迷いの森とオシキャットの憤怒
猫のファンタジー、第6回です。主人公フール大ピンチの巻…フールとポンタが追い詰められます。フールの秘密兵器ももうひとつ調子が悪くて?
毎週金曜日更新、全10回の6話目です。よろしければぜひ!
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「猫神様!ボッツを止めるにはどうしたら…」
「フール、そろそろ時間じゃ。其方にその方法を伝えることはできん。なぜならボッツの『賢者』も其方の『愚者』もワシの一部だからじゃ。だが、其方がボッツと本当の意味で対峙すれば、それはおのずと判る。其方にとって残酷なことかもしれんが」
「…ケチケチしないで、教えてくださいよ。ねえ、猫神様♡ニャンニャン」
私は必殺の甘え猫ボイスを出してみた。
「うっ。…ちょっとだけじゃぞ」
超甘い。チョロい神様もいたものだ。
「ボッツは太陽の光に弱い」
意外な答えだった。吸血鬼みたいだ。
「するとお日様で焼けちゃうとか…」
「そこまでではない。奴の『賢者』は真夏の太陽や、南中の太陽などに力が弱まる。まったく使えなくなるわけではないが、光の強さに反比例して弱まり、真夏の正午付近などは発動しないだろうな」
これはいいことを聞いた。万が一次にガンツにお説教される時がきたら、教えてあげよう。
でも情報ソースを尋ねられると困るけどね。
「フール、お前にもボッツと同様の弱点がある。お前の方がもっと不安定じゃが」
「え?でも私、太陽とか平気ですよ」
「そうではない。お前とボッツは相反する2つの力、硬貨の裏表、陰と陽…」
まだるっこしい猫神様の言葉をつい遮って、声をあげる。
「もう、だから!何?何なの?」
「フール、時間じゃ。ワシはお告げはできても『賢者』と『愚者』どちらかの一方的な味方はできないのだ。もうだいぶ贔屓したけれども。さあ、お前と蕗がもうじき分離する。蕗は何も覚えてはいないだろう。とっとと去るがいい」
「そんなワガママな…。ねえ、猫神様!猫神さ」
真っ白な部屋の真ん中に大きなリンゴ…という空間がボンヤリと薄まり、当たりは再び蕗の部屋の輪郭を作り始める。
少しの目眩の後、眼を開けると元の部屋の元のフールに戻っていた。
蕗が呟く。
「あれ?何?この猫ちゃんたちは?何でここに猫ちゃんが?」
私たちは窓からサヨナラすることにした。
ほんのちょっとの置き土産をおいて。
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ここのところ、ポンタと2匹並んでガンツにお説教を受けることが多くなっている。
現在も勝手に隣町へ行って、さらに帰宅が深夜に及んだことについて追及を受け、あっけなくポンタが口を割ったため、ガンツから絶賛お説教中の状態だ。私がうっかりミケの名前を出したこともまずかったみたい。
ガンツとセージの前で正座させられて長いお説教となった。
「何で隣町に行かなくちゃなんねえんだ!ポンタ!」
「そりゃフールにせがまれて」
ガンツが怒鳴る。
「そういう無茶をさせないためにお前がお守りしてるんだろうがっ!」
「むぐうっ」
『お守り』とは聞き捨てならない侮辱だが、今回無茶したことは間違いないし、口応えしてこれ以上お説教が長引くのも避けたい。
「まあまあ、ガンツ。ポンタは善意でフールに付き添ってくれてるのでしょう。お願いしてるあなたがあんまり責めるのではポンタが少々気の毒ですよ」
セージが常識的な意見を述べる。その通り、ポンタはとばっちりなのだ。
「ねえ、ガンツ。ごめんなさい。ポンタは私のワガママきいてくれただけなんだ。怒らないで。ニャン」
ガンツはジロリと横目で私を睨んだ。
「お前、反省の振りだけはうまくなったな、騙されんぞ」
ちっ。精一杯反省してる雰囲気を出してみたが、さすがに騙されにくくなってきたようだ。
ひとしきりネチネチとガンツのお説教が続く。豪快な見た目と反比例するネチネチさ加減だ。
私のうんざりした顔にセージが苦笑する。
