱいになったクローディアは、とうとう瞳から涙が溢れ出した。