正しい方向・・・だと良いなぁ。
取り敢えず、まずは息子の後ろに浮いている生霊の方へ静かにクルミを近付けて、そっと接触する。
『ひゃぁ!!』
そっとでも接触されてびっくりしたのか、生霊が素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
まあ、私と碧しか反応しなかったけど。
どうやらこの部屋にいる連中は誰一人として霊感のカケラもないらしい。
『体はどうしたの?
こんな所にいるよりも自分の体に戻って休んだ方が良いんじゃ無い?』
生霊に念話で話し掛ける。
『う〜ん、でも、遼くんがどうなるか気になるから〜』
甘ったるく微妙に寝惚けているような声音で生霊が答えた。
遼くん?
息子の名前が富田遼斗だったか。
生霊の方はリョウくんと発音していたがこれは態となのか、本人の名前の正しい読み方を知らないのか、どっちだろう?
『なんで気になるの?』
『だって、お父さんが死んで大金が手に入ったら豪華な結婚式と新婚旅行が出来るもの〜。
その為にはさっさと遺産相続が確定しないと』
うふふ〜と笑いながら生霊が言った。
え・・・?
もしかして、この生霊が富田氏(父)を階段から突き落としたの?
更にクルミを生霊にべったり接触させて記憶を読む。
生霊と言うふわふわした存在なので記憶そのものもちょっと本人の主観に歪められているが・・・どうやら富田氏(息子)はこの女性に病的に執着されているっぽい。
なんか本人の主観と、記録的な事実の記憶とがずれてて二重になっているのが見ていて凄く気持ちが悪い。
こう言う自分も完全に騙し切っている感じの妄想系な霊ってタイミングのズレたステレオみたいな感じで凄く耳障りなんだよねぇ。
妄想系の一人二役なんて、誰得なんだよ?!と言いたくなる。
取り敢えず、本人の主観はさておき現実としてはパーティで会って一目惚れしてからは執拗に富田氏(息子)が行く先々に出没して何度もアピールし、その度に断わられ、最後には自分は自分の生活費を稼ぐ為に忙しいから邪魔をしないでくれと人前で邪険に2度と近づくなと言われたようだ。
当て擦りも込めて彼の車に忍び込んで練炭自殺しようとして失敗したが、なぜか一緒に死のうと心中をして富田氏(息子)が死に損ねた事に生霊の主観では記憶が書き換えられ、今は植物人間になって病院に寝たきりな体を放置して生霊になって富田氏(息子)に付き纏っている。
で。
なんで自分が生霊になったのかも忘れて富田氏(息子)が自分と結婚しないのは金が足りないからだと勝手に頭の中で記憶を修正し、父親を階段から突き落としていた。
植物人間状態なんだから体に戻れないし戻っても覚醒出来る可能性は限りなく低そうなんだけどねぇ。
富田氏(息子)だって妄想マシマシな頭のおかしい女と結婚する気は微塵も無いし。
そう簡単に生霊でも人を階段から突き落とせたり出来ない筈なのだが・・・植物人間になって体の維持を完全に放棄しているから、その分生命エネルギーを念動力みたいな感じで霊が使えたのかな?
う〜ん。
ちょっとどころでなく頭がおかしい。
だけど、頭がおかしくて罪悪感が全然ないと穢れも集まらないんだね、初めて知った。
これって死んでて死霊だったら、罪悪感無しに人を殺した場合は穢れが溜まって悪霊になるのかね?
頭がおかしい生霊だとちょっと想定外な反応が出ると言うのは知らなかった。
・・・こいつは体とのリンクを切っちゃった上で霊を昇天させるべきかなぁ。
生霊を体に戻したところで意識が戻るか否かは五分五分以下だし、碧が脳の破損を治して植物人間状態から回復させたところで生霊状態で犯した殺人の罪は司法では問えない。
と言うか、この人って実際に人を物理的に殺していたとしても精神異常で起訴されないレベルでおかしそうだし、体に戻すのは時間の無駄だよねぇ。
取り敢えず、碧に相談かな。
『碧。
そこのストーカー生霊が自分と富田氏(息子)との結婚の為にお金が必要だって思い込んで父親の富田氏を階段の上で押したみたい。
息子の方は全然何も知らない勝手な行動だし、頭がおかしい生霊状態の殺人って裁けないと思うんだけど、こう言うケースって退魔協会に来た場合なんかはどうしてるのかな?』
まあ、依頼として退魔師の方に来るとは思い難いが、扱いそのものに関しては知ってないかな?
『生霊になった状態で人を殺せる様な体質な人ってストレスが溜まると同じ事を繰り返すからね〜。
大々的には公言していないけど、本当に人を殺しているならそのまま強制的に昇天させちゃっているらしいよ』
碧が教えてくれた。
生霊の能力って魔力を封じても命を削って悪事は出来るし、命を削りすぎて死んだら消滅することもあるけど、場合によっては悪霊にジョブチェンジする可能性もあるからねぇ。
退魔協会が死刑を執行するような司法的役割を果たすのって微妙なんだろうけど、生霊なんて言う司法制度では捉え切れない存在の場合はしょうがないよね。
『ちなみに、生霊から本体に辿って植物人間状態になった体の生命維持を止められる?』
植物人間の体だけ生きていられても家族にとっては負担なだけだろう。
『無理〜。
体がどこにあるのか分かるんだったら見舞いっぽく訪れて止めるのは可能だけど』
微妙そうに碧が答える。
『あ〜、そこまでしなくても良いっしょ。
じゃあ、体とのリンクを切って昇天させちゃうか』
悪人(と言うか悪事をした危険な霊)を処罰するのはカルマ値に悪影響を与えないと期待しよう。
放置する方が将来的には更に被害者を増やしそうだし、危険な存在を野放しにするよりは生命維持装置が無ければ死んでいる存在を輪廻の輪に戻す方が正しい行動だろう。
多分。