「フール、あなたが隣町に行った理由や成果を聞きたいですね。何かあるのでしょう?」
私は少し首を捻る。全部話してしまっても構わないものだろうか。せいぜいこのチビ猫、頭がどうかしたようだ、と思われるくらいなら特に支障はない。とっくに変な猫扱いには慣れている。
問題は私と人間、それからボッツや猫神様との関係をガンツやポンタ、セージが知ることで彼らに危険が及ぶ可能性だ。
…考えても予想がつかない。
「あのね、この前の雨の日、捨てられる前の記憶が戻りそうになってポンタに頼んだの」
セージが頷き、ガンツは相変わらず憮然とした表情だ。
「で、確かこの家じゃなかったかな?という場所までポンタとミケに連れてってもらって」
「ふん。変な奴に貸しを作ったもんだ」
ガンツは飼い猫の、しかも敵の幹部ミケに協力を頼んだことがよほど気に入らないようだ。
「で、結局元の飼い主とか、そういうのは全くわからなかったんだけど」
セージが気の毒そうに私を見る。
「おやおや、それは残念でしたね」
私は二匹の保護者猫とポンタの方もチラリと見てから、ちょっとだけ低い声で言う。
「あの…信じられるかどうかわからないけれど、私は猫神様のお告げを聞いてしまったの」
ガンツもセージもウッと息を飲み、眉間にしわを寄せる。
「フーちゃん、その名前は滅多に出すもんじゃないんですよ」
セージの言葉に私はどう話をしたものか、考え込んでしまった。信じてもらえるのだろうか。
するとポンタが助け船を出してくれた。
「あのさ、二人とも何言ってんだ、って思うかもしれないけれど、何か不思議なことが起こったのは確かなんだ」
「不思議なこと?」「なんだ、そりゃ?」
セージとガンツが同時に聞き返す。
「そのニンゲンに…」
ポンタの説明は私としても初めて聞く不思議なものだった。
つまり私が猫神様と出会って話をしていた時間、私の姿も蕗の姿も消え、ポンタとミケは呆気にとられていた。私のシッポから金色の光が出て、それが粒状に降り注いだその瞬間、私と蕗の姿がだんだんと透明になり、やがて消え失せた。
「フール!」とポンタが叫んで部屋をバタバタと探し回ったお陰で、私たちが戻ったとき、蕗の部屋はメチャクチャに乱れていたのだった。
とにかくそんなに長い時間ではなかったが私たちは消え、しばらくしてまたボンヤリと姿が現れて元に戻ったのだという。
ふーん、そんな感じだったんだ。
「何だかよくわからんなあ。お前疲れて目が霞んでたんじゃねえのか」
ガンツの言葉にポンタが憤然とする。
「ホントなんだよ。俺だってよくわかんないけどな」
「フムフム。で、フール、猫神様からどんな伝言を聞いたというのですか?」
セージが興味津々の表情で尋ねる。何でそんなうれしそうなんだろう。
「よぉ~く来ぃたぁ~。フ~ル~~」
私があの猫神アビシニアンの口まねをはじめると、ガンツが顔をしかめる。
「口まねはいらねえよ、アホウ」
ポンタとセージが笑いをこらえたが、せっかくうまいモノマネをしたのに不本意だ。それでも話が進まないのは困るので、普通の口調に戻して説明を始める。
「まあ、ともかく猫神様はまもなくこの街で大規模な猫狩りが始まるから、その前に街の野良猫を避難させたいみたい」
ガンツが真面目な顔になった。
「信じてやりたいが」
セージも唸った。
「私たちが信じても、他の野良猫たちは無理でしょうね。今残されたあのジャングルジムを放棄して、近隣の街に引っ越せと言われても『野良の意地にかけて』とか言いそうです」
「だろうな」「だよな」
ガンツもポンタも頷く。
「でも保護センターの猫狩りの後、野良猫たちは一斉処分されちゃうって、猫神様が心配して」
私が言い募ると、ガンツは目を鋭くつりあげる。
「何で猫神様はそれが判ってて助けを出してくれないんだ。せめてドブにお告げをしてくれれば信じられるじゃねえか」
「あのね、ガンツ。猫神様は今、力を無くしているらしいの」
私の言葉にセージがキラリと目を光らせる。
「そこがよくわかりません」
「…」
「私だってよくわからないんだから仕方ないでしょ。それから猫神様の情報でとっておきがあるよ」
