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10/10

新世界の始まりとスコティッシュ・フォールド最後のご挨拶

 全10回、最終回となります。楽しんでいただけたら嬉しいです。

 あのね、もしあなたが猫とファンタジーを愛する人だったら、私の過ごした不思議な日々の話を聞いて欲しいんだ。 

 それはどこか奇妙で少しだけ悲しくて、泣きたくなるほど愛おしいモノたちの物語だ。





53


 私は人間だ。名前はまだない…ことはないな。私の名前は『坪井風香(つぼいふうか)』この前高校に入学したばかりの15歳だ。


 最近気がついたのだけど、私はほんの少し前、生後4ヶ月の野良メス猫『フール』だった。

 あの日あの時、あの町工場の資材置き場でニャアニャアとか細い声を出し、瀕死の状態だったところをガンツ(父さん)に助けられ、命を拾った。


 あの荒くれ猫が親切に私の世話をしていたってことは、あの街の猫界でも最大のミステリーだったそうだけど、今ではあの荒っぽささえ懐かしい。


 …だけどね、誰にも言っていないんだけど、そんなことよりもっと不思議なことがあるんだ。

 私の母さんは坪井蕗(つぼいふき)…旧姓山田蕗(やまだふき)っていって、何て説明しよう?えーと、つまり前々世の私自身なんだ。






 あ、私の事情をのんびり話してる場合じゃなかった。


 どういう場合かっていうと、今私は高校のグランドで不良2人に因縁(いんねん)をつけられているところだ。

 さほどヤバイ状況ではないけれど、横にいる私の友達たちが青い顔をしているから安心させなきゃと思っている。


 一人は背は高いけど痩せた坊主頭、もう一人はチビの小太り、二人とも何か言いながら目は泳いでいるから高校デビューって感じかな。


「おい、誰に断ってここのベンチ使ってんだよ。」と坊主頭。


「そうだ。痛い眼にあわせるぞ、こら」と小太り。


 何、この二人。これはどうにもへナチョコ臭が漂っているよ。


 ……だから、ちょっと猫なで声作戦を試みた。


「ごめんね、ごめんねー。許してニャン♡」


 茨城弁で一応謝る私。


「な、な…」

 おや、ちょっと効き目があったのかな。二人が顔を赤らめている。


 エヘン、前世で猫だった私のあざとさを甘く見んなよ。


「お、お前みたいなちょっと可愛いだけの女子にクラッとくるわけねえだろう!」


 ありゃりゃ。可愛いとか言ってるよ。


京田(きょうだ)さん、可愛いとか、何言ってんですか!」


 まったくだ。因縁つけるのに、そのデレ方は駄目でしょう。


「デレちゃった?」


 そのまま思ったことを口に出したら坊主頭が逆上する。

「生意気だぞ。この、この可愛い、いや変な女」


 どうやら子分らしい小太りも続く。

「バーカ、バーカ。この天パー女」


 むうん(怒)。ほんのちょっと、ほーーーんのちょっとだけ気にかかってる私の軽い天パー(ゆるふわくせっ毛)を馬鹿にされて、私も頭にきた。

「天パーとは何よ(天パーだけどね)。そっちこそ、坊主頭のガリガリじゃん!全体的に貧弱だわ。フフン」


 坊主頭と小太りがそろっていきり立った。

「何だとお!」「ただじゃおかねえ!」


「痛めつけてやる!」


 しまった。言わなくてもいいこと言って、事態を悪化させるのは前々世からずっとの私の得意技だった。

 とは言っても、すっかりこのくらいの悪党顔では恐怖心も湧かない私だ。何しろ一応、猫時代には魔王と対決した私だからね。


 さあて、どうしてやろうかと…



 そこに何故か、サッカーのボールがコロコロ。


 私とチンピラの間に転がってきた。


「む?」「おおお♪」


 本能的に?チンピラがその後を追いかけてトコトコ、右に走る。




 そのボールをこちらに蹴飛ばしたらしい男子生徒がグランドから早足で歩いて来た。男子生徒は私に声をかける。

「今、困ってる?」


「えっ?ああ、それほど。…うーん、いやまあ、困ってる」



 それが今世での私と寛太(かんた)の出会いだった。


 寛太が私の落ち着きっぷりに呆れる。

「不良に絡まれてる女子生徒とは思えない」


「うーん。ねえ、何か」


 私が言いかけると坊主頭と小太りがまたこちらを振り返る。

「しまった。ついうっかり」


「ボールの動きには勝てないッス、京田さん」



 …何だ。この既視感(きしかん)。私はこんな場面を確かに記憶している。

 何か(わめ)いているチンピラを無視して、私はもう一度その男子生徒を見つめる。


 あんまり間近で見つめたせいか、男子生徒の声がドギマギして上擦(うわず)る。

「お、おお?何だ。近いな。何だ。俺は君にどこかで会ったか?覚えがあるぞ、いやないか?うん?何か何処かで…あれれ?」

 見覚えのあるまん丸の瞳、優しくてイタズラっぽい顔つき、落ち着きのない雰囲気。

 



