逆回りする時計 恍惚のノルウェージャン・フォレストキャット
フールとポンタのラブコメをちょっと押し出してみました。謎とアクションと猫と転生です。詰め込みすぎるくらい詰め込んじゃいましたね。
10回連載予定の第4回、毎週金曜日に更新予定です。よろしければ!
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「ねえ、ポンタ」
私とポンタはガンツから許可が出た野良猫のテリトリー、公園の南側河川敷を散歩している。
「ちょっと今さらの疑問をぶつけてもいいかしら」
「何だよ」
「あのさ、何で猫たちはみんなで公園の陣地取りを必死でやってるわけ?」
ホントに何を今さら、といった呆れた顔でポンタが言う。
「そこからか」
「公園なんか、あんなに命がけで守らなくてもって思ったんだけど」
「…猫神様の話からかな」
「猫神様?」
初めて聞くその名前。猫たちにも信仰とか宗教があるのだろうか。
「俺だって会ったことはないけど、ホントにいるってみんな信じてる」
「飼い猫も?」
「ああ、飼い猫と俺たちだって、いっつもケンカばっかりしてるわけじゃない。時には助け合ったりもしてるんだ」
これはビックリだ。出会えば諍いばかり起こしていると思っていた飼い猫と野良猫だが、必ずしもそうではないらしい。
「これは猫神様が決めたことなんだ。まず第一に昼間のうちの争いは禁止」
そういえば、以前ルノーに砂場で因縁をつけられた時、セージが『昼間の争いは御法度』みたいなこと言ってたね。
「フンフン、それから?」
「第二に夜の公園での陣地取りも相手の命をとるようなことはしないこと」
そういえば、大怪我したとか消えない傷跡が残ったっていうのは聞くけど、猫が猫同士の争いで死んだっていうのは聞かない。
「意外とお互い加減はしてるんだ」
私の言葉にポンタはちょっと首をひねる。
「まあな、…でもあのボッツはちょっと違うような気もするなあ」
「どいうこと?」
「何かひとつ間違ったら大変なことになるっていうか、ただのケンカじゃ済まないようなそういうことしそうな気がする」
学校の不良同士のケンカに拳銃をもって現れるようなもんかね。でもそれだったら猫神様が罰を落としそうな気もする。
私の顔に疑問が浮かんでいたのか、ポンタがそれに答える。
「ボッツなりに手加減してるのか、それともあいつ猫神様なんて関係ないって思ってるのか…」
何それ、怖い。本気でボッツが猫殺しを恐れていないのなら、危険すぎる敵だ。
「そして多分お前が知っていないことで肝心なことがある」
「フンフン」
「そこに防火用水があるだろ」
ポンタが説明しかけたが、私は喉が渇いてフラフラ近づいた。
「ちょっと待って。喉渇いた。水飲んでくる」
私が言うと、ポンタは私の首根っこを押さえてそれを止める。
「ダーメーだっ!」
私は首の後ろを引っ張られて、仰向けバンザイの格好になり、そのままポンタに質問する。
「な、なんでぇ?」
「まさにちょうど、その話だ。そこは野良猫の縄張りじゃない」
「ええっ?この前そこで一緒に水飲んだじゃん」
「あの晩の公園で変わったんだ」
「どういうこと?」
「りんご公園は街のだいたい中心にある。そしてりんごの形のトイレが公園の真ん中、それを囲む形で遊具があるだろ?」
ポンタの言葉に私は公園の見取り図を頭に浮かべる。
中央のりんごトイレを囲んで真北に砂場、うんてい、ブランコ、シーソー、滑り台、ジャングルジム、何か名前のよくわからない丸くて回るやつ、鉄棒…ってところか。
「今まで野良猫の陣地だったのは南側の滑り台とジャングルジムだろ。それがこないだの戦いで滑り台を取られた」
「残念なことよね」
「だーかーらっ!」
ポンタが言うにはその遊具8つの方向でピザのように街を分割し、縄張り以外の水飲み場は使えないのだという。
