闇の王 ロシアン・ブルー
魔王ボッツ登場!です。ここから盛り上がっていく…のでしょうか?
毎週金曜日投稿の2回目、10回完結予定です。楽しんでいただけたら、ありがたいです。
5
私、フールは1ヶ月前にガンツに拾われたんだけど、しばらくは何がなんだかわかんなかった。
想像できる?何しろ病院のベッドの上でテレビを見ていて「ああ、昭和が終わって平成かあ」なんてハアハア荒い息をついていたら意識を失って、気がつくとゴツい雄猫が私の顔を覗きこんでるの。
「ああ、ここが『あの世』か。あの世は猫がいるのね。ウフフ」
「おいおい、大丈夫か。しっかりしろ」
「あの世では猫もしゃべるのね。アハハ」
「おい、セージ。大丈夫か?こいつ様子がおかしいぞ」
「ガンツ、たぶん生死の境から生還したので意識が混濁しているのでしょう」
死んだはずなのに感覚は何だかあまりにも生々しい。目の前でしゃべっている猫2匹の姿もハッキリしている。
私は声を出す。
「ウニャニャニャ…」
猫の声がする…って自分の声?
驚愕とはこういうことだ。人間であった時にもこんなに驚いたことはない。
自分の目で自分の手を見る。これは…
「猫じゃん!」
ゴツい方の猫が私の顔を覗き込んだ。右耳と右目のところに黒い毛、左耳と左目には大きな傷跡、真四角な顔と低い鳴き声。
普通ならば怖い顔だろうし、この状況は猫好きだってそう簡単に受け入れられない。
ところが私は…なぜか、なぜだかそのゴツゴツ猫の顔が懐かしくて大好きに思えて、ペロリと舐めてしまったんだ。
「!」
ゴツ猫は心底ビックリした顔になって、表情と身体をフリーズさせた。
その後方にいた黒猫が思わず噴き出す。
「ずいぶん馴れ馴れしいというか…猫懐っこいというか。ガンツの顔を見ても怖がらない子猫とは」
「…う、うるせえ。おいチビ、気がついたのか」
私はもちろん今の状況が呑み込めないままだ。だが、少なくともこのゴツい猫に命を助けられたということは理解した。このゴツ猫はいい猫だ。間違いない、多分。うむむ、私は混乱している。
「あ、あの、ありがとうございます。あなたは命の恩猫です。…ですよね。…ですか?ここはどこ?私は誰?いったいどうして。何がどうなって。あれ、私何言ってるんでしょう?」
突然ペラペラしゃべりだした私にゴツ猫はまた言葉を失い、黒猫は口元を押さえてプルプル震える。
起き上がろうとした私をセージが押さえる。
「まだ少しそのまま休みなさい。手足が衰弱していますからね」
そういえば、まだ身体に力が入らない。
「で、あのつまり黒猫さんも命の恩猫ですよね。ありがとうございます。ゴツ猫さんの顔、何か好きなタイプの顔です。怖い顔でブサイクだけど、それはそれで味があるというか、あ、いや、ブサイクというのはブサイクとかブサイクじゃないとか、そういう意味じゃなくて」
「いいから、落ち着け!」
ゴツ猫がついに大声を出して私を止めた。
「おチビさん、まず深呼吸、それからゆっくり手足がちゃんと動くか確認しなさい」
黒猫の方がゆっくりと言い聞かせるように語りかける。
「スーハー、スーハー」
「…」
落ち着け、私は猫になったのだ…って、えええ、猫に!?
