私は猫派(今は)
「うっわぁ!
ひょいっと丸い線に短い斜線を少し足しただけぽいのにポワポワな子犬なのが分かる〜。
凄いね!」
碧が可愛らしいお昼寝中の子犬の掛け軸を見ながら小声で身悶えた。
マジで可愛い。
あんまり江戸時代って犬が居たイメージはないんだけど、考えてみたら将軍綱吉が生類憐みの令を出して犬公方と呼ばれる様になったって歴史の授業でちょっとしたトリビアとして聞いた気がするから、犬はいたんだよね。
山犬とか狼もそれなりに自然の生き物の一部だったらしいし、もしかしたら猫よりも多かったのかも?
狼はともかく、野良猫と同じで山犬って脱走した犬が大元だろうし。
とは言え、狩猟して肉を食うのを禁じられていた日本で犬が何の役に立ったのか微妙だけど。
番犬として使っていたのかね?
イマイチ侍と番犬ってイメージが合わないんだが。
まあ、狩人って昔は居たみたいだし何かは適当なこじつけ理由をでっち上げて狩っていたと思われるから、犬もそう言った人たちのサポートとして働いていたのかな?
しっかし。
ゆっくりと見て回ると随分と可愛い犬が多い。
水墨画ってマジで最小限の線で生き物の特徴と可愛さを捉える凄い技術なんだなぁ。
今の時代でもイラストレーターとして荒稼ぎ出来そう。
チミチミと色を塗る必要がないから絵の具の費用も掛からないし、油絵よりも水墨画の方が断然画家にとっては経済的な気がする。
まあ、肖像画とかは色合いが必要だから、売れる様になったら油絵画家の方が有利そうだけど。
じっくり見て回っている間に、やっと猫のセクションに来た。
が。
「あんまり可愛くないね」
碧がちょっと不機嫌そうに言った。
「猫だって昼寝している姿とかって可愛いし、子猫はポワポワだし、もっと可愛い絵を描けるだろうに。
昔の猫って犬よりも人懐っこく無かったのかな?」
なんか飼い犬はいつの時代でも人間の友な気がするが、猫って室内飼いが推奨される様になって世界が狭くなり、遊びも食事も飼い主に完全に依存する様になって野生味がガッツリ減ってからやっと無防備に甘える様になったのかも?
鼠取り要員としての働く下っ端って感じだったら無防備に眠っているところとか子猫とかを画家に見せてくれなかったのかも。
でも。
それでも注意深く観察していればもっと可愛く描けると思うんだけどなぁ。
画家って犬派なんだろうか?
まあ、画家自体が自分の熱中する事に没頭するマイペースな猫みたいな人が多そうなイメージだから、同族嫌悪に近い感じで猫は嫌いで犬の方が好きな人が多かったのかもね。
「なんか猫はポスターにあった、目の色がすごい綺麗な猫以外は微妙だったね」
碧が絵を見終わって外に出ながら言った。
「だね。
却って猫よりもオマケ扱いな白孔雀の方が綺麗なぐらいだったし。
犬の方が圧倒的に可愛いのが多かった」
この特別展のタイトルが『犬派?猫派?』だったが、明らかに画家たちは犬派だったでしょ。
それともこの美術館の学芸員か初代館長が犬派だったのか。
もっと可愛い猫の絵を見たかったなぁ。
昔は犬派だったものの源之助と暮らす様になって猫派に転向した私としては、今回の展覧会はちょっと不満だな。
「まじで犬ばっかり可愛かったよね。
まあ、日本人が書いたってだけで置いてあった油絵っぽいペギニーズかなんかの犬は宇宙人みたいだったけど」
碧がちょっと顔を顰めながら言った。
「実際の犬はペギニーズとかパグでもぶさ可愛いのも多いけど、あの絵のは妙な感じに実写的な癖に変に毛が一部薄くて、マジで宇宙人かオラウータンのミイラか何かみたいだったね」
いや、ミイラだったらフサフサの毛が生えているってことはないかな?
どちらにしても、可愛い犬って感じじゃあなかったなぁ。
「やっぱ犬は柴犬とかみたいな自然っぽいのがいいよね。
耳が立ってて短毛だったら洋犬っぽくても良いけど」
碧がコメントした。
「マジで犬の耳って立っている方が可愛いよねぇ。
なんだって洋犬って垂れ耳のが多いんだろ?
立っている方が音がよく聞こえるだろうし、中耳炎っぽいのにもならなくて良いだろうに。
スコティッシュ・フォールドみたいに完全に愛護用だったら愛らしさ優先で実用性を無視しても良いけど、洋犬だって元々は狩りに使う用途で品種改良したんだろうに、変なの」
人間とハンティングする場合は音よりも臭い重視なのかなぁ。
まあ、どちらにせよ。
可愛い絵も幾つかは見れたし、除霊も問題なくできたし、悪くはない依頼だったかな。
ちょっと美術品と悪霊や穢れに関して想定外な知識を得てしまった気もするが。
怨みと美術品の存在感の相関関係に関しては、深く考えないでおこう。
「さて。
あとはあの大型悪霊の後妻に関して調べないとね。
田端氏にお願いしたらなんとかなるかな?」
霊が被害を訴えたからって告訴出来るわけではないけど、事件があった事は確実なんだから証拠を得られるかだけでも調べて貰えるよね?




