民衆の解放とラムキンの陰謀
猫たちの脱走を書きました。「猫が鍵を開ける?」そんなアホな!というツッコミがあちこちから聞こえます。ぜひ温かい目でお読みください。
毎週金曜日更新、全10話の第8話となります。いよいよ大詰め!よろしければ是非!
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ボッツのこと、保護センターにいる仲間のこと、山田蕗のこと…悩んではみたが、やはりまず保護センターにいるトンカツが心配だ。彼は森で私のために戦ってくれたし、ケガもしている。野良猫には里親がつきにくいらしい。早めに何とかしてあげたい。考えられる選択肢としては…
①山田蕗を何とかして里親になってもらう
②保護センターに忍び込んで脱走させる。
③その他
うーむ。
ポンタに相談してみる。
「あのな…お前ホント頭がどうかしてるぞ」
「えええ。じゃあポンちゃんはトンカツたちをほおっておく気?」
ポンタが苦しい顔をした。
「今までだってホゴセンターに何匹も行ったさ。お前にも言ったけど、俺の父ちゃんはホゴセンターに連れてかれたんだ」
「あっ…そうだった。…ごめん」
そうだった。迂闊だった。ポンタはそういう思いを何回もして、その度に悔しい思いをして耐えてきたのだった。
「気にするな。でもホゴセンターには関わるな。マジで取り返しがつかないことになる」
「ううん」
「おい、聞いてんのか」
「キイテルヨ」
私の棒読みにポンタが青筋を立てて怒る。
「フール!」
私だって保護センターに忍び込んで何かができるとは思えない。私のシッポの力が人間に通じるのかは不明だし、まあ、あまり期待しない方がよさそうだ。
ただ私を守るために頑張ってくれたトンカツが、このまま殺処分対象になるのはどうにも目覚めがよくない。それからレオはどうなったんだろう。家猫だから飼い主が迎えに来たとは思うけど。
とにかくあまり外出できる状況でもなく、ガンツやセージにくっついて餌を漁りに行くのがせいぜいだ。
だがそんな時に思わぬ来客があった。
「ランちゃん!」
「ごめんね。すみかまで押しかけて」
ミケが一匹の雄猫を連れて、私たちのねぐらまでやってきた。
家猫が野良猫のねぐらにやってくるというのは極めて珍しい事態だ。セージは何が起こったのかと興味津々でガンツは例によって渋い顔だ。
ミケが連れてきたのは何だか見覚えのあるオーストラリアンミストという猫種だ。白い身体にキャラメル色の淡い斑が霧のように入っている。しなやかで如何にも敏捷そうな体つきだ。そして上品だが、どことなく抜け目のない顔つきでもある。
「すみません、姫様。お住まいにまで」
ひ、姫様。だんだん家猫でも私を姫呼びする猫が増えているような気がする。何だか嫌な予感しかしない。
「ランちゃん。こちらは…?」
ミケが紹介する前にキャラメル猫が自己紹介する。
「私、ホクサイと申します。そちらのガンツ様、セージ様、それから姫様の召使いのポンタ様もよろしくお願いいたします」
「誰が召し使いだよ!」
ポンタが叫ぶ。
その一言で逆にガンツやセージは苦笑いして緊張が解けたようだ。
「まあ、争いごとで来たわけじゃなさそうです。話は聞いてあげましょう」
セージの言葉にホクサイが話し始める。
「実はこの間の森での乱闘…その際に私が主と仰ぐ…この場合はニンゲンの飼い主とは別に、ということですが、その主と仰ぐレオナルドさんがホゴセンターに捕獲されました」
「ああ…。そうですか。それはお気の毒ですし、ほんの少し申し訳なくもあります」
あの夜、人間を引き寄せてしまう原因となった『強力またたび入り大煙幕』を発射したセージが目を伏せる。
