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世界の掟 嘆きのアメリカン・ショートヘア

魔王ボッツとフールの第1ラウンドです。少しずつフール転生の謎が明らかに…なるかな。

10回連載の3話目です。よろしかったら。

10


 チンピラ猫ダビの襲撃を無事に撃退?した私はソロソロと茂みをかき分け、外から公園を覗き込む。

 公園に来たことが知られたら、ガンツにもポンタにもすごく怒られることがわかりきっているので、慎重になる。

 ジャングルジムが手前にあって、多くの猫がそこに集まっている。怪我をしている猫も多いようだ。猫同士の乱闘がその付近で起こっているところを見ると、これはそうとう野良猫側の劣勢だ。


 ガンツとおぼしき大柄な猫が40メートルくらいむこうにある滑り台で奮戦しているのを見つけた。猫たちはこの距離を「200カツブシ」と言っていた。1カツブシ=20㎝というところだろう。


 ガンツが参戦しても野良猫の劣勢はさほど変わらないようだ。じりじりと家猫軍団が付近に増えてきている。


撤収(てっしゅう)!ジャングルジムまで撤収!」

 野太いドブの声が聞こえた。

 ドブは野良猫軍団のボスだ。ガンツに勝るとも劣らない巨体と怪力で荒くれ者を率いているが、最近は歳のせいか怪我が多いとセージが言っていた。


 その次の瞬間に私は全身の毛がザワザワと逆立つ感覚を感じ、思わず茂みの中に頭を埋めて身体を隠した。

 そっとまた頭を上げると、公園の猫達のほとんどがその感覚を持ったらしい。視線は砂場の方角に集まっている。


「ボッツ様だ!」

「ボッツ様!」

「ボッツ様の降臨だ!」


 大げさなかけ声での登場だが、それにふさわしい偉容(いよう)のロシアン・ブルーが姿を現した。

 全身を藍色の短い毛で覆った細マッチョ、一際印象的な深緑の鋭い目は月のないこの夜にも鈍く光っている。猫としては異様に大柄なサイズに見えるがそれは頭の小ささによる錯覚なのか、それとも本当に大きいのか、ここからではもうひとつ判らない。