 私の目から自然と涙が溢れた。

「ポンタ…」


 私の涙にチンピラ二人も私の友人達も、そして目の前の男子生徒(ポンタ)も困惑する。


「会えたね。もう一度会えたね、ポンタ」

 私が泣きながらポンタを見つめる。


「いやいや。俺は澤村寛太(さわむらかんた)、ポンタじゃねえし。でも何だ?君は誰だ?うん?何か知ってるような…」


「ポンちゃん!フールだよ!」


 ポンタが目を見開く。人間になったポンタは小柄だけど、丸い目と濃い眉毛、愛らしい男の子だ。

「フール?へえ?うん?あれ。どこで会ったのかな?確かに知ってる。俺は君をよく知ってる。フール…あれれ?知ってるって何で?」

 これも見覚えのある仕草で頭をかいたり、クルクルあちこちを見回したりする。

「知ってるけど知らない…あれ?君は誰だ?いや知ってる。いやどういうこと?」


「ポンちゃん!」

 私は思わずそこにいる澤村寛太を抱きしめた。


 チンピラ達が騒ぐ。

「お、俺たちをほっといて何してんだよお。おい、そこの可愛い女子!」

「そうだ。そうだ。何か羨ましいぞ、くそお」


 横でずっと口を開けていた私の友達3人も目を丸くして、アングリと口を開けたままだ。そりゃいきなり自分の友達が初対面の男子生徒に抱きついたら驚くよね。

 でも、私は止まらない。

「ポンタ!ポンタ!また会えたよ!ポンタ!」

 そして顔をペロリとなめた。


「うわっ!」

 これにはそこにいた人々全員がドン引きだ。よく考えたら変態の所業(しょぎょう)だ。


「あら、やりすぎちゃった」

 私の(つぶや)きがそこにポツンと響き、その場が凍り付く。







54


「風香、あれはないでしょう。引くわ~」

 親友の蘭ちゃんが放課後の教室で私を非難する。


「だよねえ」

 私も弁解の余地無くうなだれる。


「あの、寛太くんだっけ?目を見開いたまま、硬直してその後」

 蘭ちゃんは笑いを押し殺して口を手で塞ぐ。

「ププッ、ま、まるでロボットのように手足を同時に動かして、プーッ、去って行ったけど」


 私にとっては感動の再会だったのだが、周囲から見たら純情な男の子が変態少女にからかわれた図式だったようだ。まったく不本意だが。


「でもさあ、風香」

 蘭ちゃんは不思議そうな顔だ。

「寛太くん、風香のこと知ってるような知らないような、妙な顔してたよね」


「知り合いというか、知り合いなんだけど。その」

 『前世のボーイフレンドで命の恩人』などと言わないだけの分別は私にもある。


「風香のピンチに助けに来てくれたり、ちょっといい男かな?とは私も思うけどね」

 蘭ちゃん、そうなんだよ。ポンタはいつでも私のピンチには駆けつけてくれる奴なんだよ。


「風香、にやけるのはいいけど、変態癖は止めとかないと美少女が台無しだよ」

 ポンタをほめられてニヤニヤしていた私に蘭ちゃんが釘を刺す。


「うううう。変態じゃないもん」

 けっして美少女は否定しない。

 

「あんたとは長い付き合いだけどねえ、ひいき目に見てもド変態だわ」


「蘭ちゃん、ひどい!」


「まあ、いいや。フーニャン、帰ろう!」


 二人で教室を出て行く。高校へ入学して数週間たった。もうじき連休だ。

 振り返ると、前の猫生の前の人生?うーん、ややこしいけど、とにかく以前と同じ風景だった。





55


 ボッツとの対決の後、私は猫神様との約束通り、人間に転生した。しかしあろうことか、それは山田蕗の娘…つまり『前世の私の娘』としてだった。これまた何でそんなややこしいことするの?