「いやセージが謝る必要はないって」
ポンタが繰り返すが、私は不思議に思ってホクサイに尋ねた。
「ねえ、もしかしてレオの飼い主は引き取りに来てないの?」
ホクサイの表情は暗い。
「はい。レオさんはもともと家猫の中でも風来坊気質と言いますか、あまり家に居着かない半家、半野良みたいなところがありますし、結構ニンゲンに懐かないので飼い主様も放任気味でして…」
「ようするに、あんまり可愛がられてないってことだろ?」
ポンタがまた身も蓋もないことを言う。
「で、どうしてここへ来た。フールに何の用があるんだ」
厄介ごとを感じ取ったガンツの口調が荒くなった。
「レオさんの救出作戦を手伝って貰いたいんです」
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!」とガンツ。
「絶対ダメ!それがどれだけ危ないかわかってんのか」とポンタ。
「残念ながら協力はできません」とセージ。
「私はフール姫に申し上げているのです」
ホクサイはじっと私を見た。
「聞くだけ聞いてあげて、フーちゃん」
ミケも後押しする。
「絶対駄目お前は帰れ無理無理」とわめく保護者三匹に私は言う。
「待って。ホクサイさんがこうやって頼みにくるということは何か勝算があるってことじゃないの?まずは話を聞いてみようよ」
「ありがとうございます。まずこれを」
ホクサイは材木置き場に身を寄せると、スッとその中に身を隠す。
「あれっ?」
ポンタが驚きの声を上げた。あっという間にホクサイの姿が私たちの前から消えた。いや、よく見ると材木の中にいるのだが、自分の毛色を変えてすっかり同化している。
「どうでしょう?これが私の技です」
今度は材木置き場と逆側の塀からホクサイの声が聞こえた。
「むうう…」
ガンツが唸る。
初めて見るのか、ミケも目を丸くしている。元々丸い目だが。
「これは『猫だまし』…そうですか。あの晩の声はあなたですね」
セージが言うと、今度は路地の向こうから声がする。
「…鋭いですね。術の名前まで言い当てられるとは」
口調のせいか、何か似たような匂いがする二匹の会話だ。この不思議な技にすっかり興味を持った私がホクサイに種明かしをせがもうとするが、それをガンツの不機嫌なダミ声が遮る。
「つまりこの間、フールの危険を知らせてくれた礼に今度は助けろってことか」
驚いたことにホクサイがさっきの材木置き場とは別方向のトタン板の影から姿を現す。
「それもあります」
「ふん。お前が知らせなくたって、フールとポンタの居場所はわかってたし、チャイムで戻ってこなきゃどっちみち捜しに行った。さほど恩には感じてねえよ」
ガンツが言うが、セージは真面目な顔で頭を下げる。
「いいえ。あなたが状況を詳しく伝えてくれたお陰で、仲間と大勢で駆けつけることができましたし、大成功とは言えなくとも煙幕を準備できました。ありがとうございました」
だが一言付け加えることも忘れない。
「けれど、それとレオの脱出にフールを巻き込むのは別です」
「そうだ。そうだ。別だ。引き取ってくれ」
ガンツが話し合いお断り、とばかり前足を振った。
ホクサイは先にミケと目を合わせて頷き、その後、私をじっと見る。
「残念です。そちらのご友人も一緒にと思ったのですが、私が単独で何とか頑張ってみます」
ポンタが驚く。
「あんた、一匹でホゴセンターへ乗り込むつもりか?」
「仕方ありません。レオさんは私の命の恩人で、この猫と決めた主です。始めから『やるかやらないか』ではなく『どうやってやるか』しかありません」
ホクサイの言葉に根が単純なガンツは心が動いてしまったようだ。
「何だあ。家猫のくせに。男気があるんだな。うむむむ」
