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世界の始まりとスコティッシュ・フォールド

10話完結の第1回。楽しんでいただけたら嬉しいです!

 あのね、もしあなたが猫とファンタジーを愛する人だったら、私の過ごした不思議な日々の話を聞いて欲しいんだ。

 それはどこか奇妙で少しだけ悲しくて、泣きたくなるほど愛おしいモノたちの物語だ。






 私は猫である。名前はまだない…ことはないな。私の名前は『フール』。

 気がついたら生後4ヶ月の野良メス猫『フール』だった。ある日ある時、ある町工場(まちこうば)の資材置き場でニャアニャアとか細い声を出し、瀕死(ひんし)の状態だったところを別の野良猫に助けられ、命を拾った。


 拾ってくれたのは今親代わりに私の面倒を見てくれている野良猫の『ガンツ』なんだけど、この荒くれ猫が親切に私の世話をしてるってことは、この街の猫界(ねこかい)でも最大のミステリーなんだって。



 …だけどね、誰にも言っていないんだけど、そんなことよりもっと不思議なことがあるんだ。


 私は1ヶ月前までは確かに人間で、17歳の女子高生『山田蕗(やまだふき)』だった。





 あ、私の事情をのんびり話してる場合じゃなかった。

 どういう場合かっていうと、今私は公園の砂場でチンピラ猫2匹に因縁(いんねん)をつけられているところだ。

 自分の倍以上の大きさがある大人猫が子猫である私を(にら)んでる、ヤバイ状況だ。

 

 一匹はグレーにブラック(じま)のアメリカンショートヘア、もう一匹はレッドと黒のキジトラ柄、二匹とも首輪をつけているから飼い猫ってことだね。


「おい、ここは家猫の縄張(なわば)りだ。お前のような野良が入っていい場所じゃねえ」とアメショ。

「そうだ。痛い眼にあわせるぞ、こら」とキジトラ。


 何、この2匹。飼い猫のくせに野良の私よりずっとお下品だ。でも相手は成人猫2匹、どう考えても子猫の私に勝ち目はないよね。

 ……だから、ちょっと猫なで声作戦を試みた。


「ごめんね、ごめんねー。ニャニャニャン・ニャン♡」

 茨城弁っぽく猫声で鳴く私。(茨城弁の猫語とは…笑)


「な、な…」


 おや、ちょっと効き目があったのかな。2匹が顔を赤らめている。

 エヘン、前世で女子高生だった私のあざとさを甘く見んなよ。


「お、お前のような野良の雑種のチビにクラッとくるわけねえだろう!」

 ありゃ、効かなかったか。

 赤くなったのは単に怒りだしただけだったのかも。


「そうだそうだ。このチビ猫、底辺猫!」

 大人げないなあ。ちょいと砂場に迷い込んだ子猫に目くじら立てなくてもいいだろう。

「ふん。大人げないの」

 そのまま思ったことを口に出したらアメショが逆上する。

「生意気だぞ。このチビ」


 どうやら子分らしいキジトラも続く。

「バーカ、バーカ。折れ耳不細工猫」


 むうん(怒)。ほんのちょっと、ほーーーんのちょっとだけ気にかかってる私の耳形態(みみのかたち)を馬鹿にされて、私も頭にきた。

「折れ耳とは何よ(折れ耳だけどね)。そっちこそ、マダラネコじゃん!縞柄がいびつで汚いわ。フフン」


 アメショとキジトラがそろって背中の毛を逆立てた。

「何だとお!」「ただじゃおかねえ!」


「シャアアアアア!」


 しまった。言わなくてもいいこと言って、事態を悪化させるのは人間だったときの私の得意技だった。

 2匹の瞳孔が細くなっている。ヤバイかもしんない。そして私の逃げ足は遅い。大ピンチだ。


 まだ猫になって日が浅く、危機管理感覚がずれている私も、ようやく恐怖心を感じ始めた。

 (こわ)っ。逃げなきゃ…




 