私はお説教をこれで打ち切りにするため、とっておきを出すことにした。
「ほう。それは聞きたいですね」
セージが耳をピンと立てた。相変わらずガンツはムスッと聞いている。
「ボッツの弱点だよ」
私がムヒヒと黒い笑い方をすると、ポンタが眉をひそめ、ガンツが眼を丸くする。
「おい、フール。悪そうな顔になってるぞ」とポンタ。
「ホントかどうか、とりあえず聞いてやるから、言ってみろ」とガンツ。
「ボッツは真夏とかの強い太陽が苦手らしいよ」
私は得意そうに鼻をピクピクさせた。
だがそれを聞いたガンツとセージとポンタは顔を見合わせてから、ガクッと力を抜いた。
「それじゃあ駄目だな」とガンツ。
「夜の公園では特に意味のない情報でしたね」とセージ。
「まあ、昼間会ったら、ものすごく怖れなくてもいいってところか…」とポンタ。
「何で?何で?敵のラスボスの弱点だよ。すごい情報じゃない?」
「…フール。猫の世界で昼間のケンカは御法度だ。それだと夜は無敵じゃねえか」
そういえばそうだった。ガンツの言葉に納得せざるを得ない。
猫神様によればボッツの『賢者』パワーは太陽のない夜に強くなり、太陽の南中する昼頃や真夏の日中などに弱くなるとのこと。つまり太陽光線の強さと反比例して、あの攻撃力が低下するということだ。
考えてみれば、主に夜の公園で猛威を振るうボッツにはあまり関係ない。
「…すいません。無駄情報でした」
「いやいや。フール、少なくともボッツが無敵ではないとわかったのは良かったですよ」
セージが慰めてくれた。
しばらく4匹が無言でいると、突然セージがニコニコして私に言う。
「それはそうと、フーちゃん。さっきのモノマネは上手でした。猫神様に会えた野良猫なんて、そう沢山いないのですが、ああいう感じなんですね」
「えっ?そんなにうまかった?」
「はい。きっと神様ってこうなんだろうなと納得できる感じが絶妙というか、フーちゃんの新しい魅力というか、さらなる才能を見つけた感じがします」
セージの言葉に私は気分を良くする。
「へへへへ、褒めすぎだよ~」
「いいえ、ホントに天才かもしれませんね。驚きました。素晴らしいです」
「もう~っ!やめてよお」
「ぜひ!もう一回!あの猫神様があなたに話しかけるところ、ロングリアルバージョンでお願いします!天才フーちゃん!」
「えへへ、もう一回だけだよ」
何だか生温かいポンタとガンツの視線を感じつつも、私は調子に乗って猫神様のモノマネを再度披露する。
「よ~く来たぁ。蕗あるいはフール~、あるいはわ~が分身『愚者』よぉ~」
セージが遮って、私を正面から見つめる。
「フーちゃん、隠し事をしないですべて話しなさい。フキってだれですか?猫神様から『我が分身、愚者』と言われたのですね。どういうことですか?」
おおっ、しまった。調子に乗ってさっき隠した部分を全部モノマネしてしまった。
ポンタが呆れる。
「お前って…ホントにチョロいのな…」
ガンツは不安と笑いが半分ずつ入り交じった複雑な顔で私を見た。
「フール、俺はお前の親父じゃないのか。ちゃんと全部言え」
「…はい」
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結局私はさらに詳しい説明することになってしまった。不本意だが。
さきほど言ったとおり、じきに人間の野良猫狩りが始まるから、その前にこの街から逃げ出した方がいいと忠告されたこと。
そして私が瀕死の状態で捨てられた時に猫神様のパワーを半分もらってしまったこと。
ボッツには猫神様のもう半分のパワーが備わっており、そのために猫神様は現在力がなくなっていること…
私が人間から生まれ変わったことやタイムリープのことはやっぱり言えなかった。多分言っても理解されないだろうし、話がややこしくなるばかりだ。
「すると…猫神様が弱くなったのはお前とボッツのせいじゃねえか」
ガンツが信じたのか信じてないのか、難しい顔でポツリと言う。
「フーちゃんのせいじゃないですよね。お願いしたわけでもないのですから」