「ねえ、ガンツ。話を聞いてみようよ。さっきのホクサイさんの技もすごかったし、多分ホクサイさんには勝算があるんだよ」
私がホクサイを見ると、ようやくホクサイが微笑を浮かべた。
「お礼を申し上げます。姫様」
「ありがとう。フーちゃん姫」とミケも言う。
「…ハア。そうですね。断るのは話を聞いてからでもいいでしょう」
ため息交じりのセージの言葉にホクサイが頷いて作戦を打ち明け始める。
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ホクサイの話を聞いて驚いた。ホクサイの飼い主はこの街の市長だという。しかも大の愛猫家で折りにつけ保護センターを訪れるというのだ。出来すぎの話だね。
うん?坪井、坪井…市長の坪井さん?思い出した。坪井健三君のお父さんだ。健三君は私が人間の山田蕗だったときに片思いの初恋をしていた同級生、いかん、動悸がしてきた。
そう、私はあの爽やかで多分優しくて、成績も良くて、剣道部の主将をしていた健三君が大好きだった。隠れて剣道の試合を見に行ったりしたものだ。
彼のことを考えるとドキドキして、もしかしてあれが心臓の疾患を見逃した要因かもしれない。不整脈を恋心と混同するなど、頭が悪いにも程があるが、それが山田蕗という女の子だったのだ。
大丈夫だろうか?坪井市長と関わり合うことで、また恥ずかしい過去と向き合うことになったりしないだろうか。
…といってる場合でもないけれど。
「どうした?顔が赤いぞ」
ポンタに顔を覗き込まれて私はブルブルと必要以上に頭と前足を振り回す。
「な、な、何でもないです。ちっともです。アハハハ」
そんな私の過去への思いは置き去りにしてホクサイが続きを話す。
ホクサイは気配を消して檻と出入り口の鍵を手に入れられるかもしれない。
だがここで問題があると言う。
「弱っていたり、ケガをしたりして動けない猫がいないかということです」
なるほど。それで私の出番と言うことか。
「私のところへ来た理由がわかったよ、ランちゃん」
「おい、お前らあそこにいる猫全部を助ける気でいるのか」
ガンツが難しい顔で唸るように言う。
最初からその気だったけど、何か問題でも?
「なあ、助けちゃ駄目な猫っているのか?」
ポンタが私と同じことを考えていたらしくてガンツの顔を見た。
「わからん。だが、今までホゴセンターに連れて行かれた猫を思い返すと、中にはな…」
ガンツが上を向くとセージも引き取る。
「心が病気になったようなホントに狂暴な猫もいたのです」
狂犬病みたいなものかな?私のシッポの効能があるかは怪しい。
ホクサイが場の空気を読んで静かに話す。
「わかりました。もっともな心配です。私を信用してください。明らかにイッちゃってる猫の方は申し訳ないのですが、とどまっていただきます」
よくわからないけど、私としてはトンカツとレオ、それから仕方なくダビくらいが助かればいいと思っているので、全然妥協できる。
「後はどうやって脱走をさせるか、どうセンターのニンゲンを出し抜くか、ということです」
ホクサイの問いかけに誰もが黙る。
「フーちゃん姫、何かいい作戦がないかしら?」
ミケが前足を顔に当てて、私に流し目をする。
猫が動物保護センターに忍び込んで、鍵を盗み、それから檻を開けて仲間を脱走させる…なんてことができるものだろうか。当たり前だけど聞いたことのない話だ。
私は実現できそうな案を頭の中で想像する。
私がキッと前を向いてポンタを見る。
「猫穴に入らずんば猫友を得ず!作戦発動だよ。ポンちゃん!」
「嫌な予感しかしねえよ。フール」
ポンタがそれでも覚悟を決めたかのように笑った。