 そこに何故か、野球のボールがコロコロ。

 私とチンピラ猫の間に転がってきた。


「む?」「おおお♪」

 本能的にチンピラ猫がその後を追いかけてトコトコ、右に走る。


 そして突然、逆側から子供猫が走り込んできた。

 子猫は私に声をかける。

「おい、逃げるぞ!」

「えっ!えっ?」


 それが私とチビドラ猫ポンタとの出会いだった。



 で、私がすぐ逃げられたかっていうと、そうはいかなかった。何故なら私も球の動きに釣られかけていたから


 チビドラが私の天然ぶりに呆れて怒鳴る。

「ば、馬鹿!お前までつられてどうすんだ!」

「う、あああ。…自覚してるから言わないで」


 ハッとした表情のアメショとキジトラがまたこちらを振り返る。

「しまった。ついうっかり」

「ボールの動きには勝てないッス、ルノーさん」


 『ルノー』と呼ばれたアメショがチビドラに怒鳴る。

「邪魔すんじゃんねえぞ!このチビ!」

 チビドラにだまされかけて、2匹はさっきよりもさらに凶悪な表情になっている。


 その悪い顔のまま口角(こうかく)をあげて、アメショが言う。

「なあんだ。ポンタか。また怪我しにきたのか、このガキ野良猫」


「弱いものいじめばっかりしてんなよ。ルノー、ダビ」

 チビドラも言い返す。なかなかの根性チビ猫だよね。



 チビドラは『ポンタ』と呼ばれた。この近所の野良猫に違いない。日本猫のミックス種でレッドと白の綺麗な虎柄だ。血統書付きじゃ無いだろうけど、ルノーという名のアメショよりずっと可愛いシマシマだと思う。

 あ、猫の毛の場合『レッド』っていうのは真っ赤じゃなくてブラウンくらいの色ね。こんな時にのんきな解説だけど。


 それにしても、どうやらポンタはつい最近もこのチンピラ猫に怪我をさせられたということだ。何かムカムカしてきて、私は2匹をキッと睨んでやった。…ポンタの後ろでね。


 ポンタが私をチラリと横目で見て小声で言う。

「おい、俺がルノーに飛びかかったら、すぐに向こうの茂みまで走れ」

 私は慌てて首を振る。

「無理無理無理。ぜったい逃げ切れないもん」


 ハアとため息をつく音が聞こえた。

「いいから茂みで大声で助けを呼べ。あの辺なら誰か来てくれる」

 そう言うとポンタは2匹に向かって唸り、威嚇する体勢をとった。

 つまり公園の北側の茂みは川べりで、いつも何匹かの野良猫がたむろしているらしい。



「ポンタ、お前懲りねえなあ。また傷が増えるぜ」

 『ダビ』と呼ばれたキジトラの言葉にポンタが2匹をにらみ返す。


 フンとグレーのアメショ『ルノー』が鼻を鳴らし、ダッと地面を蹴って私に飛びかかってきた。

 ポンタが立ち塞がって先制の猫パンチを浴びせたが、ルノーが立ち止まって空振りになった。


「ポンタ、気をつけて!」

 私は同時に茂みに向かって走り出すが、まあ遅いの遅くないのって、自分でもビックリの遅さだ。


「ギャハハハ、お前それで走ってるつもりか?」

 ポンタとアメショのにらみ合いの横をすり抜けて、キジトラ『ダビ』が私を追いかけてきた。


 勝負にならないスピードの差ですぐに追いつかれる。ダビが私のシッポを捕まえようとした。

「ギャン!」

 私は恐怖に泣き声を出しながらシッポを振り回した。何か後ろで光ったような気がした。


「ナンニャ?……」

「…?」

 なぜかダビの様子がおかしくなった。コースを横にそれてフラついている。

「ナンニャアア、身体がフラつく。どういうことニャ」

 どういうことか、こっちが聞きたい。



 私はとにかく茂みに飛び込むと、「ニャアアアア!助けて!」と大声で助けを呼び、ポンタを見る。


 チビでパワーはないけど、ポンタは素早い。悪党アメショ・ルノーの攻撃をスイスイ避けて時々手を出して反撃までしている。

 こうして見ていると結構いい勝負なのに、普段はルノーに散々やられているらしい。なぜ?