セージが弁護してくれる。優しい。
「とにかく猫神様が今あてにならないのなら、何とか私たちで早めに野良猫狩りの前に避難した方がいいでしょ。ボッツに追い出されるのが時間の問題かもしれないけど」
私が言うと、ポンタは口をとがらせた。
「そんなに簡単にやられてたまるかよ!」
「そういうふうに考える猫が大半だから、避難は簡単に進まないということですよ、フーちゃん」
セージの言葉に私は考え込む。
ガンツは黙って私を見つめていたが、突然口を開く。
「おい、フール。フキって誰だ」
私は考えていた答えをスラスラと口にした。
「よくわかんなかったけど、私が捨てられる前の名前みたいだよ」
嘘は言っていない。ただ私にはやっぱり隠したいこともあったんだ。
そう、自分が元人間で、しかも両親がそこにいるというのは言えなかった。
だって私の父さんはガンツだ。ガンツ一人で充分なんだ。
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山田家で私は蕗の両親に会うことはしなかった。たぶんあのまま蕗の部屋にいたら、顔を見ることはできただろうけれど、そうしたら私はあの家から離れられなくなるような気がしたからだ。
蕗は「またね。猫ちゃんたち!」と脳天気に言って、窓から飛び出て去って行く私たちを見送ったけれど、もう一度会うことができるかなあ。
何らかの形でしっかり心臓の疾患のことを伝えたい気持ちはあるけれど、猫の話を信じる娘はいるだろうか。そして猫の言葉を信じる娘の言葉のままに病院へ行く親がいるだろうか。期待薄だ。
猫狩りの件、蕗の病気の件、どうしたもんかと考え込んでいたら、なかなか寝つけなくて今日は寝不足だ。寝不足なんて猫になってからは初めてのことだ。
お昼過ぎに起きて、ボンヤリしながらガンツの取ってきてくれた工場の残飯をモソモソ食べる。それからもさらにダラダラと日向ぼっこしているところへポンタがやってくる。
「おい、フール。南の森に行って虫取りの練習するぞ」
ポンタの言葉にガンツがジロリと目を向けた。
「それはいいが、チャイムまでには帰ってこい」
『チャイム』というのはこの近くの小学校の終業合図だ。午後5時に鳴るので、猫たちは夕方の合図として使っている。
私のこの間のような『放浪癖』をガンツはすごく気にしているみたいだ。
「大丈夫だよ、ガンツ。今日は街から一歩も出ないよ。約束する」
私がガンツの顔をみながら言っても、ガンツは首を振った。
「駄目だ。しばらくはチャイムが門限だ」
「ハア、過保護だなあ」
私がため息をつくと、ガンツが怒鳴る。
「誰のせいだと思ってんだ!コラ!」
私とポンタはねぐらを飛び出た。
「ねえ、ポンちゃん。どうしても私はあの女の子に伝えなくちゃいけないことがあるんだよ」
南の森への道々、私が言うとポンタは目を見開いた。
「おい、もうやめとけよ。昨日どれだけ怒られたと思ってるんだ」
「だよねえ」
「お前、ホントに懲りないなあ」
ポンタが苦笑交じりに言った。
この前の蕗との別れの場面を私はもう一度思い出す。
どうやら蕗は私が猫神様と対面した後、本当に全く私たちのことを忘れてしまったようだった。
「あれ?何?この猫ちゃんたちは?何でここに猫ちゃんが?」
要するに私たち猫の秘密は人間に伝わらないようになっているらしい。
私たちは玄関から聞こえてきた他の人間の気配に窓から飛び出し、逃げた。
私は蕗の部屋の窓から外へ飛び出る前に、例のアルファベット表に傷をつけておいた。大急ぎだったし、何しろ文字数がたくさん使えないので、判りにくいだろうけれど。
(A・E・I・K・N・n・O・S・s・Z)
たぶん無理だろうなあ。SINZO(心臓)KENSA(検査)の2語だ。NとSは2回使うから小文字もひっかいておいた。
蕗はこの頃ミステリーやSFを読みあさっていたし、アナグラムもよく遊びでやっていたから、もしかしたら…と思うけど、いくら何でもこれで蕗が心臓の精密検査を受けるようだったら、それは奇跡だよね。
