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5/10

世界の終わりの始まり 猫神アビシニアンの苦悩

フールが元の自分…山田蕗に対面します。過去の自分って恥ずかしいものです。

自分がどうしてここにいるのかフールは知り、悩み始めるのでした。

毎週金曜更新、全10回の折り返し地点まで来ました。ぜひ是非。

20


 とりあえずできるだけ頑張って歩き、帰りはポンタが疲れ果てた私を担いで戻ってくるという一応の段取りをして、私とポンタ、ミケは隣町を行く。

 目指すのは人間であったときの私の家だ。


 さて、私は在宅か?たいがいインドア派だったから、部屋で暗く読書かラジオか、それとも少ない友達と遊んでいるかだろう。うーん、そう思うとちょっと悲しいね。もう少しアクティブに過ごすんだった。


 人間である私山田蕗(やまだふき)が実在して、会えたとしよう。もちろん私の猫語は通じない。

 では私が何らかの方法で意思を表したとしたら…だめだ、化け猫だ。山田蕗は恐怖で心臓の病気を進行させるか、自分の頭がおかしくなったと思うだろう。




 思った場所に『山田家』はあった。私の勘だが多分『蕗』も存在する。身体が強いとはいえないが、まだ元気で学校に通っている山田蕗だ。

 会えるだろうか。会えたらどうしよう。


 何も考えが浮かばない私とポンタ、ミケは山田家の前で(たたず)んだ。私は疲れてヘロヘロだが、二匹はさほどでもない顔をしている。体力差を思い知るな。

 ここへ来るまでは奇跡的に何のトラブルもなかった。


「何の苦労もなくここへ着いたような顔をしてるなよ!」

 私の考えを読んだようにポンタがツッコんだ。


 私たちの町外れから(主に私が)車に()かれそうになったことが2回、何だか目つきの悪い怪しい猫に絡まれてミケが得意のソプラノで気絶させたのが1回、私が路地の側溝に落ちそうになってポンタがギリギリ止めてくれたのが1回…というところだ。まずまず順調に着いてよかった。

「うん、よかった」


「よくないだろうが!」

 ポンタは私の顔色から思考を読むようになっている。よくない傾向だ。


「さて」

「さて、じゃねえよ!危なすぎて疲れたって!」

 私は無視して言葉を続ける。

「さて、どうするか。ノープランで来ちゃったけど」


 ミケが興味深そうな顔で私を見つめる。

「フーニャン姫はこの家の誰かに用があるのかしらん」


「私がガンツに拾われる前の記憶と関わるような気がするのよね」

 嘘は言っていない…よね。


「待て!誰か出てきた。とりあえず」

 ポンタの言葉に私たちはとりあえず家の植え込み隅に身を潜める。


 私は息を吞んだ。


「私だ…」

 山田蕗13歳、中学1年生が玄関から姿を見せた。黄色いTシャツとデニムのミニスカート、青いサンダル…間違ってもオシャレとは縁がなさそうだ。何だか残念でため息が出る。

 自分なんだから文句は言えないけどね。


 丸顔に大きな目、大好きだった斉藤由貴ちゃんというアイドルの真似をしてポニーテールにしていたが、もちろん私は斉藤由貴ちゃんではないので斉藤由貴ちゃんの顔にはならないのだった。重ね重ね残念だ。


