風評被害
「結局これって何だと思う?」
碧が『霊障あり』と退魔協会の調査でも判定された例の物件にあった石を前に聞いてきた。
「呪詛が掛かっているかを調べる術は前世の魔術であるけど、試してみようか?
こっちの世界の退魔術ではこう言う場合どうするの?」
初の呪詛っぽい案件だ。
こちらの世界の知識も学んでいきたい。
協会のオリエンテーション研修では、退魔協会の書類の書き方とか税金の計算方法と言った一般事務的な事しか教えてくれなかったからねぇ。
「呪詛にしてはパワーが足りないと思われるって調査の報告書にはあったから、私はそう言う場合だったら力技で浄化しちゃうんだよねぇ。
もっと強烈なのだったら追跡して捕捉する術も一応あるんだけど、この程度だと掛けている最中にその術の霊力で浄化しちゃうから私はそれ以上の事は出来ないんだ」
碧が肩を竦めながら答える。
なるほど。
白魔術って呪詛系の術に特攻効果があるからねぇ。
追跡系の術でも魔力が呪詛を浄化しちゃうのか。
その点、黒魔術は呪詛や悪意の塊と親和性が高い。
こう言う場合には便利だけど、微妙に切ない。
『黒魔術』と言うネーミングだけでも悪役感ありまくりなのに、その術の内容までも呪詛とかと親和性が高いので、前世でも風評被害が出まくりだったのだ。
お陰で『その能力を悪用しないために』なんて言う口実で奴隷まがいなレベルまで隷属させられ、悪用されたのだから。
『放置したらどんな悪事を働くか分かったもんじゃない』と一般市民だけでなく貴族や豪商までもが思っているせいで、黒魔術の適性がある人間はその自由意志にある程度の制限を加えるのはしょうがないって社会的に合意されて、誰も助けてくれようともしなかった。
まあ、黒魔術の適性がある人間を若いうちから見つけ出して制約する様になる前は、それなりに大掛かりな悪事をやらかした黒魔術師も実際にいたんだけどね。
でも、魔術属性の適性と人格は直接的には関係ないのだ。
白魔術の適性持ちでもそれを悪事に使いまくった悪人はいたし、攻撃魔術満載な火魔術師でも蜘蛛一匹殺せない穏やかな人だっていた。
周囲から信頼されず迫害されるから悪事に追い込まれるのか、悪事を働くから信頼されず迫害されるのか。
鶏と卵のどっちが先かと言う話だ。
私としては迫害されるから悪事を働く羽目になるのだと声を大にして主張したいところだが、まあ今更騒いでもしょうがない。
現代日本で、黒魔術適性に関する偏見が退魔協会の中ですら無いのは本当にありがたい。
日本ではあまり黒魔術を悪用する人がいなかったのかね。
呪詛は黒魔術の適性が無くても使えるから、結局誰でも力があれば危険だと言う結論になったのかも?
まあ、それはともかく。
「私も多分呪詛じゃあないと思うけど、どこかに繋がっているか調べる術を掛けてみるね」
何分魔素が薄い現世なので、消費者金融じゃ無いが魔力の使用は計画的にやっていかないと肝心の時にすっからかんなんて事になりかねないが、碧がいるので何かがあったら力技で押し切って貰える。
と言う事で。
魔力追跡の魔法陣を脳裏に描き、魔力をゆっくりと注ぎ込む。
何処かに繋がっていれば魔力の流れが視える。
呪詛の場合は呪い主と呪いの対象の二方向へ。
単に誰かの不特定多数に対する悪意や不満だったら悪意を抱いた人間から。
悪意を抱いた人間が既に死んでいるとか心を入れ替えている場合は、繋がりが無い孤立した状態のなる。
誰かがこの石のせいで命を失って地縛霊になっていたりした場合はそちらにも繋がるが、この部屋に地縛霊はいないのでそれに関して心配する必要は無いだろう。
石に込められた力を掻き消さないようにふんわりと術を石の周りに展開させたら・・・一本の薄い魔力の流れが浮かび上がった。
「・・・どうやら文句ばっかり言って人生で上手くいかないことは全て他人の責任だと思うような人の悪意が凝り固まった結晶みたいだね」
特定の対象には向かっていないので、呪詛では無い。
「ほぇぇぇ。
デリケートな術〜。
凛って日常生活ではかなり大雑把なのに、術に関しては意外と繊細だよねぇ」
碧が何やらちょっと失礼なことを宣った。
「ちょっと。
大雑把ってなによ。
必要なことをしっかりと見極めて、それ以外への労力を節約しているだけでしょ!」
ちゃんと必要最低限な事を見極めて、それを最低限の労力で成し遂げている私の効率的な生き方を『大雑把』だなんて、酷い。
「そうだね、大雑把というよりも効率重視な大らかさと言うべきだったかな?」
笑いながら碧が言い直す。
「無駄が嫌いなだけなの!
まあ、『必要最低限』の基準には個人差があるのは認めるわ。
碧的に『無いわ〜』と思うことがあったら言ってくれれば対処方法を変えるから、変に我慢したりストレスを溜め込んだりしないでね」
「ほいほい。
まあ、私も適当だからちょうどいいんじゃない?
じゃあ、この石は浄化しちゃうね」
碧が霊力を込めた手を石に伸ばす。
「どうぞ〜」
ばちっ。
碧が触れた瞬間、あっさり石が砕けて粉になった。
「しまった。
シンクの上でやれば良かったね。
この埃も我々が掃除すべき?」
・・・どうだろう?