 そして私が何となく猫としての日々を思い出しかけたのは物心ついてからのことだった。


 三歳のある日、マンションの近くの公園で(ふき)と遊んでいると、公園の中央にリンゴの形のトイレを発見して私は泣きだした。

 母も意味不明で困ったらしいが、私自身も意味不明だったのだ。懐かしいような悲しいような変な気持ちで胸が一杯になり、涙が止まらなくなったのだ。

「ポンター!ガンチュー!」と泣きながら(わめ)く私を母は持て余した…と聞いている。



 それから少しずつ思い出した。猫としての楽しかった日々、ガンツの愛情やポンタとの冒険、セージ、ミケ、トンカツ…あの頃の仲間達がどんどん胸の中に溢れてくる。

 時々リンゴ公園を訪れてみた。本来なら取り壊されていた筈の公園が実在している。



 坪井市長はその後、病を克服して姿勢に立ち向かい、動物愛護も大きな方針のひとつとして立ち上げた。私たちの街は「殺処分ゼロの街」を掲げ、「地域猫」を保護する先進的なモデル市となったのだ。

 野良の猫や犬はできる限り去勢の処置をされ、このリンゴ公園を中心に保護されている。



 坪井…そうでした。これもご報告せねばいけませんね。私の母、山田蕗は心臓の検査で早めに欠損部分を見つけることができた。そして無事に高校へ進学し、初恋の相手である同級生の坪井健三君とめでたく結ばれたのである。やるじゃん、私。


 私は蕗の娘として平和な家庭に生まれることができた(両親にない天パーの特徴を持って。いいんだけど)。つまり坪井市長は私のお爺ちゃんで市長職はだいぶ前に引退したけれど、今は保護センターの所長を務めている。

 保護センターは今でも野良猫や犬を保護しているけれど、その役割は主に里親捜しと地域猫に順応させることやその世話だ。猫好きのお祖父ちゃんが毎日猫に囲まれて猫の世話をしている。大病を克服した人とは思えないほどツヤツヤの顔色で現役バリバリ続行中である。



 私がほぼ完全に前世の猫記憶を復活させたのは小学校高学年くらいだろうか。ただそれ以前もゴキブリやクモやゲジゲジを手づかみしたり、魚や鳥の骨をバリバリかみ砕いたり、塀や木にヒョイヒョイ登ったり…母はだいぶ心配したようだ。「まるで野良猫のような娘」の様子に。


 中学校に入ってからは気をつけて「猫が出ない」ようにしていたから、「少し変な美少女」くらいの評価に定まった。「美少女」というのは決して自分で言ってるわけじゃないよ。周囲の評価だ、マジ。




 それでも本日は失敗した。あまりに嬉しくて初対面の男の子の顔をペロリと舐めるという大失態だ。仕方ないよね。だってポンタだよ。あれだけ一緒にいて冒険を乗り越えて、最後は私のために命をかけてくれた男の子が人間として私の目の前に現れたんだ。興奮するよね。



 小中学校の頃はあの時の猫たちに会えないかとリンゴ公園によく行った。でもそれが叶わぬことだとは自分でもわかっていたんだ。だって、あれから30年以上たっていることになる。猫の寿命は長くても25年、普通は15年くらいだ。野良猫の寿命はもっと全然短いらしい。


 でもこの公園にいると、あれはもしかしてミケの子供(孫)?とか、あれはトンカツに似てるなあ、とかそういう猫が時々いて楽しい気持ちにさせてくれる。その可能性だってもちろんあるよね。

 そういえばこの前、スコティッシュ・フォールドっぽい子猫がいた。私は絶対フールの子孫だって確信した。


 …寂しいなあ。みんなに会いたいな。ポンタには会えたけどね!(人間としてね)