「じゃあ、この防火用水の水は…」
「そう、これから飲んじゃだめ。家猫のテリトリーということさ」
「家猫たちは帰って家で飲めばいいじゃない!ずるいよっ」
「しょうがないだろ。それが猫神様との取り決めだ。」
もともとは家猫と野良猫の無用の諍いを避けるために決められたことだったらしい。だから昔は街の南側半分が野良猫たちの水飲み場だったのに、ここしばらく公園での戦いが激化して、いつのまにか8分の1にまで減ってしまった。
「北側にいた野良猫たちはだんだんと南側に移動してるよ。水がないのは困るからな」
このままだと野良猫たちが住める場所がなくなってしまうんじゃないかと心配だ。
「まあ、そうなったら、俺たちも隣の街とかへ引っ越しだな。面倒だけど」
それにしても『猫神様』という思いもよらない新たな概念が出てきて驚いた。人間のままだったら知るよしもなかっただろう。どこでどういうふうに取り決めがなされて、猫たちにどういうふうにお触れが出ているのか、知りたいものだ。
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「でもさ、フールって何かすげえ難しいこと知ってたり変な知恵とかはあるのに、猫だったら知ってること割と知らないのな」
変な知恵とは失礼だ。
「だからポンタが家庭教師につけられたんでしょ。しっかり教えなさいよ」
「何で、お前が偉そうなんだよ」
昼間だったらこうやって無駄話しながらでも路地や河川敷、町中でも歩くのはそんなに危険じゃないらしい。よっぽどの悪さをしなければ、人間からも危害を加えられるようなことはないみたい。(ガンツは『油断は禁物だ』といってたけれど)
だいたい家猫と野良猫の取り決めも派手なケンカを町中でやったりしたら、人間に駆除される危険が高まるという猫たちの防衛策の側面があるらしい。確かにやたら猫同士でギャーギャーやってたら、すぐ保健所に連絡されそうだからね。
どっちみち家猫は日中、町中へ単独でフラフラ出てくることないけど。
私は今のところチビ猫でしかも短足だから目線が非常に低い。街を歩いていても見えるのは地面と地面に近いところだけだ。
だから人間の眼を意識することは滅多になかったんだ。その日までは。
「おい、雨だな。帰ろうぜ」
河川敷から町並みに入ったところで、ポンタが声をかけてきた。基本濡れようが汚れようが気にしない野良猫生活だけど、私はまだちょっと慣れないところもある。
「ホントだ。急いで帰ろう。今日はいい残飯あったかな?」
「お前は本当に食い気ばっかりだな」
ポンタが呆れる。
雨を見上げる私に街の様子が眼に入る。こんなふうに街を見るのは久しぶりだ。
そう、ご存じの通り、私は人間の記憶を持ったまま猫になった「頭脳はヒト」の猫なんだ。今まであんまり意識しなかったけど、看板や標識や貼り紙も全部読める。読めるけど役に立たないから気にしなかった。
そして私は猫になってから何度目かの驚愕の事実を知ることになった。
サラサラ降る雨を見上げたのは新聞屋さんの軒先だった。人間のニュースなどすっかり興味はないけれど、久しぶりに新聞の一面を覗いた。
何?『昭和60年』って?その新聞には昭和60年の日付が印刷されていた。
新聞屋さんの軒先で見つけた日付に私は釘付けになった。
「古新聞…じゃないよね?」
私は何だか不安になってきてさらに街を見渡す。通りにあった交番を外から覗く。
「おい?フール。やめとけよ。ケーサツも危険な側のニンゲンだぞ」
ポンタの言葉が聞こえなかった振りをして、交番の中を隅から隅まで見ていく。
あった!カレンダーみっけ!
「間違いない…今は昭和60年なんだ…」
私が死んだのは昭和の最後の日だったはずだ。つまりえっと、よくわかんないけど3年か4年か5年くらい時間が戻ってる?!