「おい、フール。絶対駄目だとは言わんから、作戦てやつを聞かせろ」
ガンツの言葉に私は頷く。ポンタとセージ、ミケ、ホクサイにも目配せした。
6匹で頭を寄せ合ってヒソヒソと私の秘密作戦の説明だ。
「そんな上手くいくもんか。見通しがあまいだろ、フール」
ポンタが目を細める。
「フーちゃん姫、感動的だわ。上手くいかなくてもビューティフルだわん」
ミケは言うが、ガンツは顔を顰めた。
「ポンタの言うとおりだろう。これは幸運に幸運が重ならなきゃ上手くいかんぞ」
最後に残り二匹の声が重なった。
「いいえ。いい作戦だと思います。これはやってみる価値がありますね」とホクサイ。
「意外とイケそうな気がしますね。ちょっと改良は必要ですけど」とセージ。
二匹の策士策謀猫が賛成して、作戦決行が決まったのだった。
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市長が保護センターを訪問するまでの数日間、私たちは相変わらず狭いねぐらとその周辺で窮屈に暮らしていた。いいニュースも入ってこない。公園の水飲み場で野良猫がボッツの親衛隊に袋だたきにされたとか、ボッツがまた家猫の誰かを意味もなく半殺しにしたとか。
ホクサイから今夜決行の知らせが来たのはそれから一週間後、意外と早かった。
「今夜トショカンの南駐車場で落ち合いましょう」
私とポンタが近くを飛んでいたトンボを追いかけて遊んでいたら、急にトンボがしゃべってビックリした。凄い技術だ。
「ガンツもセージも留守なんだよ。返事は今でなきゃ駄目?」
私が聞くとトンボが答える。
「市長がホゴセンターを訪問するのが次いつになるのか、わかりません。なるべく早く解放してあげないと何が起こるか…」
いつも冷静なホクサイの言葉に少しだけ焦りが感じられる。その通りだ。後ろに伸ばして万が一の事態になったら後悔してもしきれない。
「わかった。俺がガンツとセージに言っておくよ。多分準備は出来てる」
ポンタが言ってくれて、これで決まりだ。
「ありがとうございます。チャイム過ぎにお会いしましょう」
すでにトンボはどこかへ飛び去っており、ホクサイのあいさつはまた材木置き場の下から聞こえた。あれはどうやってやるんだろう。
小学校のチャイムが鳴る頃、私たち4匹はミケの飼い主の家近くに忍んでいた。
保護センターは待ち合わせ場所の図書館までほんのわずかの距離だが、その図書館がある北町は飼い猫グループの縄張りで危険だし、高級住宅街は私たち野良猫に敷居の高い場所でもある。
そこでミケの提案どおり、ミケ宅の庭の茂み、人目につかないところにひとまず忍んだのだ。ここなら夕方まで潜んでいて、図書館まで数分でたどり着ける。
「フーちゃん姫、レオのこと頼みますわ」
その口調に切羽詰まったものを感じ、私は思わず恋愛脳を発動させた。
「まさか、ランちゃんはレオさんのことが?」
ミケは猫のくせに色っぽく身体をよじって、メロドラマのような口調で語り出した。
「あれは雨のそぼ降る秋のことでしたわ。私がこの庭でミルクティなど午後のひとときを楽しんでいると、そこに枯葉と一陣の風が、ああ、あなたは誰なの。その野性的な瞳とたくましい腕…」
「なあ、この話は次でいいか?」
ポンタがミケの話をぶった切って、私の顔を見た。
「そろそろ行くぞ。チャイムが鳴る」
なぜそれが判るのかが判らないが、確かにポンタの言葉から3秒ほどで小学校の長閑な『キンコン・カーン・コーン…』という音が響いた。
「行ってくるね、ランちゃん。必ずレオも助けるよ」
「無理しないで必ず無事に戻ってね。でも絶対レオ様も助けてね」