 何を探しているのか、玄関前でキョロキョロしている。

 ポンタが首を傾げた。

「おい、あのニンゲンはお前の前の飼い主とかなのか?動きが変だぞ。変な飼い主に飼われると変な猫が出来上がるのかもしれないからな」


 いろいろ失礼だが、何も言い返すことができない。でもいくら私でも様子がおかしい。あんな子ではなかったと思うが、いや思いたいが。


「何を探してるのか…いいえ、何かが来るのを待っているようにも見えますね」

 ミケの言葉にポンタも頷く。

「ホントだ。ラーメンの出前でも待ってんじゃねえの」

 つくづく残念な中学生の私にだんだんと気持ちが沈んでくる。このまま帰ろうかな…


「フール、頭出すな!」

 ポンタの声に私は慌てて首をすくめるが、蕗が私を見つけたようだ。

「スコティッシュ・フォールド…あなたなの?」

 蕗の思わぬセリフに私は返事をする。

「何で?何で私が来ることを知ってたの?」


 …もちろん私のセリフは『ニャンニャニャゴロゴロナ~』みたいな感じだから通じるわけはない。

 ポンタとミケはすでに逃亡するスタンバイをしている。


「逃げないで!誰かが私を訪ねてくるって、あなたのことなの?」

 やっぱ、(こわ)っ。自分じゃなかったら一目散に逃げてるわ。


「そっちにいるブラウンタビーのノルウェージャンはミケちゃんじゃないの?リンゴの上でお話を何回かしたでしょ」

 何か意味不明のこと言い出した。

 ここにいる山田蕗は私が知る山田蕗とは明らかに何かが違う。何故ミケのことを知っているのか。


「絶対に悪いようにしないから…こっちに来て。話を聞いて」


 …って言ってもなあ。

「ねえ、ポンちゃん、ランちゃん。実は…私ニンゲンの言葉だいたいわかるんだ」

 二匹が信じられないというように目を見開く。


「お前が訳わかんない猫だっていうのはもう判ってるけど。さすがにニンゲンと話ができるっていうのは…」

 ミケも頷く。

「逃げましょう、姫。ニンゲンはよくこういう猫の捕まえ方をするんです。飼い猫の私が言うんだから間違いないわ」


「信じられないのはわかるけど、あの子はランちゃんのことも知ってるって。リンゴの上で話をしたって言ってるけど…」


 ミケがビクリとして、瞳孔を開いた。

「あの娘が…猫神様?」

 それからじっと山田蕗を見つめる。山田蕗もミケの方を見て、それから何かを思いついたようにポーズを取る。片手をあげてコイコイ…招き猫のポーズ。


「猫神様…信じられないですわ」

 ミケが震えながら、同じポーズをとった。


 どういうこと?私が、いや山田蕗が猫神様?







21


 何故か私たち三匹は山田家の2階にある蕗の部屋にいる。女の子らしいといえばまあまあ女の子らしい部屋だ。私の部屋だったからそれはわかる。

 でも恥ずかしい。壁に貼ってあるのは(くだん)のアイドルのポスターと苦手だった英語のアルファベット表、本棚にはまだ小学生気分の残る子供向けのコミックス。机の引き出しの二段目は親に見せないもしくは見せられない用のプリント入れとなっていて、馬鹿だからこれ見よがしにドクロマークのシールが貼ってある(逆に目立つだろうが!)。机上には気になる男の子の名前がカバーの内側に書かれた消しゴムがふたつ転がっている。


 過去の私は恥ずかしい。誰だってそうだろうけど、目の前でその自分に対面する経験はあまりないはずだ。


 蕗と私たち三匹は向かい合って床に座っている。何、この状況。


「えっと、私の言葉わかるかな?わかんないよね?」

 蕗が三匹をクルリと見渡す。

 