「ポンタ…」
「?ど、どした?フール、いつも以上におかしいぞ」
「もうちょっと、街巡りにつきあって」
「ええ、デ、デートか?ええ?」
「バカ、何赤くなってのよ、そうじゃないわよ。もう少し歩くわよ」
「何だよ。急に。バカにバカって言われるのはなあ」
ブツブツ言うフールと街をしばらく巡る。
確かに私はバカだ。何で今頃気づいたんだろう。私が人間だった時、最後の入院前にりんご公園は取り潰されてショッピングモールになった。駅前は整備されてあのガチャガチャした駐輪場もなくなったはずだ。道行く人はつまり昭和60年のヒト達だ。私が死んだのがその4年後…
電気屋さんのテレビを覗き込む。通りからチビ猫がテレビを見ている図は可愛かったかもしれないが、私は必死だ。
4年くらいではそんなに変わらないか…何か時間が戻っている証拠を見つけたかったのだけれど、テレビでは4年の違いはそれほどわかるものではない。私自身ニュースとか興味がなかったから、夕方の報道番組を見ても思い当たるものはなかった。
「おい、暗くなる前に帰るぞ。フール」
「そうだね。ごめんね、ポンタ」
その時プロ野球に画面が切り替わって、私は見つけた。後楽園球場でのジャイアンツ戦が始まったんだ。私が死ぬ前に東京ドームが出来上がって、後楽園球場は無くなっているはずだ。
確かに時間が戻っている!今が私が死ぬ4年前、昭和60年にだ。
どういうことだろう。このタイムリープに意味はあるの?
さらに私は「あること」に思い当たって身体を硬直させた。
「どうした?フール。まったく世話が焼けるなあ」
じゃあ私はまだ生きてるはずじゃん。人間としての私の方ね。
私はまだ元気でどこかの中学校に通っているのだろうか。
もしそうなら、それは私なの?私じゃないの?
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私は自分が猫として生まれ変わった世界が自分の死ぬ前、4年前だったことに気がついた。このタイムリープが何を意味するのか、よくわからない。
ただ、確かめなくてはならない。この姿になる4年前の私…つまり中学1年生の私がこの世界にいるのか、いないのか。
私は初めて「地図」を意識した。この町は日本のどこにあり、私が以前住んでいた町とはどれだけ離れているのか。
…考え始めてまた、ウーンとうなる。
とはいえ…わかったところでどうなるものか。
例えば中学1年生の「山田蕗」が存在したとして、それは私が元いた世界の山田蕗と同じ人間なのだろうか。もし、同じ歴史をたどるとするならば、「私」は2年後の体育の時間にグランドで倒れる。
そして入退院を繰り返して今から4年後、高校2年生で死ぬことになるのだ。
私が山田蕗の所在を確認し彼女に出会うことが出来たとして…私に何ができるだろう。
父さん母さんが泣くところは見たくないが、猫の私にできることは限られている。苦労して会いに行くだけの価値があるだろうか。むしろ何もできず、ただ自分が弱っていくところを見るくらいなら関わらない方がいいのではないか。
「ふーん、○○県○○市か。隣町だね…」
交通標識や街の案内を読む私の独り言にポンタが不審の目を向ける。
「なあ、フール。こないだからお前変だぜ。ニンゲンの家とか看板とか見ながらブツブツブツブツ」
私は慌てて言い訳をする。
「方向オンチだから、そういうところをしっかり覚えなくちゃね」
ポンタが曖昧に頷いて、笑う。
「クククッ、あんまり、猫でそういう奴知らないけどな」
「ねえ、ポンタ」
急に私が真剣な眼でポンタを見たので、ポンタはあたふたする。
「な、なんだよ。方向オンチって言われて怒ったのか?悪かったよ。でもホントだろ」
「そんなこと怒ってないよ」
「ん?じゃ、なんだよ」