などとまたしても考え込みながらテコテコ歩いていたら、ポンタが緊張した声を出した。
「フール、まだ明るいのに様子がおかしい。後ろから家猫が何匹かつけてくるぞ」
「偶然じゃないの?家猫だって、たまには南の森を歩くでしょ」
「馬鹿、そうじゃない嫌な感じがプンプン匂ってくる」
ポンタの顔を見なくても声の調子で冗談ではないことが判る。
「南の森は野良猫のテリトリーのはずでしょ。しかもチャイム前の時間だし」
私は動揺を隠して、落ち着いた口調のつもりでポンタに言った。
「止まれ。南の森の方も気配がおかしい」
その時、南の森の中から一匹の猫がヨロヨロと出てきた。
野良猫のトンカツだが、様子がおかしい。傷だらけだ。
そのトンカツが道を挟んだ向こうから私たちに呼びかけた。
「ポンタ、フール…逃げろ」
「逃げるぞ!フール!」
ポンタが後ろから近づく家猫たちをチラリと見ながら路地に私を押し込み、自分も飛び込んだ。
ここから2軒先の家と家の間を通り、次の路地をしばらく真っ直ぐ駆ければ、セージのねぐらに近づく。
だが、その2軒先の隙間から出てきたのは、またも3匹のチンピラ家猫だった。
「何だ、お前ら。昼間の喧嘩は禁止だろう!」
ポンタの言葉にチンピラ家猫のリーダー格らしい真っ黒で大柄なボンベイがせせら笑う。
「知らないのか。猫神様はもういない。変わってボッツ様が生きた猫神様になったんだ」
「バーカバーカ。猫神様はちゃんといるもんね。この前会ったもんね!」
ポンタの後ろで私はアッカンベーをしながら叫んだ。
家猫たちが顔を見合わせるが、すぐにこちらに向き直る。
「ポンタ、その生意気なチビをこっちに渡せ。そしたらお前は助けてやるぞ」
ポンタがキッと黒猫を睨みつけた。
「誰が渡すか!フールは俺が守る!」
わお。惚れそうだよ、ポンタ。まあ、中身が人間の私だからちょっと彼氏には無理かもね。
…などと暢気なことを考えていると、後ろからもさっき私たちをつけてきた飼い猫軍団…5匹くらいか、が路地に入ってきた。前後から8匹…と思っていたら、さらに正面からもまた3匹、全部で11匹の猫が私たちのまわりを取り囲んだ。
猫が11匹のドラマが昔あったような気がしたけど、でもそれはこの危機には関係ない。
黒猫が再びポンタと私をギロリと見る。
「ポンタ、お前に用はねえ。見逃してやるから帰れ」
ポンタが私を後ろに隠しながら、戦闘態勢に入った。
「ふざけるな!」
私はポンタにささやく。
「ポンちゃん、後ろの猫たちを動けなくするから、私をかついで森へ逃げ込める?」
「判った。できるんだな?」
ただ頷くことで答えて、私は後方に向かってシッポを振る。ポンタが前を威嚇してくれている。
(後ろの奴らフラフラ・フラ~リフラリ・酔っ払ったようにフラフラフラ~り)
少し苦労したが、私のシッポから紫色の光が出る。
「今だよ!ポンタ!」
私の合図でポンタが私を背中にかつぎ、Uターンして一目散にかけ始めた。
後方の5匹はいきなり自分たちに向かって突進してくるポンタに面食らったようだが、すぐに戦闘態勢を整える。
そこへ私の紫色の光が降り注いだ。
「ンニャ?何だ。いい気持ちだニャ」「ンニャニャニャ、何にゃ?身体が言うこときかない」
「フラフラする。気持ちがいいニャア」「ハラヒレハラホレニャラホレ」
フラフラの千鳥足になった5匹が路地でお互いぶつかったり、壁に頭を当てたりし始めた。
その間隙を私をかついだポンタが見事に走り抜けた。
背中の方で黒猫の叫び声が聞こえる。
「おい!逃がすな、森の方だ!」
それからもう一声、嫌な予感たっぷりの声が追いかけた。
「ボッツ様の作戦通りだ」
近くの学校のチャイムが鳴った。
私たちが南の森に逃げ込むと、そこには何匹かの傷ついた野良猫がいた。
私たちに声を掛けてくれたトンカツが左前足から血を流しながら呻く。
「戻ってきたら駄目じゃねえか。この森は囲まれてるぞ」
どうやら私たちをこの森に追い込むところまでが家猫たちの作戦だったらしい。
そして…私はシッポパタパタを一回やってみてわかったことがある。今日はあんまり調子よくない…。
