ツンデレ先輩と心が読めちゃう後輩
俺――綿田李栖斗は昨日入学式終え、高校一年生となった。
入学した高校は家から通いやすく、真面目過ぎず不真面目過ぎずといったちょうどいい校風でとても気に入っている。
今は帰りのホームルーム中で、先生から今後の予定について説明されているところだ。
(はぁ~。先生の話聞き飽きてきた)
(うわぁ……。周りの人みんな頭よさそう……)
(やっぱあの子おっぱいデケェ~! ワンチャンいけっかな?)
(部活部活~! 早く仮入部したいな~)
(……おなかすいた)
へ~、あの子そういう感じなんだ。意外だなぁ。
実は、俺には人の心が読めるという変わった力がある。
この力を手に入れたのは確か幼稚園の頃。どうやって手に入れたのは忘れてしまったけど、自然と身についたわけではないということは確かだ。
この力を悪用したことは今まで一度もないし、今後も使うつもりは一切ない。
……まあ、どうしても勝ちたいじゃんけんのときに使ったりはするけど……。
「はい。連絡事項は以上です。では、起立。気を付け。礼」
「さようなら~」
先生の号令が済むと、クラスのみんなは各々がしたいことをした。
「よっしゃ、帰ろーぜ」
「……あのさ、入試のときのこと……聞きたいんだけどさ」
「ねねっ! TALK交換しない!? クラストーク作りたいしさ!」
「軽音の部室は……あっちね!」
「帰ろ」
よし、俺も帰ろっかなぁ……ん?
斜め前の席。女子生徒が席に座ったまま沈黙していた。
他の人からすればただただぼーっとしているだけに見えてしまうだろう。
でも、本当は違う。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう! 定期券なくしちゃった……。 歩いて帰る? いやでも道分かんないし……。お父さんもお母さんも今日は夜遅くなるって言ってたから迎えに来てもらうわけにもいかないし……。うぅ……)
と、狼狽していることが俺には丸見えだ。
周りに人がいないことを確認して、そっと千円札を彼女に手渡した。
「……え!?」
「しっ……これで足りる? 交通費」
「え、あ……うん。でも、どうし――」
「よかった。じゃあ、明日返してくれればいいから」
自分の力を他人に説明するわけにはいかない。
不自然かもしれないけど、詮索される前に話を断ち切ってしまうようにしている。
よし、用事も済んだし今度こそ帰ろう。
だが……、
教室の扉を開けて廊下に出た瞬間だ――。
「――こっち来て」
「――うっ!?」
一瞬何が起きたのかよくわからなかった。
どうやら、ぐんっと強い力で腕を引っ張られてどこかに連れていかれているらしい。
上履きの色から一個上の学年の女子生徒であることは分かったが、後ろ姿しか見えないため顔が分からないし、なんで俺を連れ去っているのかも分からない。
「え? ちょっと……すみませーん」
「……」
声を掛けてもガン無視だ。
いったいどこに連れていかれるのやら……。
◇◇◇
一分後、謎の先輩に連れられてきた場所は、謎の部室だった。
「なんの部――がはっ!」
先輩は扉を開くや否や俺のことを部室へとぶち込んだ。
「ってて……何するんです――か!?」
か、壁ドン!?
い、いや……そんなことよりも……。
そう、さっきまでは後ろ姿しか見ていなかったからわからなかったんだ……。
俺の目の前に現前するは、これでもかとたわわに実った胸だ。
そのあまりの大きさはブラウスのボタンたちが喜びの悲鳴を上げるほどだ。
「ふふっ、ちょうどいい実験台ね!」
先輩は艶やかなツインテールを揺らしながら満足そうな表情で俺を見下ろす。
ツインテ巨乳……。実在したんだ……。
って、今はそれどころじゃないだろ!
