猫と英才教育
みゃん!
にゃん!
・・・ふにゃん!
『これ、それはオモチャではないのよん。
いい加減、齧ろうとするのをやめなさいな〜』
先程から源之助が炎華の尻尾を齧ろうと飛びついている。
幻獣って種族によるがタイプによっては精神生命体に近いのだが、炎華の尻尾ってただの仔猫が齧れる物なのかな?
まあ、考えてみたら存在のレベルが違いすぎて、物理的に口に咥えられても噛みちぎる事は出来ないだろうから噛んでも実害は無いか。
さっきから日当たりの良い安楽椅子から動こうとしない炎華にしても、半分源之助をじゃらしているようなものだろうし。
「炎華の尻尾とか、白龍さまの鱗をおしゃぶりにして舐めていたら、源之助の存在レベルが上がって進化したりするのかなぁ?」
微笑ましいリビングの風景をぼーっと見ていた碧がふと呟いた。
「地球の動物って個体レベルでは進化しないでしょ?
・・・それとも実は妖怪に進化するの?」
碧の言葉を笑い飛ばしてから、ふと日本の伝説を思い出して聞き返す。
歳をとった猫は猫又になると言うし、狐だって妖狐になると言う伝説はある。
白龍さまと言うほぼ神話の存在が実在するのだ。
もしかして猫又とか妖狐も昔は実在していたとか?
今の一般的な地域での魔素濃度では無理だろうから、白龍さまの聖域の様な場所の近辺での実話だったり?
『進化と言うか、魔素に晒され過ぎて変異を起こした者はごく稀に居たが・・・あれは超人ハルクになろうと思って放射能を無闇矢鱈と浴びようとする様なものじゃ。
危険だからやめておくのじゃな』
白龍さまが口を挟んだ。
先日『大きな画面で見たい』とクルミがごねたせいでリビングのテレビで超人ハルクの映画版を皆で見たのだが・・・氏神さまから聞くとかなり違和感があるセリフだ。
「え!
じゃあ、源之助が炎華や白龍さまに遊んでもらうのって危険なんですか?!
使い魔は?!彼らだってそれなりに魔力を内包してますよね??」
碧が慌ててて源之助を床から抱き上げる。
心配する気持ちは分かるけど、抱き上げても別に魔素の吸収量は減らないと思うよ〜。
『心配するでない、炎華や儂と遊んだり、クルミやシロに相手をして貰ったところで源之助が吸収する魔素なんぞ微々たるものじゃ。
じゃがまあ、幼く自我のはっきりしないうちは吸収した魔素から影響を受けやすい。聖域にはあと1年ぐらいは連れて行かぬ方が良かろうな』
白龍さまが答えた。
ふむ。
自我がしっかりしていると魔素の吸収から影響を受けにくいと言うのは本当なのか。
黒魔導士時代も、自我のはっきりしない幼児(及び仔犬・仔猫)は魔力を大量に使う転移門の様な魔道具の側に寄せぬ方が良いとは言われていた。
人間は元々『自己』の意識が強い種族なので死なぬ程度の魔素ではまず変異しないが、幼児だと魔素関連の病気になる可能性があると言う話だったが・・・仔猫や仔犬をわざと魔素に晒して人馴れした魔物や幻獣を造ろうとする下種は時折いると聞いた事がある。
死亡率が成功率よりも圧倒的に高いと言われていた実験を行う様な下種は基本的に肝心の実験対象からも嫌われる為、実験が成功しても変異した対象に食い殺されることが常だったが。
そう言う輩は従魔契約で縛れば大丈夫なんて安易に考えるのだが、変異すると従魔契約が無効化され、本当に心から感じている愛情のみが相手を制約する事になるんだよねぇ。
なので生き物の魔獣化・幻獣化実験は成功(?)した際の人間を忌み嫌う実験対象による周囲への被害が大きい為、全般的に禁じられていた。
「そうかぁ。
源之助が将来的には猫又になって長生き出来たら良いのになぁ〜と思っていたんだけど、ダメかぁ」
碧がガッカリした様に溜め息を吐きながら源之助の喉を撫で回した。
『まあ、本猫の素養にもよるからの。
もっと歳をとってから考えれば良かろう。
いざとなればその身体を躯体にして使い魔契約をすればほぼ生きているのと変わりない出来栄えになるぞ?』
白龍さまが尻尾の先をくるりと右に微妙に曲げながら言った。
どうも白龍さまの尻尾って冗談を言っている時にああ言う曲がり方をする様な気がするんだが・・・どうなんだろ?
氏神さまのユーモアって必ずしも分かりやすくはないからなぁ。
「う〜ん。
シロちゃんを見ると使い魔も悪くはないんだろうとは思えてきたけど、やっぱり死体はなぁ・・・。
まあ、取り敢えずまだ若いんだし、考えなくて良いよね。
ちなみに、猫又になるのに有利な素養ってどんな感じですか?」
白龍さまの冗談は碧に通じなかった様だ。
『愛情を籠めて接すれば良い。
猫なのだ。変に訓練しようなどと考えぬことだな』
碧による猫又化に向けた源之助の英才教育は却下された。