「どうしても確かめたいことがあるから隣の街へ行ってみたいんだけど…」
ポンタが難しい顔をする。
「うーん。余所の街かあ。縄張りのこととか、面倒だぞ」
「行けなくはないよね?」
「行けなくはないけどなあ。この街の家猫の縄張りはともかく。他の街の猫の縄張りに踏み込むのは、そっちのボスも知らないわけだしキビシーな」
「何とかならないかな」
「うーん」
ポンタが考え込むがいい考えは浮かばない。
「どっちの街だ?」
「えっと」
人間時代から方向オンチの私が懸命に地図を思い浮かべる。
「西側。…公園ではブランコの方向になるのかな?」
「完全に家猫の縄張りだなあ。例えばその西のはずれに知り合いの猫でもいれば、隣町の縄張りのことはわかるんじゃないかな」
「なるほど。ポンタはいない…よね?」
「何で最初から決めつけるんだ、フール。俺はこう見えてもこの辺じゃちょっと有名な韋駄天ポンタ様だぞ」
「初めて聞いた。じゃあ、顔も広いと」
「西側はたまたま、いない」
「…ガッカリだよ、ポンタ」
ポンタが口をとがらせた。
「だいたいお前、何で隣町に行ってみたいんだよ。理由次第ではつきあってやる」
「へえ、ポンタも興味あるの?」
「違う。この先、ホントに公園のジャングルジムが取られちゃったら、隣町へ行くことも考えなくちゃ、だからだ」
そうだった。家猫にとっては大したことなくても、野良には水場がなくなるのは大問題だ。
「私の理由か…」
ちょっと言えないよね。その街に『元の私』がいるかも、なんて。ましてやその子の命を救うために何かできるかなんてのはチビ猫の考えることじゃない。
「自分が捨てられる前の記憶が戻りそうなんだよ」
「へえ…お前が飼い猫だった頃のことか」
「わかんないけど、多分」
嘘は言っていない。ここで拾われる前の人間としての記憶といっても間違いではないよね?
「行ってみたいな。行ってみたいなあ♡ニャニャニャン、ポンタ♡?」
「うっ」
ポンタが顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「当てがなくはない」
私はそっぽを向いたポンタの顔の方にクルリと回り込んで、下から猫のように媚びた。(猫ですけど)
「わああ、頼もしい。ポンタさん♡」
「お前…ホント、何ていうか、いつか友達無くすからな」
なぜかポンタが悔しそうに言ったが、私はニッコリと笑った。
「今のところ、友達というのはポンタだけだよ、ポンタ・だけ」
「くそう」
何が悔しくて『くそう』なのか、ポンタは歯ぎしりをして私に怒鳴る。
「帰るぞ!ホントは『うるせえっ!』って叫んで、走り去るところだけどガンツにお守り頼まれてるから置き去りに出来ないから、ホントは嫌だけど、その、お前、ホントうるさいけど、えっと、帰るぞったら、帰るじょ!」
「ポンタ、何言ってるかわからないよ。特に最後の『帰るじょ』って何よ」
「…疲れた。帰るぞ」
私とポンタは雨がサラサラ降る街を裏路地に入り、ガンツの待つ大工の工場裏に向かった。
道々ポンタは「俺の男心をもてあそんで」とか「悪魔のようだ、ボッツより性質が悪い」などとブツブツ言っていて、あまりに可愛かったのでお別れに顔をペロリとなめてやった。
「今日はありがと。おやすみ、ポンタ」
ポンタは私に顔を舐められた瞬間硬直し、それからブルブル震えたかと思ったら、何やら叫びながら走り去った。
「うるせえっ、バカフール!また明日なっ!おやすみっ!バーカバーカ」
ポンタ…可愛いなあ。それにしても『バカフール』って「馬鹿の二乗」だよ…。
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「また明日」と言ったポンタは翌日は顔を見せず、3日たってようやく工場の裏にやって来た。