56 


 私はその夜何だか胸騒ぎがして、真夜中に目を醒ました。夜の2時…。

 窓を開けると新月、月の光はないけれどその分、星がとてもきれいだ。


 この気持ちは何だろう。何だかいても立ってもいられない。何かに呼ばれるように、私は着替えてそっと家を出た。


 フラフラと歩いてリンゴ公園に向かう。夢なのかな?いや、夢じゃない。空気の冷たさを感じるし、足下の感触もしっかりしている。


 公園で私はリンゴの近くに立ち、周りを見渡した。

 私の身体に力が(みなぎ)る。リンゴの上にヒョイヒョイと駆け上り、深呼吸をする。


「ふん、やっと来たか。風香、いや、フール」

 懐かしいその声、ビクッとして声の方向を見ると、坪井元市長…私のお祖父ちゃんだ。


「お祖父ちゃん!」


「お前が生きて猫のために働けっていうから、もう30年以上この姿だ。ま、悪くはないがな」

 お祖父ちゃんの口調が変だ。柄が悪い。


 ようやく私は思い当たる。

「ボッツなの?」


「忘れたのか。お前が望んだことだろう」

 お祖父ちゃんがブランコに座りながら、苦笑いした。

「以前お前が猫に生まれ変わった年齢に近づいた。すべてが蘇る時だ」


「…お祖父ちゃん、よくこれまで黙ってたもんだね」

 お祖父ちゃん(ボッツ)はカラカラと笑った。猫だったときには見たことのない笑顔だ。



 さらに公園の入り口、ジャングルジムの方で声がする。

「あれれ?何で俺、こんなところへ?」


 その方角を見ると…

「ポ、寛太くん?」


「わ、何だ。え、ええ、ええと、へ、変態女じゃなくて、風香さん」

 ポンタ、いや寛太は何で自分がここに来たのかよくわからないようだ。私もだけど。


 寛太がボッツを発見する。

「あれ?そっちは…どこのお祖父ちゃん?真夜中に何でこんなところへ」


 フフフフ。ボッツとポンタの30年ぶりの再会だ。それを知ったらポンタ、どんな顔するだろう?



 ああ、気持ちがいい。新月は私の日だ。月のない夜は私の夜だ。

 私は両手を大きく開いた。


 白い光が私の両手から広がる。大きく、大きく、強く、美しく。


 光がドンドン広がって公園をフワリと包む。


「な、何だ?こりゃ?」

 寛太が目を押さえる。


 私は公園の上で子猫の姿に戻っていた。懐かしいフールの姿だ。

「ひゃっほう!」

 身が軽い。私はピョンピョンと軽快に飛び跳ね、リンゴから降りる。


「あらら」

 寛太は…ポンタの姿になっている。

「俺は…何だ。ね、猫になってる。うん?そうだ、俺は…俺はだれだ?俺は、俺はポンタだ!そうだ!」


「思い出した!俺はポンタだ!」


 ポンタがこっちを見る。

「…………フール!フールッ!」


 すごい勢いで私のところへ走ってくるポンタ。

「ポンタ!」


「フール!会いたかった!」


「私も!ポンちゃん!」


 私たちは嬉しくて公園中を走り回り、転げ回る。


 いつの間にか、お祖父ちゃんもボッツの姿でブランコのあたりにいた。

 ビリジアンの瞳が昔とは段違いに優しい光を放っている。

「やれやれ、成長がない奴らだ」


 