 飼い猫のカリスマにふさわしい姿、魔王ボッツの異名が冠せられるのも納得だ。


「何でここにいるんだよ」

 いきなりコソコソっと声をかけられてビックリする。ポンタがジャングルジムから茂みまで後ずさりして、私に話しかけた。

「見つかっちゃった?」

 私はテヘペロして返事をするが、魔王の登場に緊張しているポンタの声は震えている。


「冗談じゃないんだよ。俺がガンツに怒られるし、今出てきたの見えるか?あれがボッツだ。ヤバすぎるぞ」

「大丈夫だよ。ここで隠れてるから」

「俺が先に見つけたから良かったものの…」


 ポンタがグズグズ言っているが、そういえばポンタだって(だま)されてここにいるはずだ。

「ポンタ、あの後、魚屋の裏路地にダビ達が来たんだよ」

 ポンタが慌てふためいた顔になる。

「え、えっ?どういうことだ。お前逃げてこられたのか」


 私は鼻の穴を膨らませて自慢する。

「フフン、撃退しました!」

「嘘つけ!」


 まあ、信じないか。あ、そんなことより。

「そんなことより」

「どんなことなんだよ」


「ゴンゾがポンタを呼びに来たでしょ」

「ああ、それがどうした?」

「あれは罠だよ」

「はあ?」


 私はあの後、ダビ達がポンタのねぐらの近くでしていたヒソヒソ話を説明する。

「じゃあ、俺は誘い出されて…」

 ウンウンと私は頷く。

「狙いはお前ってことか?」


 ポンタが考え込む。

「だけどなあ」

 私をじろじろと眺め回す。やな感じだ。

「何よぉ」


「お前みたいなドンくさチビ猫を(さら)ってどうすんだろ」

 相変わらずのポンタの言い草に私は(ふく)れる。

「ルノーが命令したみたいだよ。たぶん私の美貌にメロメロなんだよ。違いないね」


「バカじゃねえの。だいたいお前は」



「ガアアアアアアアアッ」

 その時、地獄の底から聞こえるような低い鳴き声が公園に響き、すべての猫が動きを止めた。



 馬鹿な会話をしている間に公園の中央まで歩みを進めた魔王ボッツが一声を出しただけで敵味方の両方が凍り付いている。すさまじいカリスマ猫だ。




「おい、フール。絶対ここから動くな」

 ポンタが公園の猫たちから目隠しをするように、私の前に立つ。気持ちは嬉しいけど、これじゃ前が見えない。様子がわからない。


 できることなら私は自分のシッポの力で野良猫たちを治癒(ちゆ)したいと思っている。原理は何かよくわかんないけど、シッポに触れるか、そっちに向かって私が『治れ治れ』ってフリフリすると怪我が治るようなそんな感じ、みたいな。


 ジャングルジムの前が騒然となる。

「フギャアアア」「ミャアアア」「ギュワアアアア」


 ボッツが光る眼を浴びせると動けなくなり、「ガアアアッ」と異様な声を出すと気を失う。バタバタと野良猫たちが倒れている。さらにボッツが前進し、前足を一振りした。

「ギャアッ」

 野良猫の中でも精鋭のはずのトンカツやサシミが顔と腕を切り裂かれて、呻きながらそこに倒れる。


 野良ボスのドブとガンツが大声を出す。

「全員退却しろ!逃げろ!ケガ猫をできるだけ運べ!」


 野良猫たちが最後の砦だったジャングルジムを捨てて、公園から逃げ始めた。家猫たちの歓声が公園に響く。

「ボッツ様!万歳!」

「ボッツ様!万歳!」



 ガンツはトンカツとサシミの2匹の他にも気絶している猫をもう1匹抱えて、撤退の態勢だ。

「おい、しっかりしろ!お前も自分の足で逃げろ!」

 だが、それでは魔王ボッツの攻撃をうまくかわすことができない。視線からは逃れたが、鳴き声を浴びてフラつく。さらに『真空猫パンチ』が飛んでくる。

 ギリギリ致命傷を避けているが、傷だらけで出血が激しくなっている。


「ガンツ!」


 我慢できずポンタがガンツに駆け寄り、抱えていたケガ猫を一匹奪って背負った。

 ガンツが眼を()いて、ポンタに声を掛ける。

「ポンタ、何でここにいる?!」

「おっちゃん、俺も手伝う!」

「いいから出てくるな!」


「引っ込め!ガキ!」

 強力猫パンチのレオがポンタに向かって、前足を繰り出す。


「ウギャッ!」

 背中にケガ猫を背負ったポンタが崩れ落ちた。


 ボッツはポンタの方を見ようともしない。


「ポンタ!」

 ガンツがポンタをかばおうとしてボッツから眼を離した。


 その時、ボッツの大きな前足の一振り『真空猫パンチ』がガンツに降りかかり、顔と胸を切り裂いた。

「グワアアアアッ!」

 


 何と私はガンツが倒れると同時に頭に血が上ってしまって、思わずボッツの前に飛び出した。

 こんな時に限って、私にしては相当機敏な動きで。

「父さんに何すんのよ!」


「ば、バカな?フール!?逃げろ…」

 ガンツが顔だけあげて、苦しそうに呻いた。


 正面の近い距離で対峙してみるとボッツはさすがに凄い迫力だ。

 …でも、猫たちがみんな凍り付くように動けなくなるってほどでもないと思うんだけどな。

 さあ、私のシッポの威力を見よ!フフンだ。


 ガンツも含めて背後の野良猫たちに向け、全力でシッポを振る。

(ケガ治れ!ケガ治れ!ケガ治れ!)