矛盾したことを言うミケに見送られて、私とポンタ、セージ、ガンツの4匹はここから400カツブシ(80メートル)ほど離れた図書館へと移動した。
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図書館の駐車場の片隅にヒッソリと猫が集まる。
私、ポンタ、ガンツ、セージ、それに…ルノーもいる。
「今夜は協力する。ダビもいるし…仕方ないからな」
相変わらず目つきが斜めだし、初期のいじめのせいで私はまだルノーへの印象が悪い。
「足引っ張らないでよね」
私が言うと、ガンツが吹きだした。
「お前が言うな」「まったくだ」「ドン臭いくせに」
ルノーだけでなく、味方の筈のポンタとガンツからも同時にツッコミが入る。心外だ。
チャイムの10分後くらいだろうか、黒塗りの公用車がやってきた。
「たぶん、あれだよ」
「何でわかるんだよ」
ポンタが不思議そうに言う。
「人間の偉い人の乗る車は黒くてでかいって決まってるんだよ」
「ほう」
興味深そうに返事をしたのは大型の黒猫であるセージだった。
「黒くて大きいことがニンゲンではステータスなんですか?それだと私がすごく偉い感じですね」
「その通りだよ、セージ」
私は説明が面倒で、いっそ肯定した。
市長に連れられてホクサイがこの保護センターに入ったので、私たちは建物の北側に回った。
建物の中へ忍び込んでしまえば何とか助けられるだろうと思っている。「鍵開け」が私たち猫に可能かどうかは大問題だが、やってみるしかない。協力して無理ならあきらめる。
やはり問題は出入りだ。ホクサイの記憶では保護センターの犬猫ゲージは建物の北側一階にある。この廊下の窓は開いている、少なくとも網戸ではないかというのだ。最悪ロックさえかかっていなければホクサイが何としても開けると言う。
これはもう信じるしかない。そこが脱出口にもなるのだ。
『廊下の窓が開けられる』この前提が崩れた場合もやはり撤収と決めてある。
建物の北側に回って、窓に注目する。さて…?
「開いてる!開いてるよ。ガンツ」
確かに北側の窓が二カ所、空気の入れ換えのためか開きっぱなしだ。
「うむ。これなら入れそうだ」
私とポンタ、ガンツが建物に入る。私はちょっとだけ跳躍が足りなくて、下からセージが支え、上からガンツが引き上げて窓にしがみつくことができた。
「ふひー、何とか入れるね。ここは頼むよ。セージ、ルノー」
2匹の役割は脱出口の確保だ。
「任せときなさい。気をつけるんですよ」とセージ。
「…頼む。フール…姫」とルノー。
「姫…」
家猫たちから姫呼ばわりされることが多くなったが、チンピラのルノーまでにそう呼ばれて私は引き気味だ。
保護センターの廊下はヒッソリしている。3匹で床に降りて周囲を眺める。
長い廊下にはたくさんのゲージが並べられ、犬や猫の息遣いが聞こえてくるようだ。
臭いが多すぎて、ゲージの中の犬猫は私たちに気づかないのかもしれない。
「そこからひとつ角を曲がったところに、先日捕まった猫たちの檻があります」
いきなりゲージのひとつからホクサイの声が聞こえてきた。私は驚きすぎて声が出そうになる。
「しっ!」
ポンタが私の口をふさぐ。私はウンウンと首を縦に振った。
私たちはそっと、ホクサイの誘導にしたがって廊下を進む。犬のゲージ前で何匹かが私たちに気づいたが声を出さない。知らない犬や猫がここを通るのに慣れているのか、あるいは騒ぐと怒られるので黙っているのか。
どのみち静かにしていてくれるのなら都合がいい。
「待ってました。今、市長と職員は事務室でお話中です」
ホクサイが姿を現す。足下に鍵の束がある。
「おい、お前ら誰だ?」
突然ゲージの中の猫が声を出した。この辺の猫たちは新入りなのかもしれない。
