とばっちり警報
「それで、結局アレの方はどうなっている?」
ロープが外され、腕をぐりぐりと揉みながら依頼人が執事さんに尋ねた。
うん?
何かリアルタイムで送り込んだ弁護士さん(と言うよりメインは護衛役の人だけど)と情報共有する手段があるのかな?
私もどうなったのか知りたかったので好奇心を隠しつつ静かに耳を傾けていたら、私らを追い出さずに執事さんが壁際にあった棚っぽい所を開けた。
後ろから大きな液晶スクリーンが現れたよ。格好いいねぇ〜。
依頼人さんのプライバシーよりも何か起きていた場合の私らからの助言の可能性を重視したらしい。
依頼人さんも何も言わないから同じ考えなんだろうね。
「ピンカメラで状況を録画・共有してくれている筈なのですが・・・」
執事さんがタブレットを手に取って何やら弄ったら、スクリーンが明るくなってどこぞの立派な応接間が映った。
多分ローテーブルに出してあったであろう紙がバラバラになって床に落ちており、その上に割れたカップも見える。
画面の右側では30代後半(多分?)ぐらいの女性が初老の男性に掴み掛かって大きな声で叫んでいた。
『私は娘なのよ!!!
なんで私の言う事に賛成しないのよ?!
いつも世間体ばかり気にして!!
偶には役に立ちなさいよ!!』
ガクガクと初老の男性の肩を掴んで揺すっていた女性が、今度は肩から手を離して首を締め始めた。
「おや。
常識人な義父さんの言葉が何か癪に触ったのかな?
坂田氏を殴るかと思っていたんだが」
依頼人が小さく呟いた。
依頼人の離婚係争中な妻がずば抜けてヒステリックで暴力的な人間なので無い限り、どうやらやはり狂化の呪詛を掛けたのは彼女らしい。
即座にぶん殴り始めなかったのは、あまり暴力に慣れていないからなのかね?
まあ、それでも首を締め始めているから、護衛役の安川さんとやらが居るなら止めてあげれば良いのに。
それとも護衛役は外で待っていて、ヤバげな映像が見えたら駆け込んでくる事になっているのかな?
ちょっと状況把握に悩んでいたら、若い小柄な女性がすっと画面の左から現れ、初老の男性をキュッとしている女性の首に後ろをストンと手刀で叩き、クタっと気絶させた。
なんか微妙にコメディちっくに見える。
首の後ろを手刀でストンってやるのは中々難しい技術らしいんだけどね。
下手に力を込め過ぎて頚椎を痛めたりしたらヤバいから、首の後ろを叩くぐらいだったら鳩尾をがっと殴る方が無難だと聞いたが・・・金持ちが雇う護衛だとそこら辺はプロなのかな?
『実は、依頼人の太田氏が狂化の呪詛を受けていたのを、先ほど呪詛返しして貰いました。
タイミング的に、呪詛を掛けたのは奥様だったようですね。
呪詛返しは最低でも数年、場合によっては10年以上も影響が残るとの事ですから、危険な患者を監禁する精神病院にでも彼女を入れる事をお勧めします。
依頼人は精神力と自制心が強かったので2日間何とか耐え、執事を一回殴るだけで済ませましたが・・・佳奈さんにはそこまで精神力が無いのは今の行動でも明らかですから。
誰かを実際に殺す前に対処する事をお勧めします』
ピンカメラと連携しているらしき携帯か何かから男性の声が聞こえてきた。
これが弁護士の坂田氏かな?
なる程、呪詛返しを受けた人間の危険度を知らしめる為に、呪詛返しが来てブチ切れた瞬間では無く、殺意を行動に移した段階まで待ってから止めさせたのか。
しっかし、考えてみたら前世の狂化の状態異常は『襲われている』と言う恐怖心と警戒心をかき立てて周囲の存在が敵だと誤認させ、同士討ちさせるような効果があったんだけど、あれって殺されると感じるような状況じゃ無ければ単に混乱するだけだった気がする。
混乱するにしても依頼人が執事を殴る理由にはならないだろうし、あの佳奈とか言う女性が父親を締め殺そうとする理由もない気がするから、単に凶暴になる状態異常なだけでなく、周囲に殺意を抱かせる様な呪いなのかな?
だとしたら、マジであの佳奈と言う女性は危険だね。
・・・と言うか、息子に暴力を振るわせて親権を取り上げた上で慰謝料も引き上げようとしていたって話だけど、これって息子が殺される危険があったって認識していたのかね?
親権を奪い取るのではなく、元夫を破滅に追い込み、慰謝料をがっぽり取る為に息子を生贄にしても構わないと思っていたんだとしたら、とんでもないね。
まあ、呪詛返しで因果応報な墓穴に嵌った様だから、良いっちゃあ良いけど。
首を締められた父親が素早く動く事を期待しておこう。
呪詛返しのせいで呪詛を掛けた本人で無く、関係ない周囲の人間が死ぬ事があったら残念だ。