 私はもう一度、大声で助けを呼んだ。

「ニャアアアアアア!助けて!ガンツ!助けて!ニャアアアアア!」



 ルノーがスッと立ち止まり、怒りの眼でポンタを睨んだ。その時、悪党猫のグリーンの眼がユラリと光り、ポンタがその光に捕らえられたかのように動きを止めた。

「うっ、しまった」


 途端にポンタの動きがガクリと遅くなる。息づかいも苦しそうだ。どうした、ポンタ。

「ハアハア、くそう」


「フン、カッコつけるからだ。食らえ!」

 ルノーが猫パンチをポンタに打ち込む。「ンニャア」とポンタがうめいて、倒れ込んだ。

「ニャハハハハ。毎度の結末だな、ポンタ」



「ポンタ!ポンタ!」

 私は泣き声で叫ぶが、ポンタはうめき声をあげるだけで立つことが出来ない。


 そして子分のダビがフラフラしながらも体勢を立て直して、私の方に向かってきた。

「お前、何した。このチビ猫。シャヤアアア」


(ヒッ)

怖くて声が出なくなったとき、茂みの中からガサガサと音がした。


「呼んだか。フール」

「ガンツ!」


 私の保護者猫ガンツが巨体をのそりと現した。

 泣きながら後ろに隠れる私をかばって、もう一匹。

 真っ黒い野良猫のセージも出てきた。

「もう大丈夫ですよ。フーちゃん」


 ガンツは私の親代わり、ガッチリした体型と四角っぽい顔。白地にチョコレート色とブラックの縞柄が入ったドラネコだ。右耳と右目の周りが真っ黒の毛で覆われ、左の耳と左目の上に大きな傷跡がある。

 要するにすんごい怖いヤクザ猫顔だ。


「おう。何だ、ルノー。うちの娘に何か用か」


 ダビが怯んで後ろを振り返ると、ルノーが凄い眼でこちらを睨みながら、ユラリとやって来るところだった。

「ガンツ。お前の娘は教育がなってないな。俺がしつけをしてやろうと思ってたところだ」


 セージがガンツに呟く。

「ガンツ、ルノーの目に気をつけてください」

 ガンツも頷いて、答える。

「わかってるって。眼を合わせなきゃいいんだ」


 私は向こうで倒れているポンタが気になって仕方がない。大丈夫かな。生きてる?