「黙ってろ!」
ガンツが言うが、誰かがしゃべるとあっという間に鳴き声が伝染していく。
「誰だ!」「助けてくれ!」「おい、出せ!出しやがれ!」「ぎゃーぎゃー」「殺すぞ」
騒ぎが広がる。まずい。これでは職員がこっちに来るのも時間の問題だ。
「急ぎましょう。レオさんとトンカツさんを救出しましょう」
ホクサイが焦る。
ゲージを大急ぎで見て回る。いた。トンカツだ。
「トンカツ!」
トンカツは動かない。まだケガが治りきっていないのかもしれない。
「トンカツ!俺だ!こっち見ろ!」
ガンツが叫ぶと、ようやくこっちを向いてうめき声をあげた。
「ぐっ…」
私はすぐにシッポをトンカツに向ける。
(治れ治れ・元気になれ・トンカツ元気になれ・トンカツおいしい)
また最後に変な言葉が交じってしまったが、無事に白い光がフワリと浮かびトンカツにゆっくりと近づいていく。光がトンカツに吸い込まれると身体が一瞬薄く光った。
「うむむ…。不思議だな、こりゃ」
トンカツが立ち上がり、こちらを向いた。
「良かった。トンカツ」
ポンタが涙ぐむ。父親のことを思い出したのかな。
「良かったけど、そんなこと言ってる場合じゃないよ。ええと…14番、これだ。この鍵で開けて!」
私の声にガンツとポンタがハッとしてフォーメーションを組む。
この1週間、ずっと練習してきたのがこの鍵開けのシミュレーションだ。
ポンタが鍵をくわえる。そのポンタをガンツが持ち上げ、ゲージの錠に近づけた。ホクサイはゲージの上から錠をくわえた。
ポンタがウグググと鍵を真っ直ぐに差しもうと首を伸ばす。ホクサイもそれを助けて錠を差し出す。
「ウグググ」「アガガガ」
入った!ホクサイが首を捻ると、見事に解錠した。
「やった!」
ポンタが喜びの声を上げたので、鍵の束が床に落っこちた。
「喜ぶのが早い!ポンちゃん!」
ゲージを開けてトンカツが脱出する。
「出られるとは思わなかった。くうう、外へ戻れるんだな。ガンツ」
「喜ぶのはホントに早いんだ。トンカツ、協力しろ」
次にレオを探す。えっと、えっと。
…とやってる間にももうセンターのホール中大騒ぎになっている。
「俺も出せ」「開けやがれ、てめえ」「助けてくれ」「殺すぞ」「開けろ」「俺も」「俺も」
「開けろ開けろ」と騒ぐ声と私たちがよくわからない犬の鳴き声、中には「殺せ殺せ」と呪いのような声が交じる。これがセージたちが言っていた「イッちゃった猫」だろうか。
「おい、こっちだ。こっち!」
聞き覚えのある声にホクサイが近寄る。
「姫様!こっちです」
ホクサイの指示したゲージを覗き込むとダビだった。
「何だ、ダビか」
私がソッポを向き、ポンタはのんきに話しかける。
「おや、ダビか。なあ、ダビ。レオ知らないか?」
「おい、待て。まず俺を助けてくれよ」
ダビが喚くが、ホクサイは冷たい。
「レオさんを助けに来たのです。場所を教えてくれれば、あなたも助けますよ」
「あっち、あっちだ。そう、そこの隅の大きめの檻。早くしろ」
ダビの言ったゲージには確かにレオが横たわっていた。
「レオさん!」
ホクサイの叫びにレオが反応した。
「ん?おや?ホクサイか。おおっ、そっちは姫様じゃねえか」
よくこの騒ぎで眠っていられたものだ。ホクサイも同じ思いらしい。
「はっ、ヤバいぞ。足音がする。ニンゲンがやってくる!」
ポンタが私たちに叫ぶ。あまりの犬猫たちの大騒ぎに職員が巡回に来たのだろう。
だが、その時別の職員の大声が聞こえる。
「おい!向こうの駐車場で火事らしいぞ!ちょっと行ってくれ!」
「どういうことですか?」
「何か、玄関のガラスに石を投げてる奴もいるそうだ」
「近所のガキのイタズラでしょう」
「変な臭いもするらしい」