 灰色のシッポがブワリとふくらんで光る。

 シッポから離れた大きな白い光の固まりが一旦宙空にとどまり、それから光の粒になって私の背後の猫たちに降り注いだ。


「なんニャ?」「これは…?」「おおおおっ!」

 猫たちのどよめきと畏怖(いふ)の声が野良猫側と飼い猫側のどちらにも広がった。


 魔王ボッツも初めて眼を大きく見開く。


 「うーん?」

 ところが私は何か調子が出ない感じに首を傾げる。ドーンと治癒の光を出したつもりなのに、何か思ったほど力が出なかった感覚だ。


「あれ?」

 身体がフワフワ軽くてめまいがする。あれれ?


「何だ?このチビ猫は?」

 飼い猫側のレオが私を睨む。

「またこいつか…」

 後方から出てきたのはアメリカンショートヘアのルノーだ。


其方(そなた)は…」

 これまで黙ってじっと私を見つめていた魔王ボッツが初めて口を開いた。

「ボッツ様、この間話したチビ猫です」

 ルノーは私のことをボッツに報告していたらしい。


「どういうことだ?傷が治ってる!」「俺もだ。()()()()(ふさ)がってる」「俺もだ!」

 後方で野良猫たちの声がする。おかしい。『だいたい治ってる』ってどういうこと?

 でも役に立ったよね。ガンツの『フール!』って声も聞こえる。

 それにしても眠いな…


「フール!さがれ!」

 ガンツの声だ。


 まだ手負いのガンツが飛び出してきて、また私とボッツの間に入る。


「ガンツ、大丈夫だよ!やっつける!」

 私は今度はシッポを飼い猫側に向けて、フラフラ振った。

(あっちに行け・あっちに行け・家に帰れ・バーカ・バーカ)


「気をつけろ!何か変な力があるぞ、あいつ!」

 ルノーの声が響いたが、私のシッポからはフワリとホタルよりも小さな光が出ただけだ。


 シッポから出た小さな光はルノーの頭にポツンと当たった。

「?」

 ルノーは一瞬頭をひねり後ずさったが、ポカンとした顔で私を見た。

「何だか一瞬だけ帰りたくなったけど、どうってことないぞ!」


「ありり?」


 私の間抜けな声にルノーがガクッとコケる。




 ボッツが二本足で立ち上がり、野良猫の群れ全体を睨みつけた。

「グオォォォォ……」

 野良猫どころか、飼い猫まで含めて、その場にいる誰もが恐怖で動けない。


 そんな中、私はあまりの眠さに大あくびをしてしまった。

「ふぁぁぁああ…」


 恐怖で固まった猫たちのど真ん中に響いた私のアクビは、むしろさらに周囲を凍りつかせる。


「何だ?そのチビは?」「ボッツ様の前で、許せん!」「痛い眼にあわせろ!」


 一瞬して何かすごい怖い声があがりはじめたけど、私はさっきから眠くて立っていられない。

 ガンツが私をかばって立ちはだかる。

「ガンツ、ごめん。眠い…」


「おい、こら!フール!」

 ガンツは大慌てで私を支える。


 そこへポンタが後方から走り出てきて、私を背中に抱える。

「ポンタ、フールを逃がせ!」

 ガンツの声が聞こえた。私は意識を失った。


 







