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 その日の早朝。クローディアはとてつもなく大きな音で目が覚めた。

 隕石でも落ちたかのように地面が悲鳴を上げる音と、木々がなぎ倒される音。そして鳥や動物が慌てふためている声。


(一体、何が起きたのかしら……)


 このような異常事態にも関わらず、クローディアはなぜか気分が穏やかだった。

 爆音には驚いたが、今日はなんだか良いことが起きそう。

 そう思いながら二度寝をしようとしていると、玄関の呼び鈴が鳴る。


 ショールを肩にかけながら玄関へ向かうと、いつもの彼が心配そうに息を切らせていた。イアンはわざわざ、様子を見に来てくれたようだ。


「森から大きな音がしたけど、大丈夫だったかディア?」

「私は大丈夫よ。様子を見に来てくれてありがとうイアン」

「それなら良かった。それにしても、竜が着地したような音だったな」

「そうね。竜の着地場ならこの町にもあるのに」


 この国では、町の広場などが竜の着地場として使われている。この町にも大きな広場があるので、わざわざ森の木々をなぎ倒してまで着地する必要はない。

 違う何かが落ちたのだろうかと、クローディアは考え込む。


「気になるから、様子を見てくる。ディアは俺が戻るまで結界を張っておいてくれ」

「そうするわ。朝食の準備をしておくから、戻ったら一緒に食べましょう」


 クローディアの提案に、イアンは険しかった表情を緩めてうなずく。それから彼は勢いよく山道へと駆けあがって行った。


 それを見送ったクローディアは、言われたとおりに別荘の周りを結界で覆った。

 竜神へ祈ることで発動される国の結界とは異なり、これはクローディア自身の神聖力のみで発動させる結界。

 発動させている間は神聖力を消費し続けるので長くは持たないが、イアンが戻るまでの間なら問題ない。


 クローディアは「ふわぁ~」とあくびをしながら、着替えのために部屋へと戻った。





 竜に変化できるほどの者になると、一般の竜人族よりも野生の感覚が優れている。

 イアンは片方の角が折れてしまっているがそれでも、普通の竜人族よりは敏感に感じ取ることができる。

 山道から音がした方へと分け入ったイアンは、すぐに問題の場所へとたどり着くことができた。


 現場は巨大な球体でも落ちてきたかのように、放射線状に木々がなぎ倒れている。

 その中央には、大きな袋を肩に掛けた青年が一人、佇んていた。


 黒髪に、雄々しい黒い角。

 その角が付け角でなければ、このような容姿を持っている者は、この世に一人しかいない。


「あの……」


 まさかと思いながらイアンが声を掛けると、青年は振り向くと同時に竜の姿へと変化した。

 黒竜の前足によって仰向けに倒されたイアンは、苦しくて顔を歪ませる。


「落ち着いてください、王太子殿下! 俺は元聖竜騎士団師団長イアン、赤竜です! 殿下の敵ではございません!」


 そう叫ぶと、黒竜の足の力が少しだけ和らいだ。

 そして直接的に脳へ響くような声が聞こえてくる。


『ディアに近づかないでください。彼女は俺の番です』

「しかし……俺がいないと、ディアは一人になってしまいます」

『これからは俺が傍にいます。そのために来ました』





 クローディアが着替えを済ませて食事の準備を整えていると、しばらくしてイアンが別荘へと戻ってきた。


「お帰りなさい。山の様子はどう?」


 玄関で出迎えてそう尋ねると、イアンはなぜか気まずそうにクローディアから視線をそらす。


「特に問題はなかった。悪いけど、昼の仕込みが途中だったから戻るな」

「そうだったのね。残念だけどまた今度誘うわ」

「それから、しばらくは忙しくなりそうだから、送り迎えもできそうにないんだ。ディアももう慣れただろう?」

「ええ、大丈夫よ。今まで無理をさせてしまってごめんなさい……」

「気にしないでくれ。それじゃ、また後でな」


 イアンは連絡事項だけ告げると、すぐに店へと帰ってしまった。


「どうしたのかしらイアン……」


 急に距離を開けられたような気がして、クローディアは寂しくなる。

 彼を不愉快にさせることでも、してしまったのだろうか。考えてみたが何も思い当たらない。


「お店に来るなとは言われなかったもの。大丈夫よね……?」


 彼は本当に忙しいのかもしれない。後でお店でもう一度会ってから判断しようと、気を取り直す。


 その時。ふと視線を感じた気がして、林の奥へと視線を向けた。

 しかし林はすでに静寂を取り戻しており、小鳥のさえずりだけがのどかに響いている。





「ディア、待ってたよ。さっきはごめんな」


 イアンの店へ入ると、彼はいつもと変わらない雰囲気でクローディアに謝罪してきた。

 どうやら今朝感じたことは、気のせいだったようだ。

 良かったと安心しながらクローディアは、壁に掛けてあるエプロンを手に取った。


「気にしないで。イアンにはお世話になりっぱなしだったもの。私も少しは自立しなきゃ」


 イアンが優しいので甘えてばかりいたが、いつまでもそれではいけない。先ほど別荘の掃除をしながら、決意を新たにしたところだ。

 イアンは「いや……」と歯切れが悪そうだったが、クローディアは構わず自分の作業を始めた。


 まずは店内を掃き掃除してから、モップがけ。それからテーブルとイスを拭き掃除。

 これらも全て、イアンから教わったこと。彼がいなければ別荘の管理人もままならなかったかもしれない。

 初日に「掃除機はどこですか?」と聞いてしまった恥ずかしい思い出は、記憶に新しい。


 仕上げに各テーブルへ一輪挿しの花瓶を置いて、クローディアは満足しながら店内を見回した。

 この一輪挿しだけは、クローディアの発案。神殿では見習い神官達が、部屋にこうして飾ってくれていたのを参考にしたのだ。

 お客様からは「清楚な店になった」と評判で、「ついに番を見つけたのか?」とイアンは冷やかされていた。

 気になる女性はいないのかとクローディアは彼に聞いたことがあるが、イアンはそういったことにあまり興味がないようだ。

 彼の生きがいは、孤児院の子供たちのためにお金を稼ぐことなのだとか。



 開店準備も完了した頃。からんからんとドアベルを鳴らしながら、店の扉が開いた。本日最初のお客が来たようだ。


「いらっしゃいま……せ」


 笑顔で振り向き挨拶をしたクローディアだが、入ってきた男性を見た瞬間にその笑顔が一気に固まる。


 黒い艶やかな髪に、宝石のように赤く輝く瞳。頭から生えている角は、この国の誰よりも凛々しく勇ましい。その角に似合わず、顔立ちは柔らかい印象を受ける。


 店内を見回した彼はクローディアに目を留め、にこりと微笑んだ。

 うっとりするほど甘いこの笑顔を見たことがある者は、この世でごく少数であろう。クローディアですら、実物を見るのは初めてだ。


「どちらに座れば良いですか?」

「お……お好きな席へどうぞ」


(なぜオリヴァー様が、ここにいるの!?)

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