「猫になったんかーい!」
大声で叫んだ私に2匹がビクッとして後ずさる。
ゴツ猫は心配そうに私をまた覗き込む。
「やっぱり打ち所が悪かったんだなあ。さっきから挙動不審だ」
猫に「挙動不審」を疑われるとは、私の人間としての尊厳がだいなしだ。
「あなたはどこから来たのですか?ここに来る前に覚えていることは?実に面白い」
黒猫は何だか興味深そうにアゴに前足を当ててポリポリした。眼鏡があったらクイッとしていたに違いない。
ああ、こっちは私を研究対象みたいに見てる。実験動物扱いだ。人間の尊厳が…
目を泳がせる私を妙に生暖かい目で見て、ゴツ猫は少しだけ涙を滲ませ、私の頭を優しく撫でた。
「何かつらいことがあったんだな。よしよし、心配するな。どんなに頭の弱い猫でも猫は猫、助けてやるからな」
…いろいろ言いたいことはあったが、こうやって私は猫の生活に入っていった。ちっとも嫌じゃなかった。
6
話は私の新たな人生…いや、猫生が始まるさらにそれから3年ほど前に遡る。
人間としての私は中学3年生の春、発作を起こしてグランドで倒れたんだ。
もともと身体は強い方ではなかったけど、その心臓の疾患については発見が遅れたみたいだ。この発作の前に判っていたら、と父さんが悔しさと悲しみの混じった顔で呟いたのはお医者さんが私に一切の運動を止めた時だった。こういうのを『結果的に』というのだ。
全然父さんや母さんは悪くない。
結局それから入退院を繰り返し、二度と普通に身体を動かすことのできる生活には戻れなかった。
死んだのは高校2年生、何とか高校には進学できたが入学してから登校できた数はひと月分もなかっただろう。高2に進学できたのは病院で勉強したことと学校側のお情けによるものだった。
私はその年の12月に体調を崩し、再入院した。熱は下がらず、食事もうまく取れず、病院で年を越した。
世の中は天皇陛下のご体調悪化に自粛ムード一色、とばっちりというか何というかは病院にも及び、年末年始まで暗い雰囲気の入院生活だった。当たり前だけど。
お正月に父さんと母さんが来て、「お年玉だよ」と言いながら猫の写真集と猫のキーホルダーをくれた。それが今の私の姿「スコティッシュ・フォールド」だった。
今でも覚えてる。最後に発作が起きたのは1月の7日のことだった。一晩昏睡して、翌日少しだけ意識を取り戻した。テレビで官房長官という眼鏡をかけた人が『平成』の額縁を出しているのをベッドで見たのが、この世の最後の映像だったっけ。
あれは本当に見たことだったのかなあ。私は上の方から死んだ私自身と泣き崩れる両親を見たような気もするんだ。ということはあの時点で私はすでに亡くなっていたのかもしれない。
さて改めまして、お父さんお母さん。あなた達の娘は現在猫になりました。生前は団地住まいで猫が飼えなかったけど、現在自分自身が猫になって、あのキーホルダーの姿で残飯をムシャムシャ食べていますって…どう思います?
伝えられたらいいのに。元気だから(死んでから元気ってのもなんだけど)安心してほしいって。
私は父さん母さんの娘で良かったって。私はまずまず今幸せだって。…伝えられたらなあ。
7
さて、ガンツという私の親代わりとなった猫と私のそれからの猫生活について話そう。
朝、ガンツは私を前足で蹴飛ばして起こす。
「おい、チビ。フール、起きろ。朝だ」
工場の片隅には小さなバケツがあって、食べ物がたいてい入ってる。この工場の持ち主である大工さんがこっそり夜のうちに入れてくれる残飯だ。
そこに何も入っていないときは隣の酒屋さん、そこにもなければもう少し先にあるスーパーの裏手に行ってゴミ箱を覗くことになる。