11


「で、お前は駄目だって言われたのに、公園に来たわけだな」

「ポンタもポンタだ。フールを頼むって言っただろ、ああん。お前は耳がないのか、コラ」

 ガンツがポンタの耳をつまんでギュッとねじった。


「痛てててて、悪かったよ。離せよ!」

 ポンタが涙目で言うが、ガンツはもうヒトねじりしてから離した。

「ウニャアアアッ」


 今、私はポンタと共にガンツとセージの前で絶賛お説教され中である。

 公園で気を失った私はポンタに抱えられて後方に離脱した。ガンツは手負いの状態でボッツに対峙(たいじ)したが、決死の覚悟だったようだ。


 何故かそこでボッツが静かに退()いたため、ジャングルジムだけは野良猫側が死守した形になったらしい。


「でも不思議だよな。なんでボッツはあそこで帰っていったんだろう?」

 ポンタが赤くなった耳をさすりながら首をひねった。


 黙っていたセージが口を開く。

「わかりません。ただ私の目にはフールを見て一旦戦いを止めたように見えました」

 ガンツが理解できない、という顔になる。

「何だあ?あの魔王がうちのフールの何を気にしたってんだ?」


「わかりません。そう見えただけということですよ。ただ…」

「うん?」

 考え込むセージをガンツが促す。


「ボッツはフールのあのシッポの能力について何か知っているんではないでしょうか」

 私も首をひねる。

「私のあまりの可愛さに心が揺れ動いたとか、そういうことは…」


「ない!」

「あるか、アホ」

「ないでしょうね」


 …3匹で一斉に答えなくてもいいと思う。

「とにかくあれは彼ら家猫の一部の猫が持つ超能力とはまた違うと思いますね」

 セージの言葉に私はあの夜のことを思い出す。

「そういえばセージ、私シッポから無限に力が出てくると思ってたら、そうじゃなかったみたい」


「そういえば、最後はちっちゃな光がフワフワ…でしたね」

「そうなんだよ。その前も野良猫全部、傷を治そうとしたけど、いき渡らなかったし」

 セージが再び考え込む。

「…愚者(ぐしゃ)の大魔法?」


 呟くようなセージの声を私は聞き直す。

「何?グシャの…って?」

「いえ、何でもありません。フーちゃんの能力は身体の中にあるエネルギーを他の猫に与えるようなものなのかもしれないですね」


「うーん、確かに。公園に来る前にもダビの撃退に結構エネルギー使っちゃったし」

 ガンツが私とセージを睨むように言う。

「どちらにしろフールは二度と夜の公園に来るな」

「ええっ、きちんと限界を見てシッポを使えば、野良猫の戦力になるでしょ」


 私の言い分はガンツがあっさり却下する。

「駄目だ。どこまで使うと限界がくるのか判らんし、その見極め次第によってはお前の身体にどんな影響があるのか不明だ。そして何より、お前の力が飼い猫連中に判ってしまった。これから標的になることは間違いない」


 セージもポンタもウンウンと頷いた。

「昼間も家猫のテリトリーには絶対近づかないこと。ポンタ、次にフールから眼を離したら許さんぞ」

「ううう、何で俺がそんなビンボくじを」


「…ビンボくじって何よ!バカポンタ!」


 膨れる私をガンツがチラリと見て、すぐ眼をそらした。

「何よ、ガンツ。まだお説教残ってんの?まとめて話してよね」

「…ん、いや。何だ。その…」


 ガンツの歯切れが悪いことこの上ない。

「もうっ、おしまいならポンタと出かけてくるよ」


「おい、フール」

 ガンツが何だか赤い顔で私に言う。

「お前な、公園で俺が倒れた時な、あの、な」

「うん?」

「あの、その、『父さんに何する!』って言わなかったか?」

「ああ、言ったかも」


「そうか」

「それが?」

「いや。何でもないが」


「ニャハハハ、フール察してやれよ。ガンツはお前に『父さん』って呼ばれてうれしくて仕方ないんだよ」

「ポンタ!いいから早くフールを連れていけ」

 

 慌ててそっぽを向くガンツに私は絡む。

「へえええ。何?ガンツは私みたいな可愛い娘に『父さん』とか呼ばれて照れてると。ふーん、ムヒヒ」


「うるせえっ!ぶっ飛ばすぞ!おめえら!」


 爆発したガンツを見て、私とポンタは慌てて外に飛び出した。








12 EXTRA 「ボッツ様の最側近(さいそっきん)であるオレ」


 今夜は久しぶりに公園にボッツ様がいらっしゃるという。感激である。野良猫たちはなんだかんだいって、とりあえずジャングルジムと滑り台を確保している。この膠着(こうちゃく)状態を打破するのはやはりボッツ様をおいてあるまい。


