『妹の様に大切に想っている』はねぇ。
太田氏の要請に、碧と目を合わせ、頷く。
「分かりました。
前回と同じ金額での依頼という事で良いですか?」
携帯を取り出して録音しているのを見せながら碧が尋ねる。
碧相手に報酬支払い拒否なんぞしたら後が怖いんだが、それを相手が知っているかは不明だし、面倒なので『口約束』とは言ってもちゃんと証拠が残るようにしておけば揉めにくいだろう。
多分。
「ああ、それで良い。
今、現金を取りに行かせている」
太田氏が頷いた。
・・・多額な報酬を現金払いでやってたら、売り上げ金額を誤魔化して脱税しているんじゃないかなんて言い掛かりをつけられそうで嫌だなぁ。
とは言っても、口座情報を他人に与えるのも嫌だし、中々悩ましいかも。
「ちなみに、被害者は今どちらに居るんですか?」
取り敢えず直接依頼を請ける場合の報酬受け取り問題は後回しにして、依頼の呪詛返しに集中しようと太田氏に尋ねる。
感覚的にはそんなに遠い感じではなかったけど、呪詛を辿る時って方向はまだしも距離感はかなり大雑把なんだよね。
「現在、文京区の病院に入院している」
あれ?
入院するほど体調が悪いんだ?
日常生活に支障が出るにしても、入院する必要がある程ではない呪詛だと思ったけど・・・本人の体質と相性が悪かったのかな?
呪詛って自分の体の一部や魔力や生命力を『呪い』と言う形に歪めて消費することで狙った相手の不調を引き起こす術なので、同じ強さの力を使って下痢ピーになる呪詛を掛けても、胃腸が弱い下痢体質の人間が受けるのと便秘気味な人が受けるのとでは結果に違いが出るんだよね。
まあ、目的が『不調』なので前世も合わせて今までに便秘な人が下痢ピー系の呪詛で単に快便になっただけで済んだって言うのは見た事ないけど。
それでも便秘な人だと下痢ピー呪詛の影響は比較的少なくて済む事が多い。
反対に普段から下痢ピーになりやすい人だったら体調不良が酷くなりすぎて、脱水症状でも起こしたのかも?
それはさておき。
「今から1時間か2時間の間に娘さんの体調は劇的に悪くなると思いますので、どの医者に連絡するのか、またどの程度の生命維持をするつもりなのか、考えておくといいですよ。
ちなみに呪詛返しが原因の不調関連の治療や生命維持に関して健康保険は効きません」
奥さんの父親にそっと伝える。
元々、呪詛返しで死にそうになるって言うのは本人が他者へ死にかねない様な呪詛を掛けたと言う証明でもある。
国が手間と金を掛けて告訴する代わりに自業自得で罰せられるってことなので、そうなった患者の医療費を公金で払う意味がないってバブル崩壊後に決まったらしい。
医療費改革で、苦情が出にくいコストカットとして比較的あっさり決定されたとか。
流石に反対すると『呪詛を掛けるつもりなの?』と疑われかねないので、官僚や政治家でも微妙な顔をした人間はいたらしいけど誰も表立っては文句は言わなかったと聞く。
呪詛を依頼する様な人間って金持ちが多いから、自腹で青天井に高い医療費を払う人間もいるので、病院側も一通り検査しても原因不明な不調だったら直ぐにそっちも調べて呪詛返しだと判明したら嬉々として健康保険適用から外すんだってさ。
保険適用だったら幾ら請求できるかきっちり決まっているけど、自由治療だったら幾らでも毟り取れるからねぇ。
一度胃瘻チューブをつけて自力で食事を取れない人間の延命治療始めさせちゃえば、病院にとってはウホウホな金蔓だろう。
なんだかんだ情に訴える様な事を言って、そう簡単にはやめさせてなければガンガン金が入ってくるもんね。
人工呼吸器なんかだったら外したら殺人扱いになりかねないし。
まあ、今回のは呼吸系じゃなくって胃腸系の呪詛だから人工呼吸器は要らないだろうけど。
これが呪詛関連の疑惑で警察に拘束されている場合だったら家族が強硬に主張しない限りデフォルトで延命措置はしないんだけど、今は警察が関わっていないからね。
普通に救急車で病院に連れ込まれたら延命措置が始まるだろう。
「・・・教えてくれてありがとう。
金はともかく、この状態で生き続けても意味はないだろう。
延命措置は元より断るつもりだ」
父親が溜め息を吐きながら応じた。
まあ、最初に覚悟しているって言ってたもんね。
「では、急いで向かおう!」
太田氏が我々にさっさと来いという感じでドアのところから声を掛けてきた。
なんかさぁ、義理の妹にしちゃあ、随分と親身になって心配しているね。
肉体的に不倫はしてなくても、精神的にはそれなりに大切に想っているのを感じ取って奥さんが『不倫だ!!』ってブチ切れたんじゃないの?
本人としては妹として可愛いと想っているのかも知れないけど・・・血の繋がっていない男女の間で『妹の様に大切にしている』はちょっと微妙なところだよ?
と言うか、結婚しているなら妹より妻を優先すべきだ。
まあ、ヒステリックで人の悪口ばかり言っていて呪詛にまで手を出す様な妻じゃあいい加減愛想を尽かして同居人以下な他人扱いになっていたのかもだけど。