「じ、実験台って? なんなんすか!?」
「……はあ? 何でモルモットに実験の内容を説明しなきゃいけないわけ?」
「え」
「はぁ……。まあ、いいわ。教えてあげる」
そう言うと、先輩は自慢げに一冊の本を俺の目の前に突き出した。
「えっと……『誰でも人も心が読めるようになる』?」
「そうよ! あたしはこれを読んで、人が何を思ってるのかが分かるようになったのよ!」
「は、はあ……」
「んで、あんたはこれまでの成果を試すための実験台ってこと。ってことで、早速いくわよ!」
先輩はご立派な胸を揺らしながら右手を俺の額に当てた。
「むむむむむむ…………はっ! 見えたわ!」
「はあ」
「ズバリ――あんたはあたしのことが可愛いと思っているわね!?」
「……はい?」
「ほら! どうなの? あってるでしょ!?」
何を言ってるんだこの人は。
そりゃ可愛いけど……、それって心を読むってことなのか?
まあ、取り敢えずノっとくか。
「まあ、そうですね」
「やっぱりね! よし、じゃあ次!」
先輩は再び俺の額に手を当てる。
「むむむむむ……はっ! ズバリ――あんたはあたしに踏まれたいと思ってるわね!?」
「……へ?」
今度こそ何言ってんだこの人。遊ばれてる? 俺。
さすがにそんなわけないからこれは否定しないとな。
「いや、思ってないっす」
「……なっ!?」
俺の返答に先輩は戦慄した。
「そ、そんなはずないわ! だ、だって他の人は『はい! もちろんです!』って答えたもん!」
「その、他の人っていうのは?」
「え? オカ研の男子たちだけど? それがどうかしたっていうのよ」
あ~……なるほど。
それなら納得。
「だ、だからなんなの!? なんか言いなさいよ!」
あ、そういえば。この人の心まだ読んでなかったな。
ん~……どれどれ――はぁ!?
【うぅ……。気になってる後輩君にいいところ見せようと思ったのに……どうしよう……。それに、本当は楽しくお話ししたいのに、照れくさくて厳しい口調になっちゃったし……あぁ、このままじゃあたし嫌われちゃうよ……】
え、えっと……。もしかして俺寝ぼけてんのかな?
俺は思わず目を擦った。
「ちょっと何!? まさか、眠くなったとか言わないよね!」
【うぅ……また言っちゃった……】
うん。
信じがたいけど、俺は寝ぼけてないらしい。
ツンデレツインテ巨乳……。
マジでいるんだな。
「いや、眠くなってないっす」
「そ。まったく……もう次やっちゃいうからね? 今度こそ成功させるんだから……!」
【うぅ……上手くできるかなぁ……。失敗したらどうしよう……。あぁ……後輩君に頭ポンポンされたい……って何言ってんだあたし! そ、そんなことしてくれるはずないでしょ!?】
またなんか言ってるし。
……ちょっと悪戯してみるか。
「ねえ……先輩」
「な、なによ」
やおら立ち上がり、俺は先輩の頭を撫でた。
「次はうまくいきますよ」
「はぅっ! …………な、なによ! 生意気なのよ後輩のくせに! バカ! バカ後輩!」
「先輩。めっちゃ顔赤いっすけど、大丈夫っすか?」
「へ!? そ、そんなことないわよ!」
【あ~もう! 幸せ過ぎるよー! はあ……こんな時間がずっと続けばなぁ~……】
これは……。
攻めなきゃ男じゃないだろ。
全然話したこともないけど、ここまで想ってくれてるんだ。
相手の気持ちが分かってる上で遠慮してたらそんなの失礼だ。
「先輩……」
俺は思い切って先輩の両肩を掴む。
少し大胆過ぎるかもしれない。
でも、これくらいのことをやってこそ――
「――はい。そこまで」
部室に反響するパチンという乾いた音。
先輩が指パッチンをした瞬間、俺の体が一切動かなくなったのだ。
「……っ!」
ど、どうなってんだ……?
体が……動かない!
「う~ん……。やっぱ全然ピンときてないかんじだね~」
な、なにを言ってるんだ……?
ピンときてない?