それでも私はいつものように傷ついた猫を癒やし始める。
シッポパタパタ。(傷なお~れ、なお~れ。元気にな~れ)
白い光がホワンホワン…
初めてこの白い光を浴びた野良猫は眼を瞠っている。
「すごい…」「噂には聞いてたけど…」
しかしどうしたことか、もうひとつ調子があがらない。何とかそこにいた5匹の猫の傷を治したが、その時点で私はフラフラだ。
「ポンタ…どうしよう。今日は調子悪いんだ」
緊急事態もいいところだ。すでに私は『ポンちゃん』呼びの余裕がない。
「昨日頑張りすぎたせいじゃねえのか。とにかくどこかから脱出しよう」
「ポンタ、森は裏手も東側の出入り口も家猫たちがいるぞ。10匹や20匹じゃすまない感じだ」
トンカツの忠告に私たちの顔がひきしまる。
野良猫たちも動けるようになったので、トンカツと打ち合わせて、バラバラに動くことになった。
トンカツたちは狙いとなっている私たちに脱出のチャンスをくれるつもりかもしれない。
私とポンタは森の入り口よりも少しだけ奥のところ。機会を見計らって、できたら少しでも明るいうちに包囲網を突破したい。
「ポンタ、どうなってるんだろう。まだ夕方前なのに飼い猫たちがどんどんケンカを売ってくるなんて」
ポンタも落ち着かない表情だ。
「今までにないことだな。何があったのかわからないが、ボッツの指示だというのは間違いなさそうだ」
私たちが飛び出てきた路地の方から声が聞こえる
「レオさん、予定通りあのチビ猫は森に追い込みました」
「ふん。チビ猫一匹捕まえるのに、これだけの家猫をかり出すとはな」
レオというのは聞き覚えがある。公園で強力な猫パンチを振るっていたシナモン色の斑点猫だ。たぶんオシキャットといわれる猫種だろう。
森の入り口にたぶんレオを中心とする複数の猫の影、裏手にも、そして茂みの奥からも気配がする。これは相当たくさんの猫がこの森で私を捕獲しようとしているようだ。
私はあらためて危機の深刻さを認識し、恐怖した。
「こわいよ、ポンタ」
「大丈夫だ。フールは必ず俺が守る」
28 EXTRA 「どうも気に入らんな」
俺はレオナルド、周りの猫たちからは『レオ』という通り名で呼ばれている。
家猫だから公園では家猫側で戦うけれど、別に野良の奴らが憎いと思ったことはない。どっちかっていうとガンツとかドブとかトンカツとか、野良猫の奴らの方に親しみを感じるくらいのもんだ。
ボッツ様からガンツのとこのチビ猫を捕まえるように指令があった。そういうのは小狡いルノーとかが適役だろうが、一度失敗したらしいな。
それにしたって昼間の争いは確か猫神様から禁じられていたはずだが。
何だか気が進まない仕事だったが、渋々集合場所の東公園に行ってみると動員をかけられた猫が20匹以上待っていた。何だ、こりゃあ。
確かにあのチビ、フールといったか、あいつは特殊な猫かもしれんが、たぶん1歳にもなってない子供だろう。それを大人数十匹で攫おうなんてどう考えてもまっとうな猫のやることじゃねえ。
かといって拒めばボッツ様に何をされるかわからん。
俺はこっそり自分の腹心猫、ホクサイを呼んだ。
「おい、チャイムの頃にガンツに知らせろ。南の森でチビがピンチだってな」
「レオさん、大丈夫ですか。知られたら…」
「気に食わんのだ」
「…」
「子猫攫いなんてまっぴらだ」
「わかりました。伝えてきます」
予定通り、黒猫フェルがフールとポンタを路地から西の森に追い込んだ。
何だかんだ言っても素早いポンタと変なシッポを持つフールのコンビを捕らえるのは簡単なことじゃないだろう。だが、これで袋のネズミだ。
後はフールの運次第だな。ガンツやセージの援軍が早いか、フェルがフールを捕まえるか。
俺はどうするかっていうと…うーん、やっぱりチビ猫攫いなんぞ気に食わんな。
いつからこの街の猫たちはこんな風になっちまったのかね。ああ、ホントに気に食わん。
読んでいただきありがとうございます。次回はボッツとフール第2ラウンドになる予定です。多分ですが。盛り上げていきたいので応援してください。