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 翌朝。クローディアは朝から、井戸の横で洗濯をしていた。

 汲み上げ式井戸の下は、洗い場になっている。そこに薄く水を張り、石鹸をつけた洗濯物を浸す。それを彼女は、一生懸命に素足で踏んでいた。


 洗濯は他にも、棒で叩いたり洗濯板で擦る方法などもあるが、なにせクローディアは筋力がない。この方法が一番良いと、イアンが教えてくれた。


 他にも、井戸の水は冷たいので、お湯を沸かして薄める知恵も彼は授けてくれた。

 けれどクローディアは聖女。水で身を清めることに慣れている。水で洗濯することは、さほど苦ではなかった。


 すすぎを終えた洗濯物は、ローラー式の絞り機で脱水する。この絞り機は、この町ではあまり普及していないそう。さすがは公爵家の別荘だとイアンは感心していた。


 物干し竿に洗濯物を干したクローディアは、すっきりとした気分でそれらを眺めた。

 程よい疲労に見合う、綺麗になったという達成感。

 今まで祈るだけだったクローディアにとっては、味わったことのない感覚だ。




 朝のうちにしなければならない仕事を終えたクローディアは、食堂へ行く準備を整えて家を出た。

 木漏れ日が差し込む林を歩いていると、突然ガサガサと音がなる。


(昨日の男の人達だったら、どうしましょう……)


 クローディアは身構えながら、音がしたほうへ身体を向ける。

 しかし道なき場所から出てきたのは、荷物を肩に掛けたオリヴァーだった。


「あっ。おはようございます。ウェイトレスさん」

「おはようございます。お客さま……」


 食堂以外でこう呼び合うのは、変な感じがする。

 しかしオリヴァーが名乗ってくれないので、クローディアは彼の名前を知らないままだ。


 林の中で妙なやり取りをしてしまい、お互いに気まずい雰囲気になる。


 よく見ればオリヴァーは、あちこちに葉っぱをつけていた。ずっと道なき道を歩いてきたようだ。朝からこの辺の調査をしていたのだろうか。

 王太子らしからぬその姿が可愛くて、クローディアはくすりと笑みをこぼす。


「お客さま、葉っぱがついていますわ」


 クローディアが葉っぱを丁寧に取り除くと、彼は照れたように頭を掻く。


「すみません。お見苦しいところをお見せしました」


 幼い頃ですら、このような姿の彼を見たことがない。仮面を付けていない彼は、自由で楽しそうだ。


 彼のこのような姿を知っているのは、自分だけかもしれない。クローディアは、自分だけの宝物を見つけたような気分になる。


「よろしければ、食堂までお送りしますよ。また不良に絡まれるといけませんから」

「ありがとうございます……。嬉しいです」


 オリヴァーの正体に気が付いていると、悟られていないだろうか。

 ただのウェイトレスとして、変な行動をしていないだろうか。 

 彼との距離が近くなるほどに、注意しなければならない。それでも、一緒にいたいという気持ちが勝ってしまう。





「機嫌が良さそうだけど、好きな男でもできたのか?」


 食堂で開店準備をしていると、イアンが意味ありげな笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。


 クローディアは一気に、顔が熱くなるのを感じる。それを悟られまいとして、イアンに背を向けながら掃き掃除を続けた。


「……そんな人いないわ」

「ディアはもう聖女じゃないんだ。好きな人を見つけてもいいんだよ」

「急にどうしたのよ」

「ディアに良い人が見つかれば、俺も安心して首都に戻れると思ってな」

「それってどういう……?」


 彼は食堂を辞めるつもりなのか。驚いて振り返ると、イアンは嬉しそうに顔を緩めていた。


「実は、聖竜騎士団に戻らないかと、連絡がきたんだ」


 イアンに連絡を寄こした者によると、モンターユ公爵がクローディア追放の件で責任を取らされたそうで。公爵から辺境伯へと爵位が下がったのだとか。

 国王は、最も魔獣が出没しやすい地域にモンターユ公爵を置くことを、今回の件の罰としたようだ。自分でしでかしたことは、自分で始末しろと。


 首都での公爵の影響力がなくなったので、騎士団の中でイアンを戻そうという動きになったそうだ。


(公爵が責任を取らされるなんて、思いもしなかったわ……)


 公爵はベアトリスの父だ。公爵に問題があったとしても、王家が守るとばかり思っていた。

 このような罰を下してしまったら、王太子妃になる予定のベアトリスの立場がない。


 そこまでして公爵に罰を与えたということは、それだけ聖女としてのクローディアを評価してくれたのだろうか。


「そうだったの。おめでとうイアン! 角の治療も頑張らなきゃ」


 イアンが町から去るのは寂しいが、彼もモンターユ公爵の犠牲者だ。彼が本来居るべき場所に戻れるのは、喜ばしいこと。


 きっとイアンは、騎士団に戻るだけでは満足しないだろう。それまでに角の治療を終えて、竜に変化できるようにしなければ。

 それが、これまでの感謝の気持ちだ。


「ありがとうな。ディア」


 イアンは寂しそうに微笑んでから、「ごほんっ」と本題にでも戻るかのように咳払いをする。


「それでだ。好きな相手には、受け身のままでは駄目だ。こちらの気持ちも伝えないと、諦められてしまうからな」


 急になぜ、そんなことを言うのだろうか。


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