朝ご飯が手に入らないときはガンツが河川敷に連れて行ってくれる。河川敷で虫や蛙や場合によっては小鳥を捕まえる。蛙はいまだにちょっとアレだけど、あとは慣れた。猫になってみると意外と虫はイケる。ただし蝶とか蛾は食べちゃダメだ、とガンツが教えてくれた。
あんまりこの辺をリアルに描写するとグロくなるけど、野良猫の食事事情はなかなかシビアなんだよ。一度猫になってみるといい。
河川敷でガンツは私にハンターとしての猫教育をする。なにしろ私は動作が遅く、モタモタしているので、なかなか獲物を捕まえることができない。
ガンツが素早い動作とフェイントを交えた絶妙な技巧で小鳥を捕まえ、バリバリやったときは残酷とか、そんな感想じゃなくて、そのスピード・テクニック&パワーに素直に感心した。
「ホントに鈍くさい。ビックリするほどノロい。虫がまずお前の頭の上に乗ってから逃げている。そんなの初めて見た」
ガンツがあきれ顔で言って、それから大笑いした。
何度やってもうまくいかない私は涙目になって抗議する。
「私が遅いんじゃないもん。虫が速いの!ガンツのバカ!笑うな!」
ガンツはそれでも辛抱強く、バッタやコオロギを見つけては指さす。
「いいから何百回でも挑戦しろ。人間の餌だけに頼ってるのは危ないんだ」
「ううう。次こそ。『そっと近づいて』じゃなくて『急に近づいて』が基本だったよね」
「そうだ。『いきなり』だ。動いてないところから一気に飛びつけ」
初めてバッタを一匹捕まえたとき、ガンツの方が興奮して私を抱き上げ、宙に放り投げた。
「やったな!えらいぞ!よく頑張った!フール!」
私は眼を回し、バッタは逃げた。
人間時代も含めてこんな嬉しかったことって今まであっただろうか、と私は思った。
ガンツは腕っ節は強いし、面倒見はいいしで、もともとこの辺の猫のまとめ役だったそうだ。
近所で猫同士のいざこざがあれば仲裁し、公園で飼い猫にいじめられている猫がいれば助っ人に走った。
定期的に町内をパトロールをし、困っている猫を助ける毎日だったのだ。
しかし、同居猫…つまり奥さんが出て行ってしまってからガンツは変わった。
そう、ガンツはバツイチなのだ。猫にバツイチという言葉が適当かはわかんないけど。
周囲の猫から人望、いや猫望があったガンツだけど、酒癖が悪かったことと博打好きだったこと、そして何よりええカッコしいだったことが家庭崩壊につながった…とセージは言ってた。
もともと荒っぽい強面猫だったけれどバツイチになって以来、乱暴どころか『凶暴猫』になってしまった。ケンカが多くなり、公園での飼い猫との抗争では無茶をするようになった。
顔に大きな傷跡を作ったのはその頃だと、これもセージが教えてくれた。
「だからフーちゃんを拾って、あいつが甲斐甲斐しく面倒を見ているのはちょっとビックリでした。フーちゃんはもしかしたら、ガンツを命の恩人だと思ってるかもしれないけれど、大丈夫。ガンツにとってもフーちゃんは大恩人ですよ」
セージが私にしみじみと言った。
でも、違うんだ。私がガンツに貰ったのはただの命じゃない。生きる喜びなんだ。
最近、明るいうちはポンタとずっと一緒に遊んでいる。(ポンタは「いろいろ猫としての注意事項を教えているんだ、遊びじゃねえぞ」と言っているけど)
「遊びに行ってくるね!」
ポンタの「遊びじゃねえ宣言」も虚しく、私が「遊びに出かける宣言」をして出て行こうとするとガンツは複雑な顔で見送ってくれる。
家庭教師役にポンタを指名したのは他ならないガンツ自身だけど、その割には出かけようとする私の横にいるポンタを睨む。
「ポンタ、頼むぞ。でもうちの娘に手をだすなよ」
そのたびにポンタがため息をついて言う。
「出さねえよ。こんなチビ」
……むう。どうなんでしょう、この扱い。