 ダビがガンツに向かって威嚇(いかく)のポーズを取りながら、(すご)む。

「お前の娘が俺たちの縄張りに入ってきたんだ。()びを入れろよ、コラ」


「フン」

 黒猫セージが鼻で笑って、ダビを見る。

「昼間のうちは休戦が建前(たてまえ)です。子供相手に何やってんですか。馬鹿なんだね、君は」


「な、な、何をお。シャシャシャアアア!」

「うっせえな」

 いきなり突っかかってこようとしたダビの縞々前足をガンツがうるさそうにはたいた。

「ニャン!」


 それだけでダビが真横にひっくり返った。すごい腕力というか前足力だ。

 子分を放り投げられたルノーがガンツを睨む。

「ガンツ、調子に乗るなよ」


「調子に乗ってるのはどっちだ。ルノー」


 二匹がグッと距離を縮める。至近距離だが、ガンツはルノーと眼を合わせないよう気をつけている。どうやらあの眼に何か秘密があるらしい。


 セージがルノーとダビの間くらいで両方に目配りしているのが判る。

 ダビは起き上がったが、脇腹でも痛めたのか顔をしかめてうめいた。

 セージは「公園野良の頭脳」と異名を取る策士(さくし)だとガンツが言っていた。体型はスリムだが大柄な黒豹(くろひょう)みたいで何だか「クール野良」だ。


 そのセージがルノーに向かって冷静に声をかける。

「ルノーさん、今日はここまでにしませんか。こっちはあの坊やが気になるし、君も私とガンツの2対1では怪我をしますよ?」


「俺は数に入ってないのかよ!」

 まるっきり戦力外の扱いになったダビは屈辱でわめいているが、ルノーはチッと舌打ちをする。

「フン。お前ら二匹くらい楽勝だが、今日は引いといてやる。そのガキ猫にはちゃんとしつけをしとけよ、ガンツ」

 ルノーが私をちらりと嫌な眼で見た。


「ルノーさあん」

「うるせえ。行くぞ、ダビ」

 チラチラこちらを振り返りながら、二匹が離れていく。





 二匹が立ち去ると、私はすぐポンタの近くに走り寄った。もちろん足は遅いけど。

「ポンタ!ポンタ!」


「何だ、フール。お前ポンタと知り合いか」

「さっき助けてもらったのが初対面!」

 ガンツに答えながら、ポンタの顔を覗き込む。


「痛ててて。顔と前足をやられた。痛え」

「ごめんねポンタ。私を助けようと…死なないで。ううう、ポンタ!」


「いや、死んだりしないから」

 ポンタがうめきながらも苦笑いして身体を起こそうとするが、立ち上がれない。


 私は申し訳なくて、またポンタの顔を覗き込んで傷をペロリとなめた。

 ガンツが顔色を変えて私に言う。

「おい、フール。な、なにしてんだ。舐めなくたっていいだろう」


 セージが笑いを(こら)え、口を押さえながら私に言う。

「フーちゃん。大丈夫ですよ。このくらいの傷は野良猫の勲章ですぞ」


「でも」

 私がまた顔を舐めようとすると、ガンツが慌てて前足で後ろから引き留めたため、私は仰向けにひっくり返り、私の太くて大きいシッポがポンタの顔に当たった。

「あたた…。ごめんね。ポンタ」


 私がそう言って、ポンタの顔に当たった自分のシッポを何気なくフワフワと振る。ホワンと金色の光が出てきてポンタの全身を包み、すぐに消えた。

 うめいていたポンタがびっくりして、クルクル丸い目でまわりを見回す。


「何だ。今の光は?お前何したんだ?」

 一瞬の出来事だったが、ガンツもセージも呆気にとられて眼を見開く。

 もちろん私だって意味不明だ。



 立ち上がったポンタが自分の前足と顔をなでながら、私を見た。

「治ってる!」

 大きな傷跡があった顔と、まだ血が滲んでいた前足がきれいに治っている。


「何だ。これは」

 ガンツが言う。

「これは…」

 セージも後の言葉が続かない。








 私は1ヶ月前、女子高生の『山田蕗(やまだふき)』だった。それがどうしてこんなことになったのか。もちろんわかるはずもない。世の中って不思議なことが起こるもんだよね。


 私は一度確かに死んだはずだ。『昭和』の最後の日心臓発作を起こし、翌日天に召された。官房長官という人がテレビで『平成』という額縁を出していたのが私の眼に残る最後の映像だ。


 両親より先立ったことは申し訳なかったが、それ以外に大きな悪事は働いていないと思うので、ホントだったら今頃はきっと死んだお祖母ちゃんとかに天国で会っているところだったと思う。




 だがしかし何としたことか。私は「ニャオン」とか喉を鳴らしながら、ガタイのいい雄猫(ガンツ)の横で美味しく残飯を食べている。自分でもビックリとはこのことだ。あの潔癖症で他人の作ったおにぎりなんて絶対食べられなかった私が美味い美味いと残飯のサンマの骨を(かじ)っている。これは進化なのか退化なのか。



 私の記憶は確かに山田蕗という人間の17年間のものだ。だが記憶なんて本能の前ではたいして役に立たないらしい。

 それより、病気で死んだ私、中学生の終わり頃倒れてからは早歩きさえできなくなった私はこの身体に感動している。


 走れる!他の猫に較べると少しドンくさいみたいだけど…ガンツは「少しじゃねえな」と言ったけど、野っ原を思いっきり走り回って木登りして、飛び降りてクルリと回って着地することもできるんだ。

