車酔い?
みゃあう〜。
みゃあぁ〜。
ブリーダーさんの所で所定の書類に書き込み、クレジットカードで料金を払い、昨日購入したリュック型キャリーケースに源之助を入れて帰路に着いた我々に源之助がリュックの中から抗議の声を上げている。
「猫って狭い所が好きなんじゃなかったの?」
そうっと覗き込みながら碧に尋ねる。
下手に従魔契約の前段階を維持しているとうっかり契約を完了しかねないので、既に解除してある。
お陰で源之助が何に関して文句を言っているのか不明だ。
「自分から入った狭い所と、閉じ込められたリュックの中じゃあ違うんじゃ無い?
歩く際の揺れも嫌なのかもだし」
碧が肩を竦めながら普通に歩き続ける。
流石、猫を飼いたいと長く思っていただけあって子猫の抗議を無視する事に関する思い切りは私より良いようだ。
『車の音とかが嫌みたいですにゃ』
クルミが教えてくれた。
なるほど。
車のエンジン音とかクラクションの音なんて都市部の雑音として意識に上らないが、初めて外に出た猫だったらびっくりなのかも。
いやでも、獣医でワクチンを打ってもらったんだから外に出た経験はある筈だよね?
それともブリーダーさんの車で出かけたんかね?
もしくは獣医が往診した??
箱入り息子の可能性もありか。
まあ、どちらにせよ。
相変わらず転移が数歩分しか出来ない現状では、家まで公共交通機関で帰るしか選択肢はないのだ。
我慢して貰おう。
タクシーも遠すぎるし。
「レンタカーで来ればよかったかも」
帰宅に関して考えていたら碧がため息を吐きながら言った。
「あれ、運転慣れてるの?
ちなみに私は身分証明書代わりに免許を取っただけのペーパードライバーだから、非常事態になっても期待しないでね?」
あちこちに路上駐車があるせいで車線変更が不可避な上に殺気立ったタクシーやトラックの運転手で溢れている都心部で車の運転なんて、絶対に無理。
しかもうっかり車間距離を開けすぎるとスクーターやバイクが横をすり抜けて割り込んでくるし。
あの左側すり抜け、本当にやめて欲しい。
免許を取った後に実家の近所を親の車で試した際にも、突然左の死角から目の前に現れて何度か心臓が止まるかと思った。
実家の辺はまだ信号待ちしている時とか、せいぜい信号が変わって動き始めた時程度だったが、都心では見ていると普通に走っている道路でもすり抜けをやっているスクーターがそこそこいる。
人殺しになりたくは無いから変なことはするつもりはないが、スクーターですり抜けをやっている人達は車って下手な運転手だと左右へふらふらぶれる事をわかっているのだろうか?
若葉マークは『下手くそなので危険だから車間距離を取れ』と言う警告の筈なのだが、どうもあれを『トロいから追い越せ』と言う意味だと捉えているスクーターが多いようにも見えるのは、気のせいだろうか・・・。
そんな事を考えていたら碧が肩を竦めながら答えた。
「まあねぇ。
実家の近辺じゃあ自家用車じゃないと行けない場所が多いから、18歳になって高三の夏休みに免許を取ってからは使いまくったからね。
でも、源之助が車酔いする可能性はあるし、電車の方が無難か」
「猫ってバランス感覚が優れているって聞いたのに、車酔いするの?!」
確かに猫の進化過程で車と言う物は無かっただろうが、車酔いって三半規管と目の情報が何だかんだして起きると読んだ気がする。
木から落ちても足から着地できる素晴らしいバランス感覚を有しているらしき猫の三半規管は人間なんかのよりずっと優れてそうだが・・・文明の利器には対応出来てないのかな?
「猫によるんじゃないかな?
実家の近所の猫は、車に乗せるとどれだけ丁寧に運転しても5分程度で吐いちゃうからって言うんで獣医さんに往診して貰ってたからね〜。
ダメな猫はダメみたい?」
碧が答える。
それって車がダメならキャリーケースに入れられて歩いて運ばれるのだってダメなんじゃないんかね?
まあ、どちらにせよ帰宅しない訳にはいかないのだ。
耐えて貰おう。
「取り敢えず、クルミをキャリーケースの中に入れて大人しくするよう説得させてみる?」
あまりミャアミャア鳴かれたら電車の中ではちょっと顰蹙だろうし、源之助も疲れるだろう。
「頼んでも大丈夫かな?
クルミちゃんは可愛いけど、源之助を眷属化とかしないでね」
そっとキャリーケースの中を覗き込みながら碧が言う。
「そんな魔力ないから、大丈夫。
私や碧が魔力を込めすぎて命令するとうっかり従魔化しちゃうリスクはあるけど、クルミなら近所のおばさんが話しかけてくる程度?」
『オバさんではないのにゃ、お姉さんにゃ!!』
クルミが抗議の声を上げる。
おや。
まあ、確かに比較的若いうちに死んだみたいだからオバさんは無いか。
猫がそんな事を気にするとは意外だったが。
使い魔になってちょっと人間臭くなったかな?
そう考えると、源之助を従魔化したくないと言う碧の気持ちも分からないでもない。
ペットは動物だから良いのだ。
色々面倒を見なくちゃならない人間の劣化版じゃあ手間が掛かるだけで癒しが少なそうだ。
「じゃあ、お願い」
碧の返事にクルミをカバンから外してキャリーケースの中にそっと入れる。
本体を雑に投げたりするとクルミが怒るんだよねぇ。
「そう言えば、どっかで成犬の霊を見つけて使い魔にして、子守り兼留守番時のコンパニオンとして付けたらどうかと思うんだけど、どう思う?
クルミは忙しい時もあるだろうし一緒に悪戯をしかねないから、成犬の霊の方がいいかな〜と思うんだけど。
我々が寝ている間とか、留守にしている間に変な誤食をしないよう見張るのを炎華に頼むのもちょっと微妙でしょ?」
私の提案に碧が考え込んだ。
「そうだね。
実家のそばだったら仲良くしていたお爺さん犬がいたんだけどなぁ。
死んじゃったのが中学生になる直前頃だったから、あの犬の霊はもう成仏しちゃったかな?」
ほう。
親しい犬の霊がいるかもなのか。
「家に帰ったらちょっと呼びかけてみる?
名前と本犬のイメージがしっかりしているなら応じてくれるかもよ?」
勿論、ダメな場合もあるが。