呪詛を辿る
「呪詛返しを受けた人間を調べて他にも誰か呪詛を掛けていないかチェックし、可能なら呪詛返しをして欲しい?」
シコシコと不眠用お守りを作っていたら、電話を受けた碧の声が聞こえてきた。
あれ?
今の電話の呼び出し音って退魔協会のじゃなかったと思ったけど。
でもこれって依頼の話だよね?
青木氏の可能性もゼロではないけど。
お守りの紋様を描き終え、筆を置いてリビングに顔を出す。
「少々お待ち下さい」
碧がそう言って、電話を待ち受けにした。
あれって失敗すると通話を切っちゃったり、音楽が流れてなくてこちらの会話が丸聞こえだったりで色々と問題があるんだよねぇ。
なので念話で尋ねてみる。
『何?』
『こないだの太田氏。
やはり警察は呪師まで追跡出来なかったから他にも人を呪っているかは分からないけど、かなり悪意の強い加虐的な人だしそれなりに怪しいお金の支払いもしていたみたいだから、ほぼ間違いなく他にも呪詛を掛けていると思うんだって。
そんでもって知らぬ間に悪事に資金提供していた身としては被害者を見つけて呪詛返しをしてあげたいんだってさ』
加虐的な人と結婚したなんて、何を考えてたんだろ?
こないだの宮田さんの弟氏もだけど、金持ちの妻ってハズレが多いの?
まあ、男だって人格的に問題ありまくりな人は沢山いるから、単に金持ちだと悪事をやる資金力と伝手があるってだけなのかな?
金があるとロクデナシな本性が表に出やすいのが人間って生き物なのだとしたら、ちょっと悲しいぞ。
まあ、単に穏やかな善人はあまり退魔師に関係する必要がないから、私らが仕事で知り合う人間に悪人率が高いだけかもだけど。
『他に掛けた呪詛も、彼女がお金を出して依頼しただけでなく主体側になって実際に掛けているんだったら相手が死んでなければ辿れるとは思うけど・・・よっぽどせこい呪詛じゃない限り、幾つも呪詛返しを受けたら奥さん死んじゃうよ?』
確かに呪詛を掛けられて、その事実を知らずに苦しんでいる被害者がいるんだったら同情するが。
『まあ、責任感云々よりもそれが目的なんじゃない?
気の狂った妻や母親なんて、精神病院に入院されてても居るだけで色々と迷惑でしょ。
呪詛返しで母親が亡くなっても適当な病気で死んだことに出来るけど、生きたままで危険な精神異常者用の病院に入院しているんだったらそれこそ息子さんは結婚相手を見つけられなくなるんじゃない?
元から係争中だったとは言え、夫の方にしても精神病院に入院させて離婚するって言うのは微妙に外聞が悪いし。
呪詛返しで死ぬ程に今まで呪詛を掛けているなら、死んでくれるのが一番だし、被害者への救済にもなるから一石二鳥ってとこなんじゃない?』
碧が肩を竦めながら伝えてきた。
なるほど。
戦いの際に、敵を殺すよりも大量に負傷者を出す方が敵の動きを阻害できるのと似た様なロジックで、死んでくれている方が中途半端に生きていられるより良いのね。
大切な人間が交通事故で寝たきりになるとか植物人間になるとかって言うならごく僅かな希望に縋ってでも生き残ってくれと祈るかもしれないけど、何と言っても相手は狂化の呪詛なんぞをかける様な人間だからねぇ。
さっさと死ね!!って言うのが本音なんだろう。
息子さんにしたって顔を合わせたら襲いかかってくるような狂化した母親なんて見てもトラウマものだろうし、自分の将来に不安を感じるだろう。
精神病と違って呪詛返しからくる不調は遺伝しないから本当は心配も要らないんだけどね。
取り敢えず。
「呪われた被害者が死んでたり、呪詛が薄れて殆ど効果が無くなっていたら辿れないけど、やってみるのは構わないんじゃない?
ただ、成功報酬じゃなくってやってみたベースになるけど」
ここまで分かれば聞かれても構わないので、声を出して答える。
「ちなみに太田氏から直接の連絡なんだけど。
退魔協会を通すつもりは無いみたい?」
碧が指摘した。
「辿るのも、呪詛返しするのも、各案件ごとに太田氏の呪詛返しと同じ報酬って契約でいいんじゃない?
とは言え、呪詛が大量にあった場合はどうするのか、聞いておいた方が良いと思うけど」
流石に命の危険があるような呪詛をバンバン掛けるほど妻がアホだったとは思えないけど。
どうなんだろ?
「そうね。
取り敢えず、呪詛返しを受けた奥さんに会って、辿れる呪詛が幾つかあるかを確認して、あった場合は最低一件は辿るけど、それ以上は追加料金って感じで話をつけようか」
碧が言った。
去年のハロウィンより前の呪詛だったら呪師が掛けている可能性もそれなりに高いからね。
そうなったら基本的に辿れないかもなので、依頼は細かく分断して契約した方がいいだろう。