 数日前にボッツ様のところであの変なチビ猫…フールといったか、あいつの報告をしたらボッツ様が珍しく表情をピクリと動かして、仰った。

「ルノー、その猫、もう少し詳しく調査せよ。危害を加えることは禁止する」

「はっ、承知しました」



 何でそんな役目を…とは思ったが、ボッツ様の指示は絶対である。とりあえずダビを呼ぶ。


「何スか、ルノーさん。」

「あのチビ猫、覚えてるか。折れ耳の…」

「折れ耳…もちろんですよ。ルノーさん。何かあいつのシッポで酔っ払っちまったみたいになって」

「フム、それと傷ついたポンタを治した治癒の力か…ボッツ様も気にするわけだが」


 俺は考えた。攫ってきて調べるのが簡単でいいが、フールはガンツのとこにいる。並の猫じゃ無理だ。昼間のうちだったらチャンスはあるだろうが、騒ぎになったらまた『猫神様の(おきて)』とか言われて、長老連中にいろいろ言われるだろうな。


 昼間のうちはダビに後をつけさせて様子を見る。夜にチャンスがあれば攫ってしまおう。危害を加えるなとは言われたが、まあ刃向かわなければそんなに痛い眼に合わせなくても大丈夫だろう。






 ダビに尾行調査をさせたが、ろくな報告はない。ガンツやポンタがいろいろ野良猫の『生活の知恵』を教えてる様子を聞かされたが、面白くも何ともない。

 何でダビが『いやもう、初めてバッタを捕まえたときには俺も泣けてきて』とか感動してんだ。あいつはやっぱりバカだ。


 だが、今夜はチャンスかもしれない。ボッツ様が公園に来るのなら、必ずガンツにも呼び出しがかかる。そこが狙い目だ。ガンツはチビをどこかに預ける。たぶんポンタかセージのとこだろう。セージが公園に来るならポンタを、その逆ならセージを、こっちのスパイに呼び出させてフールを一匹にする。そこでダビに攫わせればいいだろう。

 …いや、あいつ一匹では不安だな。あのシッポは不気味だし、何しろダビはバカだ。









 公園の戦いは俺の予想通りの展開だ。ミケが公園の真ん中で雄猫どもをメロメロに気絶させてる。あれは恐ろしい技だな。

 前線の滑り台付近も押し気味だ。猫数では互角だろうが、レオがいる。あの『真空猫手斬り』は脅威だ。あのレオの馬鹿笑いは気に障る。ついでに何か野良猫と昼間のうちは仲がいい感じが気に食わないが、それでも実力者であることに違いはない。


 来た来た、ガンツだ。滑り台のところに現れた。ということは今頃ダビがフールを攫いに行ってるところだな。うまくやれよ、ダビ。






 滑り台からジャングルジムに戦場が移動するかというときに、ついにボッツ様が降臨された。

「ガアアアアアアアッ」と麗しい低音ボイスに俺はウットリするぜ。

 ボッツ様が公園の中央から野良猫の本拠地ジャングルジムへとゆっくり進まれる。

 俺は持ち場の砂場を少しずつ離れて、そのお姿を見ようと移動した。


 ボッツ様の戦いぶりは何というか、野良猫どもにとっては天災みたいなものだろう。

 ボッツ様が睨むと動きを止められ、声を聞くと倒れ、腕を振れば切り裂かれる。

 野良猫たちの群れがどんどん減っていく。


 おおっ、今ガンツが倒れたのが見えたぞ。ザマミロ。いい気味だ。

 うん?何だ?