夜、私たちの寝床は大工さんが出すフカフカのおがくずの中だ。資材置き場の内側は居心地がいい。今日もめっちゃ動いて、気持ちよく疲れた。
「ねえ、ガンツ」
「何だ。まだ起きてたのか。早く寝ろ」
「お話が聞きたい♡ゴロゴロ」
「うっ…」
「聞かせて聞かせて」
「うるせえなあ、何が聞きたいんだ」
「ガンツは酒と博打とええカッコしいで奥さんに逃げられたってホント?」
「…お前、ものすごく、どストレートだな」
「ね、ね、教えて、教えて。何で逃げられちゃったの?」
ガンツは苦笑いをして私の横に座り、私の折れ耳を撫ぜた。
「もう寝ろ。フール」
「ええええ。まだ眠くなーい」
「…いい子で寝たらいつか話してやる。いつかな」
「…ふーん。約束だよ」
「まったく…何でそんなこと知りたいんだ」
「ねえねえ、ガンツ」
「んん?」
「私、今幸せなんだ」
「…」
「ガンツ、ありがとう。だーい好き!」
「…お前は、毎日毎日…」
「ガンツ、照れてる?」
「……お前いい加減にしないと怒るぞ」
「おやすみ!ガンツ」
「……ハア、おやすみ、フール」
「Zzz..」
「おやすみ、フール。俺もだ」
8
冒険と平穏という相反するものが両立する私の幸せな日常に波乱があったのは、猫になって3ヶ月目ほどのこと。
夜半に私たちのねぐらを訪ねてきたのは黒猫セージだ。
「ガンツ、公園が大変なことになっています。来れますか?」
ガンツはものも言わずに立ち上がる。
「フール、行くぞ」
「え、私も行っていいの?」
ガンツは眼を瞬かせる。
「公園じゃない。ポンタのとこだ」
「ポンタ?」
「朝までポンタのとこで預かってもらう」
「ええええ。ポンタのとこぉー?」
セージが微笑む。
「公園は危ないです。来ちゃダメですよ」
ガンツは睨む。
「絶対近寄るな。面白そうとか思ってるだろ」
私は図星を指されて眼を泳がせた。
ポンタのねぐらは魚屋の裏手だ。猫にとって最高の立地と一瞬思ったが、ポンタに言わせればこれは信頼の賜だそうだ。
売り物には絶対手を出さない。夕方捨てられる残飯でも散らかしたりしないで、きれいに漁る。店の前には行かない。…など爺ちゃんの代から言い伝えられている家訓を守って、ようやくこの住居を維持しているのだって。力んで言ってた。
「ポンタ、頼むぞ。…それからフール、いい子でいろよ」
ポンタが口をとがらせる。
「俺も公園に行きたかったよ、ガンツ」
セージが優しくポンタの頭を撫でる。
「嫌でももうじきお呼びがかかります。公園のケンカなんて面白いもんじゃないですよ」
ガンツはポンタの眼を真っ直ぐ見た。
「ルノーがこの前フールを見てる。危険だ。俺の娘を必ず守れ、ポンタ」
ポンタが頷くと、ガンツは満足そうに私の頭をポンポンと叩いた。
「じゃあ、行ってくる。ポンタ、フールに手を出すな」
「毎度だけどバカ言ってんなよ。誰がこんなチビ猫」
「失礼だわ。いっつも、いつものその会話。んもう!」
私はムスーッと頬を膨らませる。
ガンツが歯をむき出して、ニカーッと笑った。
セージがガンツを促す
「さあ、急ぎますよ。ガンツ」
二匹だけになった私はポンタに訊く。
「ねえ、ポンタの父さんや母さんはどこへ行ったの?」
私は気を使ってそっと言ったつもりだったのに、ポンタは平然とした顔で事もなげに返事をする。
「母ちゃんは俺を生んですぐ死んだ。父ちゃんはホゴセンターに連れて行かれた」
「……ごめんね、ポンタ」
「別にいいさ。よくあることだ」
「よくあることなの?」
「うん。さすがに父ちゃんが連れてかれたときはキツかったけどな」
ポンタは天涯孤独の身だったのだ。まあ、私だってガンツが親代わりをやってくれているけれど、血のつながりのある猫は一匹もいない。野良の世界ではそんなに珍しいことじゃないのかもしれないね。
