着替え?
『おはようございます。
急ぎの呪詛祓い依頼をお願いしたいのですが、ご都合の方は如何でしょうか?』
退魔協会の職員の声が電話から流れてきた。
「いつ、何処でになります?」
碧が尋ねる。
呪詛祓いだったらそれなりに急ぐよね〜。
まあ、うっかり慰霊碑を壊したとか幽霊屋敷とかに遊びに行って悪霊に取り憑かれたって場合でも本人は苦しいから出来るだけ急いで!って言うだろうけど。
考えてみたら、それだけ急いでいる顧客相手が依頼の殆どだとしたら、退魔協会の調査部っていつでも呼び出しがある様なめっちゃブラックな職場かも?
人の為だとやりがい搾取しているか、それとも給料を高くして宥めるているのか。
以前の呪師見習いみたいなちょっとグレーな立場の人間の弱みにつけ込んで雇ってる可能性もあるかな。
まあ、退魔協会はそれなりに稼いでいるのだ。
調査員にも逃げられない様にそれなりの金を払っていると期待しよう。
何と言っても誰でも出来る仕事ではない。酷使されるのに嫌気がさして調査員に辞められたら、代わりはいくらでも居るという世界では無いのだ。
調査員に逃げられたから退魔師に調査業務までやらそうとしたら、ただでさえ間に合っていない需要と供給のバランスが更に悪くなる事ぐらい、退魔協会のお偉いさん達だって分かっているだろう。
・・・多分。
現場から離れたお偉いさんには、ちゃんとした高等教育を受けている筈なのに時折だが単純な足し算や引き算が出来ない馬鹿もいるのを前世でも目撃したが。
退魔協会の幹部にそう言うアホが居ないと期待しておこう。
『〇〇ヶ丘の側です。
最寄駅なりそちらの家なりに車を出すので、出来る限り早くお願いしますとの事です』
へぇ、今回は東京都内じゃん。
ちょっと乗り継ぎが面倒だからウチからだとちょっと時間が掛かりそうだけど。
とは言え、顧客に私達の家の場所を教えるつもりは無い。
「私は明日でも大丈夫だよ。
新宿駅・・・か代々木駅あたりで拾ってもらう?」
碧に低い声で提案する。
どうせ明日は週末だ。
週末に働くのも微妙だが、平日に色々とスケジュール調整するより楽だし、呪われた人も辛いだろう。
「そうね」
緑が頷き、電話に向かって声を上げた。
「明日、代々木駅近辺でピックアップと言う事でどうでしょう?
時間は10時以降ならいつでも結構ですよ」
『では明日10時に代々木駅でお願いします』
あっさり職員が応じ、幾つかの仕事の詳細を伝えてから電話が切れた。
「都内だったらこう言う場合にバイクで行くのも早くて良いかもだけど・・・考えてみたら、スクータータイプじゃ無いと跨るんだからズボンじゃなきゃ駄目だし、バイクスーツみたいのを着て客のところに現れるのも微妙だね」
碧がちょっと笑いながら言った。
「確かに!
それにバイクスーツで颯爽と現れるって言うのも若いうちはアリかもだけど、中年のおばちゃんになってバイクで現れると違和感ありまくりな気がしないでも無い」
退魔師の顧客って旧家っぽい金持ちが多いから、バイクスーツで来るなんてけしからんって退魔協会の方にクレームをつけられかねないし。
別にどんな服装をしなきゃいけないって言う様な規定はないんだけどね〜。
それでもうん十万円もの報酬を貰うんだから、向こうはボロいジーンズでは無くそれなりなビジネスカジュアル程度の服装を当然と思っていそうだ。
それに、悪霊にせよ呪いにせよ、ある意味『病は気から』的なところもある。
『こいつで大丈夫なの??』と思わせる様な服装で行って、祓いが上手くいっても不安感が残ったせいで体調不良が無くならなかったなんて言われても困るし。
しっかし、バイクって考えてみると着替えとか防寒や事故の時の防具っぽいのは必要だから車よりも色々と面倒だね。
自転車よりはマシだけど。
実家にいた時は自転車ってスカートだとタイトなのじゃあ漕げないし、ヒラヒラなフレアスカートで長いのだと車輪に巻き込まれそうだし、目的地に着いた後に汗がダラダラ出るしで色々大変だった。
って言うか、考えてみたら都内とかの呪詛返しって住所を教えるのを嫌がって車の迎えを寄越す顧客が多いから、うちらが車を買ったりリースしたりしても自力で客のところに行けないね。
実際に車を持っている退魔師なんて、どうしているんだろ?
最寄りのどっか駐車場がある所まで行ってそこで迎えの車に乗るなんて事になったら、なんとも間抜けな感じだが。
まあ、取り敢えず。
明日は久しぶりの呪詛返しだ。
転嫁されない様に気を付けてくれとだけ言われた。
呪詛の元を見つけようと思うと呪詛返しを待つ必要があるせいか、返すだけで良いって依頼が多いんだよねぇ。
ある意味、転嫁を潜り抜けて相手にしっかり返せば仕返しもそれで出来ちゃうから、一石二鳥で楽と言えるのかも。
呪詛の方がネットでの嫌がらせよりも楽で良いわ〜。




