1
「────ミルクティア?」
鏡に映る“私”をみて、そう確信した。
絹のようにさらさらで、流れるような銀の髪。底の見えない深い青の瞳に、雪のように白い肌。
この私が、推しを見間違える訳がない。
悪役令嬢 ミルクティア・リスト・エレクティオン
……私は推しに、転生してしまったらしい。
***
流石に転生とか信じてなかったけど、これは認めざるを得ない。
なんか見たことあるなと思ったらこの部屋、悪役令嬢ルートにあったムービーとまんまだ。なんとなく記憶も残ってるようなないような…
これ、転生してるよね、完全に
別に前世に未練も何もないからよかったけど、私死んだのかな
確か体が動かせなくて、呼吸もできなくて、ただひたすらに苦しい助けて、って声にならない叫びを繰り返していた…気がする。あのまま死んだのかは知らないが、自分の最期なんて知りたくもない。
ここが死後の夢ならそれでいい。でもそんなことより重要なことがあるから、構ってられないのだ。
そう、転生云々より、自分の死因より、これからのことより大切なこと。それは────
推し、どこいった!?!?
いやそうでしょ!?転生した、まではいい。でも私がこの身体に入ったって事は推しの精神?魂?はどこに行ったの?生きてるよね、え、生きててほしいけど!!!?
病弱で何もできないまま、親にも虐げられてこのまま死ぬとか最悪すぎるなんて思ってた私を救ってくれたミルクティア…
大好きなあなたが死ぬなんて絶対に嫌!
とりあえず私の意識がある訳だしこの身体にはいない、のか……?よし、なんか適当にやってみてミルクティアを探────
(ここにいるわ)
いたああああああ!?
興奮気味で正常な判断はできないだろうが、この声は絶対ミルクティア!脳に直接話しかけられてるみたいな
テレパシーっていうんかこう言うの どうでもいいけど私のせいで消滅したとかじゃなくてよかった
え、あの、話せるの……?
(みたいね)
エッあっ、その はじめまして……?
(はじめまして、が正しいのかしら。あなたの記憶も共有してるから転生とやらも理解しているわ)
なんという親切設計。話が早くて助かります。
でもいいんですか…?体乗っ取られてるようなもんですよね
(構わないわ。むしろ望むところ。何をしても認められない、いつも笑顔を貼り付けていないといけない窮屈な世界、もう疲れたもの)
ゲームだと画面越し、普通キャラの気持ちなんて考えるものじゃない。物語の裏側では、こんな感情が動いていたのだろうか
ここが夢でもなんでもいい。ただ、この流れ込んでくる感情が作り物だとは思えないのだ
(あなたはいいの?こんなところ、しかも私の体なんて、面白くもなんともない。貴族の振る舞いも楽じゃないわよ)
吐き捨てるように彼女は言った。そう、悪役令嬢とは名ばかりではない。
きちんとヒロインをいじめ、成長の為の障害となるため、少しツンとしたキツめの性格、でも魔力と知識と実力と努力と身分と容姿が全てにおいて引けを取らない。だからこそヒロインと張り合えるというスーパーハイスペ少女なのだ。
正直ありきたりな設定すぎてむしろ面白くてハマったというのはあるし容姿性格全てにおいて好みだったというのもある。
確かにヒロインは現実にいたら数十発は殴っているであろう性格をしているし、こんなに頑張って完璧な貴族令嬢をしているミルクティアを誰も認めず突き放し、挙句の果てに追放やら断罪やらなんやらという始末。何も悪くないのに、なんの恨みがあるのか製作陣にボコボコにされたキャラ。
貢ぐほどでもない。所詮ゲームなのだ、わざわざ製作陣にまで「この子を幸せにしろーッッ!!」なんて押し付けるほどでもない。
ただ、ほんのちょっとだけ
いつもムービースキップしてあなたを眺めていたくらい
(っ、ごめんなさい。私の悪い癖で…突き放すつもりはなくて…!)
私は、彼女が好きだったのだ
珍しく狼狽えて弁明してはいるが、私は知っている。こう見えて暇人だったのでゲームはやりこんでいるのだ。もちろん裏ルートも悪役令嬢ルートも攻略済み。
誰よりも貴族をしていて、誰よりも王子のことを思って行動して、誰よりも、優しい。
子猫を愛でる時、何よりも可愛らしい顔をするのを知らないだろう?
こう見えて部屋に飾るくらい花が好きなのも知らないだろう。
ヒロインが必要以上に絡まれないように裏で手を回していたのも、逆に自分がやりすぎてしまった時は素直に謝って夜中に反省しているのも、本当は強気なドレスより質素な綺麗なものが好きなのも、知らないだろう。
彼女はいつだって、誰だって可愛い。
「ミルクティア様、私と友達になりませんか」
(……え?)
このテレパシーみたいなものの原理は分からない。私から念じてできるかなんて、今試している場合ではない。だから、私ではない声で、私の言葉を伝える。
「どのみち戻り方も分かりませんし、知らないかもしれませんが私、あなたのこと、大好きなんです。だから友達になりたいです」
今までは感じたことのないはじめての感情。恋愛感情ではなくて、でも友人というには熱すぎる。貴族は本当の友人なんて作らないし作れないからこの感情の名は分からないけれど。
それでもこの手を、とりたくなった。
(私なんかでいいんですの)
「あなたがいいんですよ」
(…不思議な人ね、名前も知らないあなたのこと、とても興味があるわ)
態度は変わらないし、相変わらず上からである。それでも私は彼女が、ミルクティアが好きだ。
(これからよろしくお願いしますわ)
「こちらこそ」
これからどう振舞うべきかだとか考える事はたくさんあるけど、とりあえず推しと友達になれたみたいです。順序は置いといて。
体は一つ、意識は二つ。
気のせいかもしれないけど、ミルクティアが差し出した私の手を、握り返した気がした。