「フール、今日は朝から探検するぞ」
「へっ?どこへ?」
ポンタがヘナヘナと崩れ落ちた。
「お前なあ、俺は苦労してだなあ」
「ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけだよ。ありがとう」
ポンタがムスッとしているので、私は真顔で謝る。
「隣町に行く手はずを整えてくれたんだよね。ごめん、謝るから、よろしく!ポンちゃん♡」
「ポ、ポ、ポンちゃん?!」
「アハハハ、嫌だったらやめとくよ」
「…よし、行くぞ」
自分の呼称の是非については答えず、ポンタが私を促す。
工場の奥からガンツが出てきた。
「おう、ポンタ。何か久しぶりじゃねえか。今日はどこへ行くんだ」
ポンタはちょっとスンとした後、ニコリと笑った。
「今日は南の河川敷から駅の駐車場までフールに水飲み場を教える」
ガンツがフムフムと頷く。
「わかった。ポンタ、フールを頼むぞ」
「わかったよ。毎回同じこと」
「それから…」
「わかってるって、フールに」
「ウム。手を出すな」
ポンタは黙って、路地裏から出て行く。
「おい、ポンタ。返事は?」
答えないまま、ポンタが私を促して外の道へ出た。
「返事しないの?ポンタ?」
「別に。いつもいつものことだろ」
「フーン」
「何だよ」
「へー」
「何だって」
「ホー」
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リンゴ公園の片隅で隠れるように待っていた猫を見て、私はビックリした。
あの夜、公園の中央で野良猫たちを気絶させまくっていた家猫御三家だか三人衆だかビッグ3だかの1匹だ。名前は…えっと。
「よう、ミケ」
ポンタが気軽に話しかけたので、また驚く。
「ミケさん?」
「ウフフフ、可愛いわあ。フールちゃんだったかしら」
「は、初めまして。フールです」
「私はミケ、ホントはミケランジェロっていうんだけど」
ミケランジェロはもう誰もが認めるような血統書付きの美しい猫だ。サイズは大きくないけれど、長くてフワフワな毛はブラウンとホワイトの美しい縞模様、身体の前面から前足は真っ白で惚れ惚れするほどの典型的正統派の「ノルウェージャン・フォレストキャット」だ。大きくてゴールドの瞳が面白そうに私を見ている。
「私はフーちゃん、…ううん、『フーニャン』と呼ぶわ。いい?」
フーニャン…それは久しぶりの響きだ。私が人間だった時のあだ名を偶然呼んだミケに危うくメロメロになりそうだ。
「はい…それでいいです。…ニャン」
「大丈夫か、フール。何かヘラヘラしてるぞ」
「だ、大丈夫。ねえ、ポンちゃん、ミケさんとこんなに親しくしてていいの?」
私がポンタに言うと、ミケが私に修正を求める。
「フーニャン、できたら私も『ランちゃん』って呼んで欲しいな」
「…えええ。ランちゃんはポンちゃんと仲良いの?」
ポンタが難しい顔をする。
「フール、この前言ったけど、俺たちはケンカばっかりしてるわけじゃない。協力する時もある」
ミケも頷く。
「そうなの、フーニャン。場合によっては情報交換したり、共通の敵には共同戦線ってこともあるわ」
「共通の敵?」
「うん。例えば…やっぱりホゴセンターかな」
「そうか…保護センターの人間か」
「黄色いのを腕にはめてる人間が来たら、警報を出したりとか」とポンタ。
「ワンちゃんとハートの赤いマークの車が来たときは邪魔したりするわ」とミケ。
私はとっても微妙で複雑な気持ちだ。
動物保護センターの人は犬や猫が憎いわけじゃない。むしろどうやって殺処分の動物を減らすか頑張っている人達なのだ。だけど犬や猫には「捕まったら二度と戻ってこられない」という敵に見えている。
私のような猫好きで、しかも今現在猫という存在にとってはこの上なく悲しいことだ。