ってか、どうして金縛りなんかできんだこの人。
さっきまでただの似非エスパーだったのに……。
まさか、俺のことをだまして……。
でも、何のために?
「そう、騙してたの。ごめんね」
…………え?
「ふふっ、驚いてるね。ま、仕方ないよね~」
やっぱり……読んでる! 俺の心を!
「ご名答~! やっとわかったね」
先輩が再び指パッチンをすると俺の金縛りが解かれた。
「おわっと!」
「まったく~。誰が似非エスパーだってぇ? ボクの正体に全然勘づいてなかった君の方こそ似非エスパーじゃないのかい?」
「いや、勘づく要素どこにもないっすよ」
「ん~? じゃあどうしてボクが腕を引っ張って連れまわしてるときに心を読まなかったんだい? 心を読んでたら、どこに連れていくかなんてわかったよね?」
「……あ」
言われてみればそうだ。
あの時は慌てていたから力を使わなかったんじゃなくて、使おうと思わなかったんだ。
でも、何で……。
「ん~、やっぱ忘れちゃってるよね~ボクのこと」
「えっと……どこかで会いましたっけ?」
「はあ……。ほら、これ」
先輩はブラウスを軽く捲し上げ、わき腹に描かれた謎の紋章を見せてきた。
「あ――」
それを見た瞬間、走馬灯のように幼いころの記憶がなだれ込んでくる。
◇◇◇
『サッカー楽しかったな~。……あれ? 女の子が木に登ってる』
『う~ん。取れない……』
『あ、風船が引っかかっちゃったんだ』
『う~ん……――あ』
『あ! 危ない――!』
『…………いてて、大丈夫?』
『……うん。大丈夫だよ』
『よかった~。あれ? なんかおなか怪我してるよ?』
『ううん。これはね、もともとあるの』
『ふーん』
『あ、そうだ! キミにもボクの力を少し分けてあげるね!』
『ちから?』
『そう! 助けてくれたお礼。それに、君ならボクの力でいろんな人を幸せにできると思うんだ!』
◇◇◇
「念動……繰美」
その名前が自然と口に出た。
「そう。念動繰美。君――綿田李栖斗くんに力を授けた人間。そして、君が命を救った人間さ」
どうして俺が一時的に力が使えなかったか。
どうして金縛りが出来たのか。
どうしてこの人が俺の心を読むことが出来るのか。
やっとすべて理解できた。
「いや~、まさか同じ高校に入学してるとはね~。どんな感じに成長してるか気になって、ちょっと挨拶してみたのさ」
「まさか、こんなところで会えるなんて。うれしいよ」
「うん。僕もうれしいよ。だって、『ツンデレツイ巨乳本当にいるんだな』だっけ? 李栖斗くんがいかにも男子らしい性癖をお持ちでね~。男の子の成長が見れてお姉さん感激だよ~」
繰美先輩は縛っているツインテールを解き、胸元から大量のタオルを出してきた。
「…………え」
「それにさ、ボクにキスしようとしてくれたじゃ~ん。なかなか男の子らしかったぞ~」
「ぐっ……」
完全に……
遊ばれてた……!
「あ、そうだ。……はいこれ」
「入部届?」
「そうさ。是非、ボクと同じオカ研に入っておくれよ。……はい、筆記用具」
「……あぁ。まあ、いいっすけど」
俺に力をくれた人だ。
いろいろ教わっておいた方がいいだろう。
「あ、ちなみにさ」
「ん?」
「李栖斗くんの好みが、さっきまでおっぱいが大きい子だったんだけど。なんか貧乳にかわってるんだよね~。どうしてだろうねぇ~?」
「……っ!」
「あ! 書き終わったね! はいじゃあ入部ってことで~!」
「え! ちょ……」
「これからよろしくね~。李栖斗くん!」
小悪魔的な笑みを浮かべながら俺を見下ろす繰美先輩。
彼女が俺の青春をどうしてくれるのか。
正直楽しみだ。
「ふふっ、それはありがたいね~」
「ちょ! 先輩今の締めっすよ!」