18 訪問者4
今日は良い買い物ができた。クローディアはお菓子作りの本を抱きしめながら、軽い足取りで別荘への道を歩いていた。
昼間は働いている人が多いのか、住宅街を歩いている人はまばらだ。
静かな住宅街を歩いていると、突然。クローディアの前に男性が二名ほど現れた。
普通ではありえないヒョウ柄の付け角を付けている彼らは、この国では不良と呼ばれる類の者達。
「よう。また会ったな、嬢ちゃん」
「やっとイアンの野郎の監視が解けたようだな」
「あなた達は……」
彼らは以前、クローディアにお茶の誘いをしてきた二人だ。
あの時は後から追ってきたイアンによって撃退されたが、まだ諦めていなかったようだ。
(もしかして、視線を感じていたのはこの人達だったのかしら)
「今日こそ俺達と、茶を飲んでもらうぜ」
「その後は、俺んちでイイ事しような」
二人はニタニタ笑みを浮かべる。
彼らの言うお茶とはどう考えても、貴族のお茶会のような品の良いものではなさそうだ。
(どうしましょう……。結界を張れば連れていかれることはないけれど、聖女だと知られたくないわ)
せっかく平和に暮らしているのに、追放された聖女だと知られてあらぬ噂を立てられるのは嫌だ。それに親しくしてくれるイアンにも、迷惑が掛かってしまう。
じりじりと近寄ってくる彼らから、一歩ずつ距離を置く。このままではいずれ、連れていかれてしまうだろう。
打開策が思い浮かばず困っていると、クローディアの背中が何かに当たった。
「彼女をどうするつもりですか」
聞き覚えのある声に驚いて後ろを振り返ると、そこに立っていたのはオリヴァーだった。
彼の質問に対して男たちは、ガタガタ震えながら距離を開け始めた。
竜人族の男たちは無駄に争うことはしない。敵意を向けられると嫌でも相手の強さがわかるからだ。
彼らは今、黒竜の絶大な強さに恐怖しているのだろう。
「今後、彼女に近づいたら俺が許しません」
「すっ……すみませんでした!」
男たちは転びそうになりながらも、必死にこの場から逃げて行った。
これでもう、彼らに付け回されることはないだろうか。
ホッと息を吐きながら彼らを見ていたクローディアの顔を、後ろからオリヴァーが覗き込む。
「大丈夫でしたか?」
「あの……。ありがとうございました!」
クローディアはお礼を言いながら、本をぎゅっと抱きしめた。こうでもしないと、心臓が過剰に動いている気がして落ち着かない。
オリヴァーは素性を明かしてはくれないが、こうしてクローディアを気にかけてくれた。そのことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
「たまたま通りかかっただけなので、気にしないでください」
何でもない事のように微笑んだ彼は、それからクローディアの本に目を留めて目を細める。
「初心者でも簡単に作れるお菓子レシピ……。どなたかへ、お菓子を贈られるのですか?」
本のタイトルを読まれて、クローディアは少し恥ずかしくなる。これではオリヴァーに、料理が不得意だと晒しているようなものだ。
聖女だったことを踏まえれば、彼も納得するはず。それでも好きな人には良く思われたいのが乙女心。
「はい……。前に住んでいたところの皆さんに、差し入れしようと思いまして」
「そうでしたか。お菓子作りが成功することを祈っております」
なぜか安心した様子の彼は、仕事があるからとすぐに脇道へと消えて行った。
どうやら今度は、住宅街の調査をしているようだ。
(オリヴァー様にも作ったら、受け取ってもらえるかしら……)
彼を見送りながら、クローディアはそんな考えが思い浮かんだ。
けれどすぐに、婚約者がいる相手に贈り物は良くないと考え直し、別荘へと足を向けた。