祓います
「では、今日はここまでにしましょう」
あの後、会議室に戻っていくつか細かい情報の共有を行ったと思ったら、あっさり担当刑事(佐々木さんと言うらしい)がパタンとメモ帳を閉じて言った。
「そうですか、ではまた次回まで頑張って下さい」
あっさりそう言って、京子夫人はバッグを手に出て行く。
・・・え?
義理の子供達に挨拶なし?
実際に階段から突き落して居ないんだから、自分が捕まる訳がないと思ってこの定期ミーティングは完全に時間の無駄扱いみたいだね。
ある意味、冤罪を心配していないのって悪人なのに意外と無邪気に脳天気だねぇと思うべきなのか、それとも金持ちな未亡人は警察にゴリ押しして告訴されるリスクなんぞ殆ど無いと知って(?)いるのか。
年上の金持ちな夫と結婚した若い未亡人の情報交換サイトみたいのでもあるんかね?
まあ、そう言う女性って美しさが鍵だろうから、美容エステとかドレスメーカーみたいなところで会って夫が死んだ際の遺族や警察とのやり取りについて雑談したりするのだろうか。
ちょっと興味を感じたが、何か言える前に佐々木さんが扉をそっと閉めて、富田兄妹の方へ向いた。
「ちょっとお時間をいいですか?」
「・・・私達だけに言いたい事があるのか。
何かあの女の罪を証明するのに役立つ進展があったのか?!」
息子の方がガバッと身を乗り出した。
実際に手を下したのは君の為を思った生霊ストーカーなんだけどね。
「実は20年近く前に亡くなった京子夫人の前夫が悪霊になっていたのを祓った関係で、退魔師であるこちらの二方が今回の富田氏の死亡に関してちょっと情報を教えて欲しいと連絡してきたのですが・・・富田氏の死に関しては現在の司法制度での裁きは難しいかも知れません」
田端氏が応じる。
「どう言う事だ?」
ここは私が説明する方が良いだろう。
「京子夫人の前夫は塩分や脂質を過分に含んだ生活習慣病を悪化させる様な手料理を毎日妻である京子夫人から提供され、薬を酒で飲んだり、飲み忘れた薬を翌日に2日分飲んだりと言った健康に悪い習慣を唆されていたのです。
最後の死亡も炎天下にゴルフ場で水の代わりにビールを飲んでホールを回っていた間に倒れて死亡したので、悪意を持って唆したのは京子夫人ですが行為を行ったのは本人である事を考えると罪に問われるかは微妙でしょう?
富田氏の死でもっと直接的な手段を取っていないかを確認したくて今日はお伺いしたのですが・・・生活習慣病を引き起こす様な食事を相変わらず提供していた他は怪しげなサプリを体に良いと言って大量に勧めていただけの様なので、殺意を立件するのは難しいのではと思われます。
それはさておき」
息子の方が口を挟む前にそのまま話を続ける。
「実は、富田大輔さんには以前大輔さんの車の中で勝手に練炭自殺を図ろうとして寝たきりになった立川さんの生霊が、富田絵梨さんの方は中学の時に皆で『幽霊に取り憑かれたんじゃない?!』と揶揄って遊んでいるうちに自殺してしまった秋月さんの悪霊が憑いています。
秋月さんの方は絵梨さんがクラスメートの皆でふざけてやっていた悪戯と同じ事を繰り返しているだけなので特に急いで何かする必要はありませんが、立川さんの生霊は大輔さんが親しそうに接する女性や立川さんとの『運命の繋がり』に障害となりそうな人と看做した相手を害する可能性は非常に高いので、早急に彼女の霊を祓う事をお勧めします」
イジメで死なせた方はねぇ。
自業自得なんだから、もっと味わっても良いんじゃない?
別に痣が出来る様な怪我を負わせられることはないんだから。
「え?!
じゃあ、一族が呪われているんじゃないんですか?!」
放置で良いんじゃねと言ったのに絵梨さんが先に食い付いてきた。
「まあ、悪霊に取り憑かれているのは呪われているのに近いとは思いますが、家族へ移る事はないと思いますよ」
多分。
「お前、自殺するほどクラスメートを虐めていたのか・・・」
大輔氏がちょっと引いた感じで妹の絵梨さんを見た。
そうでっせ〜。
というか、ポルターガイスト悪戯は死んじゃった子以外にも何度もやっていたから、被害者は数え切れないぐらいいるっぽいよ?
本人は碌に覚えていないけど。
今は他に悪霊は憑いていないけど、高校や小学校の校舎に遊びに行ったら別の悪霊を拾う可能性もゼロでは無いんじゃないかな?
「今すぐ祓って頂戴!!」
絵梨さんが私の腕を物凄い力で掴んで叫んできた。
「無料での退魔をすると退魔協会から睨まれるので、これだけ頂く事になりますが」
碧が退魔協会の料金表を取り出し、値段を指差して見せる。
霊のランクによって値段が違うし、ランクなんぞ顧客側には分からないだろうが、一応正式っぽい見た目の表があるとまだ納得出来るのか、文句が少ない気がする。
「分かったわ!
振り込みで良い?!
口座番号を教えて!!」
スマホを取り出しながら絵梨さんが言った。
遊びだって言いながら散々秋月さんにやった悪戯なんだから、別にそんなに急いで除霊しなくても良いと思うんだけどね〜。
でもまあ断る必要もないので、『快適生活ラボ』の口座情報を見せて振り込みを確認したら、碧がちゃちゃっと祝詞を唱えて悪霊を昇天させた。
「ああ、なんか肩が軽くなったわ!!」
絵梨さんが嬉しそうに小躍りしながら言う。
悪霊的には肩こりは狙って居なかったんだろうけど、霊が憑いていると副作用的に肩が凝る事は多いんだよね。
碧もオマケで肩こりを少し直してあげてるっぽいし。
祓った後に肩がすっきりすると納得感が高まるらしい。
「大輔さんも、立川さんがもしも亡くなった場合は悪霊化して無理心中を試みる可能性がありますし、今のうちに祓いませんか?」
退魔協会に依頼が行くと生霊と体のリンクを切らずに除霊するだけになりかねないから、私が祓った方が良いと思うんだよねぇ。
「・・・詐欺師ではない、本当の信頼できる退魔師なんですね?」
大輔氏が佐々木さんに確認した。
失礼な。
まあ、気持ちは分からないでもないけど。
「ええ、知る人ぞ知る一流の術師ですよ」
佐々木さんが言った。
そうなの?
まあ、碧はそうなのかもね。
私はあまり知られていないと期待したい。
「ではお願いします。
幾ら振り込めば良いんだ?」
大輔氏もスマホを取り出して聞いてきた。
あっさり出先で振り込めるんだから、便利な世の中になったよねぇ。
ハッキングされたりフィッシング詐欺に引っ掛かったらガッツリ金を盗られちゃうリスクもあるが。
「では、祓います」
料金の振り込みを確認し、大輔氏の前に立って生霊の方に手を伸ばしてむんずと捕まえる。
うっし。
やっぱクルミ経由より直接の方が楽だわ。
プチっと体との繋がりを切り、それっぽい祝詞をブツブツと呟きながら除霊の魔法陣を脳裏に描いて霊を昇天させる。
来世はもっと現実をちゃんと見つめる様にね〜。
妄想の果てに人を殺しているから、次も人間に転生できるか知らないけど。