保護センターか。動物保護センターの職員の人が悪いわけじゃないってことは、猫には判りにくいかもしれない。猫の世界では仲間や身内を連れ去る恐ろしい組織なんだ。ホントに悪いのは最後までペットの面倒を見られない人間なんだろうけど、元人間の私はそこにもいろいろな事情があるってことも判ってる。
などとちょっくらヘビーな会話をしていたところへ、飛び込んできた猫がいる。
ゴンゾという白地に黒のブチ猫だ。
「ポンタ、お前も来いよ。大ピンチだ」
「…ガンツにここにいるよう、言われてるんだ」
「そんな場合じゃないぞ。俺はガンツとドブに言われたんだ、ポンタも呼べって。このままだと滑り台もジャングルジムも全部とられる」
ピクリとポンタのシッポが動く。
「ガンツが『やっぱり来い』なんてよっぽど劣勢なのかも」
それから振り返って私を見た。
「フール、ここに隠れてろ。様子を見てくる」
「私も行くよ、ポンタ」
「早くしろ。ポンタ」
ポンタは一瞬迷ったが、口元をギュッと結んで言った。
「やっぱりフールは駄目だ。絶対連れて行けない。お前がいたら気になって動けない」
「そんなに気になる?うぷぷ」
ポンタが呆れ顔で言う。
「バーカ。お前みたいなドンくさいの守りながら戦ったりできないだろ。危ないんだぞ」
「…チェッ。わかったよ、ココニイル。キヲツケテネ、フフーン」
「……おい、フール」
ポンタが私の顔を覗き込みながら疑いの眼を向ける。
「ぜっっっっったいに、公園に来るな。ここでじっと大人しく隠れてろ」
完全に後から公園の様子を窺いに行くつもりだった私は薄ら笑いを浮かべて答える。
「…信用ないなあ。ダイジョーブデス」
チラチラと私を振り返りながら出て行ったポンタが見えなくなったので、私もそっとねぐらの外へ出ようとする。すると近くの道路からヒソヒソと声が聞こえた。
「おい、この辺じゃないのか。ポンタのねぐら」
「シッ静かにしろ。ガンツのとこにいなきゃ、ここだろ」
「おい、ポンタはけっこう厄介だぞ。誰が相手する?」
「ポンタはさっき呼び出しをさせたから、チビだけだ」
「なんでチビ猫一匹に俺たちかり出されたんだ。ならダビだけでいいじゃねえか」
「ルノーさんの命令なんだよ。絶対しくじるな」
「攫ってどうすんだ。そんなチビ」
この前のチンピラ下っ端猫、ダビといっただろうか、あいつだ。あいつと仲間数匹が何故か私を猫攫いしようとしている。私を猫質にとってガンツを困らせるとか…そういうことだろうか。
どっちみち危険が迫っている。逃げないと。
「よし、せーのでいくぞ。あのチビ足はめっちゃ遅いけど、何か変なシッポがあるからそれだけ気をつけろ」
「何だその変なシッポって」
「いいから一斉にいくぞ」
(そういやそんなものがあった)
変なシッポ…。そういえば私もすっかり忘れてた。この間、ダビの攻撃はそれでかわして、ポンタを助けた。
えーと、確かシッポを相手に向けて…。
もしかしたら、という期待をこめてやってみることにした。
もし失敗した場合には一目散に逃げるという体勢を作りながら、ダビ達がいるだろう路地の方にむけてシッポを振る。
(こっち来るな・こっち来るな・あっち行け・あっち行け)
フワリフワリと紫色の光がシッポから漏れる。
「イケてる?」
私はさらにそのまま願いをこめてシッポを振る。
(こっち来るな・あっち行け・お前の母ちゃんデーベーソッ!)
「何だこれは?」
「どうした。この光は?急に。あれれ?ふにゃあ」
「ハンニャアア。身体がおかしい ぞ」
ゴツン!
「痛てて。にゃあ」
ドン・ゴン・ゴツン
「おみゃああ は どこに いくんにゃあ?」
「おみゃあ こそ どこ ふえええ にゃああ」
バキ・ゴン!