 だから夕方にはお腹がペコペコだ。ガンツが待つ小さな工場(こうば)裏に帰って、夕ご飯をガツガツ食べる。

 薬を山ほど飲むことも、寝入りばなに激しく咳き込むことも、明日の朝生きて目覚めることが出来るのか不安で眠れないなんて夜もない。



「ガンツ。猫の生活ってサイコーだよ」

「何だ。いきなり」


「ガンツ、だーい好きっ!」

「…もう寝ろ」

「うん!おやすみなさい」

「おやすみ、フール」





 私はこの大工さんの工場(こうば)の裏、資材置き場に捨てられていたんだって。それはちょっと悲しいよね。

 でもここに住みついていた野良猫がガンツでラッキーだった。


 ガンツは「ニャーニャー」ってか細い声で鳴いてる瀕死の私を連れて、セージのとこへ行ったらしい。セージはこの辺じゃ一番知恵のある野良猫だ。


「ガンツ、身体を温めてミルクをやりなさい」

「わかった。毛布で包んできたが、この後温かいダクトの近くに連れてく。牛乳はノブのとこならいつでも」

「駄目ですぞ。牛乳は子猫に毒なのです」

「そうなんか?」



 …などと相談に乗ってもらいながら、(ミルクは結局他の母猫に分けてもらったらしい)私はどうにか危機を脱し、こんなに元気になりましたとさ!



 私が捨てられていたところは国道の横の資材置き場。猫用のゲージが近くに放り出されていたらしいから、あるいはゲージごと捨てられたのかもしれない。


 歩けるようになった後日、私はそのゲージを見せてもらった。半分壊れかけたその猫ゲージにはネームタグがついていて『フール』と書いてあった。

 ああ、これが私の名前なんだろうな。そういえばそんな気がする、と思ったのでガンツに名前を自己申告した。ガンツも「うむむ。変な名前だけど、それでいいか」などと簡単に納得してくれた。