「それで、こいつら大騒ぎを?」
「わからんが、消火器持って急げ!」
「ハイ!」
ドタバタしている足音が去って行った。
「セージの煙幕と、…たぶんルノーが玄関に何か投げつけたんだろうね。っとこっちは8番、この鍵だよ」
レオのゲージを解錠しながら、私はホッとして胸をなで下ろす。
センターの中が騒がしくなったら例の「マタタビ大煙幕」を玄関前で発射して、そちらに職員を引きつける作戦だ。ひとまず成功…と。
まだ手が空いた職員が来るかもしれない。急がなくては。
それにしても喧しい。
「なあ、フール。お前のシッポでこいつら静かにさせられないのか?」
その手は考えてなかったね。
「やってみるよ。でも助けたい猫がそれで眠り込んだらどうするの」
「大丈夫だ。俺がたたき起こしてやる」
ガンツがニヤリと笑った。
私はそこにあるゲージのひとつに乗って、全力でシッポを振る。
(眠れ・眠れ・静かになあれ・あなたは子猫ちゃん・ニャゴニャゴニャ~ゴ)
しばらくしてセンターはひっそりと静まってしまった。驚くべきことに犬までグッスリである。
ポンタが私とシッポを交互に見て、呆れたように言う。
「すげえな。…でも最初からこれやってたら、もっと楽だったんじゃ…」
それは言わない約束だよ、ポンタ。気がつかなかったんだよ。
私たちはそれからこの間の騒ぎで捕獲された猫たちを4匹助けた。眠っていた猫はガンツが力ずくで起こして。
最後にダビのゲージの前に行く。
ぐっすり眠っていたダビをガンツが起こした。
「何で俺が最後なんだよ!」
助けられる癖に偉そうなダビを見て、私はポンタに言う。
「ポンちゃん、私まだこの前こいつにいじめられたこと覚えてる」
「うん。そうだった。俺もそのせいでケガをした」
「うひい。ごめんなさい!置いてかないで!謝ります!助けて!」
私とポンタ、ガンツはハアとため息をついてゲージを開けた。
「後はおまかせしていいですか?そろそろ市長が動くかもしれません。騒ぎが起こったので尚更です」
ダビが無事に解放されたところでホクサイが言った。
「おう。大丈夫だ。俺たちも窓から逃げることにする」
ガンツがそう言って、それから付け加えた。
「ホクサイ…トンカツを助けてくれたこと、忘れねえ。感謝する」
ホクサイはほんの少しだけ表情を緩める。
「いいえ。レオさんの救出に協力してくれて、私こそ感謝です。それから…」
私に向き直ってじっと顔を見る。
「フール姫様、お気をつけください。ボッツ様とあなたは多分もうすぐぶつかることでしょう」
「おい、フールにそんなことさせないぞ」
ガンツが口を挟むが、ホクサイはそれを無視する。
「ボッツ様を止められるのは、あなただけだと今夜思いました。この街の猫をお救いください」
「…」
私が何も言えずにいると、ホクサイはすっと姿を消す。
「では、さらばです。ポンタさん、…姫を守ってください」
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最後の関門、センターからの脱出だ。正面玄関の方の騒ぎはもう収まっている。煙と臭いだけで異常はないということが確認できれば、職員はこちらに戻ってくる。急がないと。
私たちは10匹を越える大集団なのだ。さっきよりずっと目立つ。
廊下の角を二度曲がって、元の窓まで戻ってくる。
「おい、フール。大変だ」
ポンタの声に上を見上げて私も息を飲んだ。
「窓が閉まってる!」
侵入経路の窓がロックされている。あれは猫では開けられない。
さっき来た職員がロックしたのかもしれない。困った。
「どうする」
窓近くのゲージに乗って、ポンタが顔を押しつける。もちろんビクともしない。
