躾は難しい
「こら!
源之助、めっ!!」
食卓に飛び上がった源之助を下ろした碧が叱りつける。
が、肝心の源之助は分かってなさそう。
「クルミ、食卓と作業机の上には飛び乗っちゃダメって源之助に言い聞かせてくれる?」
使い魔契約してあれば単に禁止すれば良いだけなのだが、使い魔ではない源之助にはなんとか言い聞かせて躾けるしかない。
猫の躾って難しいらしいが・・・少なくとも使い魔経由でこちらの意図を伝えられるだけでも希望は持てると思いたい。
『にゃんでダメなの?って』
クルミが報告してきた。
「食卓は我々の食事をする場所だからダメ。
作業机は仕事をするから邪魔されたら困るの」
幼児どころか小学生程度でも、言い聞かせてこちらの言うことを聞いてくれるか五分五分な気がする。
そう考えると子猫じゃあ言い聞かせても難しいだろうなぁ。
『別に源之助は邪魔しないから好きに食べるなり仕事するなりして良いよ、だって』
相変わらず上から目線だ。
「トイレの砂を掘った足で食事をする場所に上がってきて欲しく無いの!」
猫の『邪魔をしない』も信頼できないが、まずは意図に関係なく許容できない事実を突きつけてみる。
『ちゃんと舐めて綺麗にしているから大丈夫だって!』
おい。
説得しろと頼んでいるんだ。源之助の主張を伝えてくれと言った訳じゃないんだけど。
「私が嫌なの。
やらない様に説得して」
『嫌』と言う感情の方がわかって貰える思いたい。
「どう?」
私とクルミのやり取りを見守っていた碧が聞いてきた。
「微妙。
やっぱり緩い使い魔契約を結んじゃって禁止事項だけでも守らせない?」
それが一番楽なんだけど。
しっかりとした契約じゃなくても、魔力を込めて命じれば従う可能性は高い。
繰り返せばそれなりに定着する筈だし。
「楽かも知れないけど、嫌なの。
源之助は家族なの。操り人形になっちゃうリスクは取りたくない」
碧が頑固に首を横に振った。
「じゃあ、食卓に飛び乗ったら水鉄砲で濡らすのはどう?
嫌な思いをすると学べばやらなくなると思うよ」
水程度だったら周囲への被害もそれほどではないだろう。
子守り役を頼んだシロちゃんなのだが、犬なせいか猫のジャンプに関する本能への理解が足りなくて、しゅたっと身軽にジャンプしてしまう源之助を上手く止められないのはちょっと想定外だった。
クルミの方がまだ分かっているのだが、ストラップのサイズでは止められない。魔力を使うとなると、子猫の執着心で飽きずに何度もジャンプを繰り返す源之助を止めているうちにエネルギー切れになってしまう。
なので今度は説得を頼んだのだが・・・。
『高い所で皆と一緒に居たいって』「水鉄砲だなんて可哀想じゃない!!」
クルミからは失敗の報告、碧からは厳しい手段の拒否。
どうしろっつうねん!!
もう、碧が見ていない時に魔力を込めて命じちゃおうかなぁ・・・。
「凛」
そんな事を考えていたら、碧にじと目で睨まれた。
「源之助は私の猫なんだからね。
変な命令を魔力で焼き付けたりしないでよ」
こっそりやってバレたら後が怖そう。
とは言え。
食卓の上を、オシッコやウンチをしたトイレ砂を蹴ったり掘ったりした足で歩き回られるのは絶対に嫌だ。
作業机で邪魔されても和紙の弁償(と言うか差し替え)を碧にして貰えれば許容出来るが、食卓に関しては譲れない。
寒村時代では食事前に手を洗う事すら殆ど出来ない生活だったのだから、それに比べれば猫がちょっとぐらい歩き回っても大した事ではないのだが・・・日本での生活で培った衛生観念はそう簡単には捨てられない。
来世がどこになるか知らないけど、状況次第では苦労することになるかもなぁ。
ちょっと今から心配だ。
だが。
それは今の苦労では無い。
取り敢えず現世ではしっかり清潔な生活を送らせて貰う!
「分かった。
じゃあ、食卓と作業机の周りの床にジャンプ出来なくなるようなちょっと力の抜ける結界を展開させるから。
躓かないよう、気をつけてね」
ジャンプが出来ないと学んでくれたら結界を消したらいいだろう。
いつになったら学んでくれるのかは不明だが。
猫の記憶力ってどの程度なんだろう?
猫って虐められたり嫌な思いをした記憶はキープするとどっかで読んだ気がするが、躾に関してはいくらやっても残らない感じだ。
子猫の記憶力ってよく分からん。
それとも叱りつけても全然応えてないって事なのかな??
記憶に確実に残るほど痛く叩くのは流石にやりたくないし、直接躾ける為に魔力も使えないなら、しょうがない。
ちょっと不便だけど『出来ない』と学ぶまで、別の術で対応していこうじゃ無いか。
こうなったら私と源之助の根気比べだ。