「まあ、それはともかくランちゃんさんが協力してくれることになった」
ポンタが言うと、ミケはポンタを横目で薄く睨んだ。
「あなたは『ミケさん』で結構。でね、フーニャン」
「私は隣の町のボスとは知り合いよ。一緒に行ってあげてもいいわ」
「ランちゃん、優しい。ありがとう!」
「フフフ、でも…条件次第よん」
「条件ですか」
私が眼を瞬かせると、ポンタが肩を竦める。
「フールのシッポの光を受けてみたいんだってさ」
私はしばし考えた。何か不都合はあるだろうか。別にケガをしてるわけでもないミケに光を出しても何も起こらない。私も全力を出す必要はないだろうし、特に構わないんじゃ…
「いいですよ。それくらい」
「あらん。うれしいわあ」
ポンタはここに案内しておきながら、多少不安な顔つきだ。
「大丈夫だよ、ポンタ。秘密にしておくにしても、もう遅いし」
「はい、どうぞ!ちょうだいちょうだい。フーニャンの癒やしの魔術を」
何かついていけないテンションでミケが手を広げた。
私はミケに向かって軽くシッポを振る。
(少し・少し・何か気持ちよくなるくらい・ほんわか幸せ的な)
ホワンホワンと私のシッポから光が出てきて、ミケの頭から胸にスッと当たった。
ミケは瞬間、眼を見開いた後、恍惚とした表情になった。
「フーニャン…んー、こ、これは姫様だわ。プリンセス・フーニャン、素晴らしいわ!」
その感激具合に私もポンタもちょっと引き気味になりながら、張り付いたような笑顔を浮かべる。
「えーと、ランちゃん。これで案内してもらえる?」
「ミケ、様子がおかしいけど、大丈夫か。隣町いけるのか?」
ニッコリと笑ってミケが私を見つめる。
「大丈夫。隣町のボンゴは私のファンなの。話はつけておいたから、行きましょう」
私はミケとポンタの両方に礼を言う。
「ランちゃん、ありがとう。よろしくお願いします」
「ポンちゃん、ありがとね」
といってもここから町外れまで3㎞、さらに私が目指す人間時代の自宅までは4~5㎞というところだ。実は猫は足が速い。人間のあなたが思うよりずっと速いのだ。
ドン臭いと言われ続ける私でも人間に負けることはない。自称『韋駄天ポンタ』は人間の目安でいったら時速50キロを超えるスピードで走る。
だが問題は持続力だ。これはどんな猫もそれほどない。私はなおさらない。
そういうわけで、まあのんびり行きましょう、ということになった。私の足にあわせて3匹でトコトコ走る。それでも概ね30分ほどで町外れまでたどり着く。しかし私は疲労困憊している。
「ハヒー、ハヒー。こんなに遠くまで来たのも初めてだけど、こんなに長い時間走ったのも初めてだよ」
ポンタが愕然とした顔になる。
「ええっ、お前って今まで走ってたのか?」
ミケも驚く。
「てっきり歩いてるものとばかり」
「大丈夫か。お前の行きたい場所は…たぶんここまでと同じくらいかちょっと遠いぞ」
「大丈夫…だと思うよ」
「あのね、フーニャン姫。帰り道もあるのよ」
そうだった。行って帰ってこれる気がまったくしない。
「はっ、そうだった。こうしよう」
私が言うとミケが微笑む。
「そうしましょう、姫様」
「まだ何も言ってないって。それから『姫』はやめて…ほしいです」
ポンタが苦笑いして口を挟んだ。
「何を考えたんだよ、フール」
「こういうこと」
私は再びそっとシッポを振る。今度は上に向かって。
(疲れがとれるように・疲労回復・リポビタンD)
あんまりやり過ぎると私にダメージが戻ってくることは学習しているので気をつける。
白い光がまたフワフワと出てくる。真上に上がり、私とミケとポンタの3匹に光の粒状に降り注いだ。
「何だ?これ。力が湧き出る感じだ」
「何と…素晴らしい。…姫様」
ところが…私にはさほど効かないようなのだ。特に疲れが取れる気配はない。むしろシッポと頭が重くなった感じだ。