「父さんに何すんのよ!」


 ゲッ、何であのチビがここにいるんだ。ダビのバカ、本当に使えねえなあ。

 チビが生意気にもボッツ様の前に立ち塞がって、ガンツを守ろうとしている。

 こいつも底抜けのバカだな。死ぬぞ、マジで。うん?何か、あ、あれは…


 またあのシッポの光だ。チビのシッポから出た白い光が後ろの傷ついた猫たちに広がっていく。

 綺麗だ…。

 ああ、いやいやいや。失言だった。さほどのことはない。ボッツ様の嵐の如き破壊的な美しい能力に較べたら、あんなものは子供だましだ。

 

 しかし…うーむ、不思議だ。野良猫たちが回復している。ガンツも立ち上がった。

 これは…下手をすると野良猫たちの恐ろしい戦力となるぞ。次の戦いがあるとしたら、まずこのチビから狙う必要があるということだ。


 おお、ボッツ様がチビ猫を凝視(ぎょうし)されている。

其方(そなた)は…」

「ボッツ様、この間話したチビ猫です」

 俺はすぐにボッツ様に報告する。ダビの失敗はうまく誤魔化(ごまか)さねば。


 またガンツが前に出てきてチビをかばった。

「フール!さがれ!」

「ガンツ、大丈夫だよ!やっつける!」


「気をつけろ!何か変な力があるぞ、あいつ!」

 チビ猫がああやってシッポを揺らしたら注意だ。しかし…


 チビのシッポから出てきたのはしみったれた小さな光だった。それがフワフワ漂って俺のところにやってくる。


 しまった!()け損なって俺の頭にその光がポツンと当たる。やばい!

 だが何かよくわからないが、ちょっと俺は帰りたくなったような気がする…かな?

「何だか一瞬だけ帰りたくなったけど、どうってことないぞ!」


 チビが不思議そうな声を出す。

「ありり?」

 何が『ありり』だ。何だかこっちがガッカリだ。


 うん?ボッツ様がお怒りなのか?二本足でお立ちになった。あまりの厳粛さと高貴さに誰も動けない。


「ホワアアァァ…」

 それなのにあのチビ猫、緊張感のない顔で大アクビをしたと思ったらかがんで、寝息を立て始めた!なんじゃ!コイツ!可愛いぞ!…違った!ボッツ様の前で恐れ多い!


 ガンツが叫ぶ。

「ポンタ、フールを逃がせ!」 

 ポンタが出てきてチビ猫を抱える。


「逃がさねえ!」

 俺が追いかけようとすると、ボッツ様が前足で俺の胸を押さえた。

 すごい圧力で俺は後ろに倒れた。


「追うな、ルノー」

「は、ははあっ!」


 ボッツ様の命令は絶対だ。俺は後ろにさがって、あのチビ猫のことを考える。

 何だ、あいつは一体?ボッツ様が野良猫を『逃がせ』と…?


 フールだったか?あの美しい能力。父親を守ろうとボッツ様の前に飛び出る勇気。無事だといいが…


 いやいやいや、何言ってんだ俺は。何心配してんだ、まったく。ボッツ様の最側近であるルノー様が。


「引き上げるぞ」

 眼の前にはガンツがいるが、そんなものはまったく眼に入らないように、ボッツ様が静かに仰ったが、飼い猫たちからは不満の声があがる。


「ボッツ様、ジャングルジムも獲れます」

「今引き上げると、陣地は守られてしまいます」


 ボッツ様が振り返って家猫の群れを一瞥(いちべつ)し、低く唸った。

「シャアアアアア…」


 それだけで震え上がった猫たちに俺も声をかける。

「ボッツ様の御意志だ。引き上げろ」


 飼い猫たちが自分の家に静かに引き上げていく。


 後ろを見ると野良猫たちがまだケガを抱えたまま、呆然とこちらを見送っている。

 ガンツが荒い息をついて、ひざまずくのが見えた。







13 EXTRA 「ミケランジェロの甘い鳴き声」


 私はミケランジェロ、不本意ながら周囲のもの達には『ミケ』などと呼ばれております。それじゃフツーに猫の名前じゃないの。ま、猫ですけど。

 得意技は『魅惑の甘い鳴き声』。私がとっておきの裏声でなくのは野良猫たちにマタタビを嗅がせるのと同じような効果があるらしいのですわ。


 ま、そんなわけで公園では時々野良猫たちをやっつける手助けをしてますけど…あんまり興味ないっていえば興味ないんですの。ボッツ様が怖いんで、やりますけどね。


 数年前、ボッツ様のことを初めて知ったのは猫神様のお(やしろ)でしたわ。これは公園の真ん中にあるリンゴトイレの上のことですの。時々そこで瞑想などしてますと、降りてくるのよ、猫神様が。