 私は何とかヒト語を発声しようとするが、さすがに無理っぽい。発声器官が違いすぎるんだろうね。

「ニャニャニャ(わかる)ナゴ~(んだよ)」


「伝えたいことがあるのに。う~ん、どうしたら」

「ニャニャニャーニャ(だいじょうぶ)ニャニャニャンニャゴ(つたわってるよ)」


 駄目だ。無理だ。


 ポンタが首を傾げる。

「おい、フール。このニンゲン、何言ってんだよ」

「伝えたいことがあるんだって」


 ミケももどかしそうだ。

「何を猫神様は仰ってますの?」

「伝わりそうもないから、どうしたら…って悩んでる」

「何ともったいない。お告げだけでなく、(じか)にお言葉をいただけるとは」


 何だか蕗を神様扱いして目を潤ませるミケはともかく、これでは話が進まない。

 私が蕗に伝えたいこと、それは心臓の病のこと。でも伝えようがないし、伝わったところで信じてはもらえないだろう。

 そして蕗も私たちに直接何か話をしたがっている。



「うーん。よく考えたら猫と話をしようとか、♪私はおかしすぎだわ~」


 自分で呟いて、お芝居のように両手を開き、ひとり芝居を始めた。

「そうなのよ!猫を自分の部屋にあげて、♪お話をするなんて~」

 天井を見上げる。

「♪あ~、頭がどうかしてしまったのかしら~!」


 …見ていられない。

「なあ、こいつ頭おかしくないか?一人で歌い始めたぞ?」

 ポンタの声にさすがの信者ミケの声も自信のないものになる。

「か、神様は何かお考えがあって、このようなふるまいをなさって…う~、たぶんそうよ。きっと」


 これ以上蕗が奇行を重ねるのは自尊心が許さない。何とかしなければ。

 ふと壁を見ると例の斉藤由貴ちゃんのポスターと英語のABC、アルファベットの一覧表…懐かしい。そういえば中学1年生だったね。


「!」

 私はあることを思いつき、机に飛び乗る。

「わっ、フール。どうした!」

「フーニャン!」

 二匹の慌てた声が聞こえる。


「何すんの!猫ちゃん」

 蕗が驚いたが、私は構わずローマ字を懸命に指さす。

「F・U・K・I」「F・U・K・I」


 最初は私の突然の行動に呆然としていた蕗だったが、私の猫手を目で追う。

「F・U…ふ・き…ふき?」


「ニャニャ!」

 私は「正解!」とばかりに蕗を見て、猫手で顔を指す。


 蕗が目を見開いて私を見る。

「そんな、偶然よね?わかるの?」


「W・A・K・A・R・U」


「わ・か・る………ええっ!?わかるの?」


「ンニャッ!」

 また私は「正解!」のポーズ。


「信じられない。嘘でしょ」


「H・O・N・T・O」


「ほ・ん・と…『ほんと』?…うえええええ!」






22


 壁からアルファベット一覧表を外し、私たち3匹と蕗がそれを間に置いて向き合う。

「こっちがミケちゃんで、あなたは…えっと?」

 私は再び指さしを行った。


「F・O・O・L…うん?フォール?」


「ンニャニャニャッ!」

 私は頑張って前足二本で×を作ろうとして失敗し、盛大に後ろへコケる。


 様子を見ていたポンタとミケが不安そうに話している。

「なあ、あいつホントの変な猫だと思ってはいたけど、変すぎないか?」

「何言ってるの!猫神様と猫姫様よ。大丈夫に決まってるじゃないの!…多分」






「えっと、フールちゃんとP・O・N・T・A…ポンタちゃん?」


「ウニャッ!(正解!)」

 私の正解!ポーズに蕗が思わず笑顔を見せた。まどろっこしいったらありゃしない。


 ハアハア。それでどんな成果があがるのかもわからないが、とりあえず私は蕗に私とポンタの名前を教えた。それだけのコミュニケーションだが疲労感がハンパない。


「まあ、ポンタちゃんなの?可愛いわあ。あなたの彼氏?」

 何を言い出すのか、この世界の私。猫の世界にまで恋愛脳を働かせている。


「ンニャニャニャッニャニャニャニャ!!!(全然違いますって!)」


 ポンタが一際(ひときわ)不審そうに私を見る。

「おい、フール。今俺の方見ながら、すっごく何かを否定していなかったか?」

 勘が鋭いにもほどがある。

「全然、まったくそういうことはないから気にしないで」


 蕗がようやく本題に入る。

「だからね、数ヶ月前にこっちのミケちゃん」

 ミケをチラリと見て

「ミケちゃんと頻繁に夢の中で話をしたのよ。リンゴの上でね」


 蕗の言葉にミケが反応する。

「ねえ、フーニャン。今私の話してない?」

「うん、ちょっと前、リンゴ公園のトイレの上でランちゃんと話をしてるって夢を見たんだって」


 ミケがウットリとした顔で身体を震わせた。

「何と尊い。あれは本当に神との対話だったのね」

「このニンゲンが神?うーん、信じられないな」

 ポンタが疑わしげな顔つきになる。同感だ。


「いいえ!あのお告げで私は今日フーニャン姫のお供をして、ここに来たの。間違いなく神様のお告げよ!ポンタ、頭が高い!」

 興奮したミケがポンタの頭を押さえようとして、ポンタともみ合う。


「まあ、可愛い。ミケちゃんと…ええと、ポンタちゃん。じゃれあって」

 蕗は私だけあって、のんきなモノだがこのままでは話が進まない。私がここに来た目的を何とか果たしたい。

 つまり『あなたは心臓に疾患があり、このままだともうすぐ倒れて死ぬので、今のうちに検査を受けるのです』ということだ。…簡単には伝わりそうもないし、伝わっても信じられないよねえ。