 まさか文字が読めるし、人の言葉もわかるなんて、ましてやちょっと前まで人間だったなんて言えないよね。


 ガンツはこの辺では有名な駄目猫だったらしい。「だった」というのは私を拾ってからの1ヶ月間でガンツは見違えるように立ち直ったらしいんだ。




「ねえ、ガンツ」

 ある晩、寝床のおがくずの中で私はガンツに問いかけた。

「う~?何だ」

 ガンツはあくびをしながら私の方を見た。


「何でガンツは捨て猫の私にこんなに親切なの?」

「…」


「セージが『猫が変わったようですぞ』って言ってたよ」

「あいつ、余分なことを」

 ガンツのシッポが照れたようにフラフラと揺れる。


「あんまり意味なんかないな。ずっと周りの猫に迷惑かけてきたから、気まぐれでちょっと猫助けしたくなったんだろう」

「ガンツ」

「ん?」


「ガンツ、大好き!」

「…毎日毎日、うっせい。早く寝ろ」

「うん。おやすみ、ガンツ」

「ああ、おやすみ、フール」







3 EXTRAⅠ  「おいらは野良猫ポンタだ」


「ふーん。そうか。ガンツのおっちゃんが真面目になったのはフールのせいなのかあ」

 魚屋んちの裏で俺はフールと話をしている。


 目の前にいるのはフール。

 この前、公園の砂場に迷い込んでルノーやダビに因縁(いちゃもん)つけられてるのを俺が助けた。

 …いや、助けようとしたんだけど、失敗して結局ガンツやセージの救援を頼んだ。

 でもこのフールがまれに見るくらいの(どん)くささだったからそんなことになったんだけどね。


 公園で初めて会ったけど、フールはガンツが拾ってきた捨て猫だそうだ。ようやく一匹であちこちうろつきはじめたんだけど、危なっかしいなあ。

 まだ1歳にもならないだろうチビのくせに、何だか言うことは生意気でルノーを怒らせたりする。


「なあ、フール。お前あんまり一匹でフラフラするなよ」

「えええ?こんなに健康で素早く動けるんだから、あっちこっち行ってみたくなるじゃん」

 俺は思わずフールの折れ耳を両方からムギュッと引っ張って睨んだ。

「誰が素早いって?」


「ンニャニャニャニャ。痛い痛い。やめて!ポンタ」

「とにかく。入っちゃいけない場所とか教えてやるから、覚えるんだぞ」

「はあい!ポンタ先生。お願いします!」

 フールが大きな目をクリクリさせて返事をした。

 …調子狂うなあ。


 ガンツに頼まれて俺はフールにこの辺の野良猫の掟を教え込むことになったんだ。この間みたいなことにならないようにってさ。

 だけど、ガンツのおっちゃん、俺に頼み事した癖にその後「フールに手を出すんじゃねえぞ」って(すご)むんだ。出さねえよ、こんなチビ猫。



 フールは鈍くさい。たとえ生まれて半年くらいの子猫だってこんなに動きが鈍いってことはないと思う。短足で丸っこい身体、やたら遅い足、猫のくせに高いところから跳んでもうまく立てない。

(本人はピタッと着地したつもりで満足そうな顔をするから、言わないけどね)


 でも見た目は野良猫とは思えないきれいな毛並みだ。俺たちと同じ雑種には違いないんだろうけど…

 全体的にはクリームとホワイトとレッドの三色が混じっている。その色も淡い色の組み合わせでホワホワしていて思わず触りたくなる…いやいや。チビ猫だからさわり心地はいいって話だよ。


 あと他の猫にはあんまりない変なとこがいくつか。

 ひとつめ、耳が垂れていること。俺どっかで見たけど、こういう耳の猫、金持ちの家にいる奴なんだよね。

 ふたつめ、首の下にエプロンのように白い毛が集まっている。

 みっつめ、シッポが身体に較べると長くて大きい。毛足は長くてきれいな灰色だ。


 だから…可愛いよな。いや、違った。変わってるよな。すげえ変な奴だ。



 変と言えば、特にやっぱりあのシッポが変すぎる。公園でルノーに顔と右の前足をざっくり切られて、血が出てたはずなのに、あいつのシッポが俺にさわってフリフリしたら傷がなくなってた。