 あらあら、今日はすぐ来たわ。黄金の短い毛並みにアーモンド型の大きな金色の瞳、大きくて立派な耳…今日も神々(こうごう)しいわん。





妖猫(ようびょう)ミケランジェロよ。近々この街に一匹の魔猫が降臨する」

「あら、猫神様。新入りの猫ですの?」

「そうだ。この街の東外れ、不動産屋に飼われることになるであろう」


「じゃあ、私たち飼い猫の仲間ですわね」

「…そうじゃが、そうではない」


「どういう…?」

「王である。猫の世界に君臨する王であり、混沌(こんとん)をもたらす魔王でもある」


「魔王…」


「其方はそれに(つか)えつつ、暴走を止めよ」

「私がぁ?」

「嫌か?」

「嫌ぁよ。そんな大変な役」


「じゃろうな」

「あら、あきらめが早いわ」

「奴はこの街の猫にとって守り神となるが、同時に破滅への道をたどらせることになる」

「あらあら」


「やつは猫には止められない」

「じゃ、私にも無理じゃないですのん」

「そ」


「『そ』じゃないわよ。じゃあ誰なら止められるのよ。『ホゴセンター』はどうなの」

「猫でないものにもやつは止められない」

「じゃあ、駄目じゃない。『猫』にも『猫でないもの』にも止められないんじゃ、誰も止められないでしょ」


「妖猫ミケランジェロよ、よく聞け。魔王ボッツに仕えよ。『明日の世界』よりボッツを止めるべきものが来る。次にそれを助けよ。良き猫世界を作るため」


「猫神様、何言ってんだかわかんないわよぉ」

 猫神様はいつもの片足をヒョイとあげてコイコイする変なポーズで消えた。






 瞑想が終わってもしばらくは意味がわからなかったですわね。


 街の東に棲む何だかとんでもない猫の噂を聞いたのはそれからすぐのこと。

 飼い猫ネットで集合の合図があって、深夜のリンゴ公園に全飼い猫が召集されたの。


 怖かったですわよぉ。あんなの初めて見ました。猫じゃなくて他のネコ科の野生動物の何かじゃないの?と思わせる大きな身体、全身ブルーの短くて美しい毛並み、ビリジアンの冷たい瞳…。


 その晩に飼い猫の王様が決まりましたわ。従わない猫はいませんでした。

 …というか、あの声で「我が命に従え」って言われたら、そりゃヤバイのですわ。


 さてさて、私はボッツ様配下の御三家などと言われちゃいまして、何だかこれはこれでマズいポジションです。暴走止め係らしいので。…意味わかんないのですけどね。



 あら、家の外に誰か来ましたわね。私を呼ぶ鳴き声がします。

 これは…嫌だわ、ルノーですね。あのキザでバカでボッツ様の腰巾着(こしぎんちゃく)の。

 あれが夜に呼びに来るということは、公園でケンカの手伝いでしょうか。ホント、面倒です。


 それにしても、ボッツ様はここのところ、野良猫を滅ぼすくらいの勢いです。私それはどうでもいいっていえば、どうでもいいのですが、やり過ぎのような感じもします。

 ずっと前から猫神様からは『ケンカやり過ぎ禁止』って掟が(くだ)ってもいますが…


 だとするとそろそろボッツ様の暴走を止める「『猫』でも『猫でないもの』以外のもの」(ああ、ややこしい)が現れないといけない頃なんじゃないかしら?






 次回、魅惑のミケランジェロ…ノルウェージャンフォレストキャットの活躍を描きたいと…予定通りにいけば。ぜひネクスト金曜日にお会いしましょう。

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