社会的信用
「源之助〜!」
玄関を入った瞬間に碧が荷物を放り投げてリビングの方へ駆け寄る。
「にゃああ〜ん!」
まるで『今まで寂しくて寂しくてしょうがなかったのを独り必死に耐えてきたんだよ!!』とでも言いたげな悲痛な鳴き声で源之助が応じる。
我々が家を出た後30秒ぐらいは玄関で鳴いていたものの、その後は家の中を探索したり、外の人通りを窓辺から眺めたり、炎華に遊んでもらったりしてご機嫌だった上にここ1時間半程はお腹を丸出しなへそ天スタイルで昼寝していた癖に。
碧だってシロちゃん経由で見ていた筈なのだが、『お〜よしよし、寂しかったのねぇ〜』とかなんとか言いながら撫で回している。
帰宅して直ぐに抱き上げていたのだが、大人しく出来ない源之助はもう床に降りて興奮した様に碧の周りを飛び跳ねていた。
碧に任せていたら源之助はずっと抱き上げられて足の筋肉が弱ってしまっても不思議は無いだろうと密かに思っているのだが、幸いにも源之助は自分で動き回るのが好きなため、抱き上げられても高い視点に飽きたら直ぐに抜け出そうとするのでそれ程弊害はない。
源之助の老後は要注意だな。
脚の筋力が衰えるのは猫にとっても良くないだろう。
「ただいま源之助〜」
私も軽く源之助に声を掛け、碧の鞄をリビングの入り口にある鞄置き場に下ろす。
源之助が来てから荷物拾いが私の役割になった気がするが、まあ通常の状態だと私の方がだらしないので今のうちにポイントを稼いで後で碧の理性が戻った際に利用しようと思っている。
しっかし。
碧がここまで猫を溺愛するとはね〜。
子供が生まれたらどうなるんだろ?
こんなに溺愛したら人間だったらとんでもない我儘なロクデナシに育ちそうだけど。
まあ、そこら辺は白龍さまがしっかり諭すかな?
「退魔協会経由で依頼が入るのにどの位掛かるんだろ?」
自分のバッグも下ろし、源之助のオモチャを手に取ってさり気なく碧の後ろで揺り動かしながら聞く。
結局、あの石はそのまま台所に残し、青木氏が電話で持ち主に碧へ指名依頼をするよう説得し、碧が退魔協会に指名依頼を請ける連絡をとったところで帰宅となった。
下っ端ランクの費用で碧を確実に依頼できるとなれば絶対にお得と思ったのか、青木氏も碧の気が変わる前に!とさっさと話をまとめに掛かったのだ。
「3日程度かな?
これが終わるまで他の仕事は受けないって言ったから、もしもの場合を考えて調査も急ぐでしょ」
オモチャのネズミで源之助を釣ろうとしながら碧が答える。
なるほど。
是非とも碧にやって貰いたい案件が入った時に断られたら困るから、さっさと案件を終わらせるよう退魔協会も動くんだね。
勝手に安価な案件を受けやがって、と嫌がらせをするかと思ったが『請ける約束をしているので他の案件はそれが終わるまで他所に回して下さい』と言われて困るのは退魔協会か。
「調査費を節約する為に碧に直接依頼しようと頑張るかと思ったけど、あっさり退魔協会の方にいったね」
いくら実力に見合わない比較的下っ端な料金とは言え、退魔協会経由になる方が高いだろうに。
「まあ、退魔協会を通す方が後で変な霊障が再発した時の補償とかがしっかりしているし、なんと言っても他の不動産業者への信用度が違うからね〜」
碧が肩を竦めた。
なるほど。
青木氏は碧パパや藤山家の事も知っているから碧を信頼しているんだろうが、他の業者や持ち主にとっては若い女子大生が個人で請けた除霊なんて信頼度がかなり低いのか。
数万円程度の霊障の簡易鑑定ならまだしも、何十万円かは最低でもする除霊系の仕事となると事後の社会的信頼度も重要、と。
う〜ん。
「つまり、退魔協会と仲違いしたら我々が除霊の仕事で食っていくのはかなり厳しくなるってこと?」
私なんて旧家の歴史すら無いのだ。
社会的信用に関しては絶望的?
「そ!
歴史のある神社の宮司である親父でも地元以外の依頼はほぼ無かったんだよ?
死ぬ気で退魔協会の仕事を山ほどこなして顔を売りまくらない限り、我々が自力で除霊関係の仕事でお金を稼ぐのは難しいだろうね」
碧が答える。
「そこまでして退魔協会を排除したい訳でもないし、適当にやっていこうか。
健康グッズ系で成功するのを長期的目標にしよう!」
衣食住を適度に賄え、源之助用のグッズをちょくちょく買い替えても財布が傷まない程度に稼げれば良いのだ。
ムキになってしゃかりきに働く必要はないよね。