「ポンタ…これは自分には効かないみたい」
「何て面倒なんだ。お前は」
ポンタが呆れるが、ミケはずっと感涙の面持ちだ。
「どうしようか。まだ少し休めば走れると思うけど、帰り道に自信が持てない」
私の言葉にポンタが考え込み、ミケはポンタを見る。
「ポンタ!」
突然のミケのご指名にポンタがビクッとする。
「えっ?」
「あんた、フーニャン姫を背負いなさい」
「ええっ、いくら俺でもそれはきついぞ」
「あんた今、体力回復したでしょ」
「ああ、そういやそうだな」
「またあと一回か二回はこのフワフワやれるでしょ、フーニャン」
私は自分の体力ゲージを頭の中に出す。こないだの公園の感じがゼロで…
「うん、そうだね。これはまだ全然イケる。あと3回でも4回でも」
「じゃあ、大丈夫。ポンタが姫を背負えば今日中に行って帰ってこれるわ」
「ハア…。わかったよ。何でこんな目に」
「ポンちゃん、ゴメン。大丈夫?キツかったらやめとくよ。また何か方法考えるよ」
私の言葉にミケはニヤニヤ笑って言う。
「フーニャン姫、気にしなくていいわ。ポンタはあなたを背負えるのが結構うれしいはずよん」
「な、何を。ば、馬鹿なこというな。ミ、ミ、ミケさん」
狼狽えるポンタとニヤニヤ笑いが止まらないミケ、背負われてあと10キロ移動という申し訳なさで躊躇する私、しばし3者が沈黙した。
19 EXTRA 「中学1年生の日記」
私はとある地方の小さな街に住む中学1年生の女子です。特筆すべきことは多分、なに一つありません。
猫とファンタジー小説が好きで、友達は数人だけ、ボーイフレンドはいません。どちらかと言えば人見知りです。
小さな頃から身体はあまり強い方ではないので、部活動には入りませんでした。父も母も何か人と関わるような活動に参加してくれたらと思っていたようでしたが、そんなに無理してまで誰かと一緒にいたりいとは思いませんでした。
「活動的」というのは私の辞書にない言葉です。
父の田舎に行ったときもだいたい家の中で過ごして、両親に呆れられました。
全力で走り回ったり、お腹いっぱいに食べたり、木登りしたり、虫を捕まえたり、田舎の男の子とギャーギャー言い合いしたり…そういうのはすごく苦手なんです。
最近何か胸騒ぎがします。別に大きな心配事があるわけではないのですが、近い将来何らかの運命的な出会いがあるような気がしてならないのです。
ここのところ変な夢を見ます。猫の写真集ばかり見ているせいでしょうか。
私は猫の神様になっているのです。笑い事ではありません。妙に生々しくて、起きるとドッと疲れていることがあります。
私はどこかのリンゴ型のトイレに乗って猫たちにお告げや指図をするのです。(笑)
「殺し合いをしてはいかん」
「昼間のうちは争いごとは禁止である」
「公園の陣地取りで街の縄張りを決めなさい」
自分でも何でこんなことを言っているのか、意味不明です。ただ、その場ではこう言っておいたら猫たちが平和に暮らせるのではないかな、などと思っています。
少し前にノルウェージャン・フォレストキャットの美しい猫に私は予言しました。
「もうじき猫の王が現れるが、これは猫の世界に混沌をもたらす魔王でもある」
「これを止められるのは猫ではない。だが猫でないものにも止められない」
「お前はそのモノを助けよ」
…起きたときにビッショリ汗をかいていました。
これは私の言葉なのでしょうか?何でそんなセリフが出るのかわからないのです。
私は誰かが会いに来るのを待っているような、怖れているような。
可愛い猫が遊びに来るなら、大歓迎なんですが…
読んでいただきありがとうございます。次回はフールと山田蕗…謎の回収になる!といいなあ。
続けてお読みくださるとありがたし。