「ポンタ、どけ」
レオが前足を力一杯振って、ブンと「真空猫パンチ」を窓に叩きつける。
窓のガラス面が「ブイーン」と揺れるが割れるほどではない。やはり猫の特殊能力は猫にしか通じないものなのかもしれない。
「コン」
今度は外からガラスに小石が当たった。ポンタが外を覗く。
「ルノーだ。ルノーが石を飛ばしてる」
だが、ガラスが割れることはない。あのサイズの石では無理かもしれない。
「どうしよう、ガンツ。じきに人間が来るよ」
私は何も思いつかず、パニック状態になる。
「落ち着け!フール。ルノーもあきらめずに石を投げてる。やれることを最後まで…」
「おい、レオ」
ガンツがレオの方を見た。
「む?」
「ルノーの石に合わせて、あきらめないで何回でもパンチを入れろ」
「うむ。わかった」
ガンツの指示でレオが真空パンチを繰り出す。
「コン」「ブイン!」
「パリン!」
「あっ、ヒビが入った!ガンツ!ヒビが入ったよ」
私の声と同時に廊下の向こうから人間の声がする。
「何だ!これは?おい、大変だ!空のゲージがあるぞ!逃げ出した猫がいる!」
「ポンタどけっ!もう一回!」
ガンツの合図でもう一度、石とパンチ。先ほどのヒビが少しだけ広がる。
その瞬間、ガンツがその窓のヒビに向かって体当たりをした。
「ガッシャーーーン!」
ガンツが割れた窓の破片と一緒に外へ落ちる。
ドサッとガンツが下へ落ちる音。
「ガンツ!」
私は叫んで、外へ飛び出る。
「何だ?」
「ガラスの割れる音だ!」
「泥棒か?」
「おい、誰だ!」
職員が走ってくる足音が響いた。
「みんな、早く逃げろ!」
ポンタの声で割れた窓から私たち含めて11匹の猫が次々と飛び出した。
40 EXTRA 「世界の中心はボッツ様が中心であるのである」
私はモネという名前のこの世で2番目に高貴な猫である。
一番は当然、「新しい猫神様」であるところのボッツ様であるのだ。
ボッツ様の最側近としてボッツ様外出の際には常に近くに侍るようにしておるが、最近はボッツ様の様子がおかしい。いや、神であるところのボッツ様であるから、おかしいのではなく今も進化されているに違いない。先日の南の森では何故かボッツ様に裏拳を当てられて鼻血をブワッと出した私だが、これもボッツ様の思し召し、むしろありがたいことだと思わなくてはだ。
「モネ」
「はいいいいいいっ!」
「フールを連れてこい」
「はっ!今度こそ!」
「…」
「あのようなチビ猫、一度袋だたきにして、それからボッツ様の御前にお供えしますので!」
ガシッ!
「ギャアア!す、すみません。あ、また鼻血が」
「フールに指一本触れるな」
「しかし、指一本触れずに、連れてくるというのは…」
ベシッ!
「ウギャアアアッ!おおおお、口から血が。口の中を切りましたぁ」
致し方あるまい。フールをだましてどこかへ呼び出す。そしてそこへボッツ様をご案内申し上げると…そういう作戦を立てることにしよう。
それにしても他の猫たち、ちょっと前までは「3本柱」などと言われていい気になっていた猫たちがまったく姿を見せないのには腹が立つ。
ルノーもミケも引きこもり、いや、あの馬鹿力のレオはホゴセンター行きだったっけな。飼い主のいうことあんまり聞かないから迎えがないらしい…ワハハハハ、愉快愉快。
うん?何だ?そういえばホゴセンターの方が騒がしいな。何の騒ぎだ?
読んでいただきありがとうございます。
本編中で何度か書きましたが、動物愛護センターの方は誰もが動物の殺処分をどうやって減らせるか、心を痛めている方たちです。物語では猫の目から見ての「偏見」で恐ろしい人々扱いになっていますが、誤解無きように。
あと2回…頑張ります!よろしく見守ってください。