「それでね、伝えたいことが…ええっと、何だっけ?」

 蕗が話しかけて止める。こっちが聞きたい。


「何かとても重要なことをもうじき尋ねてくる人、いや猫か、それに伝えるよう誰かにお願いされていたというような気がしないでもなくて」

 こりゃ駄目な気がするなあ。


「うーん。何だろ?ま、いいか。こんな可愛い猫ちゃんと不思議なお話ができたから、よしとしよう」

 『よしとしよう』じゃないよ。これはもう明らかに私だ。山田蕗はこういう娘だったのだ。


 私は私と蕗が会話をしている様子を固唾を吞んで見守っているミケとポンタに言う。

「ポンちゃん、ランちゃん。やっぱりうまく話が通じないや。お互い伝えたいことがあったようなんだけど難しいね」


「そうなの。猫神様のお言葉をきけないのは残念だわ」

 ミケがショボンとした。

「カミサマじゃねえだろ、ニンゲンだぞ。保護センターのやつらも近づくときはニコニコしてたからな。信用できない。もう行こうぜ」

 ポンタは用心深い。


 私は思いつく。私のシッポの力は人間にも効果があるのか。私が言葉通じろ!とかやったら、うまくいかないものだろうか。

 ダメ元だ。私は蕗にむかってシッポをフルフルした。

(話ができるといいな・言葉通じろ・フキちゃん可愛い・私だし)


 しょうもない独り言も混じったが、いつもの白い光でなく金色の光が浮かびあがり、部屋の中央から私たちに降り注いだ。

「何?この光?」

 蕗が驚いて光の粒を手で受ける。


 ミケがこの様子を見て、またしても涙を流す。

「な、何と今日は素晴らしい日!黄金の光まで見られるとは!」

 その様子をポンタが引き気味に見ている。



 次の瞬間、私は自分の身体から自分が離れるような感触を覚えた。

「ありゃ?何ニャこれは?幽体離脱!やばっ!」





23


「よく来た。蕗あるいはフール、あるいは我が分身『愚者(ぐしゃ)』よ」

 そこには大きな耳の猫がいて、私に呼びかけた。

 ここはどこなのだろう。上から下まで真っ白、そして不思議なことにその猫の足下には大きなリンゴがある。あの公園のトイレ?いやそれにしては綺麗な色だが…


 私は自分の姿を見下ろして驚いた。山田蕗に戻っている。

「あれ?さっきまで猫だったのに?うん?違うか、人間だったっけ?」


 いきなり大耳の猫がリンゴのヘタの付近からビョン!と大きな姿見(すがたみ)を取り出して、私を驚かせた。どういう仕組みなんだろう。

 しかし、私はそれよりも自分の姿にさらに驚き、言葉を失う。

 姿見に映った私は山田蕗そのものでなく、蕗と猫のフールの中間だった。人間の身体のようで耳はフールの折れ耳が頭についている。シッポがお尻からミョンと出ているし、よく見るとヒゲもツンツン生えている。


 肉球のある自分の手で身体のあちこちを確かめ、私は目の前の大耳に抗議する。

「何なの、これ?猫耳の美少女とかオタクの皆さんは大喜びかもしれないけど、本人は微妙よ!あちこちリアルでよく見るとキモいし!」


「まさか、文句を言われるとは思わなかった。其方(そなた)は猫大好き人間だったではないか」

 大耳猫は抗議を受けて不満顔だ。

「それから、自分のこと美少女とか言ったな」


「そ、それはともかく、ここはどこなの?あなたは誰?」

 私の言葉に「ようやくその話になったか」と大耳猫が頷く。


「ワシは其方達のいうところの猫神であるが、本来の姿ではない」


 大きな耳に黄金の短毛、瞳はアーモンド型の大きな金色…これは私が生前死ぬほど憧れたアビシニアンではないか。しかも恐ろしく毛並みが美しい。

「猫神様…ホントにいたの?それともこれは私の夢の中?」


「ふむ。ある意味、夢の中といってもいい。其方とワシの意識を同調させた上でのイメージ映像であるからな。だが、そんなことはどうでもよい。用があって其方を呼び出したのだ」


「猫神様が私を呼び出した?私はここに自分で来たつもりだったのだけれど…」


「ミケランジェロと山田蕗の身体を操って其方をここへ誘導した。もちろん其方の意思あってのことじゃ」


「…うーん。ちょっと納得出来かねるけれど、まあいいわ。私に伝えたいことって何?ミケに伝えられるなら、そこを通しても良かったでしょ」


「しばらく前であれば、其方やミケのところに直接現れることも可能であったが、今のワシにはもはやそんな力さえもないのじゃ。其方の力を借りねばお告げさえ出来ない状態なのだ。ぐう、情けなや」