「にゃあああ」
「にゃああああ」
「にゃあああああ」
私の出した紫のビーム?に包まれてダビ達三匹がお互いや路地のあちこちにぶつかりなら、どこかへ去って行く。
遠くの方で一匹の猫の声が聞こえた。
「ヘソがヘソがああ、何かふくらんできたにゃあああ、母ちゃーん!」
「ふん、ドヤこの威力!」
私はその威力に自分でも驚きながら、シッポの使い方が判ってきたことに自信を持った。これならガンツやポンタの役に立てるかもしれない。この場所にさっきの連中がもう一度来ることだって考えられる。
よく考えたらポンタは誰かに(確かゴンゾとかいう奴に)騙されて公園に行ったことになる。
いろいろ危ないんじゃないかな。要するに私は公園に行く理由を探していた。
そっと私は魚屋の路地を出て、周囲を伺う。ここにいることが安全でない以上、仲間の猫がいる公園の方が安全なはず…だ、と思う。私は自分に言い聞かせて、夜の道を公園に向かった。
9 EXTRA 「フールと出会ってから」
俺は別に人の世話をするのが大好きってわけじゃないんだ。ふと気がつくと変に手間のかかるのが近くにいるってだけなんだ。
「ガンツはなんでまたあんなチビ猫の世話を始めたんだ」
周りのやつらから散々聞かれたけど、特別な理由があるわけじゃない。
それでも自分のねぐらの前で子供猫が死んだら寝覚めが悪いだろうが。
どうしてか捨てられたのか知らんが、資材置き場で息も絶え絶えのフールを拾っちまった。
フールは不思議な子猫だ。
短い足と丸っこい身体、柔らかくて薄めの色合いの毛、折れて垂れ下がった小さな耳、丸くて大きな青い眼…もしかしたら血統書付きの猫かもしれないとは思ったが、それより何より中身が変だ。
たぶん恐ろしく頭はいいんだろう。記憶力がよくて大概のことはすぐに覚える。町並みを散歩しているときなんかは、どこにどんなものがあって何をしたらいけないかこちらが言う前に理解した。まるでニンゲンのことがよくわかってて、しゃべってることや看板なんかにかいてあることを理解しているんじゃないかと思ったほどだ。
それから、あの公園での出来事…ダビを追い払ってポンタの傷を治した。ただのチビ猫じゃないかもとは思っていたが。
…まあ、どんなことがあってもフールはフールで俺は奴の親代わりだけどな、面倒だけど。
俺がフールを拾ったのはポンチョが出て行って半年した頃だ。フールからしつこく訊かれたけど、ポンチョについてはホントに大して言うことがないんだ。
数ヶ月一緒に暮らした。気が合うメス猫だと思ったからだが、それは俺の一方的な思いだったんだろう。ちゃんと気を配って接したつもりだったが、いつの間にかポンチョの心が離れた。出会ったときの俺と何も変わらなかったんだが、それが駄目だったのかもしれないな。
「あの頃は荒れてたなあ」
セージが言ったけど、そんなこともないんだ。ポンチョが出て行って夜寒かったんで、少しだけ酒屋のビンの残り酒を飲んだだけだ。公園や近所の巡回も面倒くさくてしばらく休んだけどな。
…まあ、あれが荒れてたっていうんなら、そういうことなんだろう。
フールが来てから忙しくなった。しょうがないじゃねえか。放っておくと、どこにでも顔を突っ込んで危ない眼にあうし、ドン臭いから逃げ足も遅いし、言わなくてもいいこと言って事態を悪化させるし。
仕方がないから独り立ちできるまで、俺が親代わりになるって決めたんだ。
親の姿を見て子供は育つっていうし、だから巡回も再開したし、餌探しにも精を出すさ。ホントに面倒くさいよ。
ポンタに昼のうちは任せることができるようになったのは最近だ。あいつは真っ直ぐで裏表がないからフールをきちんと守ってくれるだろう。「フールに手を出したらただじゃおかんぞ」って言ったら不満そうな顔をしてたな。
まずまず俺にしては穏やかな日々が続いていたと思ったんだが、まあ、そうはいかんな。
公園への救援を頼まれたのは月のない夜だった。こういう夜は嫌なことが起こりやすい。勘だけどな。
フールをポンタに預けて、俺はセージと公園に急いだ。
「セージ、大変なことってどのくらい大変だ」
セージが走りながら何を今さら、と言う顔で俺を見る。
「私たちの水飲み場がなくなるかもしれません。滑り台どころかジャングルジムも危ないです」
「ふうむ。ボッツか?」
セージは首を振った。
「違います。ボッツが来たのなら、今頃はみんな逃げているでしょう。何故か今夜はミケとルノー、レオの3匹が揃ってるんです」
「ふん。三人衆そろい踏みか」
「ドブはまだ本調子じゃないようでして」
ミケ・ルノー・レオの三匹はどいつも強力な超能力猫だ。ルノーは目が合った猫の動きを縛るし、ミケは変な鳴き声で聴いた猫を眠らせる。そしてレオは強力な猫パンチでなぜか離れた相手にもダメージを与える。厄介なやつらだ。
俺たち野良猫側のボス『ドブ』は百戦錬磨の戦闘猫だが、少し前に怪我をして本調子ではないようだし、何しろもう歳だ。
そりゃ苦戦するわけだな。俺が出て行ってもなかなか厳しいかもしれないが、やるしかない。
ジャングルジムの裏手の茂みから公園に入る。よかった、まだここは野良猫の陣地のようだ。
「遅いぞ!ガンツ!」
トンカツがひっくり返って後ろ足の傷を舐めながら叫んだ。
「悪かったな。で、滑り台は?」
「もう駄目かもしれん。ドブもサシミもベロベロも頑張っちゃいるが、旗色が悪い」
「ふん。年寄りとデブと酔っ払いか。当てにならんな、うちの幹部は」
トンカツが顔を赤くして怒鳴る。
「デブとは何だ!コンニャロー!」
俺はニヤリと笑ってやった。
「お前のことなんて言ってないだろ」
「…ンニャア」
「撤退して全員でジャングルジムを守った方がいいかもしれんな」
公園を見渡す。数の上ではまだ互角かもしれないが、形勢は完全に飼い猫が押している。
あちこちでミャアミャアシャーシャーひっかきあいと押し合いぶつかり合いをしているが、このジャングルジムの手前と滑り台付近に特に集中している。
数十匹の飼い猫と同数ほどの野良猫が手を出し合ったり、睨み合ったりだ。
超能力猫のうち雌猫のミケが公園の中央、独特の声で野良猫を気絶させている。
ルノーは乱戦が苦手なので、敵の陣地の手前で防御の構え。
強力猫パンチのレオが滑り台に襲いかかっている。
トンカツも公園を見渡し劣勢を認めて頷く。
「うむ。水飲み場がなくなったら、一大事だからな」
俺が200カツブシほど離れた滑り台に走り出すと、砂場の奥の方からザワリとした気配がした。不吉な雰囲気だ。まさか…
「待たせたな。おい、ドブ。一度引いてジャングルジムに立てこもった方がよくないか」
「遅いぞ、ガンツ。ううむ、仕方ないが、悔しいな」
ドブが突っ込んできた三毛猫を右の猫パンチで張り飛ばしながら呻いた。
俺も前に出ていって苦戦中のベロベロを助け、超能力猫レオにパンチを出す。
「グハハハハ、ガンツじゃんか。久しぶりだな。ほれ、あいさつじゃい!」
レオが空中に前足を一閃すると、ブンと空気の固まりのようなものが飛び出した。
「うわっ」「やべえっ!」
「ニャッ!やられたニャ!」
俺とベロベロはギリギリ避けたが、若いブチ猫が胸の辺りから血を出して倒れた。
「チェッ、避けられたか」
レオがまた歯をむき出してグハグハ笑った。
「ドブ、撤収だ。このままだと怪我猫が増えるだけで、ジャングルジムまで取られるぞ」
ドブが「くそう!撤退撤退!!」と叫ぶと公園中の野良猫が少しずつジャングルジム周辺に移動を始めた。怪我をした猫をくわえて連れてくる奴も多い。
「ドブ、明け方まで粘れば、飼い猫たちは家に戻ってく。夜明け前の一瞬が勝負だ」
ドブが頷く。
「うむ。少なくとも滑り台だけは取り戻す」
夜が明けたら抗争はしない約束だ。その直前に奪われた場所を取り戻して踏みとどまる。
ギリギリ自陣を守って、何とか元に戻す。最近はこの繰り返しだ。このままだとジリ貧だな…。
また俺の背中の毛がザワリとした。砂場の奥から妙な気配を感じる。やっぱり来たか…
「ボッツ様だ!」
「ボッツ様!」
飼い猫の歓声。
出てきやがった。敵の魔王『ボッツ』、本名はボッティチェッリだそうだ。大層なお名前だこと。
巨大でしなやかな体躯、全身ブルーの短毛と冷たい顔つき、深緑の瞳…ゆっくりと茂みから歩み出てきた。
「ガアアアアアアアア」
闇に魔王ボッツの咆哮が響いた。悪い夢のような夜の始まりだった。
読んでいただき、ありがとうございました。次回も金曜日に投稿できるよう、頑張ります。




