狂化
「どうしたんですか、これ?」
なんと、今回の依頼人(と言うか被害者?)はロープで椅子にグルグル巻きになっていた。
ラノベなんかで誘拐された人間が椅子に縛り上げられているシーンは時折見かけるが、現実で見たのは初めてだ。
前世の場合はロープだけでは大抵の人はなんらかの魔術でそれを外せたから、金属製の手錠か魔封じの首輪がデフォだったのだ。
寒村時代は特に人を拘束する様な場面には出くわさなかったし。
「呪いのせいで気を抜くと人に襲い掛かりたくなるんでね。
四六時中気を張っているよりは、縛って動けない様にする方が楽なんだよ」
椅子に縛り上げられた依頼主の男性が疲れた様に言った。
確かに玄関で出迎えてくれた執事っぽい人は片目が痣で紫色になってて、ちょっと狸っぽい感じになっていた。
女性の使用人からコンシーラーでも借りたのか、ある程度は誤魔化していたけど。
あれは主人に殴られた跡なのか。
よく見たら縛り上げられている依頼主に手先も何やら腫れ上がっているっぽい。
殴るのに慣れてないんだね〜。
こんな豪邸に住む様な人だったら護身術を習っておくべきじゃ無いの?
でもまあ、人の殴り方をしっかり知っていたら今回みたいな呪詛を受けた時に周囲への被害が大きくなりかねないから、完全な戦闘素人で良かったのかもね。
「凶暴性が上がる呪詛ですか」
碧が首を傾げながら聞き返す。
「別に誰かの首筋に食いついて血を吸いたいとか、人肉を食べたいって言う様なホラー映画的な効果ではないのだが、無性に腹が立ちやすく、そしてカッとした瞬間に自分を制御する暇もなく近くにいる人間を殴ってしまうんだ。
一昨日あたりから妙に苛つくと思っていたら、昨日にはうっかり気を抜くと側にいるだけの人間でも殴りそうになってね。
流石にずっとこの姿勢では疲れるから時折解いて部屋に閉じ込めて貰って体を解しているが・・・徐々に理性が劣化している気がするし、正直言って自分が怖い」
依頼主が溜め息を吐きながら言った。
う〜ん、徐々に狂化状態になる様な呪いかね?
前世ではそう言う状態異常を掛けてくる魔物もいたから、魔物と戦う可能性がある人間はそれなりにその効果に耐える訓練を受けるんだけど、現代日本ではそんな訓練なんぞ誰もしていないだろうし、突然自分が人を見境なしに殴りたくなるって怖いよね。
しかも悪化するとは。
単に疲れて精神力が減って自制が難しくなっているのか、呪いがより深く浸透して効果が強くなっているのか。
どっちなのかは知らないが・・・これって返したら呪師か呪詛を依頼した人間の周辺が危険そうだなぁ。
一気にこの男性の感じている凶暴性が倍になって押し寄せてくるのだ。
余程の精神力がある人間じゃ無い限り、あっという間に凶暴性に飲み込まれて周囲の人間へ襲いかかりそうだ。
「ちょっと失礼」
男性に触れて、呪詛を辿ってみる。
うん。
呪詛返しの転嫁が仕込まれている。
それを解除し、大元の方へ辿っていくと・・・多分依頼した人間たらしき存在に辿り着いた。
呪師にしては魔力が少ないから、呪詛を依頼した人間が呪師にサポートしてもらいつつ呪詛を掛けたんだろう。
呪詛の転嫁付きなのをサポートだけで素人でも掛けられるとは、意外だ。
よっぽど呪師の腕が良いんだろう。
それはさておき。
「あっちの方向に呪いを掛けた人物がいると思うんですが、心当たりってあったりしませんか?
呪詛を返すと多分その人物が周囲に襲いかかると思うので、可能ならば退魔協会担当の警察の人にでも警告しておこうと思うんですけど」
呪詛をかけようなんて思う人間に心当たりがあるかは微妙だし、現代日本だったらそこそこの距離を短時間で動けるから方向を示したところであまり意味が無い可能性が高いんだけどね。
依頼人が眉を顰めてちょっと考え込んだ。
「さてな。
何分事業関係のライバルが手段を選ばないタイプだった場合は、こちらが知らぬ間に邪魔になっている可能性があるからなぁ。
個人的な関係で呪われる様なことはないと思うのだが・・・」
「恐れ入りますが、奥様はどうでしょう?
ドメスティックバイオレンスを主張して慰謝料を釣り上げると共に慶太様の親権を勝ち取ろうと弁護士と何やら画策しているそうです」
執事っぽい男性がコホンと小さく咳をしてから指摘した。
おいおい。
ここでも離婚の係争中なの?
しかも呪詛でDVの濡れ衣を着せようとしているとは凄い。
依頼人はそこそこ老けて見えたが、子供の親権を争うってことは意外とまだ若いのかな?
まあ、仕事に夢中になっていて結婚が遅れて40歳ぐらいで産まれたんだとしたら、50代で子供は小学生高学年から中学生だからまだまだ親権が重要な争点になるけど。
単に呪詛に抵抗するのに疲れで窶れているから歳を取って見えるだけの可能性もあるが。
「ちなみに、お子さんはその奥様の側に居るんですか?」
女性の力だったら襲い掛かられても死なないかも知れないけど、子供が母親に襲われて殴られたらトラウマものだろう。
「いや、元々アレの不倫が理由での離婚だ。
慶太はこちらにいる。
だが・・・妻は確かあちらの義両親のところに滞在している筈だ」
依頼人が顔を顰めながら言った。
苛立ちがかなり辛いっぽく、時折腕の筋肉にギリギリと力がこもっているのが見える。
「誰か、今すぐそこへ尋ねてもおかしくない大人は居ますか?
客がいるところで暴れ出せば少なくとも逃げるなり取り押さえるなり、対処しやすいでしょう」
碧が提案した。
まあ、これで呪詛を掛けたのが仕事関係のライバルだったら突然離婚係争中に人が押し掛けてきただけなんてちょっと気まずい事になるかもだけどね〜。