 そのうち当たりが賑やかになってきた。たくさんの猫の声がする。

 私とポンタが周りを見渡すと、遊具の中や外の茂みからどんどん猫が湧くように出てくる。


「フーちゃん姫!」


「ランちゃん!」


「フーちゃん、久しぶりですね」


「セージ!」


「姫様、ご無沙汰しておりました」

「よう、元気だったか」

「フールか、何だチビのままだな」


 ダビは何だか私の前でワンワン泣いている。

「姫様ぁ、会いたかったですぅ!オイオイ」


 あの頃の猫たちがどんどん出てきて、私とポンタの周りで旧交を温め始めた。




「フール!」

 ジャングルジムの向こうから、何度も夢に見たガラガラ声が聞こえた。

 大柄で右耳と右目の黒い毛、左耳と左目の大きな傷跡、真四角な顔、そして私を見る優しい眼差し。


「父さん!父さん!ガンツ!ガンツーーーーーッ!」

 私は泣きながら駆け寄ってガンツに抱きついた。


「フール、フールなんだな?本物の」

 ガンツがボロボロ涙を流しながら、私を抱きしめた。

 会えたんだ!ようやく会えたんだ!私の父さん、ガンツに。



 いつの間にかリンゴの上にあの猫神、アビシニアンが出現して立ち上がっている。


「猫神様!」

「猫神様だ!」

 猫たちからニャニャニャーンと歓声があがった。


「フール、これはこの街の猫を守ってくれたお前への礼じゃ。心ゆくまで楽しめ」


 猫神様の言葉に私は小声で尋ねる。

「ねえ、猫神様。これは今夜だけのことなの?」


「ふふん。お前とボッツが猫への献身を忘れぬ限り、新月の夜は祭りとなるだろうよ」


「猫神様!ありがとう!」


 猫神様がシッポと杖を振り回すと、りんごの周囲に猫の楽隊が現れ、賑やかな音楽を奏で始めた。

「せいやあっ!」

 もう一度シッポが振られ、リンゴの上に大きな和太鼓が出現した。

「ガンツ!出番じゃ!」


「よっしゃ!」

 指名を受けたガンツがリンゴの上に登り、太鼓を景気よく叩き始める。

 それに合わせて楽隊も一層激しく、音頭とサンバの中間みたいな曲を奏でる。

 猫たちは飼い猫も野良猫も隔たりなく、リンゴの周りを輪になって楽しそうに踊り始めた。


 猫神様が杖を振り回すたびに、色とりどりの光が公園に点滅しこの大騒ぎを彩る。


「さあ、皆の衆、月のない夜は子猫と踊れぃ!」



 

「なあ、フール」

 ポンタが私を見た。

「これは夢なのかな?」


 私もポンタを見る。

「明日の朝にはわかるよ、ポンちゃん」

 そして付け加える。

「寛太に戻っても忘れないでね」


 ポンタも笑った。

「忘れないけど…人前でペロペロやるのは勘弁してくれ」


「人前でなかったらいいの?」

 私はポンタの鼻先をペロリとして、まん丸の瞳をじっと覗き込んだ。


 リンゴの上でそれを見たガンツが一瞬目を剥いて何かを言おうとしたがムグッと我慢して、また一層太鼓を激しく叩いた。


 ポンタが真っ赤になって、モジモジと呟く。

「お、お前、ホント…猫のときもニンゲンになっても、全然変わらないのな。…バカフール」


「…バカフールじゃあ、バカの二乗だよ、ポンちゃん」

 私は折れ耳と大きなフワフワシッポを震わせて笑った。







57 EXTRA 「フールこと山田蕗、並びに坪井風香 最後のご挨拶」


 これで私の物語は一応終わりだ。もちろんこの後も私のニンゲンとしての生活は続いていくし、それがどんなものになるのかはわからない。風香と寛太の恋は始まるのか始まらないのか、猫たちの新月のカーニバルは続くのか続かないのか。わからないから面白い。





 さて、私は皆さんにお伝えしたいことがある。

 2021年度に日本で殺処分された犬猫は1万4千匹余り、そのうち猫が1万2千匹近くを占めている。10年前に較べれば、数分の1以下に減っているとはいえ毎日30匹以上の猫たちが様々な方法で殺されている計算だ。

 猫が捨てられる理由は飼い主の死亡や引っ越し、経済的理由などなどだ。不妊手術をしていない猫は1歳に満たない個体でも交尾し、高確率で妊娠して子猫を5~6匹産むことが多い。

 だから放っておいたら猫なのに「ねずみ算」式に増えていってしまうのだ。地域で猫に親切な人がその野良猫に餌を与え、そこに集まる猫同士がまた交尾をし、ということも多いらしい。

 何が悪で誰を責めたらいいのか、私には難しいけれど、どう考えたって無くさなくてもいい命を人間の都合で失っている猫が多いのは確かだ。


 「地域猫」の取り組みが広まっている。不妊去勢手術をして地域の人が世話をする猫だ。 この猫たちは命を拾われた幸運な猫かもしれないけれど、それでもやはりいつ危害を加えられるかわからない不安定な立場の猫であることに変わりは無い。


 ぜひ考えてほしい。長生きの猫なら25年生きるといわれている。60歳で子猫を飼い始めるのは法に触れる行為ではない。けれど85歳の自分はきちんと世話をできるだろうか。もしもの時、世話を引き継いでくれる人はいるだろうか。

 去勢手術は可哀想かもしれないけれど、だったら子供が生まれたらすべての子猫を育てきることがあなたの責任だ。

 引っ越しや経済的な理由を他人がとやかく言うことは出来ないけれど、引っ越すからとかお金がないからといって家族を捨てる人はいるだろうか。


 この国で不必要に処分される猫がゼロとなる日が来ることを願ってやまない。

 これをもって私フールこと山田蕗、並びに坪井風香からの最後のご挨拶とするニャア。







 

 読んでいただきありがとうございます。長編を初めて完結させることが出来ました。

 しっかりハッピーエンドにすることができて、自分では満足です。

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