 セージが「誰にも言ってはいけませんよ。フールもポンタも絶対の秘密にするのです」って言ってたから、これは最重要キミツジコウなのかもな。




「まずこの公園、夜は特に絶対近づくな」

 俺はまずリンゴ公園の近くでフールに言い聞かせる。

「この前の公園だよね。何で夜は駄目なの?」


「ここは野良と飼い猫の…ええと、セイリョク争いの場所だ」

「やっぱり野良猫と飼い猫は仲が悪いの?」

「うーん」


 俺の聞いた話では昔はそんなじゃなかったけど、本当に仲が悪くなったのはここしばらく、俺が生まれる5~6年前からとセージが言ってた。


「全部が全部ってわけじゃないけど、とにかく夜はガンツと一緒にいろ。それから昼間はよっぽどのことがなければダイジョーブだと思うけど」

「うん。そうじゃない場合もあると」


「そうだな。この間みたいに急にいちゃもんつけてくる奴もいるんだ」

「砂場に入っただけなのに」

「だからあの『リンゴ公園』はセーリョク争いしてるんだ。砂場は猫の特別のイットウチだから飼い猫がドクセンしてる場所だよ」


 フールがまた首を傾げて、何か右手を左手の上でモゾモゾ動かす。

「砂場は昼間でも危険…と」

「何やってるの、お前」

「メモしてるんだ。頭の中に」


「…?」

「あ、何でもないから続けて」


 何かよくわからないことが多いな、こいつは。

「でも一番危険なのはやっぱりヒトだ」

「……そうなの?」


 何かナットクしてないな。

「いいか、あんまり騒ぎを起こしたり、ニンゲンにからんだりするとホゴセンターのやつがくるぞ」

「保護センター?」

「そうだ。腕のとこに何か黄色いのつけてるから、またいつかそっと教えてやる」

「それは怖いやつら?」


 そんなに見たこと無いからわかんないや。でもみんな絶対に近寄るな、って言う。

「連れて行かれて帰ってきた猫はいない、ってセージが言ってた」

 こいつ誰にでも馴れ馴れしいし、ニンゲンにも(えさ)もらったらついてきそうだし、厳しく言い聞かせた方がいいよな



 俺は少し真面目な顔でフールにきつく言った。

「だから!夜は必ずガンツと一緒にいること。昼間も一匹でフラフラしないこと」

「ええ?じゃあ私、明るいうちは誰と一緒にいたらいいの?」

「そりゃあ…」


 フールがニコニコして俺の眼を見つめる。何だよ、このチビ猫。

 何か俺の顔が勝手に熱くなってきた。やっぱ、こいつは危険な猫なのでは。


「ねえねえ、誰と一緒にいたらいい?ねえってば」

「それは、その…」





4 EXTRAⅡ 「我が輩は賢者である」


 私はセージ、と近所の猫たちから呼ばれていますです。この街の野良猫は現在非常に厳しい状況にあるといっていいでしょう。

 現在この街の野良猫と飼い猫の数はわずかに野良の数が多いと考えられるのです。ですが飼い猫の彼らが(よう)する超能力猫のせいで、形勢は圧倒的に不利といえるでしょう。


 この傾向が顕著になったのは5~6年前に『ボッツ』という家猫の中でも特別な家猫が出現して以来のことであります。

 ボッツはブルーの体毛と深いグリーンの眼を持つ飼い猫のカリスマですな。ガンツと較べても遜色ないほどの大きい猫なのですが、その印象は真逆です。


 ガンツがガッチリ型のドラネコでヤクザ顔とはいえ、どこか愛嬌のある雰囲気を持っているのに対して、ボッツはしなやかで長い四肢とシッポ、冷たい顔つきでいかにも『お貴族様』の空気を(にじ)ませます。


 問題は彼が持っている特別な力です。私の研究では由緒正しい血統書を持つ猫には超能力があるのです。この間、フールを襲ったルノーの眼がその例といえるでしょう。

 ですがボッツの力はあんなもの比較にもなりません。1年前、私はその一端を目撃して戦慄したものです。

 ボッツがひと睨みするならば猫たちが胸を押さえて苦しみ始め、妙な鳴き声を浴びせれば気絶し、前足は当たってもいないのにガンツの眼と耳を切り裂いたのです。あの時は恐ろしゅうございました。


 ボッツは何故か野良猫を目の敵にしていると聞きおよびました。今はまだ彼が夜の公園に出てくる頻度が少ないから私たちは耐えていられるのです。しかしこれからどうなるのでしょうか…




 それにしても先日のあのフールの力も意味不明です。あの子猫は何か不思議ですね。ただただノロマというわけではありません。時々、妙に勘が鋭いところや、まるで大人のような思考能力を見せます。

 ガンツが立ち直るきっかけになったのはいいのですが、敵の魔王ボッツとはまた別の意味で不確定要素といっていいでしょう。

 

 もしかしたらあのシッポの力、先代の賢者が言い残した『愚者の大魔法』ではないのでしょうか。

 フールが血統正しい猫だとしても驚きはありません。あの毛並みは普通ではないからね。

 ただ、あの折れ耳の種族に三種類の毛色が混じるというのは聞いたことがありませんし、色もパステル調で独特すぎるように思います。由緒正しい一族の傍流というところでしょうか。


 要注意で要観察、我々の力になるのか、はたまた災いとなるのか…。





 






 




 

読んでいただいてありがとうございます。次回は「フールの日常と公園での抗争」編です。

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