「よくわからないわ。何でそんなに力がなくなったの?」


 悔しさに震える猫神様が顔をあげた。

「其方は4年後に死ぬであろう?」


 思わぬことを言われて私も固まる。

「山田蕗…ですよね。死ぬのは」


「蕗もそうじゃが、フールもじゃ」


「へっ?」


「3年と8ヶ月後に誕生したばかりのチビ猫フールも引っ越し中の事故によって、衰弱死する」


「何と」


「今の其方の姿は山田蕗と子猫フールの両方があわさった姿だが、それが其方の本当の姿でもある」


「…?」


「4年後、フールと17歳の山田蕗、そしてワシ、猫神は同時に死亡する」


 頭がついていかないが、聞き捨てならないことを聞いた気がする。

「猫神様が死んだ?カミサマが死ぬ?」


 猫神様が意気消沈して小さくなる。

「『神の死』というのはつまり、この街に住む猫が激減し、信心がなくなった状態なのだ」



 つまり…と猫神様が話すには4年後この街から猫の数が大きく減少し、その姿を維持できなくなった猫神様だったが、限界に達したとき偶然ふたつの死が重なった。

 そう、それは平成最後の日、山田蕗が心臓の病で病院で亡くなり、生後4ヶ月の子猫フールが引っ越しの最中に運送トラックの事故にあって死んだ日だ。


 同時に3つの死が重なったことで辛うじて依り代(よりしろ)を得た猫神様は最後の力を振り絞って、過去へとフールの肉体、私と猫神様の魂を送り届けることに成功したのだ。

 私、山田蕗の魂はチビ猫フールの身体とともにガンツのねぐらの近くに届いた。しかし


「しかし私はある意味転送に失敗した。其方は本来の蕗の身体に戻って、過去と融合し(せい)のやり直しをする筈じゃったが、うまくいかんかった。そしてワシは本体と2つの力に分裂し、そのひとつである癒やしの力『愚者』が其方フールに宿ったんじゃ」


 私はフムフムと頷いた。

「全然理屈はわからないけれど、つまり今の私は未来から送られてきたチビ猫フールの身体と山田蕗の魂、そして猫神様の癒やしパワーが融合した結果ということですね」


(おおむ)ね当たっておる」

 猫神様が私の理解力を褒める。

「だがワシの本体は逆に力を失い、行き場も失ったので、ひとまずこの時代の山田蕗の意識下に宿ることとなった」


「なるほど。あれ?でも2つの力って」


「そうだ。もうひとつ、滅ぼしの力『賢者』は別の猫に宿ってしまった」


「ははあ、わかった」


「うむ。ボッツだ」


 ボッツが魔王としてこの街に誕生して、野良猫たちは滅ぼされつつある。ただしこれも最初は猫神様の意思であったようなのだ。


「ワシは最初にそれを容認した。ワシは4年後から転生してきたから今後4年間のことを知っておる。まもなくこの街はある種のニンゲンによる猫の虐殺が始まる。野良はすべて保護センターが捕らえ、数日待たずして殺処分となる。保護センターの職員は反対したが『街の浄化』強硬派が押し切り、処分が実施される。猫のたまり場であったリンゴ公園も取り壊される」


「なるほど。それで猫の数がめっきり減って、猫神様も力を失ったと」


「そうじゃ。野良だけでなく猫の居場所、遊び場所もすっかり減って、この街は猫が飼いにくい場所となったのじゃ」


「飼い猫も減っていったのですね」


「うむ。ワシの存在の維持に必要な猫の数と信心のパワーが限界となったのだ」


 私は前世の街の様子をほとんど知らない。だが、私の入院時に街の様子は猫にとって劣悪なものとなっていったのだろう。

「時が戻っても猫神様の危機はあんまり変わらないみたいですね」


 猫神様の顔色が真っ黒になる。

「そうじゃ。しかし前回は野良猫が沢山死んだ。それならば、縄張りを失った野良猫たちがこの街を去った方がまだマシだと思った」


「それでボッツは公園の縄張り争いに介入を」


 私の呟きに猫神様が頷いた。

「そうだ。だが、あれは私の力の一部であって、ワシではない。いずれ必ず暴走が始まる。其方フールに猫を救う魔力『愚者』があるように、奴の猫を滅ぼす力『賢者』が暴走を始めたら野良猫どころか、家猫も滅ぼし、いずれニンゲンにも害を及ぼす可能性がある」


「猫神様、ボッツを止めるにはどうしたら」


 この時、まさかボッツを止めるために私も大切なものを失うとは思っていなかったのだ。






23 EXTRA 「猫神の立場から一言」


 前世、猫神としてそこそこの信心を集めていたワシだったが、いつのまにかニンゲンによってワシはその存在まで失う危機に陥った。


 ワシの存在と力については猫口(ねここう)、すなわち猫の数×信心深さ×公園の数=猫神パワー指数…ということになっておる。

 前世のニンゲンについて特筆すべきなのは、ワシの消滅の5年ほど前、つまり現在から1年前に出現した『○○市浄化運動』の一派じゃろう。これが元凶じゃ。

 

 彼らの主張のひとつは「野良の猫や犬は街の美観を損ねる大きな汚点である」という(かたよ)ったものじゃ。

野良犬猫をすべて捕獲し、速やかに殺処分を施す。『安楽死』という虫唾(むしず)が走る言葉を口にしよった。さらに猫のたまり場となりやすい公園や広場、河川敷などの整備や廃止、野良に餌をやるニンゲンへの罰則、ペットを飼う条件の厳正化など、街から猫が減る条件を次々と議会に提出していった。


 中には我々を救おうとしたニンゲンもいたのだよ。例えば、野良達が毛嫌いする保護センターの職員達はむしろ殺処分を何とか減らそうと、必死で里親捜しをしておった。

 しかし殺処分は日本中どこでも猫が圧倒的に多いのじゃ。猫には里親が現れにくいのじゃな。


 それからこの街の市長、坪井の存在じゃ。彼は多数派でない派閥の市長であったため、いくつかの柱となる議案以外は譲らねばならない立場だったようじゃ。だがそれはニンゲンにとってのことじゃ。

 『浄化派』によるペットに関する条例のような些末な議案は頑強な反対をしにくかった。

 彼、坪井市長が熱烈な愛猫家だったにも関わらずじゃ。

 我々猫にとっては死活問題だったこの動きを止められなかったのじゃ。


 ワシは神としての死を迎えた。そこですべて終わったかと思われたが、偶然が2つ重なった。

 生まれたばかりの子猫フールが事故で、そして大の猫好きである山田蕗が病気でそれぞれ死をむかえたことじゃわい。


 蕗の魂は両親の愛情によって、まだこの世とつながった状態じゃった。

 そしてフールの身体は虫の息じゃったが、ほんの少しだけ蘇生の見込みを持っていた。

 その細い細い現世との糸を辿(たど)って、これを依り代に『やり直しの大魔法』を試みたのじゃ。



 せっかく奇跡的に時を戻すことができたのじゃ。今回は猫たちを一匹でも多く生かしたい。

 そう思ったのに、うまくいかないものじゃ。ワシの力『賢者』はボッツへ、今は野良猫たちの脅威となっている。

 もうひとつの『愚者』はフールへ、蕗の魂と共に転生したのだが、これも今のところただの野良猫たちのマスコットじゃい。ハア。



 本来ワシがフールの姿で賢者と愚者を備えて、復活するはずだったのじゃが。

 何でか蕗の魂は蕗の身体に戻らず、子猫の方に入ってしまった。どうしてこうなったのか、ワシにもわからんのお。


 ボッツがとりあえず、この街から野良猫を追い出す役割となっているのはまず容認できる。いずれ猫狩りが実施されれば、捕らえられて死ぬのだからな。隣の町にでも移って避難する方がよい。

 だが、それからじゃ。ボッツの魂はあの力を持て余し始める。いずれ猫の良心を凌駕して暴走するだろう。ボッツが周囲の猫の畏怖や尊敬、崇拝を集めれば集めるほど、彼のものはその力を強めて周囲を巻き込みながら破滅への道を辿る。

 猫どころか最終的には街のニンゲンを傷つけるかもしれん。


 基本的にニンゲンなぞ、どうなっても構わんがそれを見過ごせば、さらにどこの街でも猫が住みにくい社会になっていくことは必定じゃ。



 何とかギリギリの力でミケを使って『愚者』をこちらに呼び寄せコンタクトしたものの、力の吸収はできんかったわい。『蕗の魂』と『愚者の能力』そしてチビ猫フールの身体の相性がよほどいいんじゃな。 

 やはりフールを使うしかあるまい。

 『賢者』と『愚者』…相殺して、力を無力化する。上手くいけば我が手に力が戻るやもしれぬ。


 時間がないのお…。




お読みいただいてありがとうございました。次回は苦悩のフール、大ピンチの